烈日よ、さざ波を追って   作:夜鷹ケイ

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<前回のあらすじ>
 五分の休息を前に、ファイノンは仲間たちの時間を奪っているようで申し訳ないとこぼす。だがアグライアは、それを否定した。彼に休んでほしいということも、仲間の願いなのだと。
 絶景へ案内すると告げるケリュドラ。子守唄を奏でると約束するセイレンス。差し出されたのは救済を求める願いではなく、彼自身の安らぎを望む願いだった。
 誰かのためなら走れる青年は、その願いに応えるため、走らずにいることを選ぶ。自分が立たなくても皆がいる。世界は続いている。温かな茶をもう一口飲み、ファイノンは差し伸べられた優しさを受け取ろうと微笑んだ。


06 神話の卓に英雄は息をほどく
046 余白に息を預ける


 依然として、ファイノン“休まないノン”問題は、それはもう深刻だった。

 

 深刻、という言葉は本来、もっと静かで、重たく、誰かが声を潜めて口にするものなのかもしれない。けれど、この問題に限っては、妙な明るさをまとって広がっていった。

 誰かが廊下の端で「ファイノン様、またお手伝いをなさっていましたよ……」と囁けば、別の誰かが「ああ、朝にも資材運びを」と眉を寄せる。真昼の食堂では「あんれ、休憩してたんじゃないの?」という希望的観測が、「休憩中に備品の修理をしていたらしいですよ」という報告に粉々にされた。

 庭先では、年配の住民が「昔からああだったんだ……」と遠い目をし、若者が「昔からってことは、今も止まらないってことですか」と顔色を変える。

 なんと言っても、彼の場合は見た目には、よく分からないのが問題だった。ファイノンは、いつも通りに笑う。青い外套の裾を軽く揺らし、誰かに呼ばれれば足を止め、重い荷を持つ者がいれば当然のように手を貸すのだ。

 歩き方が崩れているわけでも、声が掠れているわけでもない。目に見えて疲れているなら、まだよかった。よくはないけれど。それでも、樹庭が誇る名医(ヒアンシー)なら、その場で診察用の椅子を用意し、脈を取り、本人が何と言おうと休ませることができた。

 けれど、どれだけ注意深く見ても、うーん、と首を傾げたくなるくらいにしか変化が見えない。顔色も悪くなく、呼吸も乱れがなく、歩き方だっていつも通り。声の張りも、受け答えの速さも、どこにも「今すぐ休ませなければ」という明確なサインが出ていないのである。

 だからこそ、つい「いつものファイノン様ですね」と言えてしまう。……言えてしまうのが、いちばん困るところなのですけれど。休まない人は、休めない人と見分けがつきにくいのだということを、ヒアンシーは昏光の庭で嫌というほど学んでいた。

 患者の中には、痛みに慣れすぎて「大丈夫です」と答える者がいる。苦痛を言葉にする前に、他人の都合を気にしてしまう者もいる。

 そのなかでも、ファイノンの場合は、さらに厄介だった。彼は本当に、大丈夫だと思っているように見える。誰かの役に立てた時の表情は明るく、感謝されれば少し照れたように笑い、休むように言われれば、「わかったよ、ありがとう」と素直に頷く。――そう、頷くのだ。そして、ほんの少し後に、別の場所で別の誰かを手伝っている。

 

「これは……、由々しき事態です……。」

 

 ヒアンシーは、深刻そうな(・・・・・)表情を作り、両手を握りしめてそう言った。どうにかしなければならないという気持ちはあるけれど、彼の場合はいつものことだった。思い返せば学び舎を共にした頃から、ずっと。だから、声は柔らかく、響きは甘い。けれど、その目には、首席看護師としての決意が宿っていた。

 となりにいたイカルンが、空気を読んだのか読まなかったのか、小さく羽を震わせる。キャストリスは、その斜め前で両手を胸元に添えたまま、いかにも祈るように瞬きをした。

 

「ファイノン様は……ご自分では、お休みになれないのでしょうか……?」

 

 キャストリスの声は、花びらが水面へ落ちるように小さかった。けれど、その奥には確かな震えがある。人に触れることへ臆病な彼女が、今日この場に来ている。それだけでも、ヒアンシーには十分だった。

 キャストリスは、誰よりも距離の取り方に慎重な人だ。近づきたいという願いと、近づいてはいけないという恐れを、いつも指先の手前で止めている。そんな彼女が、ファイノンを休ませる作戦に参加すると言った。

 ならば、これはもう作戦である。看護ではなく、保護である。いいえ、看護も保護も同じ方向を向いているのですから、きっと問題ありません。とヒアンシーは内心で自分を納得させた。

 

「ファイノン様は、きっとお声をかければ来てくださいます。でも、そこで『休んでください』と言っても、きっと『分かった』と仰って、その後でお手伝いを始めてしまうでしょう。」

「……あり得ますね……。」

「なので今日は、最初からお休みの場所へお連れします!」

「お、お連れ……」

 

 キャストリスが、言葉の響きを確かめるように繰り返した。その白い指が、袖口の布をそっと摘む。触れれば壊してしまうかもしれない、という恐れを抱えた彼女にとって、誰かの腕を取るという行為がどれほど大きなものか、ヒアンシーは分かっている。だからこそ、強くは言わなかった。ただ、まっすぐに見つめる。

 

「ご無理はなさらないでください。けれど、キャスたんがいてくださると、ファイノン様はきっと抵抗しません。」

「抵抗……なさるでしょうか……?」

「困ったお顔はされると思います。」

「それは……」

 

 キャストリスの眉が、目に見えて下がった。もうその時点で、彼女の心は半分以上ファイノンの困惑に寄り添っている。

 ヒアンシーは、思わず胸の奥がきゅっとなるのを感じた。優しさとは時に、作戦遂行の最大の障害である。けれど、その優しさを捨ててしまったら、ファイノンを休ませる意味そのものが変わってしまう。

 

「いたずらに困らせるためではありませんよ。たとえ、困っていただいてでも、お休みしていただくための作戦なんです。」

「……はい。それは、もちろん……承知しております……。」

「それでは、ファイノン様を見つけに行きましょう!おー!」

「ぷるるっ!」

「お、おー……!」

 

 キャストリスは、小さく頷いた。その返事はか細かったが、逃げる音ではなかった。ヒアンシーはそれを確かめて、ふわりと微笑む。

 決戦前の作戦会議としては、あまりにも穏やかで、あまりにも可愛らしい声の応酬だった。けれど、彼女たちがこれから挑む相手は、オンパロス最強の名を欲しいままにした青年である。真正面から戦えば勝てるはずがない。

 だから、戦わない。というかそもそも戦う必要がない。彼の優しさと、彼女たちの決意を、なるべく傷にならない形で噛み合わせるのだ。それが今日の作戦だった。

 

 

 

 件の彼(ファイノン)は、ほどなく見つかった。広い通路の向こう、星明かりにも似た淡い光が落ちる場所で、彼は住民の老人と話している。

 片手には、束ねられた薄い木板。もう片方の手には、どこかの飾り紐が巻かれている。何をしていたのかは分からない。分からないが、おそらく何かを手伝っていたのだろう。老人が何度も礼を言っているのに対して、ファイノンはいつものように「このくらいなら」と笑っている。

 このくらい。ヒアンシーは、その言葉を心の中でそっと拾った。ファイノン様の「このくらい」は、いつも少し広すぎる気がします。

 荷運びも、修理も、相談も、見回りも、誰かの不安を受け止めることも、彼にとっては同じ棚に並んでいるのかもしれない。できるならやる。必要なら行く。頼まれれば引き受ける。そこに自分の疲れや時間を差し込む余白が、ほとんどない。

 けれど、今の彼の顔色は悪くない。声も穏やかで、背筋も伸びている。何も知らない者が見れば、ただ人のよい青年が、住民の小さな困りごとを手伝っているだけに見えるだろう。――だからこそ、ヒアンシーは一歩踏み出した。

 

「ファイノン様」

 

 呼びかけると、彼はすぐに振り向いた。反応は早い。瞳がこちらを捉え、次いでヒアンシーの隣にいるキャストリスへ移る。わずかに目を瞬かせたのは、二人が揃っているのが珍しかったからだろう。

 最近のキャストリスは妹の介助や趣味で忙しく、ヒアンシーも医者として患者を診ていたから。ファイノンは木板を老人へ返し、軽く会釈をしてからこちらへ歩いてきた。

 

「ヒアンシー。キャストリスさんも。二人揃って、どうかしたのかい?」

 

 その声に、警戒はなかった。

 あまりにも素直に近づいてくるものだから、ヒアンシーは一瞬だけ胸が痛んだ。これからあなたの腕を取ります。左右を固めます。逃げ道を塞ぎます。そう心の中で唱えるほど、やっていることが少しだけ悪事に近く聞こえる。だが、違う。これは誘拐ではない。保護である。保護。とても大切な医療的判断に基づく保護である。

 ヒアンシーは、自分にそう言い聞かせて、腰に手を当てた。ふんわりとした服の裾が、わずかに揺れる。威厳というものを作るには、彼女の声も姿も柔らかすぎたかもしれない。けれど、決意だけは本物だった。

 キャストリスも、深く息を吸った。肩がほんの少し上がり、すぐに下りる。彼女の視線はファイノンの腕と、自分の手の間を何度か行き来した。

 

「失礼いたします、ファイノン様……!」

 

 言うが早いか、キャストリスがそっと彼の片腕に触れた。触れる、というより、布越しに留まる。力を込めることを恐れるような手つきだった。それでも、彼女にとっては十分すぎるほど勇気のいる一歩である。

 その勢いにつられて説明をすっ飛ばし、ヒアンシーも反対側へ回り、もう片方の腕を確保した。こちらは看護師らしく、柔らかいが逃がさない角度である。

 

「えっ、え? キャストリスさん、ヒアンシー?」

 

 ファイノンの足が止まった。困惑が、そのまま顔に出ている。青い瞳が右へ左へと揺れ、腕を取る二人を交互に見る。

 強く振り払おうとする気配はない。反射的に身を引くことさえしなかった。ただ、状況を理解しようとして、理解が追いつかず、少しだけ眉尻を下げている。

 ヒアンシーは、その顔に負けそうになった。けれど、ここで負けたら終わりである。ファイノン様の困ったお顔に負ける者は多い。実際、これまでも何度も負けてきた。少しだけなら、あとで休むなら、これが終わったら。その言葉の柔らかさに、誰もが「今回だけ」と思ってしまう。

 そして、その「今回だけ」が積み重なって、休まないノン問題はここまで成長してしまったのだ。ヒアンシーは息を吸った。イカルンが背後で小さく跳ねる。

 

「ファイノン様は、今日、わたしたちと一緒におやすみです!」

 

 高らかな宣言だった。

 周囲にいた住民が数人、はっとこちらを見た。遠くで誰かが「ああ、ついに」と呟いた気がする。気のせいであってほしい。だが、たぶん気のせいではない。

 ファイノン“休まないノン”問題は、すでに住民たちの間にも根を張っている。困ったことに、みな薄々この瞬間を待っていたような空気があった。

 

「え、うん……? うん!? ちょっ、待っ――」

 

 抗議は、最後まで形にならなかった。ヒアンシーが右から、キャストリスが左から、彼の歩幅を完全に封じている。

 もちろん、物理的にどうにかできる相手ではない。今のファイノンは、戦いとなれば二人を振り切るどころか、そもそも捕まらせる前に距離を取ることもできただろう。けれど、彼はしない。キャストリスの指が自分の袖にかかっていること、ヒアンシーが真剣な顔で腕を取っていること、そのどちらも、無理に振り解けば傷つけてしまうかもしれないと判断しているのが分かった。

 少なくとも、ヒアンシーにはそう見えた。彼はいつも、そういうところで立ち止まる。自分がどう思うかより、相手が痛くないかを先に考える。だからこそ、こんな無茶な作戦が成立してしまう。成立してしまうこと自体が、また少しだけ胸に痛かった。

 

「ふっふっふっ、大丈夫ですよ!」

 

 ヒアンシーは、あえて明るく笑った。深刻さをそのまま出せば、ファイノンはきっと謝るだろう。謝って、自分のせいで心配をかけたと思ってしまう。――しかし、この行動の趣旨はそうではない。今日は謝罪を引き出す日ではなく、休ませる日にするためなのだ。

 

「誘拐ではありません。これは、保護なので」

「ほ、保護……?」

 

 ファイノンが、聞き慣れない言葉を渡されたように繰り返した。その声音には、怒りも不快もない。ただ、なぜ自分が保護される側なのか分からない、という戸惑いだけがある。

 ヒアンシーは、その一点にもまた、胸を押さえたくなった。けれど手は離さない。離した瞬間、彼は「じゃあ少しだけ用事を片付けてから」と言いかねない。少しだけ。用事。片付ける。この三つが揃った時のファイノンは危険である。

 キャストリスも、同じことを考えたのかもしれない。彼女は申し訳なさそうに目を伏せながらも、ファイノンの腕を離さなかった。指先に力が入りすぎないよう気をつけているのが、横から見ても分かる。まるで小鳥を包むような、けれど絶対に逃がさないような、不思議な手つきだった。

 

「ファイノン様……申し訳ありません。でも、今日は……どうか」

「キャストリスさんまで……」

 

 ファイノンは本当に困った顔をした。困った顔をしただけで、動かない。動けないのではない。動かない。その違いが、ヒアンシーにはよく分かる。

 彼の肩には余計な力が入っていない。足運びも乱れていない。見た目だけなら、健康な青年が二人の少女に挟まれて途方に暮れているだけだ。けれど、その素直な停止が、彼という人の輪郭をあまりにもはっきり描いてしまう。

 

 この人は、優しく止められると止まる。

 けれど、自分で自分を止めることは、とても苦手なのだ。

 

「お仕事やお手伝いをしてくださるファイノン店は、今日は店終いです!」

「仕事というほどのことはしてないよ。あと僕、店舗経営してないんだけど……」

「その言い方が、まず危険です。ファイノン店は、ふふ、比喩ですよ。」

「え、危険なの?」

「はい、危険なんです!」

 

 明るく跳ねた声色で即答すると、ファイノンはますます不思議そうに瞬いた。ヒアンシーは、ここで説明を始めるべきではないと判断した。

 説明を始めると、ファイノンは納得しようとする。納得しようとして、別の説明を返してくる。そうなると、休息のための第一歩が議論になってしまう。何なら弁論で土台をひっくり返される可能性もある。それは駄目だ。今日は議論ではなく、実施である。

 

「とにかく、行きましょう!」

「……どこへ?」

「おやすみできる場所です。」

「えっと……僕の部屋に帰れってこと?」

「ふふ、違いますよ。もっと、みんなでおやすみできる場所です。」

「みんなで……?」

 

 その一言に、ファイノンの抵抗がさらに弱まった気がした。

 ヒアンシーは見逃さなかった。彼は、自分のためだけ、と聞けば困る。だが、みんなで、と聞けば受け入れやすくなる。やはりこの作戦名目は正解だった。正確には、名目ではなく、本当にみんなで休むのだ。

 だから嘘ではない。嘘ではないが、肝心の主目的を少しだけ柔らかい布で包んでいるだけである。キャストリスが、そっと歩き始めた。ヒアンシーもそれに合わせる。

 ファイノンは二人の歩幅を気遣ったのか、すぐに足を合わせてくれた。連行されているはずなのに、歩く速度は自然と彼女たちに合わせられている。その気遣いが、また周囲の心を締め付けることに、本人だけが気づいていない。

 通路を進むと、行き交う人々が道を空けた。何事かと目を丸くする者もいれば、深く頷く者もいる。中には、両手を合わせて無言で応援してくる住民までいた。ヒアンシーは、少しだけ頬が熱くなるのを感じる。誘拐ではありません。保護です。そう胸の中で繰り返したが、見た目だけなら、たしかに左右を固めて連れているように見える。

 

「ヒアンシー」

「はい?」

「本当に、僕は何かしたかな」

 

 ファイノンの声が、少しだけ低くなった。責める響きではない。怒ってもいない。ただ、自分が知らないうちに何か迷惑をかけたのではないかと、静かに確かめる声だった。

 その瞬間、ヒアンシーの足がわずかに止まりかける。キャストリスの指先も、小さく震えた。違うのだと、そう言いたかった。

 あなたが何か悪いことをしたからではありません。あなたが、誰かのために動き続けてしまうからです。ありがとうを受け取るより先に次の手伝いを探してしまうからです。休むことを、まるで後回しにできる雑事のように扱ってしまうからです。そんな言葉が、喉元まで上がってきた。

 けれど、それをそのまま言えば、ファイノンはきっと困る。自分のせいで、と思う。だからヒアンシーは、声を少しだけ明るく整えた。医療者として患者へ安心を渡す時のように、けれど友人として嘘をつかないぎりぎりのところで。

 

「何かした、というより……何もしない時間が、少し足りないのです。」

「何も、しない時間……?」

「はい。とても大切な時間です。」

 

 ファイノンは、少し考えるように目を伏せた。白い睫毛の影が、星明かりのような通路の光を受けて薄く落ちる。頷きそうで、頷かない。理解しようとしているが、実感までは追いついていない顔だと、ヒアンシーは思った。――だから、今日その時間を用意するのだ。

 言葉で足りないなら、場所で。場所で足りないなら、人で。人で足りないなら、隣に座って、茶を飲み、笑い声を聞き、何も起きない時間を一緒に過ごすことで。

 

「ファイノン様は、今日、わたしたちと一緒におやすみの日なんです。」

 

 もう一度、ヒアンシーは言った。今度は宣言ではなく、約束のような声になった。キャストリスが小さく頷く。ファイノンはその二人を見て、やがて困ったように笑った。

 

「……二人がそこまで言われて、応じなかったらキュレネに怒られそうだね。」

 

 その言葉に、ヒアンシーは内心で勝利の鐘を鳴らした。けれど、表には出さない。ここで喜びすぎると、ファイノンがますます不思議がるからだ。キャストリスの方は、安堵で少し肩の力が抜けたらしい。淡い藤色の髪の先が、息に合わせてかすかに揺れる。

 

「ありがとうございます、ファイノン様」

「お礼を言われることなのかな……。」

「はい。とても!」

 

 ファイノンは、最後まで納得しきれない顔をしていた。けれど、腕を預けたまま歩いてくれる。その事実だけで、今日の第一段階は成功だった。

 

 

 やがて、星の降るドームへ続く道が見えてきた。

 遠くからでも分かる淡い輝きが、通路の先に滲んでいる。夜に似て、夜ではない。天井の向こうからこぼれる光が、床石にやわらかな模様を落とし、三人の影を長く引いた。

 ヒアンシーは、その光を見つめながら、腕の中にある温度を確かめるように少しだけ指を添え直した。見た目には、何も分からない。ファイノンはいつも通り歩いている。困ったように笑い、二人の歩幅に合わせ、通りすがりの人へ軽く会釈する。英雄で、救世主で、誰かに呼ばれれば立ち止まってしまう、あまりにも人のよい青年のままだ。

 だからこそ、今日は止める。剣でも、命令でも、神託でもなく、両隣から伸ばした手で。少し強引で、少し可笑しくて、けれどたぶん、今の彼に必要なやり方で。

 

「さあ、ファイノン様」

 

 ヒアンシーは、星明かりの入口を前にして微笑んだ。

 

「今日は、ちゃんとおやすみしましょうね」

 

 ファイノンは返事を探すように瞬き、それから観念したように小さく息を吐いた。

 

「……うん。えっと……よろしく、お願いします?」

「はい、よろしくお願いされました!」

「お任せください……。」

 

 その言い方があまりに真面目だったので、キャストリスがほんの少しだけ笑い、ヒアンシーもつられて口元を緩めた。

 こうして、多数決という名の理不尽な正義に押し切られたファイノンは、左右を可憐な歴戦の猛者に固められたまま、星の降るドームへと連れて行かれた。何度も言うが、誘拐ではなく、保護である。




 よ、予想以上に長くなった……。ヒアンシーとキャストリスに連れて行かれるファイちゃん書きたかったんです。あの、樹庭組の絵面かわいくない? だけどヒアンシー視点、難しすぎる……でもタノスィー……。正直、キャラクターPVと本編の温度差がすごくて……見ました?
 あの超人気動画配信者みたいなノリのPVから、本編では絶望の中でも微笑みを絶やさない天女みたいな人柄が見えてくるのに、その合間で先生のモノマネが地味に似てて、お腹に草ゴラスイッチが入りました。それはそれとして、「ふぁンシー」なふわふわ感も、「凛々ンシー」なお医者さんモードも、どっちもヒアンシーなんだよ!! その二面性を地の文でどう表現するか、まだ構造が固まら、なーい!(みゅー!)
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