若木の根を大地へ馴染ませるため、ファイノンはジョーリアとケファレ、二つの神権を用いて静かに力を注いでいた。
そこへ宣伝を終えたサフェルが合流し、彼の口からは先代ジョーリアや大地獣たちと親しく関わる、あまりにも規格外な事実が次々と明かされていく。ヒアンシーとサフェルが揃って言葉を失う中、ファイノンだけは何もおかしいと思っていなかった。
ファイノン様はすぐには答えませんでした。
若木へ添えた手のひらを離すこともなく、指先だけを幹の表面へ沿わせながら、視線を葉の重なりへ落としています。風に揺れる枝先を追っているようにも見えましたが、目の動きは一定せず、何かを思い出しては別の可能性へ置き直しているようでした。
「代表的なのが……そうだな。やっぱりエンドモかな」
そう言うと、若木へ添えた片手はそのままに、もう片方の手を胸元から離して辺りを見渡しました。先ほどまで先代ジョーリアだの、大地獣のみなさんが自ら立候補しただのと、わたしとサフェル様の理解力を容赦なく試していた方とは思えないほど、その横顔は至って穏やかです。
視線だけが、うろ、うろ、と大講義場を巡っていく。
わたしもつられて辺りを見ました。
ケファレ様の神像前では、相変わらず準備に携わる皆さんが忙しなく行き来しています。飾りの位置を直している方、紙束を抱えて受付予定地へ急いでいる方、椅子を移している方。その足元や肩口、あるいは石縁の上には、オクヘイマではすっかり見慣れた小さな存在たち――エンドモもちらほら姿を見せていました。
「あ、ほら」
目的のものを見つけたらしいファイノン様が、ほんの少し身を乗り出しました。
指し示された先には、少し離れたところで飾りの確認をしていらっしゃるアグライア様がいます。その肩には、黄金蝶を思わせる小さなエンドモが伸しかかるように留まっていて、風を避けるつもりなのか、きらきらとした身体を彼女の髪へ半分ほど埋めていました。
アグライア様が何か話しかけると、エンドモの頭上にぽこん、と小さな表示が浮かびます。
『( ˘ω˘ )』
……ね、眠そうです。
そこへ続けて、薄い光で形作られた字幕が表示されました。
『ここはあたたかいから、もう少しだけここにいたいと思ったのであった』
「あらっ」
思わず笑ってしまうと、離れているせいでこちらの声までは届いていないはずなのに、ちょうどアグライア様もエンドモの字幕へ気づいたらしく、肩越しに優しく目を細めました。
すると黄金色の小さな子は、さらに身体を丸めます。
『( ˘꒳˘ )』
『もうちょっとここにいる』
「……可愛いですねぇ」
「はは、だよね?」
ファイノン様は目元をわずかに細め、口角を上げて、まるで自分が褒められたかのように少し得意そうな表情を浮かべました。
「ファイノン様が作ったわけではありませんよね?」
「それはそうだけど。可愛いものを可愛いって紹介したら、ちょっとくらい誇らしくならないかい?」
「それは……なります!」
「なるんだ」
隣でサフェル様が肩を竦め、呆れたように口元を歪めながら、それでも笑いを堪えきれずに小さく息を漏らしました。
「医者のお嬢ちゃん、そこは坊や側につくんだ?」
「だって可愛いものは可愛いですから!」
「まあ、分かるけどさぁ」
そんなやり取りをしている間にも、ファイノン様はエンドモを指したまま説明を続けました。
「今みたいに、エンドモはもともと顔文字とか字幕を使って僕たちとやり取りするだろ?」
「はい。お話しすること自体は珍しくありませんね」
道案内をしてくれたり、こちらの質問へ字幕で答えてくれたり、時には顔文字だけで明らかに不満そうな表情を浮かべたり。オンパロスで暮らしていれば、エンドモとの意思疎通そのものに驚くことはほとんどありません。
むしろ、顔文字で感情を伝えてくるあまり、言葉より先に意味が分かることすらあります。以前、薬包を抱えて歩いていた時に足元へ寄ってきた子へ、「危ないので少しだけ避けてくださいね」とお願いしたところ、
『( ´•̥̥̥ω•̥̥̥` )』
『じゃま……?』
と表示され、慌てて「違います違います、踏んでしまったら大変だからですよ!」と説明する羽目になったこともありました。
あの時は最終的に、
『(๑•̀ㅂ•́)و✧』
『じゃあ、道案内する』
と、なぜか先導役を買って出てくれたのです。
小さな子供のようで、とても可愛かったです……ではなくて。
「でも、ファイノン様が仰っている『意思疎通』というのは、この字幕を読むこととは違うんですよね?」
「うん。そこなんだ」
彼は嬉しそうに頷きました。何かを説明する時のファイノン様は、普段よりほんの少しだけ声が弾み、言葉を選ぶ間にも、相手へきちんと伝えようとする気遣いが滲みます。
自分自身のことを語る時には簡潔なのに、土地や誰かの話、昔から知っている風景のことになると、こちらが尋ねた以上のところまで自然と言葉が伸びていく。話しているうちに記憶の中の景色まで目の前へ運んでくるような語り方は、神悟の樹庭にいた頃から変わっていないように思えました。
「……よく色々なところで見かけるエンドモとかだよね。普段は今みたいに表示されたものを僕たちが読むだろ? だけど、大地を通して繋がってる時は、あれとは少し違う」
「違う、というと?」
「文字になる前の意図が分かるって言えばいいのかな」
ファイノン様は眉間へわずかに皺を寄せ、視線を若木の葉先へ滑らせました。指先で幹をそっと撫でながら、言葉を探すように唇を薄く結び、やがて小さく息を吐いてからこちらへ顔を向けます。
「ほら、ヒアンシーだって患者さんが『平気です』って言っても、本当に平気なのか声や顔を見て判断することがあるだろ?」
「ありますね。たとえば、言葉は大丈夫でも呼吸が浅かったり、痛いところを無意識に庇っていたりすれば、もう少し詳しくお話を聞きます」
「たぶん、それに近いんじゃないかな。エンドモが字幕にする前から、『眠い』とか『近づきたい』とか『嫌だ』っていう方向が分かるんだ。僕らにも分かる形へ直すなら、ジョーリアの権能が間に入って翻訳してる……みたいな」
「なるほど……?」
なるほど、と言ったものの、完全に分かったわけではありません。
たとえ話としてはとても分かりやすかったです。でも、わたしが患者さんの表情や呼吸から推測していることと、大地を通じて生き物の意図が直接分かるというお話は、規模がだいぶ違うような気がします。
「つまり坊やは、エンドモが字幕出す前に中身が分かるってこと?」
サフェル様が尋ねました。
「だいたいはね。ただ、何でも全部聞こえるわけじゃないよ。大地へ触れてる時の方がはっきりするし、相手が強く何かを伝えようとしてる方が分かりやすいかな」
「へぇ~」
サフェル様は口では軽く返しながらも、興味を持たれたらしく、近くにいた別のエンドモへ視線を向けました。石縁の上で小さく跳ねていた青白い子です。
「じゃあ試していい?」
「何を?」
いたずらを思いついた子どものように目を細め、口元へ人差し指を立てました。
「坊やは黙っててよ」
「……いいけど」
何が始まるのでしょう。
わたしとファイノン様が見守る中、サフェル様は忍び足でエンドモへ近づきました。相手も彼女に気づきます。
『(・ω・)?』
小首を傾げるような顔文字。
サフェル様も腰を落とし、同じ高さまで顔を近づけました。
「ねえ、あんた。救世の坊やについてどう思う?」
「サフェル様!?」
「何さ、ちょうどいいじゃん」
わたしが止める間もありませんでした。
エンドモはくるりとファイノン様を見ます。
『(゚∀゚)!』
何かに気づいたような顔になり、その場でぴょん、と跳ねました。ファイノン様の方を見ると、彼は一瞬きょとんとしてから、なぜか目元を緩めています。
「ああ」
「ああ、って何!?」
「いや、別に」
「絶対なんか分かったじゃん!」
サフェル様が振り返った直後、エンドモの字幕が出ました。
『たいようのひと』
もう一度、跳ねます。
『あったかい』
『でも ちょっとへん』
「ぶっ」
サフェル様が吹き出しました。
「サ、サフェル様……!」
「いやだって、ちょっと変だって! 言われてんじゃん坊や!」
「そうみたいだね」
「気にしないの!?」
「エンドモに嘘をつかせる方が変だろ?」
まったく堪えた様子がありません。むしろファイノン様は、褒められた部分だけ受け取るように小さく笑いました。
エンドモはさらに、
『(`・ω・´)』
『いいへん』
と付け加えます。
「良かったですね、ファイノン様。『いいへん』だそうですよ」
「ありがとう。……それ、褒め言葉なのかな」
「褒めてる褒めてる。たぶん」
サフェル様が適当に言います。エンドモ自身は満足したらしく、そのままファイノン様の方へ跳ねてきました。若木の根元まで来ると、彼の足元でちょこんと止まり、上を見ます。
『(・∀・)』
『木、げんき?』
「うん。少しずつね」
ファイノン様が答えると、
『よかった』
『(๑•̀ㅂ•́)و✧』
と表示されました。
「……今のは字幕が出る前に分かったんですか?」
「『木は元気?』って聞かれるのは分かったよ」
「本当に会話になっているんですねぇ……」
わたしは思わず感心してしまいました。
顔文字や字幕があるから、エンドモと人が意思疎通出来ること自体は昔から知っています。でも、その文字の裏側へもう一本、大地を介した経路が存在すると思うと、いつも見慣れていた光景まで少し違って感じられます。
今までエンドモが字幕を浮かべるたび、わたしたちはそこに書かれた言葉を読んでいた。けれど、言葉になる前にも、この子たちは何かを感じ、何かを伝えようとしている。
考えてみれば当然のことなのに、ひとつ仕組みを知っただけで妙に新鮮です。
「でも……これって、かなり研究の余地がありそうですよね」
わたしがそう口にすると、ファイノン様は若木へ添えていた手をゆっくりと離しながら、「ああ」と頷きました。
「僕もそう思う。専門家じゃないから、原理までは詳しく分からないけれど」
「いやいや坊や。今までの説明で十分、普通の人の『詳しくない』から遠ざかってるけど?」
「そうかい?」
「その顔やめなって」
サフェル様が笑いながら肩を竦めました。ファイノン様は少し困ったように眉を下げ、それから木へ触れていた手の位置を僅かにずらします。
若木の葉は、先ほどより明らかに厚みを増していました。急に大樹へ変わったわけではありません。幹もまだ若々しいままで、枝も祭りのあと何年、何十年と時間を重ねる余地を十分に残しています。
ただ、植え替え直後の不安定さは薄れたように見えました。風が吹いても、枝全体が頼りなく大きくしなることはありません。根元の土も静かです。ファイノン様の呼吸にも変化はない――そう確認したところで、わたしの意識は先ほどの話へ戻りました。
「アナイクス先生なら、解かるかもしれませんね」
口に出してから、ああ、と思いました。
なんとも自然な結論でした。分からないことがある。不思議な現象がある。既存の説明だけでは足りない。なら、先生に聞いてみよう。
神悟の樹庭にいた頃、何度そう思ったことでしょう。自分で考えず何でも答えを求めていた、という意味ではありません。むしろアナイクス先生へ質問を持っていけば、「まず貴方はどう考えたのです」と返されることの方が多かったはずです。
それでも。自分なりに考え、分からないところへ印を付け、持っていけば、先生は必ずその疑問を検討に値するものとして受け取ってくださいました。既存の神話に反するから。伝承ではそう言われているから。誰も疑っていないから。そんな理由だけで、問いを捨てることは決してなさらなかった。
「うん。僕もそう思う」
ファイノン様の声が、少し柔らかくなります。
「アナイクス先生なら、まず『意思疎通という曖昧な言葉で片づけないでください。現象を分類しなさい』って言いそうだ」
「あっ」
それは、とても想像出来ました。
「言いそうです!」
「ふふ、だろう?」
「それから、『字幕として出力される情報と、ジョーリアの神権を経由して認識される情報が同一だという証拠はどこにあるのです?』とか」
「言う言う」
ファイノン様が笑います。
隣でサフェル様が、わたしたち二人を交互に見ました。
「……あんたら、樹庭の坊やの真似して楽しい?」
「楽しいですよ?」
「即答じゃん」
「だって、アナイクス先生ですよ?」
「答えになってないって」
サフェル様には呆れられてしまいましたが、ファイノン様も口元を押さえながら笑っているので、わたしだけではないはずです。
神悟の樹庭で学んでいた頃。アナイクス先生の講義は、穏やかに椅子へ座って聞いていれば終わるようなものではありませんでした。
一つ答えれば、その前提を問われる。前提を説明すれば、それを裏付ける根拠を問われる。根拠を並べたつもりでも、「では、その観測条件に偏りがないと何故言えるのです」とさらに返ってくる。
最初の頃は、一つ質問しただけなのにどうしてこちらがこんなに問い詰められているのでしょう、と目を回した覚えがあります。
けれど、不思議と嫌ではありませんでした。むしろ一つずつ考えて、考えて、先生の問いへ食らいついて、ようやく「悪くありません」と言っていただけた時の嬉しさは、今でも覚えています。
簡単に褒めない方でした。だからこそ、認めていただいた時には、本当に自分の考えを見ていただけたのだと思えたのです。
最後の火を追う旅では、その先生がオンパロスという世界そのものへ問いを突きつけ、神話として閉ざされていた真実をひとつずつ暴いていきました。
わたしにとっては、驚きと恐ろしさの連続だった。それでも同時に、ああ、先生らしい、と感じる瞬間もたくさんありました。何が神であろうと、世界であろうと、先生にとって検証出来ない聖域にはならない。目の前に疑問があれば、きっと今だって同じです。
しかも今回は、世界の滅亡や神々の思惑ではありません。エンドモがどうやってお話ししているのか。大地を介した意思疎通とは何なのか。どういう条件で情報が変換されるのか。なんだか、とても平和な研究題目です。
先生が研究する内容に「世界が滅びるかもしれません」が付属していないというだけで、こんなにも胸の辺りが軽く感じられるものなのでしょうか。
「うーん、そうですねぇ……」
わたしは確認表を持つ手をいったん胸元へ引き寄せ、紙の端が風に煽られないよう指先でそっと押さえました。
先ほどまでの笑い声がまだ喉の奥に残っていて、頬も少し熱いままです。けれど、ここで先生の真似をするなら、ただ声を似せるだけではいけません。
神悟の樹庭で講義をなさっていた時の、眼鏡の奥から静かにこちらを見渡す視線や、質問の前にほんのわずか顎を引く仕草まで思い出しながら、わたしは一度だけ小さく息を吸いました。
風に揺れる髪を耳へ掛け、確認表を脇へ抱え直してから、背筋を伸ばします。肩へ余計な力を入れず、けれど普段より少しだけ顎を引き、アナイクス先生が新しい研究題目を前にした時の表情を作りました。
「『余裕の出来た今だからこそ、過去の細かな部分に目が行くというものです』」
少し低めの声を意識します。眉を寄せ、先生が講義中に難しい問いを提示する時の顔を思い浮かべました。
「『いいでしょう。すべて私が解明して差し上げましょう。もっとも、貴方たちの観察記録があまりに杜撰でなければ、ですが』」
「ぶっ」
サフェル様が噴き出しました。
ファイノン様も目を丸くしたあと、声を立てて笑います。
「ああ、確かに!」
「似てました?」
「似てた似てた。あと、『そもそも、その質問は前提から間違っています』って一回くらい挟みそうだ」
「あっ、それもありますね!」
「『貴方たちは未知の現象を見ると、どうしてすぐ既存の分類へ押し込めようとするのです?』」
「ふふっ、ファイノン様も似ていますよ!」
「本当かい?」
今度はファイノン様が、少し顎を引きました。普段の柔らかな声より、ほんの少しだけ硬い調子を作りながらも、目元には隠しきれない笑みが浮かんでいます。
「『まず観測しなさい。次に記録しなさい。推論はその後です。それすら出来ないのなら――』」
そこで彼は言葉を止めました。厳格な先生の口調を真似ているはずなのに、その瞳だけは楽しげに細められていて、どこまでもファイノン様らしさが残っていました。わたしも何となく続きが分かってしまって、ほとんど同時に声が重なります。
「「『研究者を名乗るには早すぎます』」」
一拍。
わたしたちは顔を見合わせました。
そして、どちらからともなく吹き出します。
「ははっ……本当に言いそうだな」
「ですよねぇ!」
「待って待って」
サフェル様が片手を振ります。
「二人で完成させないでよ! 本人いないのに会話成立してんじゃん!」
「長く教わっていましたので」
「僕も何度も言われたからね」
「それはそれでどうなのさ」
サフェル様はそう言いながらも楽しそうで、尻尾の先がゆったり左右へ揺れていました。足元のエンドモまで、何が面白いのか分からないまま雰囲気につられたらしく、文字がたくさん出ています。
『(≧▽≦)』
『わらってる』
「はい、笑ってますよ」
わたしが答えると、
『たのしい?』
「とっても」
『(๑´ڡ`๑)』
『よかった』
そのやり取りにまた頬が緩みました。
昔、同じ学び舎で先生の問いに頭を悩ませていた学生たちが、今は祭りの準備の合間に、その先生の口真似をして笑っている。
その傍らでエンドモが顔文字を浮かべ、若木は陽光を受けて葉を揺らし、サフェル様は呆れながらも会話から離れずにいてくださる。
別に、何か大きなことが起きているわけではありません。世界の謎を解いているわけでも、火種を追っているわけでもありません。ひとつの分からないことを見つけて、先生ならきっと調べたがるでしょうね、と話しているだけです。
こんなふうに「知らないこと」が、恐ろしい真実へ続く入口ではなく、明日の研究題目になった。それが、わたしには嬉しく感じられました。
「でも、本当に先生へ報告してみたいですね」
わたしが言うと、ファイノン様も若木の幹へ手を添えたまま頷きました。
「ああ。エンドモの字幕と神権を通した認識で違いがあるのか、僕も気になる」
「坊や、自分で調べ始めないでよ? どうせ先生に話したら二人して寝なくなるんだから」
「僕は寝るよ」
「先生の方は?」
「……」
「黙ったね?」
「先生にはヒアンシーから言ってくれないか?」
「任されました!」
「医者のお嬢ちゃん、なんで嬉しそうなのさ」
「先生へ『研究のためにも今日は休んでください』と申し上げられる機会は、そう多くありませんから」
「医者って怖いねぇ」
「怖くないですよ?」
「その笑顔で言うと余計に怖いやつじゃん」
サフェル様が一歩だけ距離を取りました。
「そんなことありませんよ。まずはお話をして、必要でしたら休憩をご提案するだけです」
「提案で済む?」
「済まない場合もありますね!」
「ほらぁ!」
彼女が大袈裟に肩を落とすので、わたしとファイノン様はまた笑いました。
笑いながら、ふと若木へ視線を移します。葉はもう、先ほどのように頼りなく光へ透けるだけではありませんでした。
柔らかな瑞々しさを残しながら、風を受け止められるだけの厚みを持ち始めています。根元の土にも不自然な隆起はなく、幹へ触れているファイノン様の手元にも震えはありません。
「ファイノン様、そろそろ十分そうですよ」
「そうだね。僕もそう思う」
彼は素直に応じました。大地から滲んでいた温かな気配が少しずつ薄れ、若木の周囲へ留まっていた柔らかな陽射しも、やがて大講義場全体を照らす普通の光へ溶けていきます。
最後に幹を撫でるようにして、ファイノン様は手を離しました。
急に静かになったわけではありません。風は吹いていますし、準備する皆さんの声も聞こえています。エンドモの頭上には新しい顔文字が浮かび、遠くではまた荷物の置かれる音がしました。
ただ、ひとつの作業がきちんと終わったのだと分かる、小さな区切りだけがそこにありました。わたしは確認表の最後に残っていた「若木の状態」という項目へ、ようやく印を付けます。
「これで大丈夫ですね」
「ああ」
「お疲れさまでした、ファイノン様」
「どういたしまして。役に立てたなら良かったよ」
「ちゃんと役に立ってますよ。すごく」
「そうかい?」
「はい。それから――」
わたしは少しだけ考え、さっきのお返しのつもりで胸を張りました。
「アナイクス先生のモノマネをやらせたら右に出る者はいない、とファイノン様から認定していただけたことも、とても光栄です!」
「そこまで言ったかな?」
「あれ? 言ってませんでした?」
「いや……でも、確かに右に出る者はいないかもしれないな」
「そう言っていただけるなんて、光栄です!」
「あんたらほんっと楽しそうだねぇ」
サフェル様の呆れ声が風へ混じり、近くのエンドモが、
『(≧∇≦)/』
『なかよし』
とても的確な字幕を浮かべました。
わたしは否定する理由もなく「はいっ」と頷きます。ファイノン様は一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに肩の力を抜いて笑いました。
その笑い声を追いかけるように若木の葉がさらさらと鳴り、大講義場へ流れ込んだ風は、ケファレ様の神像の前を横切って、そのまま明るい空へ抜けていきました。
やっぱヒアンシー口調はやわらぐ感じしてよきですな、混ぜます。そのときの気分で変えよう。目玉焼きの固焼きと半熟のように! 生徒が可愛くて大変よきです。キャストリスも入れたかったけど、間に合わなかった。アナイクス先生、こんな生徒可愛いんじゃないの~? とか思いながら書いてました。かわいくない? まねっこ生徒たち。
エンドモが登場する話は顔文字多くなるんですけど、注意書きって増やすべきなんでしょうか? エンドモに喋ってもらうの、どうしても顔文字の下に文字置きたくて改行多くなるゥ……。