銀河を巡る旅の傍ら、新たな仮想世界《オンパロス・オンライン》の開発が進められていた。目指すのは、離れた仲間たちが再び集い、ダンジョン探索や冒険を楽しめる世界。
しかし、今はまだ端末上で地形や建物を組み立てる試作段階にあり、その大地を自らの足で歩くことはできない。開拓者は小さな街並みを整えながら、冒険の合間に語らう広場や、誰かを待つための長椅子にも思いを巡らせる。
戦いのためだけではなく、ただ共に過ごすための場所。まだ誰の足跡もない世界に、未来の賑わいを思い描く時間が、静かに積み重なってゆく。
開拓者は保存を終えたばかりの街並みをもう一度呼び出し、広場の中央に立つ一本の木を眺めながら、先ほど思いついた「ダンジョンマスター」という言葉を口の中で転がしていた。
端末の中では、石造りの建物が小さな広場を囲み、その一角に置かれた長椅子が、誰かの訪れを待つように木陰へ収まっている。まだ人影も生活音もない模型でありながら、建物の向きや道幅を何度も調整したせいか、開拓者には最初に置いたときよりもずっと親しみ深い景色に見えた。
けれど、こうして眺めていると、ひとつ気になることがあった。
「……これ、オンパロスっぽいのかな。石造りの建物はそれっぽいけど、なんか、普通のファンタジーの街にも見えるような……?」
開拓者は首を傾げ、保存してあった参考資料を画面の隅へ呼び出した。
そこには、オンパロスで見聞きした建築物や街路、装飾品などの資料が分類されている。現地で記録したものもあれば、黄金裔たちから教えてもらった情報をもとに整理されたものもあり、ひとつの項目を開くだけでも、似た形の柱や屋根にいくつもの違いが存在することが分かった。
試作中の街と資料を並べてみると、開拓者は思わず唸ってしまった。うーん、似てるような、似てないような……。こういうの、実際に住んでた人に見てもらったほうが早いよね。
開拓者は端末の通信欄を開き、黄金裔たちとの連絡に使っている会話画面を呼び出した。幸い、少し前に送られてきた開発資料への返信が残っていたので、そこへ現在の試作画面を添付し、建築物の印象について意見を求めてみる。すると、ほどなくしてアグライアから返信が届き、開拓者は椅子へ座り直しながら、その内容に目を通した。
『拝見しました。街路の幅や建物の配置は、随分と整ってきましたね。ただ、柱頭の意匠と屋根の形については、少し異なる時代や惑星の様式が混ざっているように見受けられます』
「えっ、そこまで分かるんだ……? というか、混ざってるんだ、これ」
開拓者は慌てて資料を拡大し、指摘された部分を見比べた。
確かに、よく見ると柱の上部に施された装飾は、参考にした建物のものと形が異なっている。屋根の傾斜も、同じ街並みの資料から選んだつもりだったのに、並べてみると微妙に違う。開拓者にはどちらも美しい建築物に見えたが、それらが同じ時代や地域で使われていたものかどうかまでは、写真を眺めただけでは判断できなかった。
しばらくして、アグライアから追加の説明が届いた。垣間見える開拓者の
『もっとも、再現を目的とするのでなければ、必ずしも統一する必要はありませんよ。時代も惑星も超え、異なる意匠を組み合わせることで、新しい景観が生まれることもありますから』
その文章を読んだ開拓者は、思わず画面へ顔を近づけた。
「……あ、そっか。そもそも、全部同じにしなきゃいけないわけじゃないんだ」
開拓者は端末を持ち直し、画面上部に表示された《オンパロス・オンライン》の文字へ目を向けた。
この世界は、実在するオンパロスをそのまま写し取るためのものではない。オンパロスという世界をモデルに、その文化や景観を取り入れながら、ダンジョンRPGとして楽しめるようにアレンジやオマージュを重ねた、まったく新しいオンラインゲームの雛型なのだ。
考えてみれば、最初からそういう構想だったはずである。けれど、実際に建物を配置し、街並みを作り始めると、どこまで元の世界に似せるべきなのか、開拓者自身にも分からなくなることがあった。せっかくオンパロスを題材にするのだから、できるだけ本物に近づけたいという気持ちもある。
一方で、元の街を忠実に再現することばかり考えていては、ゲームとしての遊びやすさや、新しい発見を盛り込む余地が狭くなってしまうかもしれない。
開拓者はしばらく考えた末、通信画面に指を滑らせた。
『じゃあ、オンパロスっぽさを残しながら、ゲーム用に変えてもいいってこと?』
返信はすぐに届いた。
『ええ。何を残し、何を変えるかを考えることが大切なのでしょう。形だけを似せても、その場所に込められた意味まで伝わるとは限りませんから』
開拓者はその言葉を読み返し、試作中の街並みへ視線を戻した。石造りの建物を並べ、柱に装飾を施し、広場に木を置けば、それらしい景色を作ることはできる。けれど、そこで暮らしていた人々が何を大切にし、どんな場所に集まり、どのような時間を過ごしていたのかを知らなければ、ただ外見を真似しただけの街になってしまうのかもしれない。
ふむ? オンパロスを旅したときに見た光景を思い返した。そこには、壮麗な建築物や神話を思わせる景観だけでなく、人々が日々を営むための場所もあった。
道を行き交う人々の声や、建物の陰に落ちる陽光、何気なく立ち寄った場所で交わした会話など、記録資料だけでは伝えきれないものが、いくつも思い浮かぶ。
もちろん、それらをすべて再現することなどできないだろう。そもそも、開拓者が知っているオンパロスは、長い歴史を持つ世界のほんの一部分にすぎない。黄金裔たちが見てきた景色と、開拓者が旅の途中で出会った景色が、必ずしも同じ意味を持つとは限らなかった。何なら、アグライアが指摘した場所は、旧いベロブログの意匠もある。
「……じゃあ、見た目をそっくりにするより、そこで何ができるかを考えたほうがいいのかな」
開拓者は小さく呟き、画面の中の広場を拡大した。先ほど置いた長椅子は、木のそばに収まっている。試作素材の一覧から選んだだけの簡素なものだが、もしもここが人々の集まる場所になるのなら、椅子の形や向きにも意味が生まれるはずだった。
例えば、広場の中央に向けて置けば、行き交う人々を眺められる。建物の壁際へ寄せれば、少し落ち着いた場所になるだろうし、複数の椅子を向かい合わせれば、仲間同士で語らうための空間にもできる。
どれがオンパロスの街に最も近い配置なのかは、今の開拓者には分からない。しかし、誰かがそこへ腰掛け、ほかの誰かと時間を過ごすという光景なら、想像することができた。
端末の画面を切り替え、街の設計図に小さな注釈を付け加えた。書き終えてから眺めてみると、何とも当たり前のことを書いた気がしたが、今後の作業で迷ったときには役立ちそうだった。
『元の文化や景観を参考にする。ただし、実際に遊ぶ人の使いやすさも考える』
そのまま別の資料を開くと、今度は地形の参考画像が並んだ。
なだらかな丘陵、石造りの道が続く高台、古い遺構を思わせる柱廊、広い空間を囲む建築物など、そこには街並みとは異なる種類の景観が収められている。開拓者はひとつずつ眺めながら、ゲームの中でどのように使えるかを考えてみた。
例えば、高台へ続く道は、景色を眺めるための場所にも、探索の途中で立ち寄る地点にもできる。柱廊のような構造は、広場の装飾として使うこともできれば、ダンジョンの入口を印象づけるためにも利用できそうだった。……ただし、見た目が美しいからといって、どこへでも配置すればよいわけではない。
開拓者は試しに、広場の奥へ大きな柱廊を置いてみた。すると、建物の存在感が強すぎたのか、先ほどまで親しみやすく見えていた街並みが、急に荘厳な雰囲気へ変わってしまった。
「うわっ、なんか偉い人が出てきそうな場所になった……。これはこれで格好いいけど、待ち合わせ場所って感じじゃなくなっちゃったな」
苦笑しながら柱廊を取り消し、今度は少し小さな装飾を選んだ。同じ文化を参考にした素材でも、組み合わせ方ひとつで景色の印象は大きく変わる。広場の中央に置けば象徴的な建築物になり、街の外れへ配置すれば、旅人が偶然見つける遺構のようにも見えるだろう。
その違いを面白がりながら、いくつかの配置を試した。もっとも、端末上で確認できるのは、あくまでも模型としての見え方である。
完成した世界で実際に歩いたとき、どのような距離感になるのかは、まだ分からない。建物の高さや道の長さも、今は数値と表示上の印象から判断するほかなかった。
それでも、試行錯誤を重ねるうちに、開拓者は少しずつ、この世界が目指すべき姿を掴み始めていた。
オンパロスの歴史や文化を知らない人が訪れても、ひとつのファンタジー世界として楽しめること。そして、かつてオンパロスを知っていた人が訪れたときには、建物の意匠や風景のどこかに、懐かしいものを見つけられること。
その二つは、必ずしも相反するものではないはずだった。開拓者は再びアグライアへ連絡を送り、先ほどの助言について礼を伝えた。
『ありがとう! 元のオンパロスを大事にしつつ、ゲームとして面白い世界にしてみる!』
しばらくして届いた返信には、穏やかな言葉が添えられていた。
『ええ。皆さんが新しい楽しみを見つけられる世界になるとよいですね。私も、どのような景色が生まれるのか楽しみにしております』
その文章を眺め、口元を緩めた。アグライアのようにオンパロスをよく知る人が、こうして意見を寄せてくれることは心強い。けれど、同時に、開拓者自身が考えたことや、ほかの仲間たちが持ち寄る発想も、この世界には必要なのだろう。
なにしろ、目指しているのは過去の景色を眺めるためだけの場所ではない。そこで新しい冒険をし、まだ知らないものに出会い、仲間たちと笑い合うための世界なのだから。
開拓者は試作中の街を保存し、別の設計図を開いた。そこには、ダンジョンの入口として使う予定の、簡素な石造りの構造物が置かれている。まだ周囲の地形も整っておらず、入口の奥に続く通路も、模型としての輪郭があるだけだった。
その入口を眺めながら、ふと考えた。もしも、この場所を訪れる人がオンパロスを知らなかったら、どんな印象を受けるだろう。
古い神殿のように見えるかもしれないし、何か秘密が隠された遺跡だと思うかもしれない。あるいは、ただのダンジョンの入口として、何も考えずに進んでいく人もいるだろう。
案外、それで構わないのかもしれなかった。
最初からすべての意味を理解していなくても、遊んでいるうちに興味を持ち、あとから元になった文化や景観について知りたくなることもある。ゲームの中で見たものが、現実のオンパロスへ関心を向けるきっかけになるなら、それもまた、ひとつの出会いと言えるはずだ。
「そう考えると、ちょっと面白いかも。ゲームで見た建物について、あとから『これ、元になった場所があるんだよ』って教えてもらえたりするんだよね」
開拓者は嬉しそうに頷き、入口の周囲へいくつかの装飾を配置してみた。柱の形は参考資料に近づけながら、通路の幅は少し広くする。階段の段数も、模型上で窮屈に見えない程度に調整し、入口へ向かう道には緩やかな曲線を加えた。
実在する建築物をそのまま複製したわけではない。それでも、オンパロスで見た景色の面影は、確かにそこへ残っていた。
うーむ? 端末を少し傾け、入口を斜めから眺めた。石造りの柱が並ぶ奥に暗い通路が続き、その先には、まだ何も配置されていない空間が広がっている。
いつか、ここを仲間たちと一緒に歩けるようになったら。そのときには、入口の前で記念撮影をするのも面白そうだし、誰が最初に中へ入るか相談するのも楽しそうだった。もしかしたら、オンパロスを知る黄金裔たちが、建物の意匠について何か教えてくれるかもしれない。
そうした想像を重ねていると、画面の中の建築物は、ただの試作素材ではなく、未来の思い出が生まれる場所のように見えてきた。
開拓者はふと、先ほど作った小さな街のことを思い出した。あの広場も、最初は石畳と建物を並べただけの場所だった。けれど、そこへ木を植え、長椅子を置き、誰かが訪れる姿を思い浮かべるうちに、少しずつ意味が変わっていった。
ダンジョンの入口も、きっと同じなのだろう。そこに何を置くかだけではなく、誰が訪れ、どのような時間を過ごすのかによって、景色の価値は変わっていく。
開拓者は設計図の注釈欄を開き、先ほどの街並みに書き添えた言葉を、こちらにも記録した。元の世界への敬意を忘れず、けれど、元の世界に縛られすぎないこと。その考え方は、建物の配置だけでなく、これから作られていくダンジョンや街並み全体にも通じるものになりそうだった。
「……うん、これでいい気がする。オンパロスそのものじゃないけど、オンパロスが好きな人にも、初めて見る人にも楽しんでもらえる世界にしたいし」
開拓者は画面の隅に表示された保存項目を選び、作業内容を記録した。
端末の中では、石造りの入口が静かに佇んでいる。そこへ続く道にはまだ足跡がなく、奥に広がる空間にも、冒険者の姿は存在しない。――それでも、開拓者には、その先へ進む人々の姿を想像することができた。
過去を知る者が懐かしさを見つけ、初めて訪れる者が新しい景色に驚く。異なる場所から集まった人々が、同じ世界で遊び、語り合い、それぞれの思い出を重ねてゆく。
そうした未来が実現するなら、《オンパロス・オンライン》は、単なる再現された世界ではなく、そこを訪れる人々によって少しずつ新しい意味を持つ場所になっていくのだろう。
保存された設計図を一覧へ戻し、画面に並んだ小さな模型を眺めた。まだ完成していない街、入口だけが形になったダンジョン、配置を試しただけの建築物。それらはどれも未完成で、実際に冒険できる段階にはほど遠かったが、ひとつひとつに異なる可能性が眠っているように見えた。
そして、その可能性を形にしていくためには、開拓者ひとりの発想だけでは足りないのかもしれない。
オンパロスを知る人々が持つ記憶と、銀河の各地を旅してきた人々の経験。その両方が重なり合うことで、元の世界にはなかった景色や、新しい遊び方が生まれていくのだろう。
開拓者は端末を閉じる前に、もう一度だけ《オンパロス・オンライン》の名前を見つめた。そこに込められているのは、過ぎ去った景色をそのまま閉じ込めるための願いではない。
懐かしいものを大切にしながら、まだ見ぬものへ手を伸ばしていくこと。誰かが知っている世界を、別の誰かにとっての新しい冒険へ変えていくこと。
開拓者はそんな未来を思い描きながら、端末の画面をそっと暗くした。まだ誰も歩けない世界の輪郭は、今日も少しだけ広がっていた。