烈日よ、さざ波を追って   作:夜鷹ケイ

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<前回のあらすじ>
 笑い声が風へ溶け、若木の葉が穏やかに揺れる大講義場で、ファイノンとヒアンシーたちは久しぶりに肩の力を抜いた冗談を交わしていた。
 エンドモの愛らしい字幕をきっかけに、神悟の樹庭で学んだ日々とアナイクスの口真似まで蘇り、戦いではなく研究の話で笑える平穏が、確かにここへ戻っている。けれど、その笑顔を見つめるヒアンシーの胸には、彼が本当に過去から帰ってこられたのかという、静かな問いが残っていた。


097 木陰に風余韻残す

 その笑い声は、若木の葉を揺らした風にさらわれても、しばらく耳の奥へ残っていました。サフェル様の「あんたらほんっと楽しそうだねぇ」という呆れ半分の声も、エンドモが浮かべた『なかよし』の文字も、考えてみれば何でもないやり取りです。

 それなのに、確認表へ視線を戻したあとも頬の辺りが少しだけ緩んだままで、わたしは最後まで書き込んだ項目を一度読み返してから、紙束の角を指先で揃えました。

 

 それは、相手を鼓舞するための日差しのような、先制するための軽口ではありませんでした。

 火を追う旅の最中にも、ファイノン様はよく笑っていました。誰かが不安そうにしていれば先に明るい言葉を投げ、緊張が強ければ冗談を混ぜて肩の力を抜かせ、苦しい状況ほど「大丈夫」とでも言うように笑ってみせる。

 その表情が嘘だった、などとは思いません。あの方はきっと、本当に仲間を励ましたかったのでしょうし、一緒にいる時間を楽しいと感じてくださった瞬間だって、たくさんあったはずです。

 ただ、今になって思い返すと、あの頃の笑顔にはいつも目的がひとつ余分に付いていたように見えるのです。怖がらせないため。前へ進ませるため。心配させないため。誰かが立ち止まらないようにするため。

 ファイノン様自身が楽しいから笑うことと、皆さんを安心させるために笑うことが、あまりにも自然に重なっていました。どこからがご本人の気持ちで、どこからが人を支えるための振る舞いだったのか、そばにいたわたしたちでさえ見分けられないほどに。

 けれど、先ほど交わした冗談は違いました。

 アナイクス先生ならこう仰るでしょう、とわたしが真似をすれば、ファイノン様も続きを重ねる。どちらが先に先生らしい言葉を思いつくか競うでもなく、相手を元気づけようと頑張るでもなく、颯爽とした風のような冗談(ジョーク)が、ただ楽しいからという理由だけで行ったり来たりしていました。そんな会話は、いつぶりでしょう。

 

「んじゃ、あたしは向こう見てくるよ。宣伝終わっても、今度は人の流れ確認しろって言われてるし」

 

 サフェル様が大きく伸びをし、両腕を頭上へ上げました。背中を反らした拍子に尻尾の先がくるりと弧を描き、次いで彼女は受付予定地の方へ顎をしゃくります。

 

「はい。ありがとうございます、サフェル様。あちらの準備はほとんど終わっているはずですが、人が集中しそうなところがあったら教えてくださいね」

「了解了解。医者のお嬢ちゃんも、確認表と睨めっこしすぎないようにね」

「ちゃんと休憩しますよ?」

「その台詞、今日だけで何人に疑われた?」

「…………」

「あははっ、じゃーね」

「も、もうっ!」

 

 答えに詰まったわたしを楽しそうに笑いながら、サフェル様はするりと人の間へ戻っていきました。その背中はすぐ作業中の方々に紛れ、けれど特徴的な尻尾だけがしばらく人波の向こうを揺れながら進んでいきます。

 足元にいたエンドモも、

 

『(・ω・)ノ』

『いってらっしゃい』

 

 と字幕を浮かべて見送ってから、別の仲間を見つけたらしく、ぴょこぴょこと石縁の向こうへ跳ねていきました。

 

 そうして少しだけ静かになった場所で、わたしはファイノン様へ目を戻します。彼はまだ笑っていました。

 大きく声を立てているわけではありません。唇の端に柔らかな曲線が残り、先ほどわたしと声を重ねたことを思い出しているのか、時折ほんの少し息が揺れている。肩は上がっておらず、腕にも余計な力が入っていません。権能を使い終えたあとに見られる疲労も、少なくとも表面上には認められませんでした。

 ただ立って、笑っている。それだけです。

 医師として見れば、呼吸も、姿勢も、声の張りも、今のところ気になるものはありませんでした。けれど、そうやってひとつずつ「問題なし」と印を付けようとするほど、別のところが妙に引っ掛かります。

 

(昔のファイノン様に戻ったように見えたから、でしょうか……――いいえ、きっと「戻った」という考え方そのものが違うのです)

 

 あれだけのことを経験して、何もなかった頃へ戻ることなんて出来ません。わたしたちだってそうです。神悟の樹庭で机を並べていた頃の自分と、天空の火種を背負い、火を追う旅を終えた今の自分が、まったく同じであるはずがありません。

 ならば、今ここで笑っているファイノン様も、昔へ戻ったのではなく、たくさんの記憶を抱えたまま、もう一度こういうふうに笑えるようになってきたのでしょう。そう考えれば、とても喜ばしいことのはずでした。

 

(実際、嬉しいのです。たぶん、思っていた以上に)

 

 ふと若木の方から強めの風が吹き、増えたばかりの葉が一斉に裏返りました。明るい翡翠の濃淡が波のように枝から枝へ走り、光の粒が石床へちらちら落ちます。ファイノン様は反射的に顔を上げ、枝が支柱の範囲で問題なく風を受け流しているのを見届けると、安心したように目を細めました。

 

「良さそうだな」

「はい。根も落ち着いていますし、これなら予定通り進められそうです」

「良かった。ヒアンシーもずっと準備してたからね」

「わたし一人で進めたわけではありませんよ。皆さんがたくさん助けてくださいましたから」

「それでも、最初にやろうって言ったのは君だろ?」

「それはそうですけど……」

 

 まっすぐ言われると、少し照れてしまいます。確認表で口元を隠すほどではありませんでしたが、紙の端を指でなぞる回数は増えていたかもしれません。

 

「ファイノン様だって、ずいぶん手伝ってくださいましたよ?」

「僕は木を運んで、ちょっと育てただけだよ」

「その『ちょっと』が普通の『ちょっと』ではないんですよねぇ……」

「そうかな?」

「そうなんです」

 

 また同じような会話をして、わたしは笑いました。ファイノン様も笑います。

 やはり自然です。返事までの間も不自然ではありません。こちらの言葉を聞いて、意味を受け取り、それに応じた表情が返ってくる。視線を逸らすわけでも、無理に話題を変えるわけでもありません。

 

 だからこそ、わたしは気づいてしまったのでしょう。

 こんなやり取りが、あまりにも久しぶりだったことに。

 

 神悟の樹庭にいた頃は、もっとたくさんあったはずです。先生の講義について話したり、課題の内容に頭を抱えたり、誰かが奇妙な説を持ち出せば二人で首を傾げたり。いつも一緒に行動していたわけではありませんが、顔を合わせれば「今日の講義は難しかったですねぇ」と話せるくらいには、同じ場所で同じものを学ぶ生徒同士でした。

 その頃のファイノン様は、もちろん今よりずっと若く、背負うものも違っていたでしょう。けれど、火を追う旅が始まってからは。わたしたちが言葉を交わす時、そこにはいつだって何かがありました。

 次の目的地。負傷者。暗黒の潮。火種。タイタン。仲間の生死。オンパロスの未来。世界が終わるまで、あとどれだけ残されているのか。

 同じ「どうだった?」という問いでも、講義の感想ではなく戦いの結果を尋ねるようになり、「大丈夫?」と聞けば体調だけではなく、次に進める状態かどうかまで含むようになりました。

 冗談さえ、休息ではなく武器になる。笑顔さえ、人を立たせるために使われる。ファイノン様は、そういうことがとても上手でした。

 上手すぎたのです。その事実を、今こうして何でもないことで笑い合えているからこそ、かえって鮮明に思い知らされます。

 

 あの頃、彼はどれだけご自分を抑えていらしたのでしょう。そう思ってしまいます。

 もちろん、わたしには分かりません。ファイノン様が実際にどの瞬間に何を感じ、どのくらい言葉を飲み込んだのか。それを本人からすべて聞いたわけではありませんし、表情だけを見て過去の心を決めつけることは出来ない。

 それでも、今の彼と過去の彼を両方知っているからこそ、見えてしまう差があります。誰かのためではなく、自分が面白いから笑う時の声。気を張らずに肩を下ろしている立ち方。こちらの冗談に対して、次に皆を導くための言葉ではなく、ただ冗談で返してくる余裕。

 そんな小さな違いが積み重なるほど、火を追う旅の中で彼が見せていた明るさには、「そうしなければならない」という役割が、わたしたちの想像以上に絡みついていたのではないかと思えてしまうのです。

 

「救世主様、ここ置いても大丈夫ですか?」

 

 不意に、少し離れた場所から声がしました。装飾箱を抱えた青年が、こちらへ向かって顎を上げています。箱の大きさで前が見えにくいらしく、足元を確かめながら立ち止まっていました。

 ファイノン様は呼ばれると、ごく自然にそちらを向きます。

 

「ああ、僕よりヒアンシーに聞いた方が確実だと思う。動線は彼女が確認してるから」

「はいっ。そちらでしたら、あと少しだけ石縁側へ寄せていただければ大丈夫です!」

「分かりました!」

 

 青年は礼を言って箱を運び、何でもないやり取りは人の声や葉擦れの音へ紛れていきました。それでも、わたしの中には「救世主様」という呼びかけだけが、小さな石のように残り続けていました。

 ファイノン様は気にしていないように見えます。訂正もしませんでしたし、肩を強張らせることもない。自分では配置を決めず、わたしへ確認を回したところも、むしろ今の役割へ合わせて自然に判断してくださったのでしょう。

 それでも。

 平和になった今のオンパロスでは、彼はただの市民に戻れる――そう思っていました。剣を取らなくてもいい。明日のために自分を削らなくてもいい。何かを救い続けなくてもいい。街を歩き、市民と挨拶をし、知り合いの手伝いをし、先生の口真似をして笑う。誰にでも許されている生活の中へ、ファイノン様も帰ってきていいはずです。

 そのはずなのに、彼を「救世」の肩書きから完全に切り離すことは、わたしたちには出来ていませんでした。……出来ない、というより。してこなかったのかもしれません。いま声を掛けた青年を責めたいわけではありません。

 だって、わたしだって同じです。ファイノン様、と呼ぶたびに、そこへどれほど多くの意味を重ねているのでしょう。

 神悟の樹庭で学んだ人。一緒に火を追った人。ケファレの火種を継いだ人。オンパロスを繋いだ人。帰ってきてくれた人。失いたくない人。そのどれも間違いではないのに、積み重ねれば積み重ねるほど、目の前の一人の青年へ、わたしたちの記憶と感謝と期待が載っていく。

 もう一人、「救世主」の名を背負う人が、広大な星空の向こう側から現れてくださった今でさえ、オンパロスの人々にとって、ファイノン様が長く未来を繋ぎ続けてくださった方である事実は変わりません。

 感謝を忘れろと言われても、出来るものではありません。彼が守ったものをなかったことにも出来ません。けれど、その感謝がもし、もう戦わなくてもよい人の肩へ新しい重さとして残るのだとしたら。わたしたちは、何をどうすればいいのでしょう。

 

 わたしは確認表へ視線を落としました。

 紙面には、問題なしの印が並んでいます。植栽位置。支柱。動線。救護場所。木の状態。ひとつずつ確かめて、危険を減らし、何かあった時の手段まで考えておく。そういうことなら得意です。患者さんにも似ています。

 息苦しさがあれば呼吸を確認する。傷があれば洗浄し、必要な処置をする。疲労が強ければ休息を勧める。痛みの場所が分からなければ、会話をしながら少しずつ探していく。見えるもの、測れるもの、本人が教えてくださるもの。それらを一つずつ集めれば、少なくとも次に何をするべきか考えることが出来ます。

 けれど、ファイノン様へ向けられている「救世主」という言葉を、薬のように減らすことは出来ません。感謝するなとも言えません。過去を忘れてくださいとも言えません。本人へ「もう全部終わりましたから、何も考えなくていいですよ」と言うことだって、きっと違います。

 そんなふうに扱えば、それは彼が見続けてきたものまで否定することになってしまう。そして何より、ファイノン様自身が、終わったからといって全てを置いていける方ではないことを、わたしたちは知っています。

 

 少し遠くで子どもたちの笑い声が上がりました。

 短冊に使う紙の一部を見つけたらしく、まだ配布前ですよ、と係の方に止められています。色とりどりの紙を指差しながら、「ぼくはこれ」「わたしはこっち」と騒いでいる声が大講義場の風へ乗り、若木の葉の音と重なりました。

 ファイノン様もそちらを見ています。口元には、また柔らかな笑みがありました。楽しそうに見えます。少なくとも、わたしにはそう見えました。

 

 子どもたちが未来の願いを書こうとしている。

 自分が守り続けた世界で、人々が明日のことを考えている。

 

 その光景を前にした彼が何を思っているか、わたしには分かりません。それでも、視線の柔らかさや、呼吸の穏やかさを見れば、不快に感じているようには到底見えませんでした。

 だからこそ、余計に難しい。幸せそうに見えるのです。ちゃんと笑えているのです。周りの人とも話せます。

 頼み事をすれば引き受けてくださいますし、休んでくださいと言えば以前よりは素直に聞いてくださるようになりました。食事のことも、睡眠のことも、少しずつ「生きるための予定」として受け取ってくださるようになっています。

 それでも、これで安心して手を離していいのかと尋ねられれば、わたしは頷けませんでした。

 大切なら、手放すことも一つの選択だ。天外の方から、そういうお話を聞いたことがあります。相手を信じること。自分のそばへ置いておくことだけを愛情だと思わないこと。どれも、きっと正しいのでしょう。

 患者さんに対してだって、ずっと医師の手元へ置いておくことが治療の目的ではありません。回復したなら、自分の生活へ戻っていただく。その人の身体も人生も、最終的にはその人自身のものです。

 わたしだって、それは分かっています。分かっているからこそ、ファイノン様にだけ例外を作ることが、本当に正しいのか迷うのです。

 本人が歩けるのに、歩かせない。本人が行きたいと言っているのに、引き留める。本人が自分で決めようとしている未来へ、皆で理由を作って待ってくださいとお願いする。

 医師として見れば、本人の意思を尊重することはとても大切です。けれど、意思を尊重することと、自己犠牲まで黙って認めることは違う。

 少なくとも、わたしはそう考えています。――問題は、ファイノン様の場合、その境目があまりにも見えにくいことでした。

 彼にとっては、誰かを守るために自分が危険へ近づくことが、あまりにも自然です。誰かへ危険が移るくらいなら、自分が離れる。誰かが傷つく可能性があるなら、自分が先に背負う。自分一人で済むのなら、その方がいい。

 それを義務だから仕方なく選んでいるようには、見えない時すらあります。むしろ、彼自身の善意として、とても静かに選んでしまう。

 

 だから、こちらも止め方を間違えます。

 わたしたちが「心配するから」と言えば、その心配を減らすために残ってくださるかもしれない。「手伝ってほしい」と頼めば、自分が役に立つと思う限り引き受けてくださる。「今は休んでください」と言えば、次に必要とされる時のために休息を受け入れてくださる。そういう方法で、わたしたちは何度も彼を引き留めてきました。

 それは、ファイノン様の善意を知っているからこそ使える方法です。そして同時に、善意を知っているからこそ、胸のどこかが痛む方法でもありました。

 こちらが寂しいから。失いたくないから。一緒にいたいから。本当はそんな理由があるのに、それだけでは彼を止められないような気がして、「皆のため」を混ぜる。

 

 それを医療的な必要性で包むこともあります。わたし自身、やっています。

 彼の身体がまだ万全ではないことは事実です。長く休養が必要なのも嘘ではありません。けれど、その事実を一度も「もう少しだけここにいてください」という気持ちと切り離して考えたことがあるかと問われたら、自信を持って頷けません。

 ずるいなあ、と自分でも思います。だからといって手を離す勇気もありませんでした。手を離した瞬間、彼がすぐ消えてしまうと決まったわけではないのでしょう。

 それはわたしの想像で、不安、予測です。ファイノン様が「必ずそうする」と宣言したわけでもないのに、まるで遠くへ行く準備をしている人を見張るように、わたしたちは彼の予定へ目を配っている。

 それでも、彼が一度「これが最善だ」と思ったなら、ご自身のことを後回しにしてしまえる人だという事実を、わたしたちは嫌というほど知っていました。だから怖いのです。

 大切なら手放すべきだと言われても、その手の中にいる人が、自分から崖の方へ歩いていくかもしれないと思っているのに、信頼という名前だけで指を開くことは出来ませんでした。しかも、「なら一緒に行きます」と言うことも簡単ではありません。

 

 火を追う旅の中で、何度も思いました。

 

 ファイノン様だけへ背負わせたくない。今度こそ一緒に。一人にしない。

 言葉にするなら、とても綺麗です。けれど、わたしたちが彼と同じ場所へ立つことが、必ずしも彼を救うとは限らないことを、最後の再創世(永劫回帰)はあまりにも痛い形で教えてくれました。

 助けるつもりで差し出した手が、新しい重荷になることもある。一緒に背負おうとしたものを、結局また彼へ渡してしまうこともある。「わたしも連れて行ってください」という願いが、相手にとって救いではなく、守らなければならない人を一人増やすことになる場合だってある。

 だから、どうするべきなのか分からないのです。引き留め続けることが正しいのか。送り出すことが正しいのか。一緒に行くことが正しいのか。

 どれにも痛みがあり、どれにも危うさがある。医療なら、状態を見て方針を修正出来ます。けれど人の未来には、試しに一度やってみて、駄目なら元へ戻しましょう、では済まないことがある。

 そんなことを考えながら、わたしは知らず知らずのうちに確認表の端を強く握っていました。紙が小さく鳴ります。その音で我に返り、慌てて指の力を緩めると、端に浅い皺が残っていました。

 

「……もう」

 

 誰に向けるでもなく小さく息を吐き、指の腹で皺を伸ばします。

 祭りの前です。皆さんが未来の願いを書きに来る日なのですから、わたしが一人で難しい顔をしていては、せっかくの明るい空気まで曇らせてしまいます。

 そう思って顔を上げると、ファイノン様は若木の根元へしゃがみ込んでいました。何をしているのかと思えば、土の表面に落ちた小さな葉を一枚拾い上げています。

 成長を促した時に落ちた古い葉なのでしょう。彼はそれをしばらく指先で眺めてから、少し離れた土の上へ置き直しました。捨てるのではなく、土へ返すつもりなのかもしれません。

 立ち上がった彼へ、近くを通った作業員の方が声を掛けました。ファイノン様は足を止め、穏やかに応じます。返事のあとには自然な笑みが浮かび、その表情は、かつてのように誰かを安心させるためのものではなく、ただ一人の青年が人と会話を楽しんでいるように見えました。

 

 それを見ていると、先ほどまで胸の中で絡まっていた問いが、ますます答えのないものに思えました。

 普通に笑えているからといって、大丈夫だとは限りません。苦しそうに見えないからといって、何も抱えていないとも限らない。けれど、笑顔の奥に隠れた苦しみを勝手に決めつけて、その笑顔まで否定したくはありませんでした。笑えている今を大切にしながら、それでも見落とさないことが、わたしに出来ることなのだと思います。

 医師としてなのか。仲間としてなのか。昔から同じ学び舎にいた一人としてなのか。もう、自分でも綺麗には分けられませんでした。

 ファイノン様がこちらへ戻ってきます。風が吹き、白銀の髪が額へかかりました。彼は片手でそれを払い、わたしが確認表を抱えたまま立っているのを見ると、少し不思議そうに首を傾げます。

 呼吸は穏やか。歩幅もいつも通り。視線もまっすぐこちらへ向いている。先ほど笑っていた余韻がまだ残っているのか、口元には柔らかな曲線がありました。

 

(そんな彼へ、何を尋ねればいいのでしょう……)

 

 今、楽しいですか。ここにいたいですか。これから先も、わたしたちのそばにいてくださいますか――どれも尋ねたいのに、どれも今ここで口にするには重すぎるような気がしました。

 わたしは一度唇を結び、若木へ目を向けます。風を受けた枝が、先ほどより確かな張りを持って揺れていました。




 自ら進んで抱え込んでくタイプの善性の持ち主だと思ってます。
 何なら本作ファイノン、わりと最初の方で「自分の魂を、オンパロスを守る為の防衛機構の素材にしない?(意訳)」とめちゃくちゃ明るく提案して仲間たちに阻止及び引き止められてます。本人的には、「みんなが生きる世界をめちゃくちゃにする奴らに対抗するなら、きっと力が出ると思うんだ!」的なメモスナッチャーなどの外的害悪を憎悪によって焼き尽くす自信があるからの提案(善意)でした。
 そこに、自分がどうなるかを含めずに提案しちゃう辺り、自己肯定感とか生存本能とか生きる意欲とか含めて、「みんなが無事なら僕はそれだけで十分だよ!」とか思うタイプなのが露見して、仲間たちに「はよなんとかせんと……」ってずっと思われて構われまくって未来に対する願望的なの芽生えてください……。
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