住居や庭園を整えるハウジング機能が加わり始めた《オンパロス・オンライン》。週に一度のお茶会を兼ねた開発報告で、黄金裔たちは新たな遊び方に期待を寄せる。
しかし、作れるものが増えたとしても、初めて触れる人が、その楽しさをすぐに理解できるとは限らない。アグライアはファイノンにも分かりやすいモデルケースを求めるが、各惑星を巡る開拓者たちには、まだ完成した見本を用意する余裕がなかった。
それならば、まずは自分たちで景色を思い描いてみればよい。穏やかな茶会の卓上に広げられた一枚の白紙から、新しい居場所を考える時間が始まろうとしていた。
円卓の中央に広げられた白紙へ、アグライアが最初に描き込んだのは、家屋でも庭園でもなく、ゆるやかに曲がる一本の道だった。
筆先が紙の上を滑るたび、午後の陽光を受けた白い面に細い線が残され、その曲線の先へ小さな広場を添えてみると、まだ何ひとつ建物を置いていないはずの土地に、誰かが歩いてゆくための方向が生まれたように感じられた。彼女はその道を指先でなぞり、もう一本、少し離れたところから合流する道を引いてみる。
すると、正面から訪れる者と、脇道からやって来る者とが、同じ広場へ辿り着ける形になった。
「では、ここを人々が集まる場所として考えてみましょうか。どなたかが帰ってくる道でも、これから別の場所へ向かう道でも構いませんが、まずは、行き先を決めずに立ち寄れる場所があるとよいですね」
アグライアがそう告げると、隣のヒアンシーが身を乗り出し、描かれた道筋をじっと見つめた。向かい側ではキャストリスが両手を膝の上で重ね、紙の余白へ視線を移している。
「さすがはアグライア様です、もう道ができましたね! でしたら、この辺りにはお家があって、広場のそばにはお庭があると素敵かもしれません。お散歩の途中で休んだり、誰かと待ち合わせたりできそうです!」
「……わたくしは、少し離れたところにも、腰を下ろせる場所があれば嬉しいです。皆さまがお集まりになる広場も素敵ですが、静かに過ごしたい方もいらっしゃるでしょうから」
二人の言葉に頷きながら、アグライアは広場の周囲へ建物を示す小さな四角を並べ、その外側に庭園のための余白を残した。家々の位置を少しずつずらしてみると、向かい合う窓から互いの室内が見えすぎないようになり、建物の間を抜ける小道にも、自然な広がりが生まれてくる。
仕立ての図案を考えるときにも、彼女は最初から装飾を重ねることはしない。まず身につける人の身体と動きを思い浮かべ、布がどこに触れ、どのように流れれば美しく、なおかつ心地よいのかを確かめてから、意匠を整えてゆく。この街の図案も、それに似ていた。
美しい建物が並んでいることより、そこを訪れる人が、どこから来て、何を見て、どこへ進みたくなるのか。そうした過ごし方の輪郭が見えてこなければ、建物をいくら増やしても、人の暮らす場所にはならないように思えた。
通信画面の向こうでは、開拓者が興味深そうに紙の上の線を追っていた。
『おお……! なんか地図っぽくなってきた! アグライアって、建物の置き方も服のデザインみたいに考えるんだね』
「ふふ、そうかもしれません。身につけるものも、人が過ごす場所も、使う方にとっての心地よさを考えるという点では、通じるところがありますから」
『なるほどなあ。私はとりあえず置いてみて、なんか違うってなってから直してたんだけど、先に道を考えるのもありか……』
開拓者は感心したように頷き、端末の操作画面をもう一度開いた。アグライアの目には、これまで建物の配置を確かめるために使われていた格子状の表示が映り、街路の幅や建築物の向きを数字で確認できることが分かった。
それなら、紙の上で考えた構想を、あとから開発版の設計図へ置き換えることもできるだろう。もちろん、現実に模型を作るときのように、用意された素材や寸法の制約はあるはずだが、今はその違いを確かめるための試作なのだから、最初からすべてを揃える必要はなかった。
「星さん、こちらの地形は、ある程度自由に組み合わせられるのでしょうか。例えば、ひとつの大きな街だけではなく、少し離れた場所に小さな集落を置いて、道で繋ぐような形も考えられますか?」
『うん、設計上はできるよ! フィールドの広さとか、どこまで繋げられるかは調整が必要だけど、町や村をいくつか作るっていう考え方自体は問題ないと思う!』
その返答に、アグライアは手元の紙を少し回転させ、先ほど描いた広場から離れた位置へ、三つの小さな円を加えた。
それぞれの円は細い道で繋がり、途中には丘陵や樹木を示す簡単な線を置く。円のひとつを川に近い土地へ寄せ、別のひとつを緩やかな高台へ移してみると、地形の違いによって、同じ集落でも異なる暮らしが生まれそうだった。
水辺に近い村なら、橋を渡る道や岸辺へ下りる階段があってもよい。丘の上に家が集まるなら、遠くを見渡せる広場や、風を避けられる建物が必要になるだろう。平地には農地や庭園を想像できる余白を残し、家々が密集しすぎないようにするだけでも、町ごとの表情は随分と変わってくる。
アグライアは試しに、最も大きな円の周囲へ二重の線を引き、その外側から小さな集落へ道を伸ばした。
「ひとつの街にすべてを集めるより、場所ごとに異なる景色があっても楽しそうですね。賑やかなところで過ごしたい日もあれば、少し離れた場所で静かに過ごしたい日もあるでしょうし、それぞれの土地に違った親しみを感じていただけるかもしれません」
アグライアの言葉を聞いて、キャストリスは紙の端へそっと指を添えた。
「……あの、こちらの小さな村には、花の咲く道があってもよろしいでしょうか。建物があまり多くない場所でしたら、季節によって景色が変わるのも、きっと素敵だと思うんです」
「ええ、もちろんですよ、キャストリス。では、道の両側に植栽を置けるよう、少し広さを残しておきましょうか」
アグライアが村の入口へ小さな印を付けると、キャストリスは嬉しそうに微笑み、どのくらいの幅があれば花を眺めながら歩けるだろうかと、ヒアンシーと相談を始めた。
その様子を眺めていると、アグライアには、最初に考えていたモデルケースという言葉が、少し違う響きを持ち始めているように感じられた。
これは誰か一人に見せるためだけの見本ではない。仲間たちが自分の好きな景色を持ち寄り、まだ存在しない場所について語り合うための、ひとつのきっかけにもなっている。
そうして紙の上の集落が増えてゆくうちに、通信画面の向こうから、開拓者が別の資料を差し出した。
『そういえばさ、オンパロスを元にした世界だからって、建物を全部オンパロス風にしなくてもいいんだよね? 前にアグライアも、いろんな惑星の文化を取り入れたら面白いって言ってたし』
「ええ、そのように考えています。元となる文化への敬意を失わないことは大切ですが、何もかもを忠実に再現する必要はないでしょう。むしろ、新しい世界であることを活かして、異なる文明が出会ったなら、どのような景色が生まれるのかを考えるのも面白いと思います」
アグライアはそう返し、画面に並べられた資料へ目を向けた。開拓者が見せてくれたのは、星穹列車が各地で集めた建築物や街路の参考画像だった。
オンパロスの石造建築や柱廊に似たものもあれば、金属や硝子を多用した建物、曲線を活かした装飾、光を巧みに取り入れた街並みなど、異なる土地の文化を感じさせるものもある。
その中に、ピノコニーの資料があった。金色の装飾をまとった建物、幾何学的な意匠を繰り返す壁面、華やかな照明に縁取られた大階段、賑やかな人々を迎えるために設けられた広い空間。
オンパロスの街並みとは異なる美しさを持ちながらも、柱や広場を象徴的に扱うところには、意外なほど馴染みのよい部分があるように感じられた。
アグライアは画像を見比べ、最も大きく描いた町の輪郭へ視線を落とした。もしも、オンパロスを思わせる古典的な建築様式の中へ、ピノコニーの華やかな意匠が取り入れられたなら、どのような街になるだろう。
例えば、白い石柱が並ぶ長い通りの先に、幾何学的な模様を施した大きな建物があり、その周囲には人々が集まるための広場が開けている。建物の正面には柔らかな曲線を描く階段を設け、装飾には金属と硝子の輝きを取り入れながらも、街全体の輪郭にはオンパロスらしい石造りの落ち着きを残す。
どちらかの文明をそのまま写し取るのではなく、ふたつの文化が交流し、長い時間をかけて互いの意匠を取り入れてきたような、架空の歴史を感じさせる街並み。その構想を紙の上へ移し、中央の町を囲む建物の形を、ほかの集落よりも大きく描き直した。
「……こちらの大きな町は、オンパロスとピノコニーの文明交流を思わせる場所にしてもよいかもしれませんね。石造りの柱廊や広場を基調にしながら、建物の装飾にはピノコニーの華やかさを取り入れてみるのです」
開拓者が画面の向こうで目を輝かせた。
『えっ、それすごくよくない!? オンパロスっぽい街なのに、ピノコニーっぽい豪華な建物もあるってことでしょ? なんか文明が混ざって発展した感じがする!』
「ふふ、ええ。元の歴史とは異なりますけれど、だからこそ、この世界ならではの景色として楽しんでいただけるのではないでしょうか。もちろん、意匠をただ寄せ集めるだけでは落ち着きのない街になってしまいますから、素材や色彩の調和には気を配りたいところですね」
アグライアは建物の位置を何度か描き直し、中央の広場から放射状に伸びる通りを整えた。大きな建築物ばかりを並べれば、訪れた人は圧倒されるかもしれない。
しかし、その壮麗さを楽しめる一方で、少し道を逸れれば静かな小路があり、街の外側へ向かうほど建物の高さが緩やかに下がってゆくなら、賑わいと落ち着きの両方を感じられるだろう。
彼女がその違いを線の太さや建物の大きさで示してゆくと、紙の上には、中心に華やかな大きな町を置き、その周囲に小さな町や村が点在する、おおまかな地形の構想ができあがっていった。ヒアンシーは両手を合わせ、嬉しそうに紙を覗き込んだ。
「わあ、すごいです! 中心の町はとっても賑やかそうなのに、少し離れると静かな村があるんですね。これなら、その日の気分で行きたい場所を選べそうです!」
「……わたくしは、こちらの小さな村も好きです。大きな町にはない景色があると思うと、どちらも訪ねてみたくなりますね」
キャストリスの言葉に、アグライアは微笑みながら頷いた。紙の上では、まだ建物の外観も細かな道幅も決まっていない。それでも、最初の一本の道から始まった構想が、いつの間にか、いくつもの生活圏を持つ土地へと広がっていることに、彼女自身も少し驚いていた。
もっとも、こうして町や村を描きながら、アグライアには確かめておかなければならないことがあった。この世界は、あくまでもダンジョンRPGを土台とする仮想世界である。人々が暮らすための場所を考えるなら、建物の美しさや道の配置だけでなく、そこで安全に過ごせるかどうかも重要になるはずだった。
アグライアは筆を置き、通信画面へ目を向けた。
「ところで、星さん。こうした町や村は、ゲームの中では安全な場所として扱われるのでしょうか。以前、セーフゾーンという言葉を伺いましたけれど、私たちが考えている生活圏も、それに当たるのでしょうか」
『あ、うん! 町とか村みたいに、安心して過ごせる場所はセーフゾーンになる想定だよ。冒険する場所と、休憩したり準備したりする場所は分ける必要があるからね』
開拓者はそう答えながら、画面に地形の区分を示す資料を映し出した。
そこには、探索を想定した区域と、安全な活動を想定した区域が、それぞれ異なる色で示されている。アグライアには細かな仕様まで理解できなかったものの、少なくとも、世界全体が同じ危険度で構成されるわけではないことは分かった。
「なるほど。では、こうした町や村を設計する場合、どこまでを安全な生活圏として扱うのか、最初から考えておいたほうがよさそうですね」
『そうだね。今の開発版では、最終的にどう指定するかも含めて調整中だけど、生活する場所と探索する場所の区別は大事だと思う』
アグライアは紙の上に描いた町の外縁へ視線を戻し、先ほど引いた二重の線を、指先でゆっくりとなぞった。
中心の町には、広場も家屋もある。周囲の村へ向かう道も描かれているけれど、その途中にある丘陵や樹林まで、安全な区域として扱われるとは限らない。
もしも町の外へ一歩出たところで、冒険者が戦うべき敵と遭遇するのなら、生活を楽しむための場所を作るときにも、その距離を考える必要があるだろう。
特に、誰かが景色を眺めながら歩きたいと思ったとき、散歩の途中で突然戦わなければならなくなるのでは、思い描いていた穏やかな時間とは違ってしまう。
アグライアはそのことを言葉にしようとして、ふと、開拓者が以前送ってくれたダンジョンの資料を思い出した。
迷宮には、作り手が敵を配置する仕組みとは別に、セーフゾーン以外でモンスターが現れる仕様があるという。ならば、何も配置しないから安全になる、という考え方では不充分なのかもしれない。
「でしたら、私が実際にモデルケースを作ってみましょうか。モンスター、という敵を配置せずとも、ダンジョン内部にはセーフゾーン以外に自動で出現するようですし。」
アグライアがそう申し出ると、開拓者は一度目を丸くし、すぐに頷いた。
『あっ、そうそう! そこ重要なんだよね。敵を自分で置かなかったとしても、セーフゾーン以外には自動でモンスターが出る予定だから、何も置いてない場所が全部安全になるわけじゃないんだ』
開拓者の説明を聞いて、ヒアンシーが少し考えるように首を傾げた。
「そうなんですね……。でしたら、例えば、お庭のあるお家を作る場合でも、周りがセーフゾーンでなければ、そこにモンスターが現れる可能性があるということでしょうか?」
『うん、そういうことになると思う。だから、生活用の場所を作るなら、どこまで安全な区域にするかを考えないといけないんだよね』
アグライアはその返答に頷き、図面の外側へ新たな余白を取った。
これまでは、町や村の位置を考えるとき、景観や移動のしやすさを中心に見ていた。しかし、ダンジョンとして成立する世界である以上、安全領域の外側には、探索や戦闘を想定した場所が広がることになる。
それを考慮せずに家や庭を配置すれば、穏やかに過ごすための場所と、冒険者が危険に向き合う場所との境界が曖昧になってしまうだろう。
アグライアは、町を囲む線を少し広げてみた。中心の広場だけを安全な場所とするのでは、住居や庭園へ向かう道が危険な区域に含まれてしまうかもしれない。反対に、あまりにも広い範囲を安全領域として考えれば、今度は探索のために残す土地との兼ね合いが生じるだろう。
彼女には、どの程度の広さまで指定できるのか、具体的な条件はまだ分からない。だからこそ、今の段階では、必要な生活圏を考えることと、実際にゲームの仕様として成立するかどうかを確かめることを、分けておくべきなのだろう。
「……なるほど。安全な町を作るというのは、ただ敵を置かないということではないのですね。家々や庭園、その間を行き来する道も含めて、どのような場所を生活圏として守るのか、考えておく必要がありそうです」
アグライアがそう話すと、アナイクスが資料へ目を向けた。
「ええ。少なくとも、現時点で確認できる仕様を前提にするなら、敵を配置しないことと、敵が出現しないことは区別すべきでしょう。安全領域の指定方法については、実装上の制約を確かめる必要がありますが、設計の段階で用途を分けておくこと自体は合理的です」
その言葉を聞き、アグライアは手元の紙へ新たな印を添えた。
町の中心には、人々が集まる広場。そこから住宅地へ続く道があり、さらに外側には、小さな庭園や休憩所を置く余地を残しておく。安全領域として考えたい範囲は、実際の仕様が確認できるまで仮の線で囲み、探索区域へ繋がる道については、別の印を付けておく。
こうして用途を分けてみると、それまでひと続きの景色として描いていた土地に、異なる性質が生まれ始めた。
人々が暮らすための場所と、未知のものに出会うための場所。どちらも、同じ世界を構成する大切な部分である。
アグライアは紙の上へ視線を落としたまま、少し考え込んだ。ファイノンのために穏やかな場所を作りたいという願いから始まった計画ではあるけれど、だからといって、世界から危険なものをすべて取り除けばよいわけではない。
冒険したい者にとっては、未知の土地や強い敵との出会いも、楽しみのひとつになるだろう。開拓者が最初に構想していた《オンパロス・オンライン》は、そうした冒険の喜びを大切にする世界だったはずである。
それなら、穏やかな暮らしを楽しむ場所も、冒険へ踏み出す場所も、互いの存在を否定せずに成り立つよう考えたい。必要なのは、戦わなくてもよい時間を選べることなのだ。
「……少しずつ、見えてきましたね」
そう呟きながら、町と村を繋ぐ道を描き直す。中心の大きな町には、オンパロスの石造建築とピノコニーの華やかな意匠が調和する景観を想定し、その周囲には、それぞれ異なる自然環境を持つ小さな集落を置き。人々が暮らす場所は安全領域として考え、探索へ向かう道との繋がりについては、仕様を確かめながら調整してゆく。
こうして図面を眺めると、まだ未完成ではあるものの、ひとつの世界としての輪郭が、先ほどよりも明確になってきたように感じられた。
ヒアンシーは紙の上へ目を向け、嬉しそうに微笑んだ。
「アグライア様、こうして見ると、もう本当に町と村があるみたいですね! でも、安全な場所と冒険する場所を分ける必要があるなんて、考えてみるまで気づきませんでした」
「ふふ、私も同じですよ。建物をどこへ置くかばかり考えていましたが、そこで安心して過ごせるかどうかも、大切なことですから」
アグライアは彼女へ微笑み返し、図面の端に小さく注釈を書き加えた。生活圏として想定する区域。探索を想定する区域。そして、まだ確認の必要がある境界。
その印は、今のところ、設計上の仮置きにすぎない。実際にどのような形で安全領域を指定できるのか、どこまで建物を配置できるのか、開発側と確かめなければならないことは多い。しかし、アグライアには、その未完成さもまた、新しいものを作る楽しさの一部であるように思えた。
何もない紙へ線を引き、そこに暮らす人々を想像し、必要なものを考えながら、少しずつ形を整えていく。仕立ての図案と同じように、最初から答えがあるわけではないからこそ、作り手の思いや工夫が、そのひとつひとつに残されていくのだろう。そして、いつかファイノンがこの世界へ関わる日が来たなら、彼にも、そうした楽しさを知ってほしかった。
何かを完成させるためではなく、自分が気に入った景色を見つけるために。誰かを守るためではなく、ただそこに居たいと思える場所を、自由に考えられるように。
アグライアはそんな願いを胸に、円卓の中央へ広げた設計図を、もう一度皆の見やすい位置へ整えた。
紙の上には、まだ誰も訪れたことのない大きな町と、いくつもの小さな村が描かれている。その外側に残された余白には、これから探索するための土地が広がるのだろう。
どちらか一方だけではなく、異なる時間の過ごし方を選べる世界へ。アグライアは筆記具を置き、通信画面の向こうにいる開拓者へ、穏やかに微笑みかけた。
「星さん、まずはこの設計図をもとに、実際の開発版でどこまで形にできるのか確かめてみましょう。安全領域についても、こちらで考えた範囲が適切かどうか、教えていただけると助かります」
『うん、了解! この図面、送ってもらえたら確認してみるよ。いやあ、最初はちょっとした見本の話だったのに、なんかすごいことになってきたね!』
開拓者の楽しそうな声に、アグライアは小さく笑った。
たしかに、最初は、ファイノンへ新しい遊び方を説明するための見本を考えていただけだった。けれど、いつの間にか、紙の上には人々が暮らす場所が生まれ、街路の向こうには別の町へ続く道が伸び、その周囲には、まだ誰も知らない景色が広がろうとしている。
それを見つめながら、アグライアはふと、自分自身もまた、この世界が形になっていくことを楽しみにしているのだと気づいた。
窓から差し込む午後の陽光が、描きかけの設計図を淡く照らしている。そこにあるのは、ファイノンのためだけに用意された閉ざされた居場所ではない。
誰もが自分の望む時間を過ごし、ときには冒険へ出かけ、ときには帰ってきて、何も急がずにくつろげる場所を持つための、まだ名もない世界の一部分だった。
その景色を見届けるように、紙の端を指先でそっと押さえた。完成には、まだほど遠いけれど、誰かが安心して帰ってこられる場所を作るために、最初の線を引くことなら、もう始められているのだから。