無事に帰宅して、家にたどり着いたあと。
リョウマはへとへとに疲れていた。何せ突然、サプライズといわんばかりに攻撃ヘリコプターが飛んできて、機銃掃射で自分を挽肉にする可能性が頭をちらつくのだ。
何気ない通学路すら、危険に満ちた即死イベントの宝庫に見えてしまう。
いやまあ、本当にまたああいう形で襲われるなら、自宅の二階にいようと安全地帯とは言えないのだが。
ベッドの上に転がって、リョウマは問いかけた。
「そういうわけでホシノ・ミツキさんと話をつけて――俺たちに協力してくれることになった。で、どうする?」
電話の向こうで、ベルカは深々とため息をついた。通話に使っているのは、事前にベルカから手渡されていたまっさらな新品の
蛇の道は蛇というやつで、彼の幼馴染みはこういう準備に長けているらしい。
本当にスパイ映画じみてきたな、と思っていると、釘を刺すようにベルカが言葉を発した。
『OK、リョウマ。このクソボケ野郎改め女ったらし、そのうち地獄に堕ちると思うけど。大丈夫? 予行演習しておく?』
「念のために聞いておきたいんだが……具体的には何を?」
『神妙な顔で裁きを受け入れる準備、かな』
淡々とした声音だった。
リョウマはうめいた。
「待てよ、有罪が確定みたいな流れはおかしいだろ」
『リョウマ、女の子にいい感じの台詞を吐いてその気にさせるのは……基本的にクソ野郎だってことを忘れるなよ……!』
「じゃあ例外的に許される方を目指していく。それでどうだ?」
『か、可愛くない反応……!? リョウマがよくない方向に成長してる!』
「高校デビューで可愛い方向を目指すのも、ちょっと嫌じゃないか? いや、悪くはないけど……俺の生き方的に」
『確かに……それはそうなんだけど!』
リョウマとベルカのじゃれ合いは、良くも悪くもいつも通りだった。ちなみにこうして無駄話をしている暇があるかといえば、大いにある。
というのも元々、日曜日――昨日の段階で幼馴染みから助言は受けていたのだ。
曰く――
――わたしから下手なアドバイスはしないけど。ホシノ・ミツキには協力してもらいなよ。キミが陥ってる不条理ループの手がかり、今は彼女しかいないんだから。
そういうことだった。
ベルカが詳細なアドバイスをしなかった理由は単純明快だ。リョウマが見聞きした物事は、自動的にミツキも知ってしまう。
つまり攻略チャートじみた賢しい助言は、そっくりそのまま彼女の耳に入ると考えていい。
そして同じ台詞でも、誰かに言わされている台詞とリョウマ自身の口から出てきた言葉では響き方が違う。
なので放課後のやりとりは、すべて嘘偽らざる彼の本音だった。
「それでその、大丈夫なのか? また唐突に戦闘ヘリに襲撃されたらお手上げだぜ?」
『ああうん、そこはまあ――
ならば大丈夫だろう、と信じる。
イヌイ・リョウマは無力である。死んでは戻ってのループは能力と呼んでいいかわからない不安定さに、ループで得た情報はほとんどミツキにバレるおまけ付きだ。
いくら何でも厳しすぎる。
そうなると孤軍奮闘なんて無理筋なので、やたらと頼れる幼馴染みを頼るしかない。
リョウマが聞かされた最低限の情報によると、話はこういうことである。
――世の中には特異と呼ばれるお化けがいて、それに対応する組織にはゼロハンターと呼ばれる実働部隊がいる。
――ベルカ・テンレンもその一人なのだが、彼女自身もそういう異能の存在なので監視対象になっている。
――そしてリョウマから聞かされた超能力者の存在を、ベルカが上に報告したところあの襲撃が起きた。
頭がくらくらする素敵な
考えて見ればお花見の席で首を刎ねられるのだって大概なのだが――いや、それにしたって市街地に戦闘ヘリが飛んでくるのはぶっ飛んでいる。
不思議なものだった。
幼馴染みが手から金属製の触手を生やせるのと、平和な街中に攻撃ヘリコプターが飛んでくる景色――どちらの方がありえるかと考えたら、まだ後者の方が地に足がついている。
なのに感覚的には、超能力者だの改造人間だのという与太話の方が、よっぽど納得できる気がするのだ。
「ああ、信じるよ。というか正直、俺が出る幕あるのかって気もするけど……お前が上手くやってくれない場合、フル装備の特殊部隊に爆弾投げ込まれたりするわけだろ? お手上げだよ、これ」
『頼ってくれるのは嬉しいけど、リョウマ。忘れちゃダメだよ。キミが巻き込まれてるループの原因がわからないことには、この状況って全然解決しないんだからね?』
「……ああ、だからまあ、前進してるだろ? ホシノさんに前向きな返事をもらって、安心して作戦会議できる」
『心を読む超能力者って厄介だよね。キミに予習させるとカンニング扱いなんだから、わたしにできることが限られすぎる』
端的な表現だった。
ベルカ・テンレンはひたすら優秀であり、事前に情報さえ教えていれば適切な助言をくれる人物だ。
しかしそうして得られる手助けが、ループの中でプラスに働くとは限らない。
以前のループで起きた攻撃ヘリコプターの襲撃など、第三者の介入によって盤面がめちゃくちゃになることだってあるのだ。
電話の向こうで、ベルカが神妙に話し始めた。
『それでね、リョウマ――ちょっとキミにとっては、衝撃的かもしれないことがわかった。キミが前のループで聞きだしたこと、覚えてる?』
「ああ、俺が花見の席で聞いた謎の歌が……ホシノさんの母親の作曲したアニメソングって話だろ?」
忘れられるわけもない。
不気味な印象のつきまとう歌が、その実、わりと有名なアニメのテーマソングだったというのもインパクトがすごい。
しかもその直後、市街地に現れたヘリコプターに機銃掃射されて死んだのだから。
イヌイ・リョウマの一五年の人生の中で、あれほど濃密な三〇分間はそうそうなかったと思う。
『そう、その話だよ。わたしの方でも調べてみたんだけど――ホシノ・ミツキの母親、作曲家のホシノ・アマネは確かに死んでいる。それは間違いない。死を偽装してる、みたいなトリックもありえない』
「……それはまあ、そういうもんじゃないか? あるのか、死を偽装だなんて」
『こっちの界隈だとありえないことはないレベルかな』
妙だな、と思った。
あの賢くてズバズバと物事を整理してくれる幼馴染みが、こうも言葉を濁すとは――一体どうしたのだろう、と首をひねった瞬間だった。
少女はまるで、短剣を心臓に突き込むかのように、核心に迫る事実を述べた。
『――ホシノ・アマネが亡くなったのは
どくん、と。
心臓が跳ねた。
ベルカ・テンレンがたった今、電話の向こうで口にした事実は――まるで現実感がない白昼夢に似ていた。
声は聞こえている。言語として耳には入ってくる。
だが、その意味を理解できるまで一〇秒ほどの時間が必要だった。
『…………リョウマ? ごめん、動揺してるよね』
ベルカの気遣いに対して、ああ、とうめくことしかできなかった。
一年前。
文化劇場で起きた事故――それはまったく、彼にとって他人事ではない現実だった。
何も覚えてはいない。
ただ目に焼き付いた景色――華やかで活気あふれるコンサートにはしゃぐ妹の姿、付き合いで来た父母の姿、会場に響き渡るテーマソングの伴奏、そして。
耳の中で残響し続ける悲鳴と怒号の連続。
それ以外の何も、彼は覚えていなかった。
――高鳴る心臓を落ち着ける。
――深呼吸してきっかり三〇秒。
――クソみたいな三〇秒をやり過ごした。
天井を見上げた。
どうやら本当に、自分にとってトラウマになっているらしい出来事を自覚する。
それでも強がりに軽口を叩いた。
「……いや、大丈夫だ。嫌な偶然だよな、本当。俺の家族が亡くなった事故と、ホシノさんの母親が亡くなった事故が同じだなんて……」
呟いてから、ようやく気づいた。
どうしてベルカ・テンレンが、わざわざこんな話題を彼に突きつけたのか。
決まっている。
これが偶然だとは思えないから、あえて触れたのだ。
『リョウマ、たぶんこれが――キミたちが、いきなり攻撃ヘリコプターに襲われた理由だよ。あの事故のときから、ホシノ・ミツキはゼロハンターの監視対象になっていた。そして一年前から、組織は準備してきた。些細な変化でも見逃さず、即座に対処するために』
頭がしびれた。
流石に軽口を叩けるような気分にはなれなかった。
イヌイ・リョウマは愚直だから、よせばいいのに聞かなくてもいいことを尋ねてしまう。
「…………ちょっと待て、これ、俺に喋っていい内容か? あるんじゃないか、守秘義務とか、そういうの」
『キミは本件における、ベルカ・テンレンの協力者。それがホシノ・アマネとホシノ・ミツキの異変を解決するものならば、わたしが背信行為で罰せられることはない』
「……重いなあ、お前の信頼が重いよ」
電話口の向こうでベルカが笑った。たぶんそれは、リョウマと同じで強がりにすぎなかったけれど。
それでも彼女らしく、金髪碧眼の幼馴染みは柔らかな声を出した。
『知らなかったのかな、リョウマ。
冗談に聞こえなかった。
リョウマは何故か噴き出る冷たい汗を実感した。
ミツキの母親と自分の家族の死が、まったく同じ事件に由来していて、しかもそれが普通ではない出来事らしい――ああ、まったく理解が追いつかないことだらけだ。
自分は凡人だから、頭の冴えた推理なんてできない。
ただ嘆くように天を仰いだ。
「――すげえな、世界が滅んだときより厄介だ」
本音だった。
イヌイ・リョウマにはトラウマがあります。
ベルカ・テンレンには隠し事があります。
ホシノ・ミツキには人に言えない真実があります。
そういうわけで核心部分に踏み込んでいく後半戦です。
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