──死人からかかってくる電話って、まるで怪談みたいだな。
場違いな思考が脳裏をよぎる。
リョウマはろくでもなさすぎる状況──つい先ほど電源を切ったのに勝手に起動している携帯端末、三人同時に鳴り響く着信音──に対して、努めて冷静であろうとした。
目に見えて動揺して、手が震えているミツキにゆっくりと語りかける。
「落ち着いてくれホシノさん。タイミングがよすぎる。これ、ベルカが言ってた呪いの元締めってやつなんじゃないか?」
「お、落ち着くって、イヌイさん、だってこれ──」
「相手はお化けだよ。そりゃ、こっちがびっくりするような死人のなりすましだってする──」
そう言いながら、自分の懐から取り出した携帯端末の画面を見た。
目を見開く。
脳髄を鈍器で直接、ぶん殴られたような衝撃が、凄まじい勢いで頭蓋骨を突き抜けていった。
ああ、確かにこれは効くな、と思った。
──イヌイ・ナツミ。
一年前に死んだ妹からの着信だった。
そんなはずはなかった。リョウマの家族は父母も妹もあの日の事故で死んでしまった。葬儀は済んでいるし、遺骨だって墓に納められている。
実は生きていた妹から偶然にも電話がかかってきたなんてことはありえないのだ。
つまりこれは悪質ななりすましだった。
はらわたが煮えくりかえりそうな憤怒が湧き上がってくる。これ以上なく動揺している自分を、どこか冷静に
「……ベルカ、お前の方の電話はどうなってる?」
「キミが知らなくていい人の名前だよ。うん、まあわたしの記憶に多少なりとも残ってる──死人からの電話だね」
「最近のお化けってなりすましの詐欺電話もかけてくるのか?」
「
よくあることらしい。
ベルカ・テンレンは、リョウマとミツキの取り乱しようが
少女はつまらなそうに携帯端末の画面を眺めると、二人の顔を順番に見回して、そっと付け加えた。
「二人とも、これから何が聞こえても
金髪碧眼の幼馴染みはすこぶる頭の回転が速かった。場当たり的な対処しかできてないリョウマに比べて、天才少女はもうすでに、相手側がどういう手を打ってくるかに思考を巡らせていた。
一拍遅れてリョウマはその言葉の意味を理解した。
現在、この家にいない住人──保護者である従姉妹ツキシマ・センリが、怪異に巻き込まれることについて言及したのだ。
今までその可能性を失念していた自分のうかつさに、リョウマは気が動転した。
「あっ、クソ……なんで今まで気づかなかったんだ、俺」
「リョウマ、落ち着け。わたしたちを襲う気満々のこいつは、自分の正体にたどり着くことを
ベルカの断言は力強かった。
実際のところ、少女の言葉にどれほど信憑性があるのかはわからない。あくまでそれは、ベルカが見聞きした少ない情報から導き出した推測でしかないからだ。
もし異なる条件が秘められていたなら、自ずと結論だって違ってくるだろう。
だが、その仮定には意味がない。
もし違ったところでイヌイ・リョウマは無力な個人であり、できることはほとんどないからだ。
この場で唯一、対抗できる力がありそうなベルカの指示に従うのが得策だった。
「……悪ィ、ホシノさん。落ち着けって言っておいて、俺もだいぶ参ってる」
素人なのは自分だって同じだった。
リョウマの謝罪に対して、黒髪の少女は寡黙だった。ミツキはその細面を不安げにさせながらも、強がりいっぱいの微笑を浮かべて頷く。
わかってるから大丈夫ですよ、と言外に告げられていた。
その瞬間だった。
どんどん、と窓を叩く音がした。
『おーい、リョウくーん! 開けてー! 鍵なくしちゃってさ、開けてー!』
よく知っている人の声がした。
それは毎日、顔を合わせている歳の離れた従姉妹──身寄りのない彼を引き取って、保護者として面倒を見てくれているできすぎた親戚──ツキシマ・センリのものである。
本当に窓の外にはセンリがいて、立ち往生して困っていて、家の中にいる彼に鍵を開けてもらいたがっている。
そんな風に安心感を覚えるような声だ。
リョウマはそれでも消せない違和感に、引きつったような笑顔になるしかなかった。
『ねえ、リョウくーん! 開けてー!』
窓ガラス一枚を隔てた外に、暗闇の中で無防備な従姉妹がいる──そんな気にさせられるのに、どうしたって致命的な異変があった。
じわじわと増していく不安感に抗えない。
うめくように呟いた。
「ベルカ」
「──
すっぱりと断じられた。
それじゃあカーテンに仕切られた窓ガラスの向こう側、暗闇だけが広がっているはずの外には──何がいるというのだろう。
ガタガタと窓ガラスは叩かれ続けている。
先ほどまでのおどけたような声は、得体のしれない動物の鳴き真似みたいな印象になっていた。
『ねえ、開けてー!』
ベルカ・テンレンはすっとベッドから立ち上がった。その白い頬を青ざめさせているホシノ・ミツキを見下ろして、安心させるように──黄金の少女は、傲岸不遜に思えるほど堂々としていた。
にやり、と擬音が尽きそうなぐらいにふてぶてしく、口の端を三日月型につり上げて。
ベルカは笑った。
「二人とも、一〇秒ぐらい目を閉じてくれる? 窓の外のこいつ、ちょっと黙らせるから」
そんなのありかよ、と思う暇もなかった。
ベルカはどういうつもりなのか、カーテンで仕切られた窓の外にまで歩み寄っていく。リョウマは思わず彼女を制止しかけたが、この場で一番強いのが誰なのかについて、鋼のような理性で認識して衝動に耐えた。
そしてミツキと一緒になって、声を押し殺して目を閉じた。
しゃっ、とカーテンが開けられる音。
きっと窓の外を眺めたに違いないベルカ・テンレンは、大して面白くもなさそうに呟いた。
「……ああ、わたしには
次の瞬間、窓にかけられているロックが外される音。その刹那、レールから窓枠ごと外れるのではないかと思えるような、猛烈な勢いで窓ガラスが開け放たれる。
続いて奇妙にねじれた、笑い声のような異音が響いて──その嵐のような嘲笑の中でなお、かき消されることない少女の呟きが聞こえた。
それは決然たる意思と共に、静かに言葉となった。
「──〈
その瞬間、
それまで聞こえていた不愉快な音が跡形もなく消え失せた。
先ほどまで窓ガラスを揺らしていた存在と、それによって生じた様々な物理現象──そのすべてが、ぽっかりと虚無に飲み込まれたように感じられなくなっていた。
例えばそう、オカルトを扱ったアクション漫画みたいに激しい肉弾戦が繰り広げられたわけではなかったのだろう。
どちらかと言えば、霊能者が禍々しい悪霊を
──ベルカは何をしたんだ?
リョウマが混乱していると、とんとん、と彼の頭にタッチする掌が感じられた。ふわり、と鼻腔をくすぐる甘いにおいは、幼馴染みの少女のそれだった。
慈しむような優しい手つきと、からかうような声音が聞こえてくる。
「終わったよ、リョウマ。ホシノさんも目を開けていいよ」
一瞬、躊躇った。
これがお化けのなりすましで、目を開けるとめちゃくちゃ怖い光景が広がっている可能性が頭をよぎった。
よりにもよってベルカと一緒に見たホラー映画に、そういうシチュエーションがあったのだ。
いっそ選択を放棄して、このまま目を閉じていれば──恐ろしい想像力との答え合わせなんてせずに済むのに。
そういう弱気な思考が脳裏をよぎった。
──でもまあ、そうなってたら詰みだよな。ベルカがしくじってたら、俺に状況を左右する力なんてないわけだし。
そう思うと気が楽になった。
何よりイヌイ・リョウマはいつだって、パワフルで偏屈で天才な幼馴染みのことを信じていた。
あいつが失敗するわけがないと信じた。
まぶたを開く。
すぐ目の前にベルカ・テンレンが立っていた。床に座り込んでいるリョウマとの間には、ちょうどいい感じの身長差が発生していた。
解説しよう。
──目と鼻の先に幼馴染みの
どうしようこれ、と思った。同時にありえないシチュエーションだったので安心してしまった。
イヌイ・リョウマは正直な男だったので、二秒ぐらいは視線がそれに吸い寄せられた。
そして当然、その様子は少女二人にバレバレだったのである。
ミツキはその切れ長の目を細めて、リョウマの視線の先にある膨らみをまじまじと見つめた。少年の愚かな挙動を見て、黒髪の少女は頬を赤らめた。
わあ、とため息。
軽蔑されるよりも死にたくなる反応だった。
「おっぱい見て安心したか──わたしは
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる金髪碧眼の少女──その
間違いなく自分はからかわれている。
しかしどう考えても、幼馴染みの胸を凝視して安心したという事実は消えなかった。
イヌイ・リョウマは震える声でうめいた。
「こ、殺してくれ…………! 」
少年は踏みにじられた尊厳のために涙した。
怪異「これで家に入り込めるぜー!!(怪異ルール:家人が招き入れないと入れない)」
ボス怪異が飛ばしてきたファンネルを
異能の詳細については後日!