厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった   作:灰鉄蝸

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18:本当のことが知りたい!

 

 

 

 一年前、何が起きたのか。

 イヌイ・リョウマが覚えているのは、いくつかの断片的な出来事だけだ。

 市内の文化劇場で有名な楽団の演奏会があって、市民に音楽に親しんでもらうため、アニメソングを中心にしたコンサートがされたこと。

 

 学校の行事か何かで、生の演奏会に触れる機会があった妹が、それにどうしても行きたいとせがんだこと。

 結果として家族四人、妹の誕生日祝いも兼ねてチケットを取ったこと。

 そして待ちに待った演奏会の夜。

 

 

 

――事故が起きたのだ、と人は言う

 

 

 

 リョウマは何も覚えていなかった。

 聞いたところによればコンサート会場に使われた劇場が、老朽化によって劣化していて、天井が崩落事故を起こしたのだという。

 

 大勢の人が亡くなった、と担当の刑事に聞かされた。

 重ねて言おう、イヌイ・リョウマは何も覚えていない。

 だから今でも知りたいと願っている。

 

 

 

――あの日あのとき、何が起きていたのか

 

 

 

 だが無意識に、そのことを避けるように生きてきたことは否定できない。

 理由は簡単だ。

 あの事件が起きてからずっと、リョウマの日常は変化し続けてきた。

 

 父も母も妹も亡くした自分の身元引受人に名乗り出た従姉妹(いとこ)、ぎこちない同居生活の始まり、ぐずぐずに崩れ去った日常を立て直す間にも高校受験は容赦なくやってきた。

 そうなれば一年間なんてあっという間に過ぎ去っていく。

 

 変化は他にもある。

 あの事故の直後、リョウマはベルカ・テンレンと数年ぶりに再会した。

 メッセージアプリやSNSで通話することはあっても、直接、顔を合わせることは久しくなかった相手だ。

 

 たった数年で見違えるように綺麗になった少女は――きっとボロボロで、強がりばかりの自分の日常に寄り添ってくれた。

 映画を見る時間は、そうして二人が同じ時間を過ごすために設けられた儀式のようなものだった。

 

 

 

――きっと俺は恵まれてるんだろうな。優しくて器がでっかい人たちがいる。

 

 

 

 親を亡くした子供の辿る路としては、びっくりするぐらい幸運だと言えるだろう。

 世にあふれる、ありふれた不幸の数々を知れば知るほどにそう実感できてくる。

 ああ、だけど。

 

 

 

――納得できないんだ、俺自身が

 

 

 

 今が間違っているとは思わない。

 むしろずっと続いて欲しいと傲慢に思うほど、イヌイ・リョウマは幸せを感じている。器がでかすぎる美人の従姉妹に、ありとあらゆるものを持ち合わせている幼馴染みと過ごす日常。

 

 まったく素晴らしい限りだった。

 それでも知りたいと願ってしまう、真実が知りたいと祈ってしまう。

 どんなにおぞましいものだとしても、何も知らずに、傷痕を忘れて生きていくなんて――耐えられそうにないから。

 

 

 

――たぶんベルカは何かを隠してる。これだけ俺に教えてくれたあとだってのに、まだ何かを隠してるってわかっちまう。

 

 

 

 イヌイ・リョウマは愚かだが、勘だけはよかった。

 たぶん聞かない方が、お互いにとって気まずくない類の情報だろうと思った。

 自室のベッドの上で、通話が切れた新品のスマートフォンを見やる。如何なる監視にも引っかからないまっさらな端末なんて、素人に調達できるわけがなかった。

 

 昨日の今日でそんなものを調達して、ホシノ・ミツキの真実を突き止めるベルカ・テンレンは――明らかに普通ではない。

 そして薄々勘づいていた事実に思い当たる。

 

 

「……クソッタレ、バカか俺は。ホシノさんの母親も、俺の家族も一年前に死んだ。ベルカがこの街にやって来たのも一年前だ……()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 まったく笑ってしまうぐらいに謎が増えていた。人の心を読む超能力者だの、エリア51で生まれた超人エージェントだの、荒唐無稽(こうとうむけい)な要素は押し寄せてくるくせに。

 

 本当にリョウマが知りたいことは、たぶん今でも伏せられたままだった。

 そこに悪意がなくて、むしろ自分を気遣うための優しさを感じていた。

 それが悔しくて、情けなくて、リョウマはベッドの上で悪態をつく。

 

 

「……俺ってやつは、進歩してないな」

 

 

 そう呟いた瞬間だった。

 普段使いの私物の方の携帯端末(スマートフォン)が甲高いメロディを鳴らした。

 びっくりしながら画面を見た。

 着信通知を知らせるメッセージは――

 

 

 

「――ホシノさん?」

 

 

 

 通話を開始する。

 呆然と呟いた瞬間、端末のスピーカーが甘やかな声を発した。

 

 

 

イヌイさん、本当のことを知りたいんですか? それが、あなたの望みですか?

 

 

 

 唐突な問いかけだった。

 ミツキが相手でなければ、何の話をしているのかと首を傾げたことだろう。

 ああ、だけど。

 確信があった。

 

 

「…………俺の心を読んでるのか?」

 

 

『いつでもどこでもテレパシーで通じ合ってるのって素敵ですよね』

 

 

「どっちかっていうとホラーだと思うぜ?」

 

 

『イヌイさん、口先だけで常識人ぶるのは禁止していいですか? 怖いだなんてちっとも思ってないくせに』

 

 

 くすくすと上機嫌そうに笑う声がした。

 こうして電話がかかってくるのは不思議ではない。

 リョウマとミツキが顔合わせした先の日曜日、メッセージアプリでアカウントを交換したとき、連絡先も教え合っていたのだ。

 

 今にして思えば軽率な行動だった。

 ミツキに悪意があれば、いくらでも悪用できたはずだ。

 いや、そもそも――迷惑さで言えばそこらの詐欺師が可愛く思えるレベルで、リョウマは迷惑しっぱなしだった。

 幾度となく破滅して、わけのわからない死のループが始まってしまった。

 

 

「……参ったな、地獄に堕ちるって脅されるのも納得だ。こんな状況なのに、全然、危機感がないのは俺の方か」

 

 

『心配しなくてもいいですよ、イヌイさん。あなたが地獄に堕ちるときは、きっと、あたし――地獄から脱獄させちゃいますから』

 

 

「力技すぎるだろ……!」

 

 

 リョウマは乾いた笑いを漏らした。

 思えばホシノ・ミツキはずっとこうだった。天使みたいに綺麗で、甘やかに声を弾ませて、口にする言葉は倫理観がぶっ壊れていて傲慢すぎる。

 

 そんな少女のことが、自分は嫌いではない。

 こういうところがきっと、ベルカ・テンレンに女ったらしのクソボケ野郎と評される所以(ゆえん)なのだろう。

 困ったことに否定の余地がなかった。

 

 

「……それで、ホシノさん。今度は俺から訊いてもいいかな?」

 

 

『はい、どうぞ』

 

 

「俺の心を読んでるなら、ベルカとやってた秘密の作戦会議もバレバレなんだろ? じゃあ教えてくれ――君は一年前の劇場事故のことで、何か知っているのか?」

 

 

 タイミングがよすぎる電話は、たぶんこういうことだ。

 ホシノ・ミツキはその超能力によって、リアルタイムでリョウマの心を読んでいたのだ。盗聴器なんて必要なく、あるいはベルカの想定をはるかに超える有効射程で、異能の少女は他者の心を読むことができる。

 

 ちょうど今、自分が最高のタイミングで電話をかけられたように。

 まったくサスペンス映画かホラー映画なら、こっちを怖がらせるようなカットが入るくだりだろう。

 

 

『そうですね。質問にお答えする前に――イヌイさんに朗報です。今は監視の人、いないから安心してくれていいですよ』

 

 

「あっ……そっか、俺たちの通話って記録されてるのか?」

 

 

『詳しくは教えません。でも()()()()()()()

 

 

 リョウマは押し黙るしかなかった。

 考えてみれば当然のことだった。おそらくミツキの超能力者としての格は、ベルカ・テンレンのような本職の人間が想定しているよりも高い。

 

 それはつまり、ベルカと別口で動いていて、前のループで襲撃してきた相手――攻撃ヘリコプター型のドローンまで投入するぐらいの殺意――にとっても想定外ということだ。

 監視者がどういう手段を執っているのかはわからない。

 スパイ映画のように盗聴器を仕掛けているのか、今風にAIが音声解析してるのか、ただの高校生のリョウマには判断しようがない。

 

 だが、いずれにせよ――()()()()()()()()()

 そしてホシノ・ミツキは()()()()()()

 無力化の余地はあった。

 

 

「笑っちゃうぐらいヤバい事実を聞かされてないか。俺、こんなの経験したあと平常心を保てる自信ないぜ?」

 

 

 冷や汗が噴き出していた。衣服の首筋を濡らすのは、春の陽気ゆえに掻いた汗ではない。

 もっと緊張感のある何かだった。

 

 

『イヌイさん、イヌイさん、万能の解決法がありますよ』

 

 

「一応、訊いておく。何それ?」

 

 

 リョウマの問いかけに、ミツキは優しくささやいてきた。

 

 

 

『――あたしを信じてください。そうすればきっと、怖いものは何もありませんよ。すごく簡単で素敵なことだと思います』

 

 

 

 ちょっと頷きそうになるぐらい魅力的な提案だった。

 何せ心底、ホシノ・ミツキの声は心地よいものだったから――いっそ思考停止して全部を委ねてしまえば、リョウマを苛んでいる不安感と焦燥感は消えそうな気がした。

 そういう衝動的なものを、ぐっと自制心で押さえ込んだ。

 話が盛大に脱線しているのを自覚した。

 

 

 

「それでホシノさん、答えてくれないか。一年前、ホシノ・アマネが亡くなったのは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 沈黙。

 基本的に饒舌(じょうぜつ)天真爛漫(てんしんらんまん)が服を着ているような少女が、すぅーっと息を吸い込む音が聞こえた。

 

 深呼吸しているのだ、とわかった。

 思い出す。

 あれは以前のループで、週末に花見の席を開いたときだった。

 

 

 

――どうしてイヌイさんを好きになったのか、ですか?

 

 

 

 あのときもミツキは緊張していた。

 確信した。

 ホシノ・ミツキは自分を呼び出したとき、一目惚れだと言っていたが――あれは()()()()()()()()()()()()()()()()

 たぶん自分たちは、それ以前に顔を合わせていたのだ。

 

 

『……はい、あたしはイヌイさんが知らないことを知っています』

 

 

「そっか……詳しく聞いても?」

 

 

『はい、それでですね……あの、お願いがあるんです』

 

 

 妙だな、と思った。

 話の流れとしては、電話越しにミツキの真実の告白を聞くやつでは――そう思って何気なく自室の時計を見た。

 アナログとデジタルを併用した壁掛け時計だった。

 

 電池を何度も取り替えて、ずっと動いている年季の入ったそいつが現在時刻を示していた。

 夕方を過ぎて、もう夜になろうかというタイミングだ。従姉妹のツキシマ・センリは今晩、帰宅が遅くなると言っていたからまだ戻らないだろう。

 そう思考した刹那。

 

 

 

 

 

――ピンポーンとインターホンが鳴った

 

 

 

 

 

 リョウマが思考停止した二秒後。

 携帯端末(スマートフォン)の向こうで、黒髪の少女が甘やかに微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

来ちゃいました。玄関の鍵、開けてください

 

 

 

 

 

 少年は冷静にコメントした。

 

 

 

 

 

「これたぶん、ストーカーがよくやるやつだと思うぜ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















ホシノ・ミツキは全身ホラー人間なので好きな男の子の家に電撃作戦してもホラーになるらしい。








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