【完結】仲正イチカは悪い大人についていく   作:曇りのち晴れ男

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後日談・おまけ
おまけ1 白石ウタハは2人についていきたい


 

 ジャラジャラと、牌が混ざり合う乾いた音が事務所に響く。『思春期相談窓口』の拠点となっているこの部屋は、今や私の第二の部室……いや、第二の家と言っても過言ではないほど馴染んでしまっている。

 

「……ポン」

 

 私の牌がイチカに取られ、手が進む。対面に座るイチカ、そして左に座る先生。いつものメンツで行う、いつもの麻雀。平和な午後だ。だが、ふと胸をよぎる割り切れなさが、私の口を衝いて出た。

 

「……なあ。ふと思うんだが、私はトリニティの生徒ではないから、『相談窓口』の一員として公的に認められないというのは、少し不満だな」

 

 私が牌を切りながらぼやくと、イチカは慣れた手つきでツモりながら、あっけらかんと返してくる。

 

「ウタハさんにはエンジニア部があるっすから、しょうがないっすよ。兼任なんてしたら、ミレニアムの方から怒られちゃうっす。あ、ポン」

 

「む……それはそうだが」

 

 正論だ。私はミレニアムサイエンススクール、エンジニア部の部長。立場上、トリニティの公式な組織に名を連ねることは難しい。だが、こうして共に卓を囲み、数々の修羅場をくぐり抜けてきた仲間として、名前の繋がりがないのは少々寂しいものがある。

 

「なら、いっそイチカ、君がミレニアムに転校してこないか? はは、エンジニア部は大歓迎だぞ」

 

 私が冗談めかして笑うと、横で渋い顔をして手牌を睨んでいた先生が鼻で笑って会話に入ってきた。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。ミレニアムはハイテクすぎて肌に合わねぇし……何より、向こうの不良たちに俺が歓迎されねぇわ」

 

「あはは、確かに。その時はタケルさんを呼んでお礼しないとっすね」

 

「ちがいねぇ。おらリーチだ! そんなこと考えてる暇あるなら安牌でも探すんだなウタハ!」

 

「あ、ロンっす。倍満」

 

「はぁ!? お前ここ最近強くなりすぎだろ! クソッ!」

 

 先生が勢いよく牌を叩きつけた、その時だった。

 控えめな、しかし確かなノックの音がドアから響いた。場の空気が一瞬で切り替わる。麻雀の手を止め、三人の視線が一斉に入り口へと向いた。

 

「……どうぞ、開いてるっすよ」

 

 イチカが声をかけると、ドアがゆっくりと開き、一人の生徒がおずおずと顔を覗かせた。その表情は不安に陰り、救いを求める者のそれだった。

 

「あの……ここが、『思春期相談窓口』でしょうか……?」

 

 どうやら、新たな依頼の幕開けのようだ。

 

「その……」

 

 控えめに事務所に入ってきたその少女は、アオイケと名乗った。

 彼女はトリニティの一般生徒の制服を着ていたが、その表情は憔悴しきっている。私たちは麻雀卓を片付け、彼女をソファに座らせて話を聞くことにした。

 

「……私の友達の、クロダちゃんの病気が……治らないんです」

 

 アオイケさんは、絞り出すようにそう言った。話を聞けば、友人のクロダという生徒は、病気で長く病床に伏せっているという。当然、トリニティが誇る医療組織『救護騎士団』にも診せた。あらゆる治療を試みた。しかし、結果は芳しくなかった。「手の施しようがない」──そう告げられ、途方に暮れていた時、昇り調子の相談窓口の噂を聞きつけたのだという。

 

「沢山の人から、ここには『大人』の先生がいるって聞いて……。先生なら、何か……救護騎士団でも知らないような方法を、知っているんじゃないかと思って……」

 

 彼女は縋るような瞳で、先生を見つめた。しかし先生は難しい顔で腕を組んでいる。大人は決して万能ではない。特に医療に関しては、キヴォトスの技術、救護騎士団の腕前はトップクラスだ。彼らがサジを投げたとなれば、ただの「大人」が出せる手など、そうそうない。

 

「……気持ちは痛いほど分かるが、俺は医者じゃない。救護騎士団がダメだったとなると……」

 

 先生が言葉を濁し、イチカも沈痛な面持ちで俯いた、その時だった。

 

「その依頼、私が引き受けよう」

 

 凛とした声が響いた。私が立ち上がると、アオイケさんは驚いたように目を丸くし、先生とイチカはぎょっとして私を見た。

 

「えっ、ウタハさん? でもこれ、病気の話っすよ? 機械の修理とは訳が違うっす」

 

「ああ、そうだぞウタハ。専門外もいいところだ。大丈夫なのか?」

 

 二人の心配はもっともだ。私はエンジニアであり、ドクターではない。だが、私は白衣の裾を翻し、不敵に笑って見せた。

 

「既存の医療で治せないのなら、それは『治療』の領域を超えた『課題』だ。課題があるなら解決する。それこそが、我々エンジニアの、そして発明の出番だろう?」

 

 私の言葉に、根拠などない。だが、不思議と迷いもなかった。困っている生徒がいて、誰も解決策を持っていないのなら、私が新しい「解」を作ればいいだけのことだ。

 

「さあ、アオイケさん。案内してくれ。その患者──クロダ君のところへ」

 

「は、はいっ!」

 

 私は呆気にとられるイチカと先生を事務所に残し、アオイケさんと共に救護騎士団の病棟へと向かった。

 

 ■■■

 

 救護騎士団の管理する病棟の一室。案内されたその部屋は、清潔だが、どこか冷たい消毒液の匂いと静寂に包まれていた。

 

 ベッドの上には、一人の少女──クロダが眠っていた。規則正しい寝息を立て、その表情は安らかに見える。だが、その肌は透き通るほど白く、まるで生命力が希薄であるかのような儚さを漂わせていた。

 

「……これが、救護騎士団からの診断記録です」

 

 アオイケさんから渡された数枚のメモを受け取る。そこには、脈拍、血圧、体温が細かく記されていた。その中に『腫瘍』という項目があるのを見つけた。

 

 私は白衣のポケットに手を突っ込み、メモの数値と、眠り続ける少女の顔を交互に見比べる。医学的な知識は専門外だ。この数値や腫瘍がなぜ治療不可に直結するのか、正確なところは分からない。論理的に考えれば、専門家がお手上げの状態に、門外漢の私が口を挟む余地などないはずだ。

 

 けれど。

 

「(ふむ……皆目見当もつかないが……何かできそうな気はするな)」

 

 エンジニアとしての直感。あるいは、数多の「不可能」を形にしてきた発明家としての嗅覚が、そう告げていた。理屈では説明できないが、この少女の状態は、決して「治せない」ものではない。ただ、「治し方」のアプローチが間違っているだけではないか。

 

 私はメモを閉じ、不安そうに私を見つめるアオイケさんに向き直った。

 

「……少し、時間をくれないか。持ち帰って検討したい」

 

「あ、あの……何か、分かりそうですか?」

 

「今はまだ、何も。だが──」

 

 私はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、病室を後にした。

 

「私の直感が、まだ諦めるなと囁いているんでね」

 

 病室を出た私は、その足で担当医だという救護騎士団の生徒を捕まえ、詰め所に場所を移して詳しい話を聞くことにした。彼女は重い口を開き、残酷な診断名を告げた。

 

「……脳幹グリオーマ。それも、脳幹部へ浸潤するタイプの、極めて悪質な腫瘍です」

 

 彼女はモニターにMRI画像を映し出した。素人の私が見ても、それが絶望的な状況であることは理解できた。脳の深部、生命維持を司る最も重要な器官である「脳幹」。そこに、腫瘍がまるで最初からそこにあったかのように、すっぽりと覆い被さり、複雑に入り組んでいる。

 

「薬物療法も、放射線も試しました。ですが……効果は限定的です。このままでは、彼女の生命活動は遠からず停止します」

 

「……素人意見で非常に申し訳ないが、外科的な処置はどうなんだ? 患部を直接取り除く、物理的な切除は」

 

 私が尋ねると、救護騎士団の生徒は悲痛な面持ちで首を横に振った。

 

「不可能です。画像を見てください。腫瘍と正常な脳幹の細胞が、境界線なく混ざり合っています。呼吸や心拍を司る神経の束に、腫瘍が絡みついているんです」

 

「……切り離すのが難しい、と?」

 

「難しい、なんてレベルではありません。もし手術をするとなれば、髪の毛一本よりも遥かに細い神経の隙間に入り込み、正常な細胞を一つも傷つけずに、悪性細胞だけを剥離しなければなりません。ほんの数ミクロン、指先が震えただけで……彼女は即死します」

 

「言わずもがな、か……」

 

 彼女は机の上で固く拳を握りしめ、悔しさを滲ませた。

 

「そんな神業、人の手には不可能です。どれほど熟練した医師でも、生理的な限界があります。今の医学では……細かすぎて、絶対に無理なんです」

 

 室内に、重苦しい沈黙が落ちた。誰もが諦める状況だ。人の領域を超えている。だが、その「限界」という言葉を聞いた瞬間、私の脳内でシナプスが激しくスパークした。

 

 生物的な限界が壁になっているのなら、その壁を越えるのはいつだって──

 

「……そうか」

 

 私は口元に手を当て、自然と不敵な笑みがこぼれるのを止められなかった。

 

「細かすぎて無理ならば……細かい動きのできる機械があればいいのだろう?」

 

「え……?」

 

「人の指では届かず、人の集中力では維持できない領域なら、人よりも精密に、正確に、永遠にブレることなく動く『腕』を作ればいい。……単純な話じゃないか」

 

 救護騎士団の生徒がポカンとしているのをよそに、私は白衣を翻して立ち上がった。脳幹というミクロの戦場。そこで戦うための兵器の設計図は既に、私の頭の中で組み上がり始めていた。

 詰め所のホワイトボードに、私は猛烈な勢いでマーカーを走らせる。頭の中にある構想を、即座に図面へと落とし込んでいく。

 

「見ろ、これがその『解決策』だ」

 

 私が描いたのは、一見すると異様な形状の医療機器だった。

 

「まず、術者である君の手には、高精度のモーショントレース・グローブを装着する。君はモニターを見ながら、拡大された映像で手術を行うんだ」

 

「これは……遠隔操作ですか?」

 

「概念としては近い。だが、ただの遠隔操作じゃない。この機械の真髄は『縮尺』と『補正』にある」

 

 私は図面の中心、脳幹へと挿入される極細のアーム部分を指し示した。

 

「君の指先が1センチ動いたとき、患部のアームは10ミクロンしか動かない。動きの比率を極限まで縮小するんだ。これならどんなに大胆にメスを動かしても、患部では細胞一つ分の切開にしかならない」

 

「動きを、縮小……!」

 

「さらに、ここだ。アームには6軸のアクティブ・スタビライザーを搭載する。人間の生体ゆえに発生する不可避な手の震え、呼吸による体の揺れ、あるいは緊張によるわずかな力み……それら全ての『不要なノイズ』をセンサーが検知し、瞬時に逆位相の動きを加えて相殺する」

 

 私はそのまま救護騎士団の生徒に向き直り、声高らかに力説する。

 

「つまり、この機械を通すことで、君の手は生理的な限界を超越し、完全な静止と精密動作を手に入れる。神の領域にある患部に、人の手で触れることが可能になるんだ!」

 

 救護騎士団の生徒は、呆然とホワイトボードを見上げていた。理論は理解できても、それを実現する技術力が想像の範疇を超えているのだろう。

 

「そんな……理論上は可能かもしれませんが、患者の体力も限界です。これほどの精密機器を、一から設計して、完成させるなんて……時間が……」

 

「時間がないから諦めるのか? 難しいから見捨てるのか?」

 

 私は彼女の言葉を遮り、白衣の胸ポケットから愛用のスパナを取り出して握りしめた。エンジニアとしての矜持が、熱く燃え上がる。

 

「やらなければ分からないだろう! 私はミレニアム・エンジニア部の部長、そして思春期相談窓口の実質的な協力者の白石ウタハだ。必ず作り上げてみせる」

 

 その言葉に、救護騎士団の生徒はハッと息を呑み、そして瞳に希望の光を宿して力強く頷いた。

 

「……はい! お願いします、ウタハさん!」

 

「ああ。任せてくれ」

 

 カッコよく決まった。私は腕を組み、満足げに頷いた。すると、ふと冷静になった様子の彼女が、不思議そうに首を傾げた。

 

「……あの、ところで」

 

「ん? なんだ、技術的な質問か?」

 

「いえ、そうではなくて……なんでミレニアムの方が、トリニティの救護騎士団に……?」

 

「……」

 

 私は腕を組んだまま、静かに視線を逸らして沈黙した。

 

 ■■■

 

 ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部部室。深夜の静寂を、換気ファンの回る低い音と、私がキーボードを叩く音、そして時折響く電子部品の接合音だけが支配していた。

 

「……出力応答速度、0.01秒短縮。スタビライザーの感度も……良好」

 

 私は作業机に向かい、没頭していた。脳幹というミクロの領域に挑むための『神の腕』。その中枢となる制御基板の制作だ。設計図は完璧だ。あとは、それを物理的な形に落とし込むだけ。アドレナリンが脳を駆け巡り、疲れなど微塵も感じない。私の手は、まるでそれ自体が精密機械のように正確に動いていた。

 

 だが、その手が不意に止まった。

 

「……ん?」

 

 基板の心臓部、微細な振動を完全に相殺するために不可欠な、ある特定のチップをトレーから取ろうとした時だ。指先が触れたのは、冷たいトレーの底だけだった。

 

「……ない」

 

 私は眉をひそめ、部室の在庫データベースを確認する。表示された数字は、無情にも『0』。それは、汎用品ではない。超高速演算処理と耐熱性を兼ね備えた、特殊なレアメタルを含む軍用規格のICチップだ。これがないと、アームのブレ補正機能が実装できない。

 

「やれやれ、在庫管理のミスか。……まあいい、すぐに取り寄せれば明日には届くだろう」

 

 私は一度作業を中断し、立ち上がった。精密機器であるパソコンを触る前には、手を清めるのが私の流儀だ。洗面台へ向かい、オイルとフラックスで汚れた指先を丁寧に石鹸で洗い流す。タオルで水気を完全に拭き取り、私は清潔になった手で、発注用の端末に向かった。

 

 キヴォトス最大手のパーツ通販サイトを開く。検索窓に型番を入力し、エンターキーを叩く。

 

『在庫切れ(入荷未定)』

 

「……む?」

 

 私は別のサイトを開く。大手家電量販店の業務用ページ。

 

『Sold Out』

 

 さらに別の、マニアックな電子部品専門店。

 

『現在、取り扱いがありません』

 

 ブラックマーケットの横流し品リストまでも検索したが、結果はすべて同じだった。まるで示し合わせたかのように、キヴォトス中の市場から、そのパーツだけが蒸発してしまったかのように。

 

 私は椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。クロダという患者に残された時間は少ない。1分1秒を争うこの状況で、まさか資材不足で足止めを食らうとは。

 

「……なんてベストなバッドタイミングなんだ……」

 

 誰もいない部室で、乾いた呟きだけが虚しく響いたが返答はなかった。

 ふと、深夜の静寂を破るように、部室の電子ロックが解除された。驚いて振り返ると、そこには、先生が立っていた。トリニティから、わざわざこんな深夜に駆けつけてきたらしい。

 

「……先生? どうしてここに」

 

「救護騎士団の奴が、『思春期相談窓口』の協力者を名乗る奴がいたって連絡してきてな。……また、すごいものを作る気らしいな」

 

 先生は私のデスクに歩み寄り、散らばった設計図や試作品の山を見て、呆れたように、しかしどこか誇らしげに笑った。

 

「ああ。これさえ完成すれば、あの子の命を救える。そして、これならきっと『相談窓口』の一員として……公的にも……」

 

 私は作業の手を止めず、モニターを見つめたまま早口で答えた。これが成功すれば、実績ができる。そうすれば、外部協力者として正式なポジションが認められるかもしれない。そうすれば、もっと堂々と彼らの隣にいられる。

 だが、ふと投げかけられた先生の言葉は、鋭く冷たいナイフのように私の核心を突いた。

 

「何か、焦ってるだろ、お前」

 

 ぴたりと、指がキーボードを叩かなくなる。私は努めて冷静な声を出し、振り返らずに答えた。

 

「……焦ってなどいない。患者の命がかかっているんだ、急ぐのは当然だろう」

 

「嘘をつけ」

 

 先生は私の椅子の背もたれに手を置き、逃がさないように強く言った。

 

「相談窓口、相談窓口って……ここ最近、ずっと言ってるだろ。あそこでの居場所を作るために、無理してねぇか?」

 

「……」

 

「お前は『思春期相談窓口』のウタハじゃない。ミレニアム・エンジニア部の部長、白石ウタハだ。自分を見失うんじゃない」

 

 その言葉は、優しく、けれど厳しく私の胸に響いた。私は何も言い返すことができず、ただ黙ってうつむいた。画面に映る『在庫切れ』の文字が、やけに視界に滲んで見える。

 先生は俯く私の頭に、ごしゃりと大きな手を乗せた。それは撫でるというよりは、掴むような、乱暴でいて、どこか不器用な優しさを孕んだ手つきだ。髪がくしゃくしゃになるのも構わず、彼は低い声で呟く。

 

「あんまり、俺たちに入れ込みすぎるなよ」

 

 ドクリ、と心臓が冷たく跳ねた。

 

『入れ込みすぎるな』。

 

 その言葉は、私と彼らの間に明確な線を引く、拒絶のようにも聞こえた。お前は部外者だ。こっち側の人間じゃない。──そんな風に突き放された気がして、私は反論しようと口を開きかけた。

 

 けれど。頭に乗せられた手のひらの温かさが、言葉とは裏腹に痛いほど優しくて。私は喉の奥まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 先生は私の頭から手を離すと、ポンポンと軽く私の肩を二回叩き、そのまま何も言わずに背を向けた。自動ドアが開き、彼の背中が夜の闇へと消えていく。

 

 ドアが閉まる音がして、再び部室にはファンの回る音だけが残された。

 

「……結局、先生は何をしに来たんだ?」

 

 ■■■

 

 翌日。私は目の下に濃い隈を作りながら、ミレニアムの自治区をあてもなく歩き回っていた。 ネットが全滅なら、実店舗を回るしかない。ジャンク屋、裏通りのパーツショップ……足を棒にして探し回ったが、あのチップだけが、まるで神隠しに遭ったかのようにどこにもないのだ。

 

「……くそっ。これではアームの制御回路が組めない」

 

 焦りが募る。クロダという少女の命の砂時計は、刻一刻と落ちているというのに。

 

 ふと、視界の端に違和感が引っかかった。路地裏へと消えていく、数人の生徒の集団。彼女たちが着ている特徴的なパーカーの柄に、私は思わず足を止めた。見覚えがある。あれは──少し前、イチカたちと共に壊滅させたはずの『カノン』の配下たちが着ていたものと酷似している。

 

「……何故、ミレニアムに?」

 

 好奇心と、背筋を撫でるような嫌な予感が私を突き動かした。私は気配を殺し、彼女たちの後を追った。

 

 彼女たちは人の目を避けるように、複雑に入り組んだ旧市街の区画へと進んでいく。そこは再開発から取り残され、監視カメラのネットワークからも外れた、ミレニアムの数少ない「死角」だ。道はどんどん狭くなり、やがて瓦礫と廃棄された建材に囲まれた、誰も見つけられないような最深部へと辿り着いた。

 

「……これは」

 

 物陰から覗き込んだ私は、息を呑んだ。薄暗い空間には、用途不明の無骨な機械が数台、規則正しく並べられていた。まだ稼働はしていないようだが、その異様な存在感は周囲の空気を歪ませているようにすら見える。

 

 だが、私が最も驚愕したのは、その機械の足元に散乱していた「ある物」だった。割れたガラス片と、怪しく光る液体が残るアンプル。

 

「あれは……『強化薬剤』……!?」

 

 私はぎょっと目を見開いた。トリニティでカノンが流通させ、多くの生徒を狂わせた悪魔の薬。それがなぜ、事件が終わったはずの今、ここミレニアムにあるのか。背筋に冷たいものが走るのを、私は止めることができなかった。

 ふと、足元の瓦礫を踏んだ音が、静寂に満ちた空間でやけに大きく響いた。

 

「──誰だ!?」

 

 鋭い声と共に、一斉に視線が集まる。私は舌打ちをしつつ身を翻そうとしたが、遅かった。路地裏の影から、建物の死角から、パーカーを着た生徒たちが次々と姿を現す。あっという間に、退路は塞がれてしまった。

 

「(しまったな……ただの買い物だと思っていたから、雷ちゃんを置いてきている……)」

 

 私の相棒である自律攻撃ターレット『雷ちゃん』は、今頃部室でお留守番だ。手元にあるのは、護身用のサブマシンガン一丁のみ。対する相手は複数人。しかも、あの『カノン』の配下だった連中だ。私は銃のグリップを握りしめ、冷や汗を流しながらも、努めて冷静な声で問いかけた。

 

「そこに落ちているのは『強化薬剤』だろう? なぜお前たちが持っている。ヴァルキューレ警察学校が一つ残らず処分したはずだろう」

 

 私の問いに、リーダー格と思われる生徒が歪んだ笑みを浮かべる。

 

「『スタジアムに残ってた分』はな! 私たちが持っている分は残ってたんだよ。警察なんて節穴さ」

 

「そこにある不穏な機械の説明が欲しいな。……つまり、『そういうこと』でいいんだな?」

 

 私は瓶から視線を上げ、奥に鎮座する解析装置らしき機械を見やった。

 

「ああ……私たちはカノンを継ぐ者だ。強化薬剤を分析し、レシピを復元し、今度は私たちがブラックマーケットのトップに立つ」

 

 彼女たちは目をギラつかせ、妄信的な熱を帯びた声で宣言した。かつての悪夢を、再びこのキヴォトスにばら撒こうというのか。私は呆れ果て、吐き捨てるように言った。

 

「くだらないな」

 

 リーダー格の生徒は、私の視線をあざ笑うかのように、懐から小さなプラスチックケースを取り出し、親指で弾いてみせた。ケースの中でキラリと光るシリコンの輝き。見間違えるはずもない。私が喉から手が出るほど欲していた、あの軍用チップだ。

 

「このチップが大量に必要でな。解析装置の演算処理に使うんだよ。集めるのには時間がかかったが……あともう少しで完成するんだ」

 

「(なるほど……市場に出回っていないのは、こいつらが買い占めたからか……)」

 

 すべての謎が解けた。人命を救うための「神の腕」を作るパーツが、よりにもよって、人を破滅させる「悪魔の薬」を復活させるために浪費されていたとは。

 

「ふざけた使い道だ。……資源の無駄遣いにも程がある」

 

 私が低い声で吐き捨てると同時に、リーダー格が手を振り下ろした。

 

「やれ! ここを見たからには生かして帰すな!」

 

 号令と共に、周囲の生徒たちが武器を構え、一斉に襲いかかってくる。銃口からのマズルフラッシュ。狭い路地裏に銃声が反響する。

 

 ──以前の私なら、雷ちゃんなしでこの状況を切り抜けるのは不可能だっただろう。だが。

 

「(囲まれているという状況が、逆に私の意識を研ぎ澄ませているのか……? いや、なんにせよ……)」

 

 私は冷静に最初の弾丸を最小限の動作で回避すると、サブマシンガンを構えた。あのスタジアムでの激闘。イチカや先生と共に、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けた経験が、私の脳と体に染み付いていた。射線の予測、遮蔽物の利用、敵の連携の隙。それらが数式のように頭の中で瞬時に計算される。

 

「(これなら行ける……!)」

 

 正確な射撃で周囲の生徒の武器を弾き飛ばし、続く一撃で制圧する。

 

「なっ、なんだコイツ!? エンジニアじゃないのか!?」

 

「エンジニアだ。だからこそ、効率的に動いているだけだ」

 

 私は止まらなかった。瓦礫を蹴って射線をずらし、狭い地形を逆に利用して敵を一箇所に固める。イチカのような派手な立ち回りはできないが、論理的かつ冷徹な制圧ならお手の物だ。

 

 数分も経たないうちに、静寂が戻ってきた。リーダー格以外の取り巻きたちは、皆、手足を撃たれるか、武器を破壊されて地面に転がっている。

 

 私は加熱した銃身から立ち上る硝煙を払い、ただ一人立っているリーダー格へと向き直った。

 

「さて……残るは君だけだが」

 

 雑魚を一掃し、残る敵影は『1』。私は勝利の方程式を組み立てるべく、遮蔽物から身を乗り出した。

 

「計算終了。座標固定、射撃──!」

 

 声と同時に私のサブマシンガンが火を吹く。狙いは正確無比、相手の眉間だ。だが。

 

「甘いんだよッ!!」

 

 そのリーダー格の少女は、人間離れした反応速度でアサルトライフルを盾にし、私の弾丸を弾き飛ばした。それどころか、衝撃を殺すと同時に前進し、怒涛のフルオート射撃を叩き込んでくる。

 

「くっ……!?」

 

 私はとっさにコンクリート柱の裏へと滑り込む。凄まじい着弾音とともに、私の背中の向こうでコンクリート片が弾け飛び、頬を掠める。

 

「(強化薬剤を服用…‥しているわけではないな。素であの反応速度か……。少し、自分の実力に自信を無くす……)」

 

 火力が違う。制圧力が桁違いだ。

 

「(動きに迷いがない……! やはりただのチンピラレベルではないな……)」

 

 私は舌打ちを一つ。即座に思考を切り替える。正面からの撃ち合いは分が悪い。ならば、地形を利用した跳弾による死角攻撃だ。私は柱の影から銃口だけを突き出し、対面の壁にある鉄パイプを目掛けて発砲した。

 計算通りに跳ね返った弾丸が、遮蔽物に隠れようとしたリーダー格の背後を襲う。

 

「ちっ、小賢しいマネを……!」

 

 だが、彼女は背中に着弾を受けながらも、まるで痛みを感じていないかのように止まらない。防弾チョッキか、あるいは薬物による痛覚遮断か。彼女は被弾を無視して、強引に距離を詰めてくる。

 

「出てこいよエンジニア! その薄っぺらい計算ごと吹き飛ばしてやる!」

 

 重い銃声がどんどんと近づいてくる。私の隠れている柱が、みるみると削られているようだ。

 

「(……まずいな。こちらの想定よりもタフネスが高すぎる)」

 

 私は冷や汗を流しながら、残弾を確認した。残りわずか。相手も同様のはずだが、このまま押し切られれば、リロードの隙を狩られるのは私の方だ。

 

 ──勝負に出るしかない。

 

 私は呼吸を整え、柱から飛び出した。それと同時に、相手も私の飛び出しを読んでトリガーを引く。

 至近距離での交差射撃。互いの銃が視界を焼き、薬莢が宙を舞う。私の弾が彼女の肩を掠め、彼女の弾が私の白衣を裂く。互いに致命傷を避け、けれど確実に追い詰め合い──そして。

 

 残酷な、しかし必然の音が、二人の間で同時に響いたのだった。

 

「(クソッ……白兵戦になるか……!)」

 

 私が舌打ちをするよりも早く、リーダー格の生徒は弾の尽きたアサルトライフルを私に投げつけてきた。とっさに腕でガードするが、その一瞬の隙を見逃さず、彼女は懐に飛び込んでくる。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 鳩尾に鋭い拳が突き刺さる。肺の空気が強制的に吐き出されて視界が明滅する。

 

「がはっ……!」

 

 速い。弾切れを認識した瞬間に、躊躇なく銃を捨てて殴りかかる判断力。腐ってもブラックマーケットの覇権を狙う集団の長ということか。私はよろめきながらも、冷静な部分で敵の動作速度に感心していた。だが、体は悲鳴を上げている。

 やつの回し蹴りが空を切り、頬を掠める。私はバックステップで距離を取ろうとするが、背中はすぐに冷たいコンクリートの壁にぶつかった。逃げ場がない。

 

「(彼──先生のように言うとすれば、『タイマンは最高』……というやつだ。だが……)」

 

 重い拳がガードの上から叩き込まれ、腕の骨がきしむ音がする。

 

「(……私にとっては、最悪の『バグ』でしかない……!)」

 

 私は歯を食いしばる。射撃戦なら、計算と予測でカバーできた。だが、肉体同士がぶつかり合う格闘戦となれば話は別だ。基礎体力の差、格闘経験の有無。それらが残酷なまでの「スペック差」となって私を追い詰める。

 

「ハハッ! どうしたエンジニア! 機械がないと何もできないか!」

 

 嘲笑とともに繰り出される連撃。防戦一方だ。ガードが崩され、次の一撃が顔面を捉えるのは時間の問題だった。口の中が鉄の味で満たされていく。

 

 思考が鈍る。足がもつれる。

 

 これが……ここまでなのか。

 

 チップを奪い返し、あの機械を完成させる前に、ここで終わるのか──。

 死を覚悟したその時だった。

 

 乾いた硬質な音が響き、振り上げられたリーダー格の顔面が、何もない空間で大きく仰け反った。

 

「ぐベっ!?」

 

 彼女は鼻を押さえてよろめく。何が起きた? 銃弾ではない。もっと鈍く、重い衝撃。地面に転がり落ちた「凶器」を見て、私は我が目を疑った。

 

 それは──緑色の文字が刻まれた、麻雀牌の『發』だった。

 

「……リーチ・一発・大三元、ってな」

 

「なんで役満と複合してるんすか」

 

「語呂が良かったから」

 

 聞き覚えのある、気の抜けた、しかし頼もしい声。弾かれたように路地の入り口を振り向くと、土煙を上げて二つの人影が立っていた。

 

「せ、先生……!? それに、イチカ……!?」

 

 肩で息をする私を背に庇うように、アサルトライフルを構えたイチカと、ポケットに手を突っ込んだ先生が歩み寄ってくる。逆光を浴びて立つその姿は、今の私にはあまりにも眩しすぎて。張り詰めていた糸が切れ、視界が滲んでいくのを止めることができなかった。

 

「な、なんで……ここが……?」

 

 私が震える声で問うと、先生は私の横に並び、ニヤリと不敵に笑って短く答えた。

 

「ふっ。……肩」

 

「……え?」

 

「自分の肩、見てみろ」

 

 言われるがまま、私は自分の白衣の肩口──昨夜、先生が強く掴んだあたり──に目をやった。そこには、小指の爪ほどの小さな電子チップ、極小の発信機が張り付いていた。

 

「こ、これは……」

 

 昨日の夜。『入れ込みすぎるな』と言って、私の頭を掴み、肩を叩いたあの時。拒絶だと思ったあの行動は、私が一人で無茶をして暴走することを見越した、先生なりの保険だったのか。

 

「お前が大人しくしてるタマじゃないことくらい、お見通しだっての。まぁこれを見る限り、別に突っ走ったわけじゃなさそうだが」

 

 先生は呆れたように肩をすくめたが、その目は優しかった。私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、滲む涙を袖で乱暴に拭った。

 

「……まったく、恐ろしい『大人』だ……!」

 

「どうせあたしゃ悪い大人ですよだ。……さて……そこのお前」

 

 先生は、深く、重く息を吐き直した。その瞳に宿るのは、先ほどまでの飄々とした色はなく、大切な存在を傷つけられたことへの静かな、しかし烈火のような怒りだった。

 

「俺の『生徒』に、何してんだッ!」

 

 吼えるような一喝。トリニティでもミレニアムでもない。ただ「俺の生徒」というその言葉は、何よりも強く私の胸を打った。

 それと同時だった。イチカが疾風のように駆ける。

 

「……だ、そうっすよ。覚悟はいいっすか?」

 

「く、来るなァッ!!」

 

 リーダー格は半狂乱で拳を振るうが、消耗しきったその動きは、万全の状態のイチカには止まって見えただろう。イチカは敵の腕を軽々と捌くと、流れるような動作で関節を極め、コンクリートの地面へと叩きつけた。

 

「ぐあっ……!?」

 

「確保完了っす。……ウタハさんに手を出した罪、たっぷりと償ってもらうっすよ」

 

 イチカが完全に敵を制圧したのを確認すると、先生はゆっくりと私の方へ歩み寄ってきた。ボロボロになった私の白衣と、握りしめられたチップを見て、彼は痛ましそうに眉を寄せ、そして優しく告げた。

 

「お前は背伸びをしなくたって、うちの生徒だ」

 

 その言葉が、私が抱えていた焦燥と孤独を、体温のように溶かしていく。私は……ここにいても、よかったんだ。

 

「いつでも遊びに来て、いつでも頼ってくれ。……肩書きなんてなくても、俺たちは仲間だろ」

 

「……ああ」

 

 私は溢れそうになる感情を堪えながら、精一杯の強がりで笑ってみせた。

 

「……了解だ、先生」

 

「涙を止めれてねぇぞ」

 

 ■■■

 

 数日後。『思春期相談窓口』の事務所は、穏やかな午後の日差しに包まれていた。

 

 ノックの音がして、ドアが開く。現れたのは、以前とは見違えるほど明るい表情のアオイケさん。そして、その横には──自分の足でしっかりと立つ一人の少女の姿があった。

 

「失礼します……!」

 

「こんちはー! 皆さん!」

 

 はっきりとした声で挨拶をしたのは、あの時死の淵を彷徨っていたクロダさんだった。頭にはまだ手術の痕を隠す包帯を被っているが、その顔色は血色が良く、瞳には確かな生気が宿っている。

 

「おおっ、クロダさん! もう歩いても平気なんすか?」

 

 イチカが目を丸くして駆け寄ると、クロダさんはニコリと微笑んだ。

 

「イェェエエス! 救護騎士団の方々も驚いてた! 『神の腕』のおかげで、奇跡的なスピードで回復しているってさ!」

 

 彼女はそう言うと、真っ直ぐに私の前に歩み寄り、深く、深く頭を下げた。

 

「ウタハさん。本当に、ありがとう! あなたが機械を作ってくれなかったら、私今、ここにいなかったって!」

 

「……私も、感謝してもしきれません。諦めかけていた私たちに、希望をくれて……本当に、ありがとうございました!」

 

 アオイケさんも涙ぐみながら、クロダさんと一緒に頭を下げる。その真摯な感謝の言葉に、私は少し照れくさくなって、頬をポリポリと掻いた。

 

「よ、よしたまえ。私はただ、技術的な課題を解決したに過ぎない。実際に手術を成功させたのは救護騎士団の腕前と……何より、君自身の生きようとする意志の力だ」

 

 私がぶっきらぼうに、けれど精一杯の照れ隠しで答えると、先生が横からポンと肩を叩いてきた。

 

「素直じゃないねぇ、ウタハ部長ぉ~ん。深夜までせっせこ頑張ってたのは、どこの誰だっけぇ~? 痛っ!!」

 

「やめないか!」

 

「わーお……ウタハさんもやるときはやるっすね……」

 

 先生のからかいにパンチを入れながら、私は二人の笑顔を見て小さく口元を緩めた。

 

「結果は良好のようだな。エンジニアとして、満足のいく仕事だったよ」

 

「ふふっ。……また何かあったら、相談に来てもいいですか?」

 

「ええ、もちろんっす! ここは『何でも屋』……じゃないじゃない、『相談窓口』っすからね!」

 

 イチカがサムズアップで請け負う。二人は顔を見合わせて笑い合うと、再び私たちに一礼し、名残惜しそうに、けれど未来への希望に満ちた足取りで事務所を後にした。

 パタンとドアが閉まる。あとに残ったのは、達成感と、少しこそばゆいような温かい空気だった。

 

 事務所に再びいつもの静けさが戻ってきた。窓から差し込む夕陽が、部屋を茜色に染めている。

 

「いやー、平和に解決してよかったっすねぇ~」

 

 イチカは大きく伸びをしながら、満足げに呟いた。そしてくるりと振り返ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて私のデスクへと歩み寄ってきた。

 

「さてと……仕事も終わったことですし」

 

 彼女が取り出したのは、先日中断することになってしまった麻雀の持ち点メモだった。

 

「続き、やるっすよね?」

 

 そのブレない提案に私は思わず吹き出してしまう。感動的な余韻に浸る間もなく、すぐにこれだ。だが、それが今の私には何よりも心地よかった。

 

「ふふっ。……いいだろう。今日は私が役満をアガる番だ」

 

「おっ、ウタハさん、やる気満々じゃないっすか」

 

「当然だ。エンジニアとして、負けっぱなしで終わるわけにはいかないからな」

 

 私が椅子を引き寄せると、先生もやれやれと肩をすくめながら、しかし楽しげに対面に座った。

 

「なんだかんだ言って、お前らただ麻雀打ちたいだけだろ」

 

「先生こそ、嫌いじゃないくせに」

 

 ジャラジャラと、牌を混ぜる乾いた音が再び響き渡る。トリニティとミレニアム。学校の垣根も、立場の違いも、ここにはない。あるのは、優等生と、発明家、そしてお人好しの先生が囲む、小さな卓だけだ。

 

「さあ、お手柔らかに頼むっすよ、ウタハさん!」

 

「手加減はしないと言ったはずだ。……さあ、始めようか」

 

「オイ、俺を蚊帳の外に置くな」

 

『思春期相談窓口』の日常は、今日もこうして続いていく。騒がしくも愛おしい、放課後の音が響いていた。

 

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