――少しだけ、科学の話をしよう。
この宇宙を照らし出すあまねく光の根源は、核融合反応によって光り輝く恒星に他ならない。
人間は
夜空に輝く星を、希望になぞらえたりするお約束のように。
だけどあれは大嘘つきの戯れ言である。
星の光とは、想像を絶する空間的距離を隔てて、光の速さでなお気が遠くなるような時間を旅してきたエネルギーなのだから。
あるいはそれでも、銀河を満たす満天の星を、美しい神意の表れと評するのならば――
――この地上で最も神に近いのは、炸裂したその瞬間に膨大なエネルギーを解き放つ核爆弾だろう。
この分野における人類の科学は進歩し続けてきた。
過去、世界大戦を契機として国家的プロジェクトとして推し進められたそれ。
核分裂連鎖反応を用いた原子爆弾は複数の都市を瓦礫に変えた。おびただしい数の人間を焼き殺して、建築物をなぎ倒し、その破壊の結果は貴重なサンプルとして扱われた。
その絶大な破壊は終着点ではなく、さらなる飛躍への足がかりにすぎなかった。
原子爆弾はやがて、それを起爆剤とした水素爆弾へと進歩した。
ひとつの都市を焦土に変えるエネルギーを用いて、天上で輝く太陽と同じ核融合反応を地上に生み出す――そのように兵器は進歩し続けてきた。
――自らの世界を滅ぼし尽くせる神意を、人類は欲し続けた。
そして彼らは気づいた。
起爆剤に原子爆弾を用いている限り、強烈な放射性物質による汚染――
これでは気軽に使うことができる核爆弾など夢のまた夢ではないか、と。
科学は進歩し続ける。
たゆまぬ努力の果てに、人の夢はひとつの結果を生み出した。
――純粋水爆。きれいな核爆弾。地上に太陽の熱量を降臨させるもの。
それは願いの果てに生まれた。
それは祈りによって育まれた。
それは呪いのように連鎖した。
――神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
聖書を信じる国はそういうわけで核爆弾が大好きなのだ。
このクソみたいな
――
その光に焼き尽くされ、その光を超克して、少女はこの世に生まれ落ちたのだから。
◆
そして現在。
自らの口でクソボケ野郎と評してなお、こよなく愛する少年の自室にて。
二人は込み入った会話をしていた。
具体的には死のループに囚われた幼馴染みの大冒険を聞かされていたわけだが。
「…………つまり、リョウマは今、気軽に人間を洗脳する類の超能力者に一方的な好意を向けられてる、と。それでわたしの助言に従って行動したら、いきなり攻撃ヘリコプターに蜂の巣にされたわけだね?」
「すごいなベルカ、今の説明で理解が早すぎる」
「キミが支離滅裂な与太話を始めたのを、真剣に聞いてたわたしにその台詞はないでしょ!? ……ああうん、大筋は理解したよ。そっかー、市街地で攻撃ヘリかー……」
ベルカ・テンレンは異能の持ち主である。
あえてカテゴライズするなら、人型特異などと呼ばれるもの――人間の形をした超常現象に指定されている。
これは別段、世に
いくつかの機密事項に守られてはいるものの、根本的な世の仕組みとして、この手の超常現象に対処する組織は
世界各国の情報機関、スパイ組織だのと同じ程度に組織化され、税金によって維持されている。
良くも悪くも、この世界にとってそれは日常だ。
ではどうして世間は、超常現象を虚構だと思っているのか――その理由は
――
それはそうだろう。
例えば自分の住んでる国から一万キロメートル以上も離れた土地のことに、どれだけの人間が興味を持てるだろうか。
世界は、人間は、選択的に情報を切り分ける。
自らの属する集団に関係がないならば、人はどこまでも酷薄に他人事を増やせる。
この社会で労働に従事し、コミュニケーションに努めて、生活費や税金のことで頭を悩ませる人々に――天文学的確率で出くわすかもしれないレアな事件のことを考える余裕などない。
それは遠い異国の地で起きている、よくわからない武力紛争と同じぐらいに現実味がないのだ。
あるいは
――そんな世界だからこそ、わたしみたいな生き物が紛れ込めるとも言えるんだろうけど。
ベルカは形のよい尻を、幼馴染みの部屋の床に接触させた。クッションの上で布地越しに尻肉が歪む。
豊かな胸の膨らみの前で腕を組んで、目をつぶってうなること数秒間。
ベルカ・テンレンは熟考の末に、イヌイ・リョウマから聞かされた話で引っかかったポイントをまとめた。
「OK、ちょっとまとめようか。リョウマにとっての死因は大きく分けて三つある。一つ目はホシノ・ミツキの告白を断ったときに起きた原因不明のイベント。二つ目は一週間後、週末にお花見をしたときにわたしに殺されるイベント。そして三つ目が下校途中で攻撃ヘリコプターに機銃掃射されるイベント。それぞれの全貌はわかってないけど、リョウマがどういう行動を取ったのかって条件はわかってる」
「…………そうか? 俺にはもう、何が何だかわからないぜ?」
「落ち着こうかリョウマ。そりゃあ、たった今、死んだばっかりのキミに言うのは酷かもしれないけど――まず一つ目の死因のとき、キミはホシノ・ミツキの愛の告白を断った。これは大きな差異だね?」
「ああ、それは前のループでもベルカに指摘されたな」
「だよね。それで二つ目の死因。こっちも発生条件は、前のループでわたしが推測した通りだと思う。お花見の現場で、めっちゃよくないことが起きてて、わたしは二人を殺すことを選んだ。実は謎の歌がアニメソングだったのは一旦、忘れちゃっていいから」
「そうなのか……」
リョウマは渋々と言った調子で首をひねっていた。
何でもいいが、本人の主観ではついさっき、機銃掃射を浴びてミンチにされたばかりだろうに――精神的に頑丈すぎる。
図太いのにも限度がある。
ベルカは密かに戦慄しつつ、ひとまず話を続けた。
「それで三つ目――この死因の分岐点もはっきりしてる。
「ちょっと待てよ、その言い方じゃまるで――」
「キミがわたしを信頼してくれてるのは知ってる。だからその信頼に応えて、わたしもはっきり伝えておくよリョウマ。たぶん情報が漏れた。わたしが動いたことを察知して、攻撃ヘリコプターの持ち主は、キミたちの抹殺を決意したんだよ」
リョウマは青い顔になった。
とはいえ取り乱して震えたり、怒り始めるなんて醜態はなかった。
少年は一般人が発揮できるものとして、ほとんど超人的と言っていいような自制心で言葉をしぼり出した。
「……わかった。つまりベルカが裏切ったんじゃなくて、ベルカが動いたことで、第三者が悪巧みしてああなったってことか」
「そういうこと――いつも思うんだけどさ。キミって自分を凡人だと思ってるけど、その落ち着きっぷりは自信持っていいと思うよ?」
「褒められてるのか?」
「半分ぐらいは呆れてる」
「だろうなぁ!」
ベルカはため息をついた。
この幼馴染みはこういう男なので、今さら自分を大切にしろとか、向こう見ずなことをするなとかいっても無駄だろう。
でも心配するこっちの身にもなってほしい。
本音を言うなら――
――リョウマをどこかの無人島にでも監禁して、その間に全部を終わらせる方がよっぽど楽なんだけどね。
そうしてやりたい気持ちはある。
ベルカ・テンレンは自分の愛情の巨大さと独善をよく理解していた。
恐ろしく人でなしで、限られた親しい人々さえ無事ならば、見知らぬ少女がどう処分されようと構わない――そのように思考する冷酷な自分自身を知っている。
でもそれは選べない。
ベルカ自身の正義と倫理、そしてリョウマに対する大きな負い目が、それを許してはくれないのだ。
「それでベルカ。心当たりあるか?」
「ああうん、鋭いよねキミって。乙女心にはクソボケ野郎のくせにさあ!」
「まあ待てよ。俺は死んでは戻ってのループを抜け出すために努力中だぜ?」
「他の女とデートする相談をされてるような感じだよ、わたしにとっては! …………うぬぉおおおお……ちょっと自分で言っててダメージ入った……」
話を聞いているだけでわかる。
ホシノ・ミツキは本気でリョウマの恋人の座を狙っている。
間違いなく略奪愛だろうと容赦なく実行する類の恋愛モンスターだろう。
そんな少女と必然的に距離を詰めることになるであろう、イヌイ・リョウマのことを見ていて――心中穏やかでいられるはずもない。
ないのだけれど。
「うぅ、最後まで面倒見たくなっちゃうわたしってダメ男が好きなのかな……?」
「さりげなく俺のことをダメ男呼ばわりしてるよな!?」
「地獄で反省しろよリョウマ。わたしに不義理したらそうなるから」
「くそっ、笑えない冗談すぎる……!」
軽口を叩きあって一呼吸。
やがて意を決して、ベルカ・テンレンは――本当ならば隠しておきたかった事実を告げた。
「――キミたちを襲ったヘリコプターの出所は見当がつく。たぶん内務省直轄の特務機関、ゼロハンターって呼ばれてる部隊だよ」
少年は目を白黒させると、オウム返しに呟いた。
「ゼロハンター……何かのコードネームか? アクション映画とかスパイ映画みたいな?」
「そういうこと。キミが直面してる超常現象――特異って呼ばれてる存在に対処する、超法規的組織のことだよ。要するにお化け専門の特殊部隊だね」
「詳しいんだな、ベルカ」
感心したように呟いたリョウマに、金髪碧眼の少女は悪戯っぽい微笑みを投げかけた。
それはきっと、気持ちいいぐらいに皮肉たっぷりの笑みだった。
「うん、リョウマ――
リョウマは絶句した。
「…………マジかよ」
ベルカ「聖書は光あれって言ってるじゃん。だからあいつら核兵器好きなんじゃない?」
リョウマ「そうか。何言ってんだお前?」
めちゃくちゃひねてる偏屈ガールことベルカさんはモノローグでこういうこと言う。
ボンクラオタクにありがち。
『ヒロイン解説(3)ベルカ・テンレン』
過去、新大陸西部で炸裂した純粋水爆の爆心地から生還した超人。
その破壊的なエネルギーを完全に無効化した人型特異である。
美少女型ゴ〇ラ。
特異対策局所属のエージェント――ゼロハンターの一人である。
非日常異能事件に巻き込まれたとき頼りになるタイプの幼馴染み(秘密エージェント)。