そして一日後。
具体的には月曜日の放課後、新入生を歓迎する部活のオリエンテーションが終わったタイミング――イヌイ・リョウマの眼前には、過酷すぎる現実に対して目を回している少女がいた。
流れるような黒髪のロングヘアに雪のように白い肌、赤い瞳が印象的な美人だ。
そう、ホシノ・ミツキである。
がやがやと雑談にふける新入生が、学校のあちこちに散らばった今、リョウマとミツキの会話はさほど目立っていなかった。
その内容は奇妙すぎたけれど。
「あっ、あの……イヌイさん、ちょっと気になってるんですけどっ!」
「うん」
「イヌイさんの記憶であたし、死にすぎじゃないですか!?」
「ああ、そこに気づくとは流石だね。ホシノさんも大人になったな……!」
「つい先日、会ったばっかりなのに親戚のおじさんみたいなこと言わないでください」
「待ってくれ、一五歳でおっさん扱いはないと思う」
リョウマはやれやれと肩をすくめた。
安心してほしい、これは他人事だと思っているからではない。むしろこの上なく我がことなのだ。
何せイヌイ・リョウマの能力は格好いい感じの時間跳躍ではなく、死ぬと自動でよくわからないタイミングに意識が飛ぶという不便なループなのだから。
つまりミツキが無残に死んでいる場合、九割方、リョウマも無様に死んでいる。
とてもつらい。
「死のループに陥ってる人とは思えないコメントです……!」
「それはまあ、いいじゃないかホシノさん。君は俺の頭の中をのぞき見する、俺は死に対してドライに振る舞う。これってなんだか……素敵なことじゃないか?」
「雰囲気で言いくるめようとしてません?」
「うん」
「否定しない!?」
何故かホシノ・ミツキが常識人っぽいコメントをしていた。
おかしい、どう考えてもこの場合――このループにかかわっている人間の中で、一番の常人は自分ではないだろうか。
何せリョウマは平凡である。世界有数の大金持ちの令嬢で改造人間で特務機関エージェントとかいう設定盛り込みすぎて闇鍋みたいになってる幼馴染みとか、常に周囲の人間の心を読み取りながら洗脳してるので平和的な超能力者とか、ヤバい方向に個性的な面子と比べれば
そう思考した瞬間、ミツキは面白いぐらいに表情を変えた。
困惑だった。
「いえ……あたし、イヌイさんより面白い人間かって言われると……自信がありません……!」
「その奥歯にはさまったような言い方、すげえ傷つくな!?」
「イヌイさん、心が弱いと現代社会で生きていけませんよ? 強くなりましょう!」
「人の心を操る美人にそれ言われるの、笑っていいかギリギリのジョークじゃないか?」
ミツキはにっこりと微笑んだ。
天使みたいな極上の笑顔に、倫理観が完璧に死んでる妄言が上乗せされた。
「イヌイさん、
「百科事典に載ってないタイプの定義が出てきたよな?」
「大丈夫です、たぶん聞き方によってはAIがそれっぽいこと言ってくれますよ」
「たぶんそれハルシネーションだと思うぜ……!」
最近の超能力者はAIも使いこなすらしい。
しかもAIまで洗脳されてる。
ホラーだった。
「……話がわき道にそれてますよね?」
「俺たちが次に入る部活の話だっけ。ああ、文芸部にしようぜ!」
「イヌイさん、あたしの記憶力が鶏に劣るレベルじゃないと通じないですよ、それ!?」
「
「鶏以下を期待値にされるのひどくないですか!?」
ミツキはその真白な頬を紅潮させて、はぁはぁと荒い息をついた。
まるで雪崩れ込むように押し寄せてきた、リョウマのとめどないボケに対して、少女は免疫がなかったのである。
おそらくベルカあたりだと、途中で氷のように冷たい視線を浴びせてきたことだろう。
黒髪の少女は呆れ果てたように、ため息をついた。
「……ああもう、イヌイさんの前で毎回死んじゃうことの衝撃が薄れてます……!」
「よかった、緊張はほぐれたみたいだ」
「斜め上の気遣いです、イヌイさん……!」
ミツキに怒られた。
リョウマは肩をすくめた。流石に不謹慎すぎるという自覚はあったが、そもそもの状況が不条理すぎて、こっちとしてはこのぐらい雑に構えるしかなかった。
もちろん今回のループのミツキにとって、命は一度きりのものだ。
死んでは戻るに慣れてきた自分がおかしいのはわかっている。
「……あたしの命が風前の灯火だっていうのは、ちょっとわかってきました。でもわからないんです、イヌイさん」
「俺の記憶は全部見てるんだろ? 何か不思議なことが――いや、結構あるな。ベルカのやつの経歴が意味わからないな、これ」
口にしてから五秒で理不尽すぎる情報に笑ってしまった。
あまりにも明瞭に、理路整然と説明されたせいで――日曜日にベルカと話し込んだときは、そういうものかと納得してしまったのだけれど。
エリア51生まれの改造人間だの、異星人の残骸だの、超常現象に立ち向かうゼロハンターだの、よく考えると相当に信じがたいことしか言われていない。
インターネットで流行りの
とはいえ、それを言うならミツキも大概なのだが。
「いいえ、イヌイさん。ベルカさんのことは、あたし、そんなに疑ってないんです。だってあなたの記憶の中で、
宝石みたいな深紅の瞳だった。
そこに浮かんでいる好感が本物だったから、リョウマはひどく困惑した。
どう考えたってそれは、好き合っている幼馴染み同士の間に、力技で入り込もうとしている人間の感情ではなかった。
そう思った刹那、ミツキは天使みたいに笑った。
「イヌイさん、綺麗なものを欲しがっちゃいけないって、すごく傲慢なロマンティズムだと思いますよ? 一途な恋が綺麗だから一番尊いなんて、嘘っぽいのに信じられてるファンタジーです」
「強欲が極まってる言葉だ……」
迫力がある台詞だった。
ホシノ・ミツキは倫理のブレーキが壊れていて、たぶん全部が倒錯したような価値観を生きている。
そのくせ危ういぐらいに真っ直ぐで卑屈さがなかった。
ひねくれもののリョウマには、その愚直さが眩しく見えてしまうのだ。
ゆえに。
少女の問いかけに偽りはなかった。
「――
正論だった。
ホシノ・ミツキは正真正銘の疫病神で、間違いなくリョウマがまだ知らない真実に満ちていて、きっとこの娘に出会わなければこんな目に遭わずに済んだ。
普通の神経をしていたら、恨んで嫌って憎んでいいはずだ。
ミツキは奇妙なほどに、そう信じていた。
そこまで自覚があるくせに、そういう生き方をしてしまうのもどうかと思うけれど。
――そう、会わないって選択肢もあったんだよな。ベルカのやつが走り回ってる間、知らん顔してるのだってありだった。
問われてみると、どうやら自分は考えなしの大馬鹿野郎だと悟ってしまう。
なるほど、これは重症だ。
ベルカ・テンレンがことあるごとにクソボケ野郎と痛罵してくるのも仕方ない。
リョウマは笑った。
胸の中を吹き抜けていった納得に――笑うしかなかった。
「――だってそれじゃ、ホシノさんが
「えっ?」
「今までの死に方を考え直してて、なんとなくわかってきたんだよ。俺と同じか、それ以上に――ホシノさんも首の皮一枚で生きてるような状態だろ、たぶん。なら俺だけ助かろうってのは、見殺しにするのと同じだ」
ホシノ・ミツキはらしくもなく目を白黒させて、口をぽかんと開けて驚いている。
絶句している。
言葉が出てこなくなるのは、常識人である自分の
少女は心からの戸惑いを、その瞳に泳がせていた。
イヌイ・リョウマはそんな彼女の感情なんて涼しい顔で受け流して、自分が言いたいことを告げた。
「どうやら俺は、死んでは戻る
「……それ、イヌイさんは何度も死ぬ前提ですよね?」
「そうならないように、ホシノさんに協力してほしいんだよ。口説き文句みたいなこと言ってるのも我が身可愛さってわけ」
リョウマの軽口に、ミツキはうつむいた。
そして少女は――その白すぎる肌を耳まで赤くして、ぼそりと呟いた。
「…………嘘つき」
その頃のベルカ「うぐぉおおおぉおおおおお……(クソボケの予感に震えている)」