正式企画となった《オンパロス・オンライン》を抱え、開拓者は永遠の1ページへ戻った。目的は完成した未来を押しつけることではなく、「みんなの故郷を使って世界を作ってもいい?」と尋ねること。
本人たちが何を残し、何を見せるか選べると知り、ヒアンシーやキャストリス、アグライアたちは次々に興味を示す。サフェルは横目で覗き込み、モーディスは早くも成長システムを鍛錬へ結びつけ、アナイクスが訂正する。
開拓者一人の願いだった企画は、ようやく黄金裔自身が参加する未来へ変わり始めた。
オンパロスを基盤にオンラインゲームを作ってもいいかという問いに、黄金裔たちからひとまず前向きな答えが返ってきた。
その事実に小躍りした彼女の高揚っぷりにつられるよう、開拓者が持ち込んだ説明会は、いつの間にか許可を得るための場から、「それなら何をしてみたいか」を持ち寄る時間へ姿を変わった。瞳をらんらんと輝かせる開拓者を落ち着かせながら、口々に言葉を交わす。
つい先ほどまでなら、開拓者が一つ説明するたびに皆がそれぞれ意味を確かめていたのに、今ではこちらが口を挟む隙を探さなければならないほど、投影端末の周囲へ声が重なっている。まだ地面の一枚すら完成していない仮想世界だというのに、その何もない場所へ、彼らはもう自分たちの未来を置き始めているらしかった。
ヒアンシーは、外の星から訪れた人へオンパロスの薬草や医療を紹介できる場所がほしいと話しながら、病院そのものを単なる回復施設にするのではなく、健康な人でも気軽に訪れられる場所へしたいと身振りを交えて説明している。
「せっかく遊びに来てくださるんですから、具合が悪くなった時だけ使う場所じゃなくて、オンパロスではこんな植物をお薬にするんですよ、とか、こういうふうに身体を休めるんですよって知っていただける場所もあったら素敵です!」
その横ではキャストリスが、開拓者の端末に表示された簡単な地形図へ控えめに指を寄せ、花を育てられる静かな区画が作れるのかを尋ねていた。誰かと競う必要も、大きな使命を果たす必要もなく、好きな花を植えて、その蕾が開くまで待っていられる場所があるなら嬉しいのだという。
「もし時間の流れまで調整できるのでしたら、すぐに咲かせるのではなく、毎日少しずつ変わっていく様子を見守れる方が、わたくしは好きかもしれません。誰かと一緒に育てた花なら、咲いた時の景色もきっと違って見えると思いますから。」
開拓者は聞いた端から端末へ入力しようとしたものの、途中で自分が要望を整理する技術担当ではなかったことを思い出し、とりあえず忘れないよう自分用のメモへ『病院=観光可』『花=すぐ咲かせない』と書き込んだ。
その文字を横から覗き込んだアナイクスが、何か言いたげに眉を寄せたので、開拓者は先手を打つように「これは私しか読まないから大丈夫」と主張したが、むしろそれによって不安が増したような視線を向けられた。
「少なくとも、開発者へ提出する段階では文章を再構成してください。その二行だけでは、医療文化の紹介施設を設けたいという要望と、植物成長の時間設計を現実へ近づけたいという要望であることが完全に失われています。」
「アナイクスが今きれいにまとめてくれたから、それをそのまま横に書いておけば完璧だと思う。」
「私は貴方の書記になると承諾した覚えはありませんが、誤った情報が技術者へ渡るよりはましでしょうね。」
文句を言いながらも訂正してくれるあたり、結果だけ見れば非常に頼れるため、開拓者は迷わず彼の説明まで書き足した。
一方、サフェルは宝箱の中身について既にかなり具体的な構想を持ち始めているらしく、ただ道端へ箱を置くだけではつまらないのだと、先ほどまで興味がないふりをしていた人物とは思えない熱量で語っていた。
「あんまり簡単に見つかるんじゃ面白くないでしょ。普通に歩いてるだけじゃ見えないところとか、屋根の上とか、ちょっと考えないと入れない場所に隠した方が絶対いいって。それで中身も全部同じじゃなくて、たまに妙なのが入ってる方が開けたくなるじゃん。」
「サフェル、さっきまで『聞こえてきただけ』って言ってたのに……。もう宝箱配置担当みたいになってるけど、そのまま続けてもらって大丈夫だよ!」
「あ、あたしが担当するとは言ってないからね! ただ、どうせ作るなら退屈なのより面白い方がいいって話をしてるだけで!」
「うんうん」
言葉では距離を取っているものの、投影端末から離れる様子はない。その姿を見ているだけで、開拓者の頬は自然と緩んだ。
モーディスは相変わらず成長システムと鍛錬の対応についてアナイクスへ問い続けていたが、話はいつしか単なる数値上昇ではなく、仮想空間なら現実では危険すぎて試せない戦闘訓練を安全な条件で行えるのではないかという方向へ変わり始めていた。
「現実の傷を残さず、敗北した場合にも安全に訓練を終えられるのであれば、互いの力量を測るには悪くない。もちろん、痛覚も危険も完全に消してしまえば実戦とは別物になるだろうが、その差を理解した上で利用するなら鍛錬として価値はあるはずだ。」
「そこまで整理できているのであれば、先ほどよりは話になりますね。ただし、痛覚や疲労をどの程度再現するかは安全性へ直結しますから、貴方が『鍛錬になる』という理由だけで上限を決められると思わないことです。」
開拓者は二人のやり取りを聞きながら、『安全な模擬戦』とだけメモを残した。今度はアナイクスから訂正が飛んでこなかったので、表現として及第点だったらしい。
アグライアはもっと広いところを見ているようで、街並みを再現するなら建物の外観だけではなく、人がそこで何をして暮らしていたのかまで残すべきだと静かに話していた。仕立て、食事、商い、祭事、道端の小さな飾りまで含め、人が暮らした痕跡がなければ、美しい建物だけを並べてもオンパロスにはならないのだという。
開拓者は頷きながら、その言葉を聞くたびに嬉しくなった。自分一人で考えていた頃の《オンパロス・オンライン》は、どうしても「また皆と冒険できる場所」という輪郭ばかりが強かった。そこには麦畑も街もあるつもりだったが、その麦を誰が育て、街の店で誰が何を売り、道を歩く人がどんな一日を送るのかというところまでは、まだほとんど届いていなかった。
ところが、本人たちへ返した途端、世界の内側へ生活が流れ込み始めている。
国造りかとケリュドラが瞳を細めれば、セイレンスがどこからともなく城の見取り図をいくつか広げたり。ヒアンシーは治すだけではない病院を、キャストリスは花の咲く時間を、サフェルは誰かが寄り道する瞬間を、モーディスは安全に競い合える方法を考え、アグライアは人の営みそのものを残そうとしている。
これなら、自分が最初に願った通りになるかもしれない。英雄の記録を並べただけの場所ではなく、彼らが何でもない一日まで過ごせる世界にできる。
「絶対に楽しいやつになってきた気がする。みんながやりたいこと、思いついたらどんどん言ってね、私が全部持って帰って詳しい人たちへ投げるから!」
「発案者側の責任者を名乗る人物が、堂々と『投げる』と言うのはどうかと思いますが、専門外を専門家へ委ねるという意味なら訂正するほどでもありませんね。」
アナイクスの言葉を肯定と受け取り、開拓者は満足して頷いた。
ちょうどその時、投影端末の端で小さな通知が明滅した。先ほど許可が得られたことを技術者側へ報告しておいたため、銀狼から何か返ってきたらしい。
開いてみると、添付されていたのは完成したゲーム画面などではなく、ごく初期の概念確認用に組まれた数枚のイメージだった。オンパロスの記録をそのまま使用したものではなく、開拓者が説明した麦畑や街道、広場といった要素を仮配置して、「同じ仮想世界の中を複数人で歩くなら、だいたいこういう見え方になる」という程度に作られた簡単な試作らしい。
銀狼からの注釈には、『許可が取れたなら見せてもいいけど、仮画像だから細部に文句をつける段階じゃないよ。特に背景の建物は置いただけ』と書かれている。
「ちょうどいいものが来た! まだ本物のゲームの舞台を作り始めたわけじゃないけど、こういう感じの世界になるかもしれないって!」
開拓者が画像を大きく表示すると、先ほどまで言葉だけだった未来が、ほんの少しだけ目で追える形になった。
仮の草原を数人の人影が歩き、その向こうには街らしい建物が並んでいる。人物は輪郭しか作られておらず、顔も服装もほとんど決まっていない。それでも、同じ道を複数の影が並んで歩くという、それだけの画像が開拓者には妙に眩しく見えた。
ここへ皆が入るのだ。ヒアンシーが走っていって、キャストリスが花を見つけ、サフェルが妙な脇道を発見し、モーディスが何か強そうなものを見れば寄っていき、アナイクスが説明を始める。開拓者はたぶん途中で別のものを見つけて勝手に曲がり、あとから誰かに呼び戻される。
まだ一枚の画像でしかないのに、そんな光景が簡単に想像できた。
「ここに宝箱を隠すなら、たぶんこの建物の裏がちょうどいいんじゃない? 正面から見えないし、わざわざ回り込んだ人しか気づかなさそうだよ。」
「グレーたん、そこはまだ『置いただけの建物』って書いてありますよ。でも、みんなで探検して、見つけた人が教え合うのも楽しそうですね!」
ヒアンシーの声に、開拓者は何度も頷いた。
キャストリスは画像の遠景へ目を留め、あの辺りを花畑にできるかもしれないと小さく提案する。モーディスは人影の移動範囲を確認し、街から外へ出て長距離を探索できるのかと尋ねた。アナイクスは仮画像に過ぎないことを理解しながらも、表示された地形がどの程度自由に改変できるのか技術的な質問を始めている。
それぞれが、自分がそこへ入った時のことを考えている。開拓者はその事実が嬉しくて、端末を抱えたまま皆の間を行き来した。
その輪の少し外側に、白い人影が近づいてきたのは、その時だった。いつから話を聞いていたのか分からないが、ファイノンはいつもの穏やかな表情でこちらへ歩いてくると、皆が囲んでいる画像へ興味を引かれたらしく、開拓者の肩越しに画面を覗き込んだ。
「やあ、相棒。みんなも。何をそんなに盛り上がってるんだい、ずいぶん楽しそうな話をしてるみたいだけど、僕にも見せてもらっていいかな?」
声も、歩き方も、表情も普段と変わらない。開拓者は待ってましたとばかりに端末をファイノンの方へ向けた。
「もちろん! 昨日から話してた《オンパロス・オンライン》の仮画像が届いたんだよ、まだほとんど何も決まってないけど、みんなが何したいか考え始めたところ!」
ファイノンは開拓者の横へ立ち、表示された草原と街並みをしばらく眺めた。
青い瞳はきちんと画像を追っている。興味がない人間の見方ではなく、遠景から人物影へ視線を移し、何が表示されているのか一つずつ確かめているのが分かった。
「へえ、なんだか面白そうな試みだね。ヒアンシーなら街を歩いているだけでも薬草を見つけそうだし、サフェルさんは誰より先に隠し道を探し当てそうだから、皆で遊んだらかなり賑やかになりそうだ。」
「ちょっと、なんであたしが隠し道を探す前提なのさ、まあ、本当に隠してあるなら見つけるけど!」
すぐにサフェルが食いつき、ファイノンは可笑しそうに笑った。
「ほら、もう探す気じゃないか。モーディスも鍛錬になる場所があるなら気に入りそうだし、キャストリスさんが花を育てるなら、皆で咲くところを見に行くのもいいかもしれないね。いつか言ってた、ガーデニングアート、だっけ? あれも出来そうじゃないか?」
「すてきです……!」
普通だった。むしろ、開拓者が想像していた通りのファイノンだった。
仲間の話をよく聞いていて、誰が何を好みそうかを自然に覚えていて、楽しそうな未来の話が出れば穏やかに笑う。皆の提案を馬鹿にすることもなく、自分には分からないからと距離を置くこともなく、ファイノンは画面の向こうに広がる未来を、本当に良いものだと思っているように見えた。
「でしょ、絶対に楽しいと思うんだ! まだ完成まで時間はかかると思うけど、私は完成したら最初から皆を連れ回すつもりだから覚悟しておいてね!」
開拓者が胸を張って宣言すると、ファイノンは少し目を細め、楽しそうに笑った。
「相棒らしいな。こんなに皆が楽しそうに考えてるなら、きっといい場所になるよ。外の星の人たちも来られるようになったら、オンパロスのことを知ってもらえる機会も増えるだろうし、皆にとって新しい出会いがたくさん生まれそうだね。」
その返事を聞きながら、開拓者は一緒に笑おうとして――ほんの僅かに、呼吸の間を外した。
何かがおかしいと言えるほどではない。ファイノンは笑っているし、企画にも興味を示している。外の星との交流も良いことだと思っていて、仲間が遊ぶ未来を嬉しそうに見ている。なのに、何か一つだけ足りないような気がした。
開拓者はそれが何なのかすぐには掴めず、手元の端末へ視線を戻した。画面では、仮の人影が草原へ何人か並んでいる。その姿へ、さっきまで自分は皆を勝手に当てはめていた。
もちろんファイノンも、そこにいるつもりで考えていた。
「ファイノンは、何かやってみたいことない? 戦闘でも探索でも、別に何もしないで麦畑を歩くだけでもいいし、まだ決まってないから何でも言った者勝ちだよ。」
開拓者が問いかけると、ファイノンは意外そうに一度瞬きをした。自分へ質問が向けられるとは思っていなかったような、ほんの短い間だった。
「僕かい? そうだな……これだけ皆が色々考えてるなら、まずはどんな場所になるのか楽しみに見ていたいかな。ヒアンシーの病院も、キャストリスさんの花畑も、サフェルさんがどこへ宝箱を隠すのかも気になるし、皆が好きなものを持ち寄ったら、きっと面白い世界になると思うよ。」
答えは明るく、淀みもなかった。拒んでいるわけでも、話題を嫌がっているわけでもない。それどころか、皆が何を作るのか楽しみにしているという気持ちは、声の調子からも表情からも素直に伝わってくる。
それでも開拓者は、端末を持つ指を僅かに止めた。質問は、ファイノンが何をしたいかで。返ってきたのは、皆が何を作るのか楽しみだという答えだった。
「……見る、だけ?」
口から出てから、少し変な聞き方だったかもしれないと思った。ファイノンもそう感じたのか、きょとんとした顔で開拓者を見る。
「見るだけってわけじゃないけど、皆が楽しめるものになるなら、それが一番じゃないかな。せっかく相棒がここまで考えてくれたんだから、皆が喜んでくれるなら僕も嬉しいよ。」
やはり、おかしなことは何も言っていない。開拓者だって、友達が喜んでいれば嬉しい。自分の提案したものを皆が楽しみにしてくれている今が嬉しくて仕方がないし、ファイノンが同じように感じることに不自然なところなどないはずだった。
けれど、先ほどまで皆と話していた時には、違っていた。ヒアンシーは自分が病院を作る未来を話していた。キャストリスは自分が花を育てる未来を話していた。サフェルは自分が宝箱を隠す未来を、モーディスは自分が鍛錬する未来を、アナイクスは自分が検証へ関わる未来を、それぞれ当然のように口へしていた。ファイノンだけが、自分のことを尋ねられても、皆の話をしている。
開拓者は、胸の奥へ細い棘のようなものが引っかかった感覚を覚えたものの、それをすぐ不安という名前へ置き換えることはできなかった。
本人はあまりにも普通だからだ。何かを隠そうとして目を逸らしたわけではなく、無理に笑ったようにも見えない。画像へ向ける興味も、仲間の未来を喜ぶ声も、たぶん全部本心なのだろう。だからこそ、開拓者には余計に分からなかった。
「そっか……でも、ファイノンのやりたいことも、そのうち思いついたら絶対に言ってね。私、みんなと遊ぶためにこれ作ってるんだから、遠慮した人から置いていく仕様にはしないよ。」
冗談めかして言うと、ファイノンは柔らかく笑った。
「分かったよ。相棒がそこまで言うなら、何か思いついた時にはちゃんと伝えることにする。それまでは、皆の案を聞くのも充分楽しいからね。」
それだけ告げると、彼は再び端末へ視線を戻し、今度はヒアンシーが話している病院の案へ耳を傾け始めた。
開拓者も、すぐに皆の輪へ戻った。今は決めることが山ほどあるし、大好きな友達と遊べる世界を作るために拾っておきたい言葉が次から次へと飛んでくる。立ち止まって一つの返答を考え続けている暇などない。それでも、開拓者は新しい要望をメモしながら、時々だけファイノンの方へ目をやった。
彼は楽しそうにしていた。誰かが案を出せば頷き、面白ければ笑い、話が難しくなればアナイクスへ確認し、皆が未来の景色を思い描くほど穏やかな顔になる。
その輪の中へきちんと立っているのに、彼自身の未来だけが、なぜか言葉の中へ入ってこない。
開拓者はまだ、その小さなずれへ名前を与えられなかった。ただ、皆で遊ぶために作ろうとしている世界の画面を見つめながら、そこへ当然いるはずの一人だけが、ほんの少し遠いところから同じ景色を眺めているような感覚だけが、いつまでも胸の隅へ残っていた。