この三人が顔を合わせた時間はそう長くない。
長くないのだが、それでも短い時間でお互いが共有できた事実はあった。
誰の目から見ても明らかなことである。
つまり――
――
そのようにイヌイ・リョウマ、ベルカ・テンレン、ホシノ・ミツキの三人は同時に思考した。
恐るべき棚上げだった。
三人はいずれも
そして同時に、自分がしているうかつなツッコミ待ちの発言は見なかったことにしている。
ゆえにたどり着く結論も同じだった。
「よし、みんなちょっと真面目になろうか」
「待てよ、俺はいつだって真面目だぜ」
「あたしはとっても真剣ですよ」
沈黙が降りた。
一人の少年と二人の少女は、それぞれが「こいつマジかよ……」という表情で周囲を見回している。
決して広いわけではないリョウマの部屋は、謎の緊張感に満ちていた。
拮抗状態を打ち破ったのはミツキだった。
「気を取り直しましょう……! ベルカさんのお話でわかったこと、とっても参考になりました。つまりこういうことですよね。イヌイさんが巻き込まれた事故の詳細は伏せられていて、でも事件性があることは直後からわかっていた。なのに当事者にも秘密だった」
「そうだね、つまるところ秘密主義な情報封鎖がされていたってこと。マスメディア向けの崩落事故の発表は、事実ではあるけど、事件の真相の一部でしかない」
「アレだよな、動画サイトで再生数目当ての陰謀論者が作ってる感じの考察」
「リョウマ、妄想を考察と呼ぶタイプの動画の話はやめな……わたしは今めちゃくちゃ機嫌が悪くなってる……!」
「ああ、作品鑑賞のノイズってやつか?」
ベルカは先ほどまでの激情はどこにやら、すっとぼけた空気で熱い持論を述べ始めた。幼馴染みに隠し事をしていた異能の超人ではなく、偏屈で面倒くさい映画オタクが奇妙な鳴き声を上げていた。
「制作側が否定してるデマを流布したりさぁ……! 本編見てない人間が知ったかぶったりさぁ……うぐぉおおおお……!」
「ヤバいな、ベルカがかなり面倒くさい感じになってきた」
「イヌイさん、わざとやってます?」
長い黒髪を背中まで伸ばした少女は、呆れ果てた様子でリョウマのことを見ていた。
この場でぶっちぎりで
ちょっと申し訳ない気持ちになってきた。
「ああいや、俺が真実を知りたいって言い始めたのに、これはダメだよな。ごめん、ちょっと面白そうだったからつい」
「程度が低すぎませんか!?」
「傷つくな、反論の余地もないけど傷つく!」
ともあれミツキが先ほどまとめた内容はかなり参考になった。
そうなのである。
リョウマとベルカの個人間の信頼関係という要素を抜くと、ベルカ・テンレンの告白の要点は二つに絞られる。
ベルカが所属する組織――特異対策局なる特務機関は、崩落事故の発生直後から、それが普通ではないことを把握していた。
そして情報を伏せていたとはいえ、ベルカ・テンレンをわざわざ一年間も貼り付けておくほど重視している。
しかも一般人には事実関係を曖昧にしている始末だ。
「……これ、思ったよりヤバい話じゃないか?」
「リョウマ、戦闘ヘリコプターが飛んできて機銃掃射してくる時点でヤバいに決まってるでしょ?」
冷や汗をかいた少年に、幼馴染みの少女はもっともすぎる正論をぶつけた。これで彼女自身がリョウマの死因でなければ完璧だったのだが、そういう被害と加害の話をしていくと、あまりにもリョウマの立場が一方的すぎるので逆に突っ込みづらかった。
リョウマがそう考えた瞬間、ミツキはその白い喉を動かした。
鈴を転がすような美声だった。
「イヌイさんって変ですよね。自分がひどい目に遭ってるのに、考えてることはすごいさっぱりしてて……いえ、そういうところも好ましいと思いますが!」
「うん、内心の自由が脅かされてるぜ?」
「あたし、映画で見ました。愛はすべてを解決してくれると思います」
「愛で解決するならこの世からストーカー被害って概念は消えると思うんだ」
「イヌイさん、心を強く持ってください……惑わされないで……!」
「俺が邪念に引きずられてるような流れは無理があるだろ!?」
突っ込みどころが多すぎて、リョウマは楽しくなってきてしまった。まったく自分の悪いところだ。
露骨に話を逸らされてるのに、わあわあと言葉をぶつけ合って、コミュニケーションを取ることが楽しくなってきてしまう。
そんな見慣れた幼馴染みの顔を眺めて、半ば呆れ顔で金髪の少女は呟いた。
「わたしの幼馴染み、チョロすぎる……!」
「そのチョロさでいい話っぽく終わっただろ?」
「自覚あるの腹立つなぁ……!」
ともあれベルカの話は終わった。
そうなると事前にアナウンスしていたとおり、続くべきはホシノ・ミツキの抱えている真実だった。
元々、そのためにミツキはリョウマの自宅に奇襲を仕掛けてきたのである。
二人だけの秘密という甘い目論見は、さらに自宅を監視していたベルカによって阻止されたわけだが――
「冷静に考えると、俺のプライバシーがゴミのように軽いな……?」
「イヌイさん、現実を直視すると辛いことも多いと思います」
「ホシノさんがそれを言うのは面の皮が厚すぎるだろ……」
すべては今さらである。
黒髪の少女は、不意にその赤い瞳に強い意思を込めて頷いた。切れ長の目が細められて、リョウマとベルカの顔を順に見回していく。
そこに入り交じった緊張を察して、流石のリョウマも口を閉じた。
「――あとは、あたしの番ですよね。イヌイさんが知りたいこと、一年前に何が起きていたのか。はい、あたしは断片的に覚えています。イヌイさんがそうだったみたいに、何も思い出せないみたいなことはないです」
言われてみてから気づいた。
ミツキは覚えていて、自分は覚えていない。
この差異はどこから生まれたのだろう、と思う。
「念のために聞いておきたいんだが、記憶操作みたいなことはやってないよな?」
ミツキの隣に座るベルカは、青い瞳に
「うんまあ、これはもう、わたしを信じてもらうしかないけど――ないよ。だってそんな便利な技術があったら、今頃、この世界は不都合な事実は誰も覚えていない最高のディストピアになってる」
「それってパラドクスじゃないですか? 本当に完璧な記憶処理があるなら、誰にもその存在は証明できないはずです。だって
ベルカの断言に、ミツキが異論を叩きつけた。
おそらく規格外の精神操作を、呼吸するように扱える少女の言葉だけに実感がこもっていた。
金髪碧眼の少女は、それゆえに困ったように微笑んだ。
たぶん苦笑だった。
「そう、本当ならそんなの悪魔の証明だって言いたいんだけど――人間の認識や記憶に作用する超常現象が絡む場合、こういう議論そのものに意味がなくなる。だからわたしはこういうしかない。わたしが言うとおりに信じて、ってね」
「……難しいんだな、超能力が絡む事件って」
リョウマにわかったのは、少女二人が交わした言葉の重さだった。
彼に理解できたのはつまるところ、全知全能に近い異能を想定すればするほど、常識的な手法――警察がそうするように証拠を積み上げていくやり方――に基づいたロジックは無意味になるということだ。
そして困ったことに、ホシノ・ミツキは今まさに話題になっている類の超常現象そのものだ。
人間の好意を簡単に勝ち取るほど、すんなりと認知を操作できる超能力者――これほどまでに、他人が口にする
ミツキの深紅の瞳が、じっとリョウマのことを眺めていた。
「イヌイさんってすごいですよね。だいぶ泥臭いっていうか、あたしやベルカさんのに比べると、できることが制限されてるような
「それはまあ、ベルカと映画を死ぬほど見たからかな。SFとかホラーとか、結構、こういう話が多いからね」
そう軽口を叩くと、ミツキは両手を挙げた。
何だろう、どういう意図があるんだろう。
「降参のポーズです、イヌイさん。お二人の仲がとってもいいのはわかりました……!」
「恋愛インベーダーが倒された……!?」
ミツキが吐いたすっとぼけた台詞に、ベルカがちょっと驚いたように目を見開いた。
にっこりと微笑んで、
「ホシノ・ミツキの
「これホラー映画のエンドクレジットで怪物が復活するやつじゃない?」
「いえ、ヒーロー映画の主役が中盤でボロボロになって負ける感じですね!」
「すごいね、わたしに
端から見ているとベルカとミツキの距離感はわけがわからなかった。
間違いなくお互いを敵視する理由は山積みになっているのに、二人並んで軽やかに雑談に興じる程度の親しさを感じさせさえする。
それはたぶん、少年が思っているほど複雑な感情ではないのかもしれなかった。
イヌイ・リョウマは愚か者でチョロいから、親しみを感じた相手に手を下すのは難しくなるタイプだ。
しかしベルカ・テンレンもホシノ・ミツキも、彼よりずっと賢い。
ならば今この瞬間、互いを危険視しながら――コミュニケーションを取ることだってあるかもしれない。
そう思い至ると、和やかな少女たちの交流さえそう見えなくなってくる。
「あたしが口にするのは、きっと、ベルカさんのお話と同じです。普通ではあり得ないことを取り扱っているから、それが本当のことだって証明することができません――はい、あたしもこう言いましょう」
黒髪の少女は、その端整な顔立ちに、いつも通りの微笑を浮かべて。
やはりこう口にするのだった。
「――あたしを信じてください、どんなにおぞましい