《オンパロス・オンライン》の未来を前に、黄金裔たちは早くも自分なら何をしたいか語り始めた。花を育て、病院を作り、宝箱を隠し、安全な鍛錬へ挑む――何もない世界へ、彼ら自身の明日が次々と描かれてゆくなか、ファイノンも試作画像を覗き込み、皆の楽しそうな姿を心から喜んでいた。
けれど、開拓者が「あんたは何をしたい?」と尋ねても、返ってくるのはいつも仲間たちの未来ばかり。笑顔も興味もいつも通りだからこそ、開拓者の胸には説明できない小さな引っかかりが残った。
皆が思い描く《オンパロス・オンライン》の話は、それからもしばらく途切れなかった。仮画像の周囲には次々と新しい案が積み重なり、開拓者の端末には、病院、花畑、宝箱、模擬戦、仕立て屋、商店、祭事、城、街道といった単語が、本人にしか理解できない略記まで交えながらずらりと増えてゆく。
話し合っているだけなのに、まだ存在しない世界へ少しずつ道が敷かれ、建物が建ち、人の声が入り込んでいくようで、開拓者は何度も顔を上げては、楽しげに語る友人たちを見回した。
その輪の中には、ファイノンも変わらず立っていた。ヒアンシーが病院へ休憩所も作りたいと言えば、「それなら、診察へ来た人だけじゃなくて付き添いの人も休めそうだね」と笑い、サフェルが宝箱を隠す場所についてケリュドラと妙な戦略論を始めれば、面白そうに耳を傾けている。
キャストリスが花畑の近くには静かに座れる場所もほしいと話した時には、日差しが強すぎない場所の方が長く過ごせるだろうと、何気なく意見まで添えていた。
ふーむ? やはり、企画に興味がないわけではなかった。先ほどの返答がただ少し噛み合わなかっただけで、本人にもまだ「ゲームの中で何をしたいか」が分からないのかもしれない。
そもそも、つい先ほどまでオンラインゲームという仕組みそのものをほとんど知らなかった者へ、いきなり将来の遊び方を尋ねた開拓者の方が性急だった可能性もある。そう考えれば、一応は説明がつく。
開拓者自身だって、銀狼と遊んでいなければオンラインという発想へ辿り着かなかったのだから、知らない遊びに対して具体的な願望がすぐ浮かばなくても、別におかしな話ではない。
それなのに、端末へ新しい要望を書き込むたび、彼女の視線は無意識に白い青年の方へ戻ってしまう。視線の先に居るファイノンは、楽しそうだった。
声をかけられればいつものように応じ、誰かの提案へ笑い、時折自分からも小さな補足を入れる。その青い瞳にも、先ほど試作画像を覗き込んだ時と同じ素直な興味が残っているため、開拓者が気にしているような深刻さを、外から見つけることはできなかった。むしろ、その自然さの方が引っかかるような気がする。
皆が「自分ならこうしたい」と未来へ身体を乗り出している中で、ファイノンだけは少し離れたところから、その光景を嬉しそうに見守っているように感じるのだ。
「……ん-、なんだろ。」
小さく呟きながら、開拓者は端末へ視線を戻した。考えすぎかもしれないし、本人へもう一度尋ねれば済む話なのかもしれない。それでも、さっき「何か思いついたらちゃんと伝える」と約束したばかりの相手を、すぐさま追いかけて答えを迫るのは違う気がした。
なにより、ファイノン本人が何も問題だと思っていない顔をしている。それならまず、普段から彼の様子を見ている誰かへ、最近何か変わったことがなかったか聞く方がよさそうだった。
開拓者がそう考えて周囲へ目を巡らせたところで、ちょうどヒアンシーがキャストリスとの話を終え、投影端末へ戻ってこようとしている姿が目に入った。
「ヒアンシー、ちょっといい?」
声を抑えながら手招きすると、ヒアンシーは一瞬だけ首を傾げたものの、開拓者の表情から大勢の前で話す内容ではないと察したらしく、足音を立てすぎないようこちらへ寄ってきた。
「どうされました、グレーたん? 何か追加で相談したいことがありますか、それとも、さっきの医療施設についてもう少し細かく決めた方がいいでしょうか?」
「そっちもあとで絶対聞くんだけど、今は別件で、ちょっと……ファイノンどうしちゃったの? さっきから普通に楽しそうではあるんだけど、なんか妙に遠くない?」
開拓者は最後の言葉を出す時、少しだけ迷った。遠い、という表現が正しいのか、自分でもまだ分からないからだ。
ヒアンシーもすぐには答えず、開拓者の肩越しに、少し離れた場所へ視線を向けた。ファイノンはちょうどモーディスと何か話しており、二人の間にはいつも通りの落ち着いた空気がある。その姿を見てから、ヒアンシーの表情へ僅かな影が落ちた。
「……やっぱり、グレーたんにもそう見えましたか。」
その返事だけで、開拓者の背筋がわずかに伸びた。
自分だけが変に気にしすぎていたわけではないらしい。だからといって、それがすぐ悪い意味になるわけではないものの、胸の中へ残っていた棘が、今度は輪郭を持って少しだけ硬くなった。
「前からあんな感じだったっけ? 私が気づいてなかっただけなら、それはそれでかなり申し訳ないんだけど。」
「いえ、ずっとというわけではないと思います。少なくとも、以前から何もかも遠くへ置いてしまうような方ではありませんでしたし、楽しいことならちゃんと一緒に笑ってくださる方ですから。」
ヒアンシーは声を落としたまま、言葉を選ぶように続けた。
「ただ……少し前から、と言いますか。グレーたんが以前、七夕という行事のことを教えてくださったでしょう?」
「七夕?」
思いがけない単語に、開拓者は瞬きをした。
それは、ずっと前の出来事というほど昔ではない。むしろ自分にとっては、オンパロスへ外の文化を紹介した中でも、かなり楽しい思い出として残っている。
遠い星の昔ながらの行事として、願いを書いた短冊を飾る話をした。星空を眺めながら願いを託すことや、色とりどりの紙を木へ結ぶこと。それを聞いたヒアンシーたちが、新生を待つオンパロスでやってみたいと言い出し、人々の願いを集めるイベントへ育っていったものだ。
「覚えてるよ。みんなで願い事を書いて、若木に短冊を結んだやつでしょ? 私が教えたのが元だったから、上手くオンパロス風になってて結構嬉しかったんだよね。」
「はい。グレーたんもご存知の通り、わたしたちも外惑星の文化を真似て、お願い事を紙に綴って木に飾ろうとイベントをやってみたんです。新しい世界を待つ間だからこそ、みんなが自分の願いを言葉にする時間があってもいいんじゃないかと思って。」
ヒアンシーの声には、行事そのものを後悔しているような響きはなかった。
それは開拓者にも少し安心できた。七夕という文化を持ち込んだこと自体が問題だったと言われたら、どう受け止めればいいのか分からなくなるところだったからだ。
「実際、皆さん、本当に色々なことを書いてくださったんですよ。これから始めたいことや、叶ってほしいことや、大切な誰かの幸せだったりして、わたしも短冊を結びながら、こうして未来の話ができるようになったんだなって嬉しくなりました。」
開拓者は、その光景を想像して頷いた。この世界が終末へ向かっていた頃なら、人々の願いにはきっと、明日を迎えることそのものが含まれていたのだろう。それが今では、もっと先の暮らしや、自分がやってみたいことへ変わっている。
さっき《オンパロス・オンライン》の話を聞いた皆が、自分なら何をしたいかを次々と考え始めたのと、どこか似ている。
誰かに決められた使命ではなく、自分が未来へ持っていきたいものを言葉にする。だからこそ、開拓者には分からなかった。
「それと、ファイノンがどう繋がるの?」
問いかけると、ヒアンシーはすぐに答えず、胸元で両手を重ねた。先ほどまで医療施設について楽しそうに話していた時とは違い、指先が少しだけ固く組まれている。
「……はっきりした理由までは、わたしにも分からないんです。何かあったと断定できるほどのことを、ファイノン様がお話ししてくださったわけでもありませんから。」
そこで一度言葉を止め、ヒアンシーはファイノンの方へもう一度だけ視線を向けた。
「でも、それ以降なんです。ファイノン様が、あんなふうに少しだけ……どこかぼんやりとした調子になったのは。」
開拓者の手が、持っていた端末の側面で止まった。
「七夕の、あとから?」
「はい。少なくとも、わたしが気づいたのはその頃からです。」
ヒアンシーは慎重に頷いた。その答えを聞いた瞬間、開拓者の頭の中で、別々の場所に置かれていた二つの出来事が急に近づいた。
願いを書く行事。そして、未来の遊び方を尋ねても、自分のことだけ答えなかったファイノン。まだ、その二つが同じ理由で繋がっていると決めることはできない。七夕の後に変わったからといって、短冊が原因だったとは限らないし、たまたま別の出来事が重なった可能性だってある。
それでも、開拓者の中で引っかかっていたものは、もう単なる気のせいとして片づけられなくなっていた。
「……私、七夕って、もっと単純に楽しいイベントだと思って教えたんだよね。お願い事を書いて、飾って、あとで見返したらちょっと嬉しくなるようなやつ。」
「それで間違ってはいないと思います。実際、皆さん楽しんでいましたし、わたしもやってよかったと思っています。」
ヒアンシーは開拓者が余計な方向へ自分を責めるより先に、柔らかく続けた。
「だから、グレーたんが教えてくださったことが悪かった、というお話ではないんです。ただ、同じ行事でも、そこへ書く願いは一人ひとり違いますから。何を思ったのかまでは、本人にしか分からないのかもしれません。」
その言葉に、開拓者は返事をせず、少しだけ唇を結んだ。
自分は、短冊へ願いを書くことを難しいとは思わなかった。欲しいものでも、やりたいことでも、誰かに叶ってほしいことでもいい。書けと言われれば、きっと何かしら思いつく。そして今だって、「また皆と冒険したい」という願いを出発点に、こうして巨大なゲームまで作ろうとしている。
願いというものは、開拓者にとって、未来へ自分を投げ込むための取っ掛かりだった。けれど、誰にとっても同じとは限らない。そこまで考えたところで、開拓者は自分の想像が先へ走りそうになるのを止めた。
今分かっているのは、七夕の後からファイノンの様子が少し変わったらしいということだけで、その時に何を思ったのかも、何が起きたのかも、まだ本人から聞いていない。
勝手に答えを作るのは、オンパロスそのものを自分だけの記憶で作ってはいけないと決めた時と同じくらい、たぶん良くないことだろう。列車のメンバーにも止められる。
「そっか。じゃあ、今のところは『七夕のあとから何か違う』までなんだね。」
「はい。わたしからお伝えできるのも、今の段階ではそこまでです。」
ヒアンシーの返答を聞いて、開拓者は小さく頷いた。少し離れたところから、サフェルの声が飛んできた。どうやら、宝箱へ入れるものについてケリュドラと話が拗れたらしく、開拓者にも意見を求めたいらしい。
その声へ振り返った先で、ファイノンもこちらを見ていた。開拓者と目が合うと、彼は何の疑いもない様子で穏やかに笑い、早く戻ってこいとでも言うように軽く手を上げた。その笑顔は、先ほどまでと何も変わっていない。だから開拓者も、今はまだ同じように手を振り返した。
「ありがと、ヒアンシー。もう少しだけ私もちゃんと見てみる。」
「はい。わたしも、気づいたことがあればお伝えしますね。」
そう言って二人は皆の輪へ戻った。開拓者はすぐにサフェルとケリュドラの話へ巻き込まれ、宝箱へ実用品を入れるべきか、それとも開けた人が笑える妙なものを混ぜるべきかという、数分前までの自分なら想像もしていなかった議論へ参加することになった。
周囲は変わらず賑やかで、《オンパロス・オンライン》の未来も、つい先ほどまでと同じように明るく膨らみ続けている。
けれど、その明るさの中へ、開拓者の知らなかった一本の糸が混ざった。七夕。願いを書くという、自分にとっては何でもないほど自然だった行為。その行事を境に、ファイノンの様子は少しだけ変わったらしい。
開拓者はまだ、それ以上のことを知らない。ただ、仮画像の向こうへ並ぶ未来の景色を眺めながら楽しそうに笑うファイノンの姿が、先ほどまでとは少しだけ違って見えるようになっていた。