終末を越えた世界でさえ、癒えない傷は残る。とりわけ厄介なのは、痛みを痛みとして語らず、穏やかな笑顔の奥へ置いてしまう者だ。ヒアンシーが案じるファイノンは、眠れぬ夜を重ねながらも「元気があり余っている」と微笑み、誰かの心配を先回りして消してしまう。
かつて熱を抱えたまま講義を受けていた頃から、彼の優しさは変わらない。だが永劫回帰を越えた今、その「大丈夫」は長い旅で身につけた鎧でもある。
無理に剥がしてはならない。けれど、見過ごすこともできない。イカルンと記憶をたどったヒアンシーは、ひとつの結論を書き足す――ファイノンの診察終了の合図は、時に観察開始の合図なのだ。
まずは、怖くない形で。息をつける形で。ここにいても大丈夫なのだと、少しずつ思い出していただくこと。そう書きつけてから、ヒアンシーはしばらく筆を止めた。
清潔な布の匂い、煎じ薬のほのかな苦み、棚の奥で眠る古い器具の金属の匂い。お風呂もあるけれど、連日ここにこもっているせいか、診療室の空気はすっかりヒアンシーの衣服や髪にまで染みついているようだった。
彼女は眠っていないわけではない。食事もきちんと取っている。後輩たちが厳しい目で見ていることもあり、イカルンもまた、彼女が口にするまでじっと見上げて離れない。ただ、家へ帰っていないだけだ。
そうした事実を並べると、ヒアンシー自身もわずかに気まずそうに視線を落とした。医療者として休息の必要性を説く立場にありながら、当の本人が診療室に泊まり込んでいる。仮眠用の寝台は整えられ、食器もきちんと片づけられている。
記録上は問題ない。睡眠時間も食事量も休憩時間も、必要最低限は満たされている。それでも、後輩たちの視線はそうした数字だけでは納得していないようだった。
「ヒアンシー先生、温かいお茶を置いておきますね。」
扉の向こうから、控えめな声が聞こえてきました。続いて、木製の盆がそっと置かれるやわらかな音。診療室の扉がわずかに開き、若い看護師さんが遠慮がちにこちらを覗き込みます。
にこやかな笑みを浮かべてはいるものの、その視線は机の上の紙束や、壁際の簡易寝台、そしてわたしの目元へと順に向けられていました。
「あ、ありがとうございます。きちんといただきますね。」
「……本当、ですか?」
「本当です!」
「夜の見回りの時間になったら、また声をかけますから。」
「はい。いつもありがとうございます。」
医者として、見慣れた表情を浮かべる後輩は何か言いたげに唇を開きかけましたが、結局、小さく会釈だけして扉を閉めていきました。廊下へ戻っていく足音が遠ざかっていきます。控えめで、少しだけ忙しない足取りでした。きっと、心配してくださっているのでしょう。責めているわけではなくて。
ただ、わたしがまた「もう少しだけ」と言って、家に帰る時間を逃してしまわないか、そっと見守ってくださっているのだと思います。胸の奥が、ふわりと温かくなりました。同時に、ほんの少しだけ、ちくりと痛むような気もして。
「……わたしも、人のことを言えないのかもしれませんね。」
「ぷる?」
机の端で丸くなっていたイカルンが、ふわりと顔を上げました。
白くもちもちした体を起こして、小さな王冠をこてんとかたむけます。青緑のたてがみが、眠たげな動きでやさしく揺れていました。
「いえ、ちゃんと寝ていますよ? 本当に。イカルンも見てたでしょう? 仮眠も取りましたし、お食事もいただきましたし、休憩時間も守っています。ただ、少しだけ……考えることが多いだけで」
「ぷー」
じっとりとした鳴き声でした。
イカルンは羽を一度だけ動かすと、盆の上のお茶を鼻先で示しました。どうやら「飲んでください」と言っているようです。あるいは、わたしの真似事のように、「まずはご自身も休憩なさってください」と伝えてくれているのかもしれません。
「うっ……き、気をつけます……。」
「ぷる」
どちらにしても、今のわたしには反論しにくいのでした。わたしは観念して、湯気の立つ杯を両手で包みます。陶器越しの温かさが、指先にゆっくり広がっていきました。肩に入っていた力が、ほんの少しだけ抜けていきます。立ちのぼる香りは、薬草ではなく、花を混ぜたやわらかな茶葉の匂いでした。
後輩が、わざわざ刺激の少ないものを選んでくれたのでしょう。こういう気遣いを受け取る時、わたしはいつも、嬉しさと申し訳なさのあいだで少しだけ迷ってしまうのです。
助けることには慣れているのです。診ることにも、寄り添うことにも、誰かのために次の手当てを考えることにも。けれど、自分のために差し出されたお茶を、ただ受け取って温まる時間は、案外すぐに忘れてしまうものなのですね。
(……それはきっと、わたしだけではないのでしょう。)
わたしは飲み干した杯を机に戻し、紙の余白へ新しい見出しを書きました。――安息へ辿り着くための方法。書いてみると、少し大げさな言葉に見えてしまいます。けれど、いま考えなければならないのは、まさにそれなのだと思うのです。
休息を命じるのではなく、休息へ辿り着くための道を整えること。誰かに「休んでください」と言われたから仕方なく座るのではなく、ご本人が、ご自身の心と体をそこへ預けてもよいと思える形を探すことなのです。
たとえば、かつてわたしがよくお配りしていた
花や薬草の香りを閉じ込めた、小さな贈り物なのですが。布地を選んで、乾かした花弁をそっと混ぜて、眠りを妨げないくらいのやさしい香りに整えてから、ひとつひとつ丁寧に結ぶんです。
作っている時間もとても穏やかですし、受け取った方が枕元や衣服の近くに置いてくだされば、ふとした時にほっと息をつくきっかけになるかもしれません。
それなら、企画書を書かなくてはいけませんね。わたしは筆を走らせました。香り袋。呼吸。眠り。緊張緩和。香りに合わせて呼吸を整える教室を開くのも、きっと良いと思うのです。深く息を吸って、ゆっくり吐いて。胸の奥に溜まった熱や不安を、少しずつ風へほどくように。
あるいは、
戦ってこられた方々のお身体は、どうしても次の危機に備えてしまうものなのです。背中の筋肉がこわばり、手指は何かを握る形を覚えたままになってしまって、静かな場所にいても耳だけが物音を探してしまう……そんなご様子を、これまで何度も拝見してきました。
でしたら、まずはお身体へ、やさしく教えて差し上げる必要があるのだと思うのです。今は剣を握らなくても大丈夫ですよ、と。今は誰かの悲鳴を探さなくてもいいのですよ、と。そして今は、ただ息をしているだけで、ちゃんとここにいていいのだと。
「ふう、ひとまずここまでですね」
「ぷるぷー」
ヒアンシーは、ふと自分の肩を軽く回した。こき、と小さな音がする。
イカルンの視線が、少し厳しかった。彼女はこほんと咳払いをして、気持ちを整えるように息をひとつ吐いた。それから、改めて思考を巡らせる。
人の声も風の音も遠くなるような、静かな場所へお連れするのも良いかもしれません。空を眺めたり、木々の揺れる音に耳を澄ませたり……ただそれだけの時間です。何かを成し遂げる必要はありませんし、誰かの期待に応える必要もありません。ただそこにいてくださるだけで、十分なのです。
英雄の皆様は、いつも誰かのために歩み続けておられますから……そういう時間の大切さを、つい後回しにしてしまわれるのではないでしょうか。
いっそのこと、隣に座って、そうお伝えするだけでも良いのかもしれません。急いで何かを話していただく必要はありませんし、無理に気持ちを整理しようとしなくても大丈夫です。
疲れというものは、必ずしも言葉になるとは限りませんから。ご自身でも説明できない重たさや、理由の分からない苦しさだってあるのでしょう。だからこそ、ただ静かに寄り添う時間が必要なのだと思うのです。
沈黙は、必ずしも寂しいものではありません。誰かが隣にいてくださる沈黙なら、むしろ言葉よりも優しいことだってあるのです。
診療室で、泣き疲れてしまった患者さんの隣に座っていた時のことを、わたしは何度も思い出します。何をお尋ねしても答えられず、ただ毛布をぎゅっと握っていらした方。泣くことさえできず、目を伏せたまま呼吸だけを繰り返していらした方。そういう時、急いで励ますことだけが治療ではないのだと、教えていただいた気がするのです。
そうだ。温かい飲み物も、お渡ししたいところですね。両手で包めば、少しほっとできますし、立ちのぼる湯気を眺めているだけでも、心は落ち着くものですから。……ちょうど今、わたしがそうしているように。
「はふ……」
「ぷ~」
そこで、わたしは後輩が用意してくれた杯へ、そっとお茶を注ぎました。ポットの中のお茶は、まだかすかに湯気を立てています。後輩が置いていってくれた温もり。イカルンが飲んでくださいと促してくれた、短い休憩。そのおかげで、さきほどよりも指先が温かく、考えも少しだけ柔らかくなっていました。
休息を考えるために、自分が休息を受け取る。そのことが、なんだか少しおかしくて……でも、とても大切なことのように思えたのです。――ですが、対策を考える対象の方は、それだけでは足りないこともあるのでしょうね。
たとえば、肩や手にそっと触れて、力の入り具合を確かめるリラクゼーションですとか、ゆっくり身体を伸ばしていただく軽いストレッチですとか。ずっと緊張し続けてきた身体へ、「もう大丈夫ですよ」と教えて差し上げるための時間を、治療というよりも日常の一部として取り入れていけたら素敵だと思うのです。
強くあろうとしてこられた方ほど、力を抜く方法を忘れてしまうものです。手を開くこと。背中を丸めてもよいこと。深く息を吐いても、そのあいだ世界は崩れないということ。そうした当たり前のことを、少しずつ身体から思い出していただく必要があるのかもしれませんね。
(あっ、そうだ!)
それから、その日あった良いことを三つだけ思い出していただく練習もありますね。大きな出来事でなくても構いません。空が綺麗だったとか、お茶が美味しかったとか、誰かが笑っていたとか。イカルンがいつもより長く撫でさせてくれたとか。そういう小さなことで十分なのです。
むしろ、小さい方がよいのかもしれません。特別な勝利や成果ではなく、日々の中にそっと置かれている明るさを見つけるための、やさしい練習ですから。
「イカルン、今日は良いことが三つありました。聞いてくれますか?」
「ぷる?」
「ひとつ、後輩がお茶を置いていってくれました。ふたつ、あなたがちゃんと休憩を促してくれました。みっつ、わたしは今、とても大切なことに気づきかけています!」
「ぷるる~」
得意げな声だった。おそらく、自分が大いに貢献しているという意味だろう。ヒアンシーは微笑み、もちもちほっぺを堪能し、イカルンの小さな王冠を指先で整えてやった。
好きだった景色を、一緒に思い出していただくのも良いかもしれませんね。故郷の風景でも、旅先で見た夕焼けでも、大切な方と歩いた道でも。
思い出は、ときに少しだけ胸が痛くなることもありますけれど……それだけではないのです。きっと、その方をそっと支えてくれる灯火にもなってくれるはずですから。
それから、眠れない夜には、昔話や旅先で聞いた物語を読み聞かせるのも良いかもしれませんね。英雄譚でも、寓話でも、たわいない笑い話でも構いません。
声に少し抑揚をつけて、登場人物ごとに話し方を変えてみたりして。モノマネを交えながら、頑張って演じてみせるのも楽しそうです。……ただし、アナイクス先生の真似をすると、ご本人に聞かれた時たいへんなことになるかもしれませんね。
そんなことを想像して、わたしは小さく笑いました。書くのはやめておきましょう。真面目な処方案の余白にそれを残すのは、さすがに少しだけ恥ずかしいですから。
けれど、ふふ、と笑ってしまったこと自体が、ひとつの手がかりだったのです。
勝敗のないおしゃべり。目的もなく歩く散歩道。思わず吹き出してしまうような冗談。みんなで囲む食卓。
そうしたものは、治療記録の項目にはなかなか書きづらいものです。体温や脈拍のように数値にはなりませんし、処方箋として書き添えることも難しいでしょう。けれど……人は案外、そういう日々の細やかな幸せに救われるのではないでしょうか。
世界観を崩したくないので、ここはギリシャ語を推したい所存……一応、ここでは、テュラキオン=袋、香り袋と呼んでますが、ギリシャ語詳しい人いらっしゃいましたら、教えていただけますと幸いです。
Q.古代ギリシャ風味に、花や薬草の香りを閉じ込めた、小さな贈り物。所謂、日本語では香り袋と呼ばれるお守りのようなものは、なんと呼称しますか?