想像してみてほしい。
自宅の玄関の前に、学校の中でも上から数えた方が早いようなとんでもなく美しい少女が立っている。
すっかり日は沈み、暗闇が満ちた夜の空気の中――流れるような黒髪に透けるような白い肌、切れ長の目にはめこまれた深紅の瞳が煌々と輝いている。
そんな深窓の令嬢もかくやという見た目なのに、着ている服装は今風のストリートファッションだった。
いろんな意味でインパクトにあふれている。
それがホシノ・ミツキだった。
「あたし、好きな人のおうちに来るのは初めてです」
ガチャリ、と玄関のドアを開けた瞬間、少女はにっこり微笑んで――ほんの少し照れくさそうにそう言った。
儚げな容姿の美少女がそうすると、それだけでリョウマの中の俗っぽい感性は「俺って世界一幸運なんじゃないか?」と勘違いしそうになる。
努めて冷静に、少年は正確な現状認識を口にした。
「なんか俺が招いたみたいな雰囲気になってるけど、教えてない住所に突入されただけだよな」
細身の女の子が、まるで最初からそうだったみたいに玄関に入り込んでくる。ミツキはリョウマの横を魔法みたいに通り過ぎて、丁寧に靴を脱いで並べた。
ずっと住んでいて間取りがわかっているかのような所作だ。
腐れ縁である幼馴染みのベルカ・テンレンと比しても、その動きにぎこちなさは欠片もなかった。
「……待ってくれ、俺の家の間取り、バレてるのか?」
お姫様みたいに華やかな美少女が、にっこりと天使のような笑顔を浮かべた。
ホシノ・ミツキは自分のことを美人だと自覚している類の美人だ。
「イヌイさん、大事なのはいつだって結果です。過程にこだわる人なんて推理小説を真面目に読んでる人だけです。もっと
「最近わかってきたんだけど、ホシノさんは
ミツキは自然体で、心の底から人間賛歌を口にするように、愛おしそうに笑っていた。
「あたしは――本当に大切なのは人の心だって思ってますよ、イヌイさん。トリックなんて本当は必要ないんです」
「周囲を洗脳してるって認めてる人間が言っていい台詞か、それ!?」
なるほど、他人の心をのぞき見る超能力者にとって、行動という過程から推理してみせる名探偵は
それはそうとミステリーファンに対する姿勢は最悪に近い。
その態度の悪さに、ミツキのエキセントリックな感性を垣間見た気がして、ちょっとした
リョウマは深く頷いた。
「ああ、でもちょっと気持ちはわかる……俺、探偵ドラマはカーチェイスしてるときが一番好きだから」
「それは……アクションものを見ればいいんじゃないですか?」
「いや、格好良く犯人を突き止めてからアクションするのが格好いいんだよ、ホシノさん。俺はホームズに憧れているし
「絶対にホームズになれなさそうな人の台詞です……!」
ミツキはその端正な顔を引きつらせた。
リョウマはちょっと傷ついた。名探偵に憧れる心は、きっと男女の壁なんて越えられると思っていたから。
「いえ、イヌイさん……これ男とか女とか関係なく……感性の違いです!」
「俺たち、やっぱり別れるべきなのか……?」
「告白をOKしてもらった覚えもないのに振られそうになってます!?」
「そこまで理解してるのに……諦めないのか……!?」
リョウマは
「諦めたらそこで終わりですよ、イヌイさん」
「あんまり諦め悪いとストーカーになると思う」
「最後が純愛ならいい思い出になりますね、結婚式のスピーチにもぴったりです」
「流石に無理だよ、普通の人はドン引きするって……!」
やりたい放題すぎる発言に、リョウマは改めてなんだこの状況、と思った。
そもそもの事の起こりはベルカ・テンレンからの不穏な連絡――リョウマの家族の死と、ミツキの母の死が同じ事件である――で、さらにベルカが引っ越してきた時期もそれに重なると気づいたことだ。
イヌイ・リョウマの思考をずっと監視していたらしい少女は、まさに彼がその答えに行き着いた瞬間、電話連絡してきた。
真実を知りたいか、と。
「…………あれ、なんかおかしくないか? もっと
「イヌイさん、イヌイさん。世の中には向き不向きがあると思います」
「暗に俺がものすごいボケしかできないって言ってる?」
「はいっ!」
「そこは否定してくれよ……!」
玄関のドアが閉まると、いつも通りの自宅の玄関があるだけだった。靴を脱いで廊下に上がった二人は、そしてふと気づいた。
これからどうしよう、と。
ミツキはウキウキと弾む感情を隠そうともせず、くるりとその場で一回転した。
まるでバレエダンサーみたいな軽やかな動きだった。
「イヌイさんのお部屋、楽しみです!」
「待ってくれ、俺の部屋に入る前提なのか?」
「イヌイさん……まさか立ち話をするつもりなんですか?」
「いや……ほら、リビングで詳しく話すのもありじゃないか?」
冷たい汗が背中を伝い落ちた。
イヌイ・リョウマは幼馴染みからクソボケ野郎と罵倒される男である。間違いなく自分は何かがズレているらしい、という自覚もある。
それでもこれだけはわかる。
出会ってから三日も経っていない女の子を、いきなり自分の部屋に通すのは――だいぶ問題があることぐらいは。
そう思考した刹那、ミツキがずいっと身を乗り出してきた。
ふわり、といいにおいがした。
「イヌイさん。あたしはもう他人じゃないですよ。あなたのことを、あなたの記憶でいっぱい知っています。あなたの過ごした時間のループは、あたしの追憶した時間です。これはきっと、この世の誰にも共有できないことです」
真っ赤な瞳が、少し背が高いリョウマのことを見上げていた。
ものは言いようだった。
そもそもリョウマが巻き込まれている異変は、彼女を起点にしている可能性があるというのに――そう言われてしまうと、確かにホシノ・ミツキは唯一無二の理解者のように思えてくる。
――落ち着け俺。ざっくり事情を話すだけで何でもやってくれるベルカも大概だろ。
リョウマはここ最近――つまりループの最中のことだ――は空き時間を使ってループもののアニメや映画を見るようにしている。何か意味のある気づきが得られないかと思ったからだ。
結論から言おう。
世の中にはいろんな名作があるものだと思った。
そしてもちろん、参考にはならなかった。
イヌイ・リョウマには呪いを司る魔女の呪縛だとか、歴史改変するタイムマシンだとか、そういうタイムリープの元凶だとわかるものがないからだ。
だが、共感できるものはあった。
――時間のループは心細いんだ。結局のところ、俺は何度でも繰り返す羽目になるから。
物語の中のループもの主人公はすごい。
何千回も試行錯誤するなんて自分には到底無理だな、と心の底から思える。
だからこそミツキの言葉は効いた。
この少女は人の心を読み取れるから、どんなにループを積み重ねても、一瞬でその理解者として振る舞うことができる。
実際のところ、それがポーズだけではないという保証はない――それでも信じてみたくなるところに、ホシノ・ミツキの魔性があった。
「イヌイさん、考えてみてください。あたしが本当に周りの人のことをどうでもいいと思ってるなら――きっと世の中はもっと大変な地獄になってます。ちっちゃい子のお人形遊びみたいな状況のホラーってあるじゃないですか、ああいう感じで」
「すげぇな……ろくでもない自覚がありすぎると一周回って人格者に見えるんだ……」
リョウマは感動した。
倫理観を数値化したらどん底すぎて、計算式がエラーを吐き出したようなモラルの倒錯だった。
いくらなんでもそれはないだろ、という前提ゆえに、かえってミツキが人格者に思えてくるのだ。
もちろん錯覚である。
「…………いや、最初に会ったとき、俺の恋心は無残に操られそうになってたよな? わりと道徳的には地獄じゃないか、あれ?」
「あたし、恋人には尽くすタイプです。安心して好きになってくださいね?」
「今めちゃくちゃ深い断絶を突きつけられてると思うぜ……!」
倫理の欠如を指摘しても、別に空気が悪くなったりはしなかった。
何故ならホシノ・ミツキは百も承知で倫理を踏み倒すタイプの
そう思考した刹那、ミツキは動揺した。
「普通って難しいですよね。特にイヌイさんみたいな変な人には」
「今、俺に対して失礼なコメントしなかった?」
「はいっ! イヌイさんもあたしに失礼なのでおあいこですね!」
「俺の心の自由はボロボロだよ! どう考えても俺の被害が大きいってこれ!」
イヌイ・リョウマは愚かである。
ホシノ・ミツキは天然ボケである。
ゆえに二人は本来、もっと真剣に貴重な時間を費やして、真実を探求すべく使えるはずだった時間を――馬鹿馬鹿しい会話で消費した。
その報いはすぐにやってきた。
――
リョウマはついさっき、閉めたばかりの玄関のドアを見た。
おかしい。
自宅の玄関前に誰かがいるだけなのに、異様な迫力を感じてしまう。
嫌な予感がする。
恐る恐る、玄関の戸に近づいた。
廊下に置かれているモニター付きインターホンの端末が、カメラの前にたたずむ誰かを映した。
「よぅリョウマ、
金髪のポニーテールに
装いは春らしく、白いシャツにハイウェストの黒いキュロットパンツが最高に似合っている。
そう、見間違えようもなく――ベルカ・テンレンがそこにいた。
迷わずに玄関の扉を開けた。
するとどうだろう、ベルカが目の前で笑っている。
五秒間、イヌイ・リョウマは熟考を重ねた末、するりと口から言葉がこぼれ落ちた。
魔法みたいになめらかだった。
「――俺、修羅場って初めてなんだけど緊張感あるな」
毛ほども緊張してなさそうなクソボケの発言である。
ベルカ・テンレンは呆れ果てて、うわぁ、とうめいた。
「キミって心臓が鋼でできてるわけ……?」
一連のやりとりをイヌイ家の廊下から見ていたミツキは、口に手を当ててびっくりしていた。
「イヌイさん、監視されてたんですね……かわいそう……」
ずっとイヌイ・リョウマの思考を監視していた超能力者は、悪意の欠片もなくすっとぼけた感想を漏らした。
間違いなく倫理的にはこの場で下限をぶっちぎっている少女の一言は、破壊力がありすぎて五〇〇ポンド爆弾が頭の真上で炸裂したような迫力に満ちていた。
リョウマは静かに首を横に振った。
「うん、突っ込みどころが増えていくんだけど!?」
ベルカは頭を抱えた。
ベルカ「心配だから自宅を監視するね」
ミツキ「好きなので心を監視しますね」
リョウマ「なんか…なんか重くないか…!?」
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