イヌイ・リョウマに生じた思考の空白は、つまりこういうことだった。
謎の歌がアニメソングだなんて予想外すぎるし、今まで考えたこともなかった可能性――このループにおいて、まだリョウマが会ったこともない第三者が関与している――まで示されてしまった。
考えるべきことが多すぎる。
それでも何とか要点を整理して、数秒で次の質問をひねり出した。
「……マジか。ちなみにそれ、何年前のアニメ?」
「うーんと……一五年前ぐらいですね。中学生が主人公なんですけど、魔法とか出てくるダークファンタジーもので面白いんですよ! そうそう、イヌイさんみたいにループしてる女の子も出てきました」
リョウマが産まれたかどうかの時期らしい。
流石にそこまで昔のアニメとなると、大してアニメオタクでもないリョウマには
「……有名なやつ?」
「はい、たぶん動画サイトにいっぱい切り抜きがアップロードされてると思いますよ」
「あとでベルカに訊いてみるかな――ああ、それと。今の説明だとわからないことがあるんだ。俺がその歌を聴いたとき、ホシノ・ミツキは確かに怯えていた。これについてはどう思う?」
当たり障りのない質問ではなかった。
かなり踏み込んだ部類――あるいはミツキが、会話を打ちきってしまってもおかしくないような問いかけだ。
リョウマの鋭い視線を浴びても、黒髪の少女の微笑みは揺るぎなかった。
「わかりません。だってあたしは、イヌイさんとお花見をしたあたしじゃありませんから。普通の答え合わせはできません」
「それもそうか。悪ィ、忘れてくれていいよ」
「いいえ、イヌイさん――でも予想することはできます。どうせ調べたらすぐわかっちゃいそうなことですし、先にあたしの口から言っちゃいますね」
ホシノ・ミツキはおそらく、ベルカ・テンレンのことを意識していた。
リョウマの幼馴染みは普通ではない。
世界有数の資産家一族のご令嬢で、人脈も財産もリョウマの比ではないし、そもそも非日常の世界にどっぷり浸かっていると察することができる人物なのだ。
調べようと思えば、すぐにミツキの経歴は洗うことができるだろう。
あるいはリョウマに伝えていないだけで、すでに調査し終えているのかもしれない。
不信感の芽生えを抑えるように、少女はその真実を告げた。
「あたしのお母さんはもう亡くなっているんです。だからきっと、イヌイさんが聴いた歌は――死人が歌っているように聞こえたはずです」
説明の筋は通っていた。
同時に悪いことを聞いた、とも思った。
自分自身も家族を亡くしているから、社交儀礼でなしに、リョウマは謝罪をすべきだと感じたのだ。
「ごめん、言いづらいことを言わせちまったみたいだ。答えてくれてありがとう」
「大丈夫ですよ――あたしが下心あって親切にしてることぐらい、イヌイさんだってわかってるじゃないですか?」
「それでも親切にされたらお礼は言うもんだろ? 俺はそうしたいと思うから、君にそうするんだ」
我ながらチョロい性格である。
そしてイヌイ・リョウマは愚かな少年だから、自分に対して向けられた好意には応えたいと思ってしまう。
現状は複雑怪奇だ。
人の心を操る超能力者、世界の滅亡、死を起点にしたタイムリープ、幼馴染みは陰謀論じみた改造人間――そのどれもこれもが、高校一年生の一五歳の手には余る意味不明なイベントだらけ。
それでもなお、リョウマには通すべき筋があると思った。
「イヌイさんは――優しいんですね。たぶん普通の人は、もっとあたしのことを疑いますよ?」
ミツキがぽつりとこぼしたのは、最初にあった日、ファミレスで彼を評したのと同じ言葉だった。
ひねくれものの少年は肩をすくめた。
「俺の考えだと、優しいって褒めるところが少ないときの定番だと思ってた」
「大丈夫ですよ。イヌイさんに褒めるところが少ないときは、あたし、ちゃんと言ってあげますから。どんどんダメになってもいいです」
「いきなり堕落を肯定されるのは困る……!」
リョウマがおどけた瞬間だった。
ピリリリリ、と鋭いコール音が鳴った。リョウマのポケットに入っている
夕暮れに染まる街並みは、下校する中高生や買い物帰りの大人、あるいは退勤したらしい社会人の自動車にあふれているはずだ。
そのくせリョウマとミツキが歩いている通学路は、まるで空白の時間帯に迷い込んでしまったかのように――人通りが奇妙に少なかった。
胸騒ぎがした。
「……電話だ」
ミツキに断りを入れて画面を見た。ベルカ・テンレンからの電話だった。
画面をタップする。
「もしもし、ベルカか? どうしたんだ?」
『リョウマ、今どこにいる?』
「学校を出て家に帰るところだ。隣にホシノさんがいる」
『何も訊かずにわたしの指示に従って、リョウマ――
ベルカの言葉は明瞭だった。
聞き間違いするはずもない――事情通の幼馴染みはこう言っているのだ。
ヤバいことが起きているから、今すぐにホシノ・ミツキから離れろ、と。
思考する。
ベルカが言わんとしてることの意味を噛み砕き、先ほどから感じている違和感と照らし合わせて――おそらくすでに異変は始まっていて、切羽詰まっている段階なのだと理解した。
迷っている暇はなかった。
「――忠告ありがとうな、でも無理だ。やるだけやってみる」
『リョウ――』
通話が切れた。
ベルカが意図的に打ち切ったというよりも、電波状況が急速に悪くなったという感じの途切れ方だった。
隣にいる少女に目を向けた。
リョウマの思考は余すことなく彼女にも伝わっているから、事情説明する必要は特になかった。
「それじゃあ走ろうか。ホシノさん、体力に自信はあるか?」
「イヌイさん……こういうの慣れてるんですか?」
「まさか。俺は普通の高校生だぜ? ベルカがあんなに焦ってるのは――久しぶりに見た気がするよ」
一年ぶりに見た。
あの日あのとき、彼だけが生還した呪わしい事故――病院で再会した幼馴染みの姿と、電話越しの会話が重なった。
つまり現在の状況は間違いなく悪い。
それが果たしてリョウマにとって、どういう種類の悪さなのか定かではないけれど。
「……あたしのせいだと思いますか?」
不意討ちの問いかけだった。
ホシノ・ミツキはそれまでの華やかな笑みが嘘みたいに、心細そうにたたずむ女の子にしか見えなかった。
長い黒髪も、病的に思えるほど白い肌も、宝石みたいな深紅の瞳も――何もかもが、彼女の存在している現実の不確かさのように。
リョウマは気休めを言えなかった。
それが自分の通すべき誠意だと思った。
「――たとえ君が原因だとしても、理不尽に抗っていい。俺たちには、幸せを目指す自由があるからだ」
バカみたいな台詞だと思った。
こういうのはきっと、わけもわからずに事件に巻き込まれてる高校生が口にしたら寒すぎる台詞だ。
歴史物のドラマなら、ここから社会を変革していく運動に繋がったりするんだろうけど――イヌイ・リョウマはそんな立派な人間ではないのだから。
そんな彼の内心の自嘲まで、きっとミツキには筒抜けだった。
だけどその刹那、ミツキはふわりと微笑んだ。
「やっぱりあたし、イヌイさんのことが大好きみたいです。だって、こんなにも――」
少女の言葉はかき消された。
不意に
どうして今まで聞こえなかったのか、疑問に思うような騒音――それは驚くほど地上に近い距離から聞こえてきていた。
うるさい。
ホシノ・ミツキの声が聞こえない。
そう思った瞬間だった。
――全身を殴りつけられたような衝撃。
――衣服の上から突き刺さる何かの欠片。
――倒れ伏した自分の身体。
前後左右がわからなくなった。
全身から灼熱が伝わる。
それはたぶん激痛だったが、痛みとして理解するには感覚が強烈すぎた。
恐ろしく甲高い騒音が聞こえた。
すべてが痛みに塗り潰され、声も出ない。
うめきながら立ち上がろうと力を込めると、指先がぬるりと濡れた。
目を開く。
――深紅の液体が地面に散らばっている。
――それはきっとバラバラに砕け散った誰かの肉体だった。
「ホシ……ノ……さ……」
悪夢めいた
顔を上げた瞬間、確かにリョウマはそれを見た。まるで虚空から現れたかのように、幽霊じみて姿を現す機影――細長いシルエット、上部で高速回転するローターブレード、馬鹿でかい機関砲をぶら下げた丸っこい乗り物。
それは戦闘ヘリコプターと呼ばれる類の航空機だった。
しかも透明になれるらしい。
「……意味……わかんねぇ……」
リョウマは身じろぎした。
それがよくなかったのだろう。
次の瞬間、音よりも速く飛来した機銃掃射が、少年の肉体をバラバラに引き裂いた。
◆
「あっ、リョウマ! ちょっと予定にないけど遊びに来たよ――」
気づくと最高に脳天気な幼馴染みの声が聞こえた。
自分が機銃掃射を浴びてもぴんぴんしてる健康体のスーパーヒーローなどではないことを確認して、イヌイ・リョウマは何度か瞬きした。
気分は最悪だった。
そのくせ天気は快晴、数日前に経験した日曜日の昼そのものだった。
振り返る。
――ベルカだよな。
金髪碧眼のポニーテール、染みひとつない乳白色の肌、たれ目がチャームポイントの青い瞳の美少女がそこにいた。
言わずと知れたベルカ・テンレンである。
どうやら今回の死に戻りのセーブポイントは、日曜日のこの瞬間らしい。
リョウマは開口一番、言うべきことを伝えた。
「――ベルカ、突然だけど俺の言うことを黙って聞いてくれ。俺は今、タイムリープしていて、死んではループの死に戻りを繰り返してる。いろいろあって、お前の秘密も知ってる。ついさっき、超能力者の女の子から告白を受けたところだ。そういうわけで協力してほしい」
ベルカは動きを止めたあと、心からの困惑を込めて叫んだ。
「情報量が多すぎてよくわからないんだけど!?」
対人精神干渉してくる相手にはドローン化攻撃ヘリコプターを投入(急に胡乱な設定解説が始まる)
あんまり本編に関係ないので読み飛ばして大丈夫です。
・無人攻撃ヘリコプター〈バンシー〉
攻撃ヘリコプター型の無人航空機。戦闘ヘリのドローン。
テンレン一族がオーナーの多国籍企業オムニダイン・グループの重工業部門が製造する、小型戦闘ヘリコプター。
次世代大容量バッテリーの搭載によって完全電動化に成功しており、ターボシャフトエンジンの騒音はなく、熱排気も極めて小さくステルス性が高い。
また独自技術によってローターブレードに
言うなれば人口密集地での運用に適したアサシン・ヘリコプター。
通常、戦闘ヘリのような航空機において、無人遠隔操作型のドローン化のメリットは薄い。
遠隔無線通信による操縦は、電波の帯域確保やタイムラグの問題、ジャミングに弱いという欠点があり、完全自律型の無人兵器を実戦運用できるほど人工知能技術は成熟していない。
つまり馬鹿でかくて高価なラジコンになってしまい、実戦的な需要にはとぼしい。
携帯式防空ミサイルが普及した現在において、攻勢の兵器としての攻撃ヘリコプターは有用性が大きく低下した(逆説的には、安全性が確保されている領域での火力トランスポーターとしては優秀)。
だが、この前提はある種の超自然現象――極めて人体に有害なもの――相手では変わってくる。
特に人間の精神や認知に作用する超自然現象との対峙において、物理的な距離を隔てることが可能なドローン兵器の需要は高い。
オムニダイン・グループでは独自の技術開発(詳細不明)によって、超自然現象――特異による
その性質から特異のかかわる事件の鎮圧、抑止を存在意義とする特殊部隊で採用されている。
内務省特異対策局ゼロハンターの運用するものは、非公式に
武装
・12.7ミリガトリング式重機関銃×2
・70ミリロケット弾ポッド×2
・40ミリ自動グレネードランチャー
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