烈日よ、さざ波を追って   作:夜鷹ケイ

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猫の噂話:
 ココの小噺が思ったより長くなったので、083話としてそっと添えます。

「ただ、火種の力も前ほどじゃないからね。今みたいに少しずつならともかく、昔みたいに何でも出来ると思われると困るかな」

 言い方はあまりにもあっさりしていた。失ったものを惜しんでいる響きも、自嘲する様子もない。単に現在使える道具の性能を説明するような調子だったため、ヒアンシーもそこへ必要以上の意味を付け加えなかった。

「ですから、無茶振りはなしですよね」
「そういうこと。あんまり無茶振りされても困るよ」

 ファイノンはそこで、なぜかサフェルを見る。
 視線を向けられた彼女は、きょとんと目を瞬いた。

「たとえば、サフェルさんの“魚を創って”とか」
「ニャッ」
「魚……?」

 ヒアンシーは首を傾げた。なぜ魚なのだろう。しかもサフェルは一瞬で何かを察したように猫めいた声を上げ、すぐさま目を逸らしている。

「えっ、なんですか? 何のお話ですか?」
「知らなくていいと思うよ」
「気になります!」
「大した話じゃないって」
「ファイノン様がそう言う時ほど、ちょっと気になるんですけど……」
「ヒアンシー、世の中には知らなくても健康に支障のないこともあるんだよ」
「お医者さんにその言い方をします?」

 思わず返すと、サフェルがとうとう吹き出した。
 モーディスやケリュドラ、セイレンスも口元を僅かに歪めている。笑ったのかどうか判別しにくい程度の変化だったが、少なくとも否定するつもりはないらしい。


083 猫の噂話

 あたしが思うに、タイタンの神権なんてものは、だいたい反則である。大地を動かす。海を操る。空を渡る。門を繋ぐ。死者と生者の境をどうにかする。挙げ句の果てには、何だかよく分からない法則まで捻じ曲げる。

 そんなものを横から見せられて、「じゃあ魚くらい出せるんじゃない?」と思ったところで、あたしだけを責めるのは筋違いというものだろう。

 しかも、そのとき目の前にいたのは救世の坊や(ファイノン)だったのだ。あの救世の坊やは今や、これまで集めてきた火種の権能をある程度扱える。そりゃ昔ほど何でもかんでも出来るわけじゃない、という話は後から聞いたけど。

 その頃のあたしが知っていたのは、坊やが土を動かしたり、風をどうにかしたり、普通なら一人一個持っていれば十分すぎるような力を、器用に何種類も扱っているという事実だった。――だったら。魚も出せる。そう思わない?

 

 

 オクヘイマの昼下がり。

 

「タイタンの神権が使えるってことは、お魚食べ放題じゃん! 坊や、出して出して!」

 

 ある日、あたしは両手を差し出した。

 何を、と聞かれる余地すら残さない、完璧な要求の構えだった。右手にも左手にも魚を載せられるし、なんなら足元へ籠を置いてもいい。新鮮なら種類は問わない。焼いて美味しいやつ。煮ても美味しいやつ。脂が乗っていればなおよし。

 ところが救世の坊やは、あたしの空っぽの両手を見て、それから顔を見て、へにゃりと情けなく寄せた眉のままもう一度両手を見た。

 

「……魚を?」

「そう、魚!」

「僕が?」

「そう、坊やが!」

「どこから?」

「そこを何とかするのが神権でしょ?」

 

 横にいたモーディスが、ものすごく深いため息を吐いた。セイレンスは口元へ指を添えて、海の底から妙な生き物でも浮かんできたような顔をしているし、ケリュドラに至っては、あたしと坊やを交互に見ながら何も言わない。

 あの目は知っている。盤面へ突然、規則にない駒が飛び込んできた時の顔だ。

 

「瞬足卿」

「なあに、カイザー」

「貴様は何を根拠に、烈日卿が魚類を無から生成できると結論した」

「だって神権いっぱい持ってるじゃん」

「答えになっていない」

「大地もあるでしょ? 海っぽいのもあるでしょ? 生命っぽいのも何かあるでしょ? じゃあ魚!」

「論理が飛躍どころか海峡を越えているぞ」

 

 ちっちゃいくせに言うことがいちいち堅い。

 あたしは尻尾を左右へ振りながら、最後の希望を込めてファイノンを見た。坊やなら、ひょっとしたら「ああ、それなら」なんて言いながら、岩陰から魚の群れでも出してくれるかもしれない。

 しかし期待とは裏腹に、ファイノンは困ったように眉尻を下げた。

 

「ごめん、サフェルさん。たぶん無理だなあ」

「ええーっ!」

「そもそも、僕が知っている範囲だと、魚を無限に出せる神権はないよ」

「じゃあ有限なら?」

「そういう問題じゃないって」

「一匹!」

「数を減らしても無理なものは無理だよ」

「半匹!」

「えっ、真っ二つ……それは魚が可哀相だろう。いくら食べるときには調理するとはいえ」

 

 それの会話を、隣で聞いてた王子様(モーディス)が鼻で笑った。

 

「諦めろ。貴様が言っているのは、戦士に剣を持てるのだから食卓も作れるだろうと言っているようなものだ」

「でも坊やの場合、剣も食卓も作れそうじゃん」

「ああ、うん、確かに作ったことはあるけど……」

「話をややこしくするな」

 

 あたしは納得がいかなかった。ものすごく納得がいかなかったので、ファイノンの周りを一周しながら、何か抜け道がないものか考えた。神権が駄目なら、火種。火種が駄目なら権能の組み合わせ。大地へ穴を開けて水を流せば、魚が湧いたりしないだろうか。

 そこへセイレンスが静かな声を落とした。

 

「理屈だけなら、海へ『門と道』を繋いで漁場へ出やすくすることは可能かもしれないな。だが、それは魚を生み出しているわけではない。魚のいる場所へ近づいているだけだ」

 

 あたしは振り返った。

 

「ほら! やっぱり方法あるじゃん!」

「ネコザメ。今の話を聞いて、どうしてそうなる」

「魚に近づけるなら、ほとんど同じでしょ?」

「違う」

「違うね」

「違うな」

「違うぞ、瞬足卿」

 

 四方向から否定された。ひどい。味方が一人もいない。あたしは腰へ手を当て、尻尾の先をぴんと立てた。こうなったら意地である。魚が勝手に出てこないというのなら、こっちから魚のところへ出向いてやればいい。

 

「くっそ~! イケると思ったのに。ねえ、坊や、じゃあ、魚釣り付き合ってよ!」

「ああ、それならもちろん」

 

 返事が早い。さっきまで困り顔だったファイノンの表情が、途端に明るくなった。出来ないことをねだられるより、普通に一緒に遊ぼうと言われる方が嬉しいらしい。実に分かりやすい坊やである。

 ファイノンはそのまま隣を見た。

 

「モーディスも行くだろ?」

「なぜ俺が……」

「興味あるって言ってたじゃないか」

「……いつの話だ」

「前に川辺を通った時。釣りをしてる人を見て、あれは待っている間に何を考えているんだって聞いてただろ」

「覚えていたのか、貴様」

「そりゃ覚えてるよ」

 

 モーディスはしばらく黙った。断るなら断ればいいのに、腕を組んで坊やを睨み、それからあたしの尻尾を見て、最後に遠くの空を見た。この流れは知っている。行くやつだ。

 案の定、ため息の後に、「……行かんとは言っていない」と来た。ほらね。ファイノンは満足そうに頷くと、今度は残りの二人へ向き直った。

 

「カイザーとセイレンスさんもどうだい?」

 

 ケリュドラは顎を上げた。

 

「招かれてやろうではないか」

 

 まるで隣国から正式な晩餐会へ招待されたみたいな返事だった。魚釣りだよ、カイザー。そしてセイレンスは、ケリュドラが行くと決まった途端、ごく自然に頷いた。

 

「ああ、カイザーも行くならワタシも同伴しよう」

 

 こうして、誰も予定していなかった五人釣行が決定した。

 

 

 世の中、勢いというのは大切だ。しかし、問題は翌日である。

 場所はオクヘイマから少し離れた、水の澄んだ湖畔だった。海ほど潮の癖は強くないが、岸から少し離れれば深さもあり、岩場の陰には魚が集まる。セイレンス曰く、水の温度と流れを見る限り朝方が狙い目とのことで、あたしたちは日が高くなる前から竿を並べることになった。

 あたしは勝つ気満々だった。何に勝つのかって? そりゃもちろん、魚に決まっている。釣りなんだからたくさん釣ってやるんだ。

 昨日、あれだけ「出せない」「無理」「そういう神権ではない」と言われたのである。ならば自分の手で大量に釣り上げ、「ほらね! 結局あたしが一番魚に愛されてるじゃん!」と証明するしかない。

 

「よーし、やるぞ~」

 

 最初の一匹は、セイレンスだった。

 竿を投げてから、さほど時間も経っていない。黒紫の髪を朝風に揺らしながら水面を眺めていた彼女が、ふと手首を返した。

 

「来たな」

 

 ただそれだけ。騒ぎもしない。慌てもない。竿が弧を描き、水面が跳ね、銀色の魚が朝日にきらりと光った。

 

「カイザー」

「任せろ」

 

 なぜか網を構えていたケリュドラが、一歩前へ出た。小柄な身体には少々大きく見える網だったが、本人は気にしていない。魚の軌道を一度見ただけで落下点へ網を差し入れ、見事に掬い上げる。

 

「第一匹、確保だ」

「見事だ、カイザー」

「当然だ。剣旗卿が獲物を引き寄せ、僕が回収する。単純な連携に失敗する理由がない」

 

 何だろう。釣りなのに軍事行動みたいになってきた。

 

「ちょっと待って。カイザー、網担当なの?」

「不満か」

「いや、似合わなさすぎて面白いだけ」

「瞬足卿。次に余計なことを言えば、貴様の魚だけ網を出さんぞ」

「ごめんって!」

 

 これは困る。謝るとケリュドラはふんと鼻を鳴らし、再び網を構え直した。

 次に釣ったのはファイノンだった。

 

「あ、来た」

 

 これまた軽い。もっとこう、魚との死闘とか、竿を持っていかれそうになるとか、そういう展開はないのか。そう思ったけど、そういえば坊やってエーグル釣りしたことあるんだっけ。そりゃ引っ張られるようなことはないか。

 ファイノンは器用に魚の動きに合わせて竿を傾け、無理に引っ張らず、少しずつ岸へ寄せてくる。

 

「カイザー、お願い」

「よかろう」

 

 ぽすん。網へ入る。

 

 二匹目。その後、セイレンス。

 

 三匹目。ファイノン。

 

 四匹目。セイレンス。

 

 五匹目。セイレンス。

 

 六匹目、七匹、八匹まとめて。ファイノン。

 

「…………」

 

 あたしの浮きは、静かだった。静かすぎる。

 まるで水面の一部になったみたいに動かない。おかしくない?

 

「ネコザメ」

「なに」

「竿を睨んでも、魚は釣れないぞ」

「睨んでないし」

「なら、その尾は何だ」

 

 言われて後ろを見る。

 あたしの尻尾は地面をばん、ばん、と叩いていた。

 

「これは応援」

「何の?」

「あたしの」

 

 セイレンスが小さく笑った。くやしい。

 しかも、その笑った直後に彼女の竿がまたしなる。

 

「また来たな」

「なんでぇ!?」

「水の流れを見ているだけだ。魚は潮と温度に素直だからな」

「湖に潮ないじゃん!」

「流れはある」

「言葉の綾に引っかかってよ!」

「魚より先にキミが食いついてどうする」

 

 ぐぬぬ。

 その頃モーディスはというと、早々に釣竿を置いていた。

 

「え、諦めたの?」

「違う。貴様らがこの調子で増やすなら、処理する者が必要だ」

 

 岸辺の少し開けた場所には、すでに火床が作られていた。モーディスは釣れた魚の大きさを確認しながら、焼く分、汁物にする分、後で保存する分と手際よく分けている。

 

「魚を釣りに来たのに料理担当になってるじゃん」

「誰かがやらねば、貴様は生魚へ齧りつくだろう」

「あたしを何だと思ってんの?」

「ネコザメ」

 

 セイレンスが答えた。

 

「セイレンスには聞いてない!」

 

 笑い声が湖畔へ散った。その間にも魚は釣れる。あたし以外の竿に。

 昼を過ぎた頃には、さすがに焦ってきた。餌を変えた。場所を変えた。竿の角度を変えた。投げる距離も変えた。

 セイレンスが「そこは少し浅い」と言えば深い場所へ投げ、ファイノンが「さっき岩陰に魚影が見えたよ」と言えば岩陰を狙い、ケリュドラが「瞬足卿、先ほどから移動しすぎだ」と言えば三十数えるまでじっとしてみた。

 三十も待った。偉いでしょ。なのに来ない。

 

「魚ども、あたしが怖いのかな」

「貴様の執念を水越しに察知しているのではないか」

「モーディス、魚にそんな能力ないでしょ」

「では竿を握り潰しそうなその手を緩めろ」

 

 言われて見れば、確かに力が入っていた。

 あたしは指を緩める。その瞬間、浮きが揺れた。

 

「来た!」

「まだだ、サフェルさん」

 

 ファイノンの声が飛ぶ。

 

「今だ!」

「まだ!」

「今!」

「早いよ!」

 

 さばんと波音を立てて引いた。何もいなかった。

 

「ああああああ!」

 

 岸辺であたしがひっくり返る。青い空が目に痛い。

 視界の端でファイノンが肩を震わせていた。滲む蒼が恨めしい。

 

「坊や、笑った?」

「笑ってない」

「絶対笑った!」

「いや、その……あまりにも勢いがよくて」

「笑ってんじゃん!」

「あはは、ごめん!」

 

 追いかけた。竿を置いて、湖畔を二人で半周した。

 

「待て坊や!」

「釣りはいいのかい?」

「今は坊やが獲物!」

「目的変わってるよ!」

 

 後ろからモーディスの怒声が飛んできた。

 

「走るなら竿を片づけてからにしろ!」

「はーい!」

「返事だけはいいな、貴様!」

 

 結局、あたしがその日最初に釣り上げた一匹は、日が傾き始めた頃だった。もう諦めたふりをして、岩へ腰掛け、セイレンスから貰った飲み物をちびちび飲みながら竿を片手で持っていた時である。

 浮きが沈んだ。今度はすぐ引かなかった。坊やが言ったように、待った。ぐっと竿先が引かれても待った。どうしよう、いつだ、いつ引くんだよこれ。

 

「……今だ」

 

 近くにいたセイレンスの声がした。

 

「あたしもそう思った!」

 

 竿を立てる。重かった。じゃあ、いるんだ。

 間違いなくいる!

 

「来た来た来た! カイザー! 網! 網ぃ!」

「喚くな、聞こえている!」

 

 ケリュドラが駆けてくる。あたしは魚を逃がさないよう必死に竿を操った。今までの失敗全部がこの一匹へ繋がっていたんじゃないかと思うくらい慎重に、それでいて絶対に逃がさない執念で岸へ寄せる。

 水面が弾けた。

 

「わ、大きい!」

 

 ファイノンが声を上げた。

 

「瞬足卿、もう少し右へ寄せろ!」

「こう!?」

「引きすぎるな! 剣旗卿!」

「糸の張りは問題ない。そのままだ」

「メデイモス、火を空けておけ。大物だぞ」

「俺を料理係として固定するな!」

 

 モーディスの抗議まで聞こえた。

 最後にケリュドラが網を差し入れる。

 ざばん、と水が跳ねた。

 

「確保!」

「やったぁ!」

 

 あたしは竿を放り出しかけて、モーディスの視線を感じ、きちんと地面へ置いてから魚へ飛びついた。大きい。銀色の鱗が夕日に光っている。

 今日一番ではない。たぶん三番か四番くらい。でもそんなことはどうでもいい。

 

「あたしの魚!」

「よかったね、サフェルさん」

「見た坊や!? 神権なんていらなかった!」

「昨日の発言を全部なかったことにしたな?」

 

 モーディスの声は無視した。

 サフェル、一匹。セイレンス、たくさん。ファイノン、たくさん。勝敗だけ見れば惨敗である。でも一匹は一匹だ。しかも自力。これは偉い。あたしはそういうことにした。

 そのまま帰ってもよかったのだけれど、せっかく遠出したのだからと、ファイノンがキャンプを提案した。誰も反対しなかった。ケリュドラに至っては、いつの間にそんなものを用意していたのか簡易卓を広げ、今日の釣果を「戦果」と呼んで記録し始めた。

 

「カイザー、それ必要?」

「必要だ。次に来る際、どの場所でどの種類が何匹釣れたか分かれば有利になる」

「次も来る気満々じゃん」

「当然であろう。初回の観測結果を捨てるほど僕は愚かではない」

「楽しかったんだ」

「戦略的価値を認めたと言っている」

「はいはい」

「瞬足卿?」

 

 尻尾を掴まれる前に逃げた。

 

 

 夕食はモーディスが担当した。焚き火の上では串に刺した魚が焼かれ、別の鍋では身をほぐした魚と野菜が煮込まれている。塩と香草の匂いが風へ混ざった途端、釣りで減っていた腹が正直に鳴った。

 

「まだだ」

 

 皿へ手を伸ばす前にモーディスに止められる。

 

「一匹くらいいいじゃん」

「生焼けだ」

「猫舌だから冷ます時間も必要なんだって」

「理由になっていない」

 

 その横でファイノンが薪を足していた。セイレンスは湖の方から戻ってくる。水辺で飲み物を冷やしていたらしい。ケリュドラは毛布の上へ座り、足元へ届かない程度の高さの折り畳み椅子に腰掛けながら、網の柄を拭いていた。

 

「カイザー、今日ずっと網だったね」

「釣り糸一本へ運を委ねるより、成果が見える役目の方が性に合う」

「でも最後めっちゃ楽しそうだったよ」

「錯覚だ」

「『確保!』って声、すっごい弾んでたけど」

「瞬足卿。今夜、毛布が一枚不足することになっても僕を恨むなよ」

「横暴!」

 

 セイレンスが、低く笑った。

 

「よいではないか、カイザー。キミが楽しんでいたことくらい、湖の魚でも分かる」

「剣旗卿まで何を言う」

「ワタシは事実を述べただけだ」

「お前たちは……」

 

 ケリュドラの白い頬が僅かに膨らんだ。それ以上からかうと本当に毛布を没収されそうなので、あたしはモーディスの鍋へ避難した。

 夕食は悔しいくらい美味しかった。焼き魚は皮がぱりぱりで、中はふっくらしている。汁物は魚の旨味が全部溶けていて、身体の芯から温まった。あたしが釣った魚も焼かれた。自分で釣ったというだけで、三割くらい美味しく感じる。

 

「坊や、これ食べてみてよ。あたしの魚」

「いいのかい?」

「特別ね」

「ありがとう」

 

 ファイノンが一口食べる。

 

「うん、美味しい」

「でしょ?」

「モーディスの焼き方が上手いな」

「そこはあたしを褒めるところ!」

「釣ったのは貴様だが、焼いたのは俺だ」

「王子様まで!」

 

 笑い声が焚き火の上へ弾けた。

 

 食後、セイレンスが小さな旋律を奏でた。わざわざ本格的な演奏をするほどでもない、火の爆ぜる音と湖の波へ混ざるくらいの静かなものだった。

 ケリュドラは目を閉じて聴いている。モーディスは調理器具を片づけながら、手だけを動かしていた。ファイノンは火の向こう側で膝を立て、時々湖を眺める。あたしは毛布へ包まり、その全員を順番に見た。

 何だか変な組み合わせだ。盗賊猫。不死の戦士。海の剣旗卿。カイザー。救世の坊や。昨日までは、この五人で釣りへ行く予定なんてどこにもなかった。あたしが「魚出して」と無茶を言わなければ、たぶん今日という日は存在しなかった。だったら、あの勘違いも悪くない。むしろ大成功じゃない?

 

「ねえ」

 

 あたしが声を出すと、ファイノンがこちらを見た。

 

「ん?」

「次は海にしようよ」

「もう次の話?」

「だって湖でこれなら、海ならもっとでっかいのいるじゃん」

「まあ、いるだろうね」

「今度こそ一番釣るから」

「今日も十分頑張ってたよ」

「一匹だけだけどね!」

「自分で言うのか」

 

 モーディスが呆れた。

 セイレンスは演奏を止めずに、こちらへ目だけを向けた。

 

「ネコザメ。次はワタシが潮の読み方を教えよう。それでもキミが魚を脅すほど竿を握るなら、ワタシにもどうしようもないが」

「もう握り潰さないって!」

「ならば見込みはある」

 

 ケリュドラも目を開く。

 

「次回は網の大きさを一段階上げる必要があるな」

「ほら、カイザーも次行く気じゃん!」

「大型魚への備えを論じているだけだ」

「それを行く気満々って言うんだよ」

「瞬足卿」

「はいはい、黙りまーす」

 

 そう言いながら、あたしは笑っていた。

 結局その夜は、五人で火を囲んで、魚を食べて、くだらない話をして、寝る場所の取り合いを少しだけして、翌朝には余った魚をきちんと分けて帰った。

 帰り道、あたしの荷物は行きより重かった。自分で釣った一匹と、セイレンスとファイノンが「持っていきなよ」と分けてくれた魚が入っていたからだ。

 もちろん、あたしは最初、「いいっていいって、自分で釣った分だけで十分!」と断った。でもセイレンスに、「ネコザメが魚を断るとは。明日は空から貝でも降るのか?」と言われ、ファイノンには、「たくさんあるんだし、みんなで食べた方がいいだろ?」と笑われた。そこまで言われたら仕方ないので、仕方なーく貰ってやった。

 だから、後になってファイノンが「あんまり無茶振りされても困るよ。たとえばサフェルさんの“魚を創って”とか」なんて人前で持ち出した時、あたしが思わず、猫のような声を出しちゃったのは、別に恥ずかしかったからじゃない。

 神権で魚を出せないことくらい、今のあたしはちゃんと知っている。知っているとも。ただ――あの話を掘り返されると、魚一匹を釣るために半日以上竿へ殺気を飛ばし続けたことまで、芋づる式に思い出してしまうだけなのだ。

 それだけ。ほんと、それだけだから。……次は絶対、あたしが一番釣るけどね。




サフェルを可愛く書けたので満足。何ならコミュ強ファイノン書けて満足。セイレンスのPVで見たサフェルさんが猫っぽくて可愛かったので、釣りネタはどこかでやりたかったんです。
小噺シリーズなので、タイトル8文字縛りから解禁!
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