ベルカはいい加減にしなよ、と身振り手振りで示すとため息ひとつ。
ローテーブルの上には麦茶が入ったグラスが二つ――それで口を湿らせながら、金髪碧眼の才女は話を続けた。
「リョウマ。キミが直面してる問題のひとつめは、ホシノ・ミツキが何を知っているのか確かめること。これが当面の目標だと思ってくれていいよ」
「…………よく考えるとこの作戦会議、全部ホシノさんに筒抜けなんだよな? 俺の心を読み取れるみたいだし」
「そういうこと。だからわたしはキミに全部の事情を話したりはしないし、キミに聞かせた話は向こうに流れてもいい情報だけに留めてる」
リョウマがようやく気づいた落とし穴は、とっくの昔に想定済みだったらしい。
流石だな、と思う。
異能のもの、異形のものに対してリョウマより詳しいとはいえ、根本的にこの少女は頭の回転が速いのだ。一手二手の先を見据えて喋っている。
「……つまりさっき喋ってた三つの問題っていうのも、俺に話して大丈夫なヤツなのか?」
「そういうこと。順を追って話すけど、わたしが思うにこの問題は――ホシノ・ミツキが持ち込んだトラブルの可能性があるけど、彼女の協力を得ないと解決できないかもしれない」
「……ええっと、つまり、アレか。流石にお前に全部をぶん投げて解決ってわけにはいかないか」
「そうしてあげたいのは山々だけど――難しいね。ホシノ・ミツキが何かしらの超自然的な怪奇現象に関わってるってだけなら、どうにかできるかもしれないけど」
言葉の裏にある意味を察して、リョウマの顔は引きつった。あの金属製の茨のような触手――リョウマの首を二度も刎ねたしなやかなギロチンだ――を繰り出して、瞬時にミツキをバラバラにすることぐらい、眼前の少女はやってのけるだろう。
自分に対してあれだけ開けっぴろげに好意を示してるのに、いざそうすべきだと判断すれば、ためらいなく命を奪える。
それがベルカ・テンレンという少女のありようなのだ。
ほぼ面識がないホシノ・ミツキ相手であれば、もっと容赦のない決断だってできるだろう。
「安心してリョウマ。わたしが彼女の排除を最優先目標にすることはないよ。わたしにもいろいろ事情があるから、切羽詰まってないのに人殺しなんて早々するもんじゃないからね」
「そのいろいろの部分は――」
「もちろん秘密。キミに喋ると心を読まれて情報流出するし」
「それはまあ……そうだろうけどなあ!」
理屈ではわかるが、感情的に納得できるかといえばそんなことはなかった。
おおよそリョウマが察するところでは、ベルカ・テンレンは新大陸を支配する超大国と結びつき、何らかの巨大な権限を付与された組織に属しているのだろう。
それがどういう事情で極東の地で活動しているのかは、やはり一般人のリョウマにはさっぱりわからないが――それを言い始めると、それこそ宇宙から堕ちてきた異星人が
一度信じると決めた以上、必要以上に踏み込まないのも誠意だ。
「それじゃあ二つめの問題って何なんだ?」
「リョウマ、よく考えてみて。キミの
「……そうだな。一回目はわけがわからないうちに世界滅亡したってイメージだけ。二回目は経緯を覚えてないけど、死ぬ瞬間の記憶だけ。三回目は花見の席で何があったか、細かい会話まで覚えてる。俺の記憶力が強化されてるのか?」
「そうだね、理由はわからないけど。でも一回目と二回目の間には、越えられない壁があるんだよ。二回目以降はホシノ・ミツキの告白を断らず、お花見の誘いをした結果として
リョウマは衝撃を受けて、目を見開いた。今の今までわけがわからない事件の真っ只中にいて、どうすれば死なずに済むのかだけ気にしていたからだ。
言われてみればこんなにも大きな違いがあるのに、それを見落としてしまっていた。
一五歳の春を迎えたばかりの少年は、自分が巻き込まれている怪奇現象の異様さを実感してうめいた。
「…………二回目と三回目は俺がベルカに殺されて終わった。でも一回目はそうならなかったし、もっとヤバいことが起きてループしたってことか?」
「あくまで推測だけどね。キミが覚えてるのが、世界が滅んだって曖昧なイメージだけだから。持ち帰れている情報が極端に少ないせいで、実際に何が起きたのかは断言できない。でもとりあえず、ホシノ・ミツキと初めて顔を合わせたタイミングが、ひとつのターニング・ポイントだと見なすことはできる」
「あー……だからホシノさんの協力が必要なのか? そもそも何が起きたのかがわからないし、彼女の側の事情を聞かないと対策も何もない?」
「えらいぜワトソンくん。キミにしては冴えた推理だよ、花丸をあげよう」
ベルカは大胆不敵に笑った。
黄金の髪に乳白色の肌、青い瞳をした少女は――ぴんと立てた三本の指を示して、イヌイ・リョウマが立ち向かうべき最後の問題に取りかかった。
「お待ちかね三つめの問題だけど――これは根本的な疑問だよ、リョウマ。キミは突き止めなければいけない、自分が巻き込まれてるタイムリープだなんて馬鹿げた現象の
不意を突かれた気がした。
イヌイ・リョウマはこれまでの激動の一週間――ホシノ・ミツキの告白からお花見までの時間だ――を過ごし、その度に衝撃的な死に様をさらして死んでいった。
だから疑問に思わなくなっていたのだ。
そもそも何故、同じ時間を繰り返すタイムリープが起きているのか。
言われてみれば、それこそが根源的な謎だというのに。
「お前やホシノさんがそうなんだから、俺も超能力に目覚めてループ能力者になったんじゃないのか?」
「その可能性は否定できない。でもねリョウマ、わたしはそもそも――キミの巻き込まれてる異変が、単なる時間跳躍だってことを疑ってるんだ。さっき言ったとおり、キミの最初のループである一回目の破滅は何が起きたかわかっていない。普通に考えれば、それが引き金になって一連の事件が始まったと考えるべきなんだろうけど」
「……その考え方じゃダメなのか?」
ベルカの立てた方針はわかりやすい。
ひとつめの問題点――ホシノ・ミツキが謎の歌声について知っていることの追求。
二つめの問題点――ホシノ・ミツキとのファースト・コンタクトで告白を断ったとき、何が起きていたのかの解明。
要するにこれらの情報は、ミツキと出会ったことで始まった事件を解き明かしていこうというモチベーションに繋がっていく。
だが、三つめの問題点はそうではない。
ベルカは少し垂れ気味の目を細めて、口の端を皮肉っぽくつり上げた。
「うん、ダメだよ。何がダメってさ、リョウマ――気づいてるかな? キミの死に戻りのループは、戻されてる
「…………すまん、不安定だと何がヤバいんだ?」
「まずキミのループ、本当に死に戻りなのか怪しいんだよ。もしかしたら全然、別のスイッチがあって、死んでなくても意識が移動してる可能性もある」
「えっ……」
リョウマは固まった。
すこぶる頭がよくて、非日常的な怪奇現象にも詳しい幼馴染みは、当事者よりよっぽど真剣に何が起きているのかを考察していた。
思えばその通りだった。
イヌイ・リョウマはなんとなく、自分に降りかかった途方もない災いゆえに――このタイムリープが死に戻りだと思っていたが。
別段、幾度も時間を繰り返して条件を検証したわけではない。
むしろ真逆で、必死にこれ以上、破滅しないように頑張ってもがいていたというのが実情に近かった。
「それは……めちゃくちゃ怖くないか?」
「うん、すっごく恐ろしいことだよ。下手するとね――キミが大過なく寿命で死ねるまで人生を過ごして、ようやくお迎えが来て死んだ。その次の瞬間に、今この時間に意識が戻ってしまうかもしれない。そうなればまあ、ある意味で不老不死を実現できるかもね」
「無限ループってホラーだよな、それ」
「うん、キミは今、不条理ホラーに近い怪奇現象に巻き込まれてるわけ。だから自分のループの原因と性質と仕組みについて解き明かす必要がある。これがわたしにとっての三つめの目標――キミがクリアすべき課題ってことだね」
恐ろしい話だった。
まず間違いなく、自分だけではたどり着けなかった問題提起である。おそらく気づくとしても二つめの問題――最初のループで何が起きたのか――までが限度だったろう。
リョウマは改めて、眼前に座っているベルカの優秀さを実感した。
小さな一軒家の一室で、カーペットに尻をつけて座っているのが不釣り合いなほどの美少女――改めて何故、彼女のようなとんでもない美人が自分の幼馴染みなのか不思議に思う。
なので尋ねてみた。
「そういえば俺とお前の最初の出会いってどんな感じだっけ?」
「えっ、今ここでそれ聞く?」
「ファーストコンタクトがどうこうって話だったからな……凡人としては、超優秀な天才美少女と知り合った経緯に思いを馳せもするだろ?」
問いかけに対して、ベルカの青い瞳が揺れる。そこにあったのは大きな感情の揺らぎであり、どこか切実な色があった。
幼馴染みが大切な出会いについて忘却していたから、なんて風ではなかった。
もっと深刻な事情がある気がした。
でもリョウマが踏み込む前に、ベルカはその巨大過ぎる感情を仕舞い込んでしまう――瞬きすると、そこにはもう、いつもの大胆不敵な金髪の少女しかいなかった。
「むかしむかし――とある男の子が、公園で泣いていた子供に手を差し出しました。わたしとキミは運命の出会いをしました、以上」
冗談めかした口調だった。
「ベッタベタすぎないか? ……悪い、マジで覚えてないぞ!」
「まあキミにとっては子供の頃の日常のひとつだからね。わたしにとっては特別だった、それだけだよ」
嘘を言っているわけではないと思った。
しかしおそらく隠し事は幾重にもされている――そんな実感を得ながら、少年は少女の顔を見やる。
それでも信じられるのか、という問いかけと共に。
・ループしながら気づくタイプの疑問をすごい勢いで整理してくれる金髪巨乳幼馴染み(主人公に都合がよすぎるという不審さを持つ)
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