傍目には以前と変わらず、穏やかに日々を過ごすファイノン。しかし、ヒアンシーが数日にわたり活動時間を記録すると、その身体には、本人さえ自覚しにくい疲労が少しずつ蓄積している可能性が見えてきた。
ただ休息を勧めるだけでは、彼が自分のために過ごす喜びまで取り戻せるとは限らない。
数週間後、開拓者から届いた《オンパロス・オンライン》の仮フィールドを見たヒアンシーは、ひとつの可能性を思いつく。ダンジョンマスターとして好きな場所を作り、育てる時間が、彼にとって穏やかな憩いとなるのではないか。
仲間たちは、その願いを新たな提案として共有するのだった。
ヒアンシーが新しい提案をまとめてから、数日が過ぎた。
窓辺に置かれた小さな鉢植えは、柔らかな日差しを受けて若葉を広げており、その向こうでは、穏やかな風に揺れる街路樹の影が石畳をゆっくりと横切っていた。診察の合間に見慣れた景色を眺めながら、ヒアンシーは端末に保存した提案書を読み返し、最後の一文に指先を添えた。
『本人が望んだときに、自分のために過ごせる場所を作れるようにする』
アナイクスとキャストリスに相談したときには、ファイノンが自分で景色を作り、そこに少しずつ手を加えていくという考え方が中心だった。しかし、開拓者へ正式に相談するため、具体的に何が必要なのかを整理してみると、ダンジョンマスターという役割だけでは足りないことに気づいた。
迷宮を作れるとしても、その内部が戦闘や探索のための通路と部屋ばかりでは、結局のところ、完成させるべき攻略施設をもうひとつ与えることになりかねない。
ファイノンが気に入った場所を見つけ、そこへ何度でも戻りたいと思えるようにするには、何があればよいのだろう。
端末を傾け、開拓者が送ってくれた仮フィールドの画像を呼び出した。石造りの街路、緩やかな丘陵、古い神殿を思わせる入口、そして一本の木と長椅子が置かれた小さな広場。どれも開拓者が試作段階で配置したもので、今はまだ、仮想世界へ入って歩き回ることはできない。
それでも、画像を見るだけで楽しい気持ちになるのだから、実際にこうした景色を作ったり、誰かと眺めたりできるようになれば、楽しみ方はいっそう広がるはずだった。――ただ、ヒアンシーが考えているのは、単に美しい景色を増やすことだけではない。
彼は、誰かの役に立てると分かれば、自然とそちらへ手を伸ばす人だ。自分のために休んでいてくださいと勧めても、彼は優しく微笑んで頷きながら、休んでいるあいだに何か手伝えることはないかと考えてしまうかもしれない。
だからこそ、何もしなくても構わない場所ではなく、何をするかを自分で選べる場所が必要なのではないだろうか。
「……お家を作ったり、お庭に木を植えたりすることも、できたらいいですよね。今日は何も変えずに眺めるだけでも、誰かが遊びに来てくれたら一緒にお話しするだけでも……」
口にしてみると、想像は思っていた以上に自然に広がった。
それは、ファイノンだけではない。ヒアンシー自身も、小さな庭を作ってみたいし、好きな花を植えたり、イカルンが気に入りそうな場所を探したりしてみたい。キャストリスなら、きっと花の咲く静かな場所を大切に整えるだろうし、アグライアなら、建物の形から周囲の景観に至るまで、美しく仕立ててくれそうだった。
誰かを休ませるために考え始めたはずなのに、気づけば自分も楽しむことを想像している。そのことが少しおかしくて、ヒアンシーは頬を緩めた。
けれど、ひとりで考えていても、実際にできることは分からない。そこで彼女は提案書を送信し、開拓者をはじめとする開発関係者へ、相談の時間を設けてもらうことにした。
数日後、黄金裔たちと星穹列車の仲間たちが、通信を介して顔を合わせる機会が設けられた。
ヒアンシーのいる部屋にはアグライアとキャストリス、アナイクスも集まっており、机の中央には開発資料を表示する端末が置かれている。窓から入る風が書類の端を揺らすたび、キャストリスがそっと押さえ、アグライアは資料の見やすい位置を整えながら、通信の開始を待っていた。
やがて画面が明るくなり、星穹列車の一角を背景に、開拓者の姿が映し出された。
『やっほー、みんな! ヒアたんからの提案、読んだよ! なんか面白そうなこと考えてるじゃん、これ!』
「グレーたん、こんにちは! お忙しいところありがとうございます。まだ思いついたばかりのことも多いので、できるかどうか、皆さんと一緒に考えていただけたら嬉しいです」
『もちろん! というか、読んでてちょっとびっくりしたんだけどさ……ヒアたん、スローライフゲームってジャンルがあるんだけど、……もしかして知ってた?』
「え? なんですかそれ?」
ヒアンシーが思わず聞き返すと、画面の向こうで開拓者は目を丸くし、次の瞬間には片手で額を押さえながら、何とも言えない表情を浮かべた。
『ヒアたん自力でそこにたどり着けたの天才じゃん……』
「ええっ!? あ、あの、そんなにすごいことを考えていたのでしょうか? わたし、グレーたんが送ってくださった画像を見て、こんなこともできたら楽しそうだなって思っただけなんですけど……!」
ヒアンシーが戸惑っていると、開拓者は嬉しそうに笑い、端末の向きを調整して、こちらにも見えるように資料を広げた。
『いや、そこがいいんだよ! スローライフ系って、戦って勝つことだけを目指すんじゃなくて、家を作ったり、畑を育てたり、好きな家具を置いたりして、自分のペースで遊べるゲームのことなんだ。何を楽しむかを自分で決められるのが魅力っていうか!』
「わあ……! そういう遊び方が、もうひとつのジャンルになっているんですね。わたし、ゲームって、何かを攻略したり、決められた目的を達成したりするものだと思っていました」
『そういうのもあるし、もちろん目的が用意されてるスローライフゲームもあるよ。でも、今日は家の模様替えだけ、明日は庭の手入れだけ、みたいに遊ぶのもありなんだよね』
開拓者の説明を聞いているうちに、ヒアンシーは思わず身を乗り出していた。
ファイノンに何かを成し遂げてもらうのではなく、自分で楽しみを選んでほしい。そう願って考えたことが、すでにゲームという遊びの中に存在しているのだと知ると、胸の奥がふっと明るくなるようだった。
もっとも、その楽しさを今のファイノンが受け入れられるかどうかは、別の問題である。ヒアンシーは開拓者の説明を聞きながらも、そこを混同しないよう、自分の提案書へ視線を戻した。
『でね、オンパロス・オンラインって、最初は王道のMMORPGにする予定だったんだよ。みんなで冒険して、ジョブを選んで、ダンジョンへ潜って、強い敵を倒して……って感じの』
開拓者は画面の端に並んだ項目を指し示し、現在考えられているゲームの方向性を説明した。
多数の人が同じ仮想世界に集まり、それぞれの役割を選びながら冒険する。誰かと協力して迷宮を攻略することもあれば、各地を探索して新しいものを発見することもあるという。
ヒアンシーには、まだ知らない言葉がいくつも出てきたものの、開拓者が説明を添えてくれるおかげで、少しずつ全体像を掴むことができた。
その途中、開拓者は何かを思いついたように指を止めた。
『……ジョブシステムにダンジョンマスターの追加……ありかも』
ヒアンシーが顔を上げると、画面の向こうでは、開拓者が真剣な表情で資料を見比べていた。
『そもそも、今使ってるフィールド編集システムって、銀狼が用意してくれたやつなんだよね。街並みとかダンジョンの形を組み立てるための開発用ツールなんだけど、これがもう、一般的にイメージするダンジョンマスターみたいな操作なんだ』
「そうだったんですね! てっきり、ダンジョンマスターというのは、もうゲームの中で選べる役割として決まっているものだと思っていました」
『いや、まだそこまでは決まってないんだ。開発する側が使う機能だったから、プレイヤーのジョブにするって発想は、あんまり本格的に考えてなかったかも』
開拓者はそう話しながら、別の通信先へ短いメッセージを送った。
ほどなくして画面の一角に銀狼の名前が現れ、簡素な文字のやり取りが表示された。ヒアンシーにも読める範囲では、銀狼は追加したい機能の概要を確認し、もともとの編集システムをプレイヤー向けに扱えるよう調整する場合、操作権限や保存方法を整理する必要があると指摘しているようだった。
『へぇ、開発ツールをジョブにするんだ。別に悪くないんじゃない? ただ、今のままだと触らせちゃいけないところまで編集できるから、そのまま渡すのは無理。使える機能を分けるなら考えられるけど』
『だよね! じゃあ、ダンジョンマスター用の機能として独立させるのはどう?』
『仕様次第。何を作らせたいか先に決めて。あと、家や庭を置きたいなら、今の建築素材だけじゃ足りないでしょ』
淡々とした返答に、開拓者が勢いよく頷くのを見て、ヒアンシーは思わず笑みをこぼした。
技術的な仕組みについては、彼女にはまだ分からないことが多い。しかし、自分の提案が、単なる思いつきとして流されるのではなく、実際に開発できるかどうかを考える話へ変わり始めていることは分かった。
「……でしたら、生活するための場所を作れるようにする、というのはいかがでしょうか。ダンジョンの中に、お家やお庭、ゆっくり休める場所があれば、冒険の途中でも、戦わずに過ごす時間を楽しめると思うんです」
ヒアンシーがそう話すと、アグライアが静かに頷いた。
「ええ、素敵な考えですね。建築物を並べるだけでなく、そこでどのように過ごしたいのかを考えながら場所を整えられるなら、作り手によって異なる景色が生まれるでしょう」
キャストリスも端末の画像を見つめ、少し遠慮がちに言葉を添えた。
「……あの、わたくし、お庭を作れるというのが、とても素敵だと思いました。好きな花を植えたり、季節によって景色を変えたりできるのでしたら、毎日少しずつ眺めるのも楽しそうです」
ヒアンシーは彼女の言葉に頷きながら、提案書へ新しい項目を書き加えた。
庭園を整えること、家具を置くこと、建物の用途を考えること。そうした行為は、戦闘や探索のための設備を配置することとは、少し違う楽しさを持っている。
そして、何よりも大切なのは、作った場所に自分自身が留まれることだった。
「わたし、ファイノン様に新しいお仕事をお願いしたいわけではないんです。今のファイノン様は、一見すると以前と変わらないくらいお元気そうなのですが、活動の記録を重ねてみると、少しずつお疲れが蓄積している可能性がありまして……」
ヒアンシーはそこで言葉を選び、体調の細かな記録については触れずに続けた。
「ご本人にも分かりにくいご負担があるのなら、何かを頑張っていただくより、自然と休める時間を増やせたらと思うんです。好きな景色を作って、気が向いたときに手を加えて、何もしたくない日には、そのまま眺めていてもいいような……そんな場所があれば」
通信の向こうで、開拓者の表情が少し変わった。先ほどまで新しいゲームの仕組みについて楽しそうに話していた彼女は、端末へ向けていた手を止め、ヒアンシーの言葉を最後まで聞いてくれた。
『……そっか。ファイノンって、そんなに分かりにくいんだね』
「はい。もちろん、今すぐ何か深刻なことが起きていると決まったわけではありません。でも、ファイノン様は、ご自分から休みたいとおっしゃることが少ないので……」
ヒアンシーは胸元で手を重ね、穏やかに続けた。
「それに、休んでくださいとお願いすれば、ちゃんと休んでくださるんです。ですけど、その時間をファイノン様が楽しみにしていらっしゃるかというと、わたしには、まだよく分からなくて」
アナイクスはそれまで静かに聞いていたが、そこで資料から顔を上げた。
「補足しておきますが、彼の心理状態については、現段階で結論を出せるものではありません。私たちが検討しているのは、彼に何かを強制する方法ではなく、本人が選べる活動の幅を増やす方法です」
『うん、それは分かる。というか、ファイノンだけじゃなくて、ほかのみんなも普通に遊べるようにしたいな。誰か専用の施設を作るんじゃなくて、ゲームの遊び方を増やす感じで』
開拓者の返答を聞いて、ヒアンシーは思わず顔を明るくした。
「はい、それです! わたしも、皆さんが一緒に楽しめる場所にしたいと思っていたんです。ファイノン様だけが休んでいて、周りの皆さんが見守っているような形では、きっと落ち着かないでしょうから」
アグライアが微笑み、机上に表示された仮フィールドへ視線を向けた。
「人が過ごす場所というものは、誰か一人のために用意したからといって、その方が心地よく感じるとは限りません。訪れる人にもそれぞれの楽しみがあり、作り手自身にも愛着があるからこそ、自然と人が集まるのでしょうね」
その言葉を聞きながら、ファイノンが仲間たちと過ごす姿を思い浮かべた。彼が何かを完成させたからといって、誰かが褒めに訪れる必要はない。仲間が遊びに来て、気になったものを眺めたり、何となく立ち話をしたりするうちに、いつの間にか時間が過ぎているような場所なら、彼も少しは自分のために過ごせるかもしれなかった。
やがて開拓者は、画面に開発用の設計資料を映し出した。
『じゃあ、方向性はこんな感じかな。ダンジョンマスターをジョブとして追加するのを検討して、既存の編集システムをプレイヤー用に調整する。それから、戦闘や探索に必要な設備だけじゃなくて、家とか庭とか、生活用のものも置けるようにする』
画面には、開拓者が新しく書き込んだ項目が並んでいた。住居、庭園、休憩所、家具、装飾品。さらに、建物をどのように利用するかを考えるための項目も追加され、これまでのダンジョン構造とは異なる用途が、少しずつ言葉になってゆく。
変化を見守りながら、ひとつ気になることを尋ねた。
「グレーたん、こういう場所を作るとき、必ず何かを完成させなければならない、という仕組みにはならないでしょうか? 例えば、決められた日までに建物を作らないといけないとか、毎日お手入れをしないと何かが失われてしまうとか……」
『ああ、なるほど。ログインしないと困るような仕組みは避けたいってことだね。確かに、それだと気軽に遊べなくなるかも』
開拓者は考えるように頬へ指を添え、銀狼との通信欄へ短く書き込んだ。
銀狼からは、生活要素を追加することと、継続的な管理を義務づけることは別の仕様だという返答があり、開拓者もそれを聞いて、納得したように頷いていた。
『じゃあ、少なくとも家を作ったり、家具を並べたりするところは、自分のペースでできるようにしたいね。毎日何かしなきゃいけないってなると、私も普通に面倒くさいし』
「ふふっ、グレーたんもそう思われるんですね。でも、わたしも、そういう遊び方なら安心できそうです」
笑いながらも、胸の奥にあった懸念がひとつ軽くなったことを感じていた。彼のために考え始めた機能が、ほかの人にとっても気楽に楽しめる仕組みになる。それならば、彼だけが特別な配慮を受けていると感じることも少なくなるかもしれない。
話し合いが進むにつれ、開拓者は既存のダンジョン編集機能を確認しながら、生活用の素材を追加するために必要な変更を整理していった。
もともと用意されていた建築素材には、家屋や木、長椅子などが含まれている。しかし、それらは現在、街並みやフィールドの景観を整えるための素材として扱われており、プレイヤーが自分の生活空間として使うことまでは想定されていない。
同じ建物を配置するにしても、ダンジョンの背景として置くのと、自分の居場所として整えるのとでは、必要になる機能が違うのだろう。
例えば、部屋の中に家具を置けるかどうか。置いたものをあとから移動できるかどうか。作業を途中でやめても、次に再開したときに以前の状態が残っているかどうか。
ヒアンシーには技術的な難しさまでは分からなかったが、開拓者がひとつずつ確認していく様子を見ていると、単に家具の種類を増やせばよいという話ではないことが伝わってきた。
そうして、銀狼から試作版へ追加できそうな範囲について返答が届いた。
『既存の配置機能を流用できるところはある。とりあえずハウジング用の素材分類と保存対象を増やして、開発版で動作確認するなら可能。プレイヤー向けの正式な操作画面は、そのあと』
『よし、じゃあまずはそこから! 家を置いて、庭を作って、家具を動かせるところまで試してみよう!』
開拓者の声には、新しい遊びを見つけたときのような弾みがあった。ヒアンシーは画面越しにその様子を見ながら、自分もつられて笑顔になっていることに気づいた。
もちろん、銀狼の返答は、すべての機能が完成するという約束ではない。まずは開発用の試作版へ、生活空間を整えるための要素を追加し、これまでの編集機能と組み合わせて動くかどうか確かめる段階である。
それでも、今まで言葉でしか存在しなかった構想が、実際に手を加えられる設計項目へ変わり始めたことは、ヒアンシーにとって大きな進展だった。
その後、星穹列車の仲間たちや黄金裔の協力を受けながら、開発版には少しずつ新しい素材と配置項目が加えられていった。
開拓者から届く画像には、以前よりも種類の増えた建物や家具が並び、庭園用の植栽や休憩用の設備も、独立した分類として表示されるようになっていた。
ある日送られてきた試作画面では、小さな家屋の周囲に柵と植栽が置かれ、入口へ続く短い道が作られていた。別の日には、建物の内部を整えるための家具が追加され、机や椅子の配置を変更している様子が、編集画面の記録として添えられていた。
ただし、それらはあくまでも開発版であり、完成した仮想世界へ入って生活できるようになったわけではない。画面上の素材を選び、位置を変更し、設計図として保存するという段階に留まっていることは、開拓者も繰り返し伝えてくれた。
ヒアンシーはその報告を受けるたび、楽しさを覚える一方で、ひとつのことを忘れないようにしていた。
ファイノンには、まだこの計画を伝えていない。彼を心配する仲間たちのあいだで始まった相談は、今では新しいゲーム機能の開発という形を取り始めている。しかし、それを本人へ知らせる時期や、どのように紹介するかについては、まだ慎重に考える必要があった。
ヒアンシーは、彼が普段どおりに笑って過ごしている姿を思い浮かべた。今日もきっと、誰かと話し、何かを手伝い、周囲へ気遣いを向けながら日々を過ごしているのだろう。
彼の疲労がどの程度蓄積しているのかは、今も慎重に見守る必要があるし、本人が何を楽しみにしているのかについても、まだ分からないことが多い。けれど、いつかこの新しい遊び方を紹介できる日が来たなら、ファイノンはどんな反応を見せるだろう。
自分で場所を作れると聞いて興味を持ってくれるかもしれないし、最初は何をすればよいのか分からず、少し戸惑うかもしれない。どちらであっても、彼の返事を聞いてから考えればよい。
何を作るかも、どこまで作るかも、そもそも遊んでみたいと思うかどうかも、最後に決めるのはファイノン自身なのだから。
ヒアンシーは端末に届いた最新の画像を開き、小さな家屋と庭園が並ぶ試作画面を眺めた。以前は迷宮を攻略するための世界として考えられていた《オンパロス・オンライン》に、誰かが暮らすことを想像できる景色が加わっている。
それは、戦闘のための設備を減らしたというだけの変化ではなかった。冒険をしたい人は冒険をし、何かを作りたい人は自分の場所を整える。誰かと集まりたい日もあれば、ひとりで静かに過ごしたい日もあるだろう。
そうした選択肢を持てること自体が、この世界の新しい楽しさになっていくのかもしれない。
「……ふふっ、素敵ですね。グレーたんたちも、随分と楽しそうです」
ヒアンシーは最新の画像を保存し、提案書を開いた。そこには、本人が望んだときに、自分のために過ごせる場所を作れるようにする、という最初に掲げた願いが残っている。
今も、その願いは変わっておらず、仲間たちの手によって少しずつ形になり始めた機能は、ファイノンだけのためのものではなくなっていた。
黄金裔も、星穹列車の仲間たちも、いつか遊びに来る誰かも、それぞれの好きな景色を作り、好きなように過ごすことができる。その中に、ファイノンが自然に加わってくれたら。ヒアンシーはそんな未来を思い描きながら、端末を静かに閉じた。
窓の外では、夕暮れの光が街路を淡く染め始めていた。誰かの帰りを待つ家々には、ひとつ、またひとつと灯りがともり、遠くからは人々の話し声が風に乗って届いてくる。
明日も、こうして穏やかな日常が続いていく。その当たり前の時間を、ファイノンにも、もっと自分のために楽しんでほしい。
そんな願いを胸に、ヒアンシーは次の仕事へ向かうため、机上の資料を丁寧に重ねた。