――宇宙人の細胞から生まれた超人ってジャンルは何になるんだ? SFか? ヒーローものか?
疑念が脳裏をよぎる。
目の前には、嬉しそうに微笑むベルカがいて、いい雰囲気だった。
しかしながらイヌイ・リョウマは正直な男だったので、深々と頷いたあと、さらっとドストレートな暴言をのたまった。
「……で、お前の正体が実は
「リョウマ、デリカシーをゴミ箱に捨ててきたわけ?」
「落ち着けよベルカ、俺だって信じる信じないの気持ちとは別に……勘弁してくれって感想を抱く自由はある」
少年は肩をすくめた。
これが自分なりのベルカ・テンレンを腫れ物扱いはしないという意思表示なのだ。
外は穏やかな春の日差しが差し込む快晴、きっと桜の花も見頃を迎えていて最高の四月って感じだろう。それを窓から差し込む明かりがそんな雰囲気である。
中々に飲み込みがたい
ゆえに信じる。
要するにベルカ・テンレンが、自分に対して虚言を弄していないと信じるのだ。
「それにな、正直、俺一人じゃもうお手上げだからな。実は幼馴染みがその手のヤバい事件の専門家だって方が、お前が陰謀論かぶれの虚言癖だって可能性よりはマシだよ」
「うーん、さっきまでのいい感じの雰囲気を自分で台なしにしたね……リョウマ、すごいよ? 寒暖差がもう水風呂に飛び込むサウナ上がりのおじさんみたいだよ?」
金髪碧眼の少女は、その美しい顔につくづく度しがたいものを見るような色を浮かべていた。
安心する。
これでこそベルカ・テンレンである。
イヌイ・リョウマは
つまり常習犯である。
金髪のポニーテールをぶんぶん揺らして、ベルカは頭を横に振った。なんでこうなるかなあ、と言いたげな表情だ。
「クソボケ野郎が涼しい顔で頷いてるのは腹が立つなぁ……!」
「クソとかボケとか言うなよ、傷つくだろ?」
「人のことを陰謀論の合体怪獣と表現したやつが!? それを言う!?」
「ああ、俺は正直を美徳だと思っている」
「覚えておけよリョウマ、人間社会は建前が大事だってことを……!」
流石は飛び級の大卒、人間社会にも詳しい。きっと高校進学したばかりの自分よりも世間に揉まれているに違いない。
リョウマは感心した。
「ああ、お前がそういうならそうなんだろうな――で、話を戻すが」
「ちょっと待って、わたしが空気を読めないボケを始めたような雰囲気になってない?」
ベルカは
面の皮を厚くするのもコミュニケーションのひとつなので問題ない――そう言いたげにリョウマは頷いた。
マジかよこいつ、と絶句する天才少女。
「ひとまずお前が手から触手を出して俺の首を切断できた理由はわかった。まさか宇宙的なパワーで触手が生えてたとはな」
「ごめん、普通はトラウマものの経験じゃない? キミ、冷静すぎない?」
「人は死ぬぜ、ベルカ。それが五分後なのか八〇年後なのかわからないだけで、俺たちはいつだって死ぬかもしれない生き物だ。お前に殺されたことは衝撃的だけど、生き死に自体で騒ぐのは本意じゃない」
心から思うことを言葉に乗せた。
それは一年前、家族のすべてを失った少年がたどり着いた、真理だと信じる理不尽のかたちだ。
その言葉に込められた感情の重さを感じ取ってか、ベルカ・テンレンは何も言わなかった。
青い瞳の少女は軽々しい慰めを口にしなかった。
代わりにため息。
「キミさあ、それ余所では言わないように。重たすぎて普通の人はびっくりするからね?」
「安心しろよ、俺はTPOをわきまえるタイプだぜ?」
「嘘くさい……こんな信じられない台詞あっていいのかな……!?」
ともあれベルカは頭の回転が速いやつだった。
それとなくリョウマのしたい話の流れを察して、するりと言葉にしてくれた。
「――じゃあお望み通り、本題に入ろうか。結論から言うとね、リョウマ。キミには今、対処すべき問題が大きく分けて三つあるんだよ」
とりあえずこれまでの話で重要なことはわかりやすい。
イヌイ・リョウマの幼馴染みはどうやら、彼が直面している非日常的なイベント――超自然的な怪奇現象について詳しい人間であり、また自分自身もそういった存在に近しい出自にあるらしい。
宇宙から堕ちてきた
そして彼女は頭が冴えてるので、当事者のリョウマよりずっと全体像を見通すのが得意だった。
「一つ目の問題はホシノ・ミツキとかかわったことで生じた、
「ああ、うん。もう道徳的な視点で突っ込むのはやめたけど……一応、尋ねておく。お前が俺のことを殺す理由って、例えばの話、どういうパターンが考えられる?」
自分を惨殺した犯人と和やかに会話して、どうしてそうなったのかを直接尋ねてしまう。
まったくこれ自体が笑えないジョークみたいなシチュエーションだったが、もう二人の間に、それをおかしいと思うような情緒は消え去っていた。
むしろこう思ってすらいる。
それによって生じるデメリットがないなら、これが一番手っ取り早いコミュニケーションだろう、と。
ベルカは困ったように微笑んだ。
「うん、デリカシーが死んでる質問だね」
「花も恥じらう乙女みたいな雰囲気にされても困る」
「そうだね、真面目な話――わたしがキミを殺すとしたら、ひとまずそうしないと、もっとたくさんの人がひどい目に遭うようなときかな。もしくは
迫力のある台詞だった。
これが例えばゾンビ映画を見たあとに自分たちならどうするか、みたいな話題ならば楽しいボンクラ会話なのだが。
残念ながらこれは、すでに起きてしまった惨劇――ホシノ・ミツキは跡形もなく消し飛び、イヌイ・リョウマは首を刎ねられて死んでしまった――の状況からの真面目な推理なのだ。
それにしても死んだ方がマシな結末、とは。
「ホラー映画じゃないと聞かない類の台詞だな、それ」
「ごめんね、リョウマ。でもこの世界には、知りたくもない、死ぬよりひどい邪悪な結末が確かにあるんだよ」
「…………知りたくなかったな、その情報!」
よく考えるとこんな情報、知ってしまったらそれだけで悪夢でうなされるのではないだろうか。
リョウマが自分の夢見を心配していると、ベルカは呆れたようにやれやれと肩をすくめた。
「安心していいよ、リョウマ。キミって悪夢の心配はするくせに、悪夢を見ることはないって類の変人だから。自覚がないっぽいから、優しいわたしは教えてあげるけど」
「俺みたいな凡人を捕まえて変人は悪口だろ」
「…………
思うところがある間だった。
ともあれ、ベルカに指摘されてみてもわからないことだらけだった。
「つまりこういうことか。花見の席で俺とホシノさんは何か、ヤバめの不条理ホラーっぽい条件に当てはまっていて……ベルカはそれを見て殺害を決意した?」
「推測だけどね。リョウマ、何か変なものを見たり聞いたりしなかった?」
幼馴染みの問いかけに、頭をひねる。
凄まじく
「――歌を聴いた。ベルカが立ち去って、ホシノさんと話してる最中に……女の声を聞いたんだ。それを聞いた途端、ホシノさんは怯え始めた。その直後にまあ……俺の首は空中分離したけど」
「それだよ、リョウマ。ホシノ・ミツキは間違いなく、
ベルカは姿勢を正すと、豊かな胸の膨らみの前で腕を組んだ。春物のワンピース生地を盛り上げる乳房が、布地越しにも感じられた。
生々しい肉感だった。
思わず目を奪われた。時間にして〇・五秒にも満たない出来事だったと思う。
恐るべき動体視力を持つ少女は、それを見逃さなかった。
ベルカはじっとりした半眼で、リョウマのことを見返した。
「おっぱいに集中すんな」
リョウマは反論した。
「おいおい、その言い方だと……俺が真面目な話の最中に、ダメなことしたみたいだろ」
「リョウマ、ごめんなさいを言えないと苦労するよ」
「…………俺の弱さを……許してくれ……」
リョウマは泣いた。
男泣きだった。