「それで──リョウマがおっぱい野郎なのはさておくとして」
「待てよ、俺が女の子のおっぱいにしか興味がないクソ野郎みたいだろ」
「イヌイさんって可愛いですよね。自分で爆弾みたいな話題に踏み込んじゃうあたりが」
時間との勝負になる、というベルカ・テンレンの宣言から十分も経っていなかった。
しかし人間は急に変わることはできない。
それまで怪異の襲来に怯えていた少年少女は、自分の本来のありようを取り戻すため、軽口を叩かずにはいられなかったのである。
そういうわけで、精神衛生上、必須の会話であって──これは決して無駄口ではない。
そう思いたかった。
「ホシノさん、騙されちゃダメだよ。こいつ
「うぅううううう……!」
「イヌイさんが悲しげなうめき声を漏らしています……! こんなに情けない声も素敵ですよ!」
何故かリョウマの尊厳は追い打ちでボロボロにされていた。
だがイヌイ・リョウマは自他共に認める神経が図太い男だったので、女子二人におっぱい大好き野郎として認識され、愚弄されるという辛すぎる境遇にもめげなかった。
すまし顔を三秒で取り戻し、少年は覚悟を決めて頷いた。
「たぶん俺は恥知らずなんだと思う。だけど──自分の好きぐらい守りたいだろ?」
「なんか格好いいことを言ってるような雰囲気が出てきましたね……! イヌイさん、可愛いですよ……!」
「
「俺に対する追い打ちがえげつなさすぎるだろ……!」
一息ついた。
あえて自分が道化になることでホシノ・ミツキの心の落ち着きを取り戻すという高度なテクニック──その自己犠牲的な姿勢は、銀幕のヒーローにだって負けていないと思う。
きっとベルカもそのつもりで弄ってきたに違いない。
そう思うことにした。
ともあれ話題はひとつだけだった。
イヌイ・リョウマとホシノ・ミツキ、そしてベルカ・テンレンは一年前の事件の真実にたどり着いた。
そして明らかになった怪異の実在性を引き金にして、向こう側に狙われるようになってしまったのだという。
先ほどベルカが撃退したのは、お化けの親玉ではなく、そいつが飛ばしてきた下っ端みたいなものらしい。
「……時間との勝負って話だけど、これからどうするんだ? 向こうは俺たちの自宅まで突き止めて刺客を送り込んでくる状態で……こっちはその所在地もわからないわけだろ? これ、不利すぎて話にならないよな」
「リョウマ、位置の目星はついてる。二人とも靴を履いて財布を持ってくれるかな。外に出る準備しようか」
「えっ? 目星って──」
黄金の髪を持った少女は、ぱっと立ち上がるとうんと背伸びして、にやりと不敵に笑ってみせた。
「天井崩落事故のあった文化劇場。キミたち二人にとっても因縁浅からぬ場所だろうけど──そこにたぶん、敵はいるよ」
◆
リョウマは書き置きを残すことにした。
家の鍵は閉めて外に出るが、残業帰りのツキシマ・センリが目にしたらどう考えても騒ぎになる気がした。
それでも友達とコンビニに行ってくる、と書き残したことに嘘はない。
ベルカの勧めで移動は徒歩になった。お化けが機械に干渉してくる可能性──グレムリン・エフェクトというらしい──を考えると、自動車を使った移動もリスクがあるのだという。
歩いて五分の距離にあるコンビニに入って、各々がカフェイン入りのドリンクを買った。
砂糖の入った紅茶とか、エナジードリンクとか、夜に飲んだら快眠できなくなりそうな飲み物ばかりだった。それと水分補給用の無糖ドリンクがいくつかである。
「徹夜コースだよな、これ飲むと」
「朝までに終わらせるのが前提だからね」
「理由はあるんですか?」
コンビニの会計はベルカが受け持ってくれた。各々が選んだドリンクを口にしつつ、コンビニ前で少年少女は言葉を交わす。
まるで夜遊びして近所のコンビニにたむろしてる高校生という感じ──実際に交わされているのは、どうやってお化けの呪いから逃れるかというオカルト全開の与太話なのだが。
ミツキの問いかけに、ベルカは頷いた。
「さっきの声をかけてくるお化けでわかったでしょ? あんな感じで他人になりすます悪意ある相手が、二四時間、ずっとつきまとってくるんだよ。普通の神経してたらあっという間に消耗して、ミスをして、あっけなく殺されちゃうだろうね──だから今晩で全部終わらせる。わたしを信じてほしい」
「お前の職場の動向もあるからか?」
「そういうこと。今はホシノさんが誤魔化してるけど、じきに何かあったのはバレる。事件を解決して全部を一件落着にできるとしたら、明日の朝までが限度だと思う」
リョウマやミツキは肉体的には普通の人間と変わらないから、睡眠欲求もあれば排泄行為だってする。無防備になる時間はどうやっても生まれてしまうから、長期戦になればなるほど不利なのだ。
体力的にも精神的にも、常人には耐えられない戦いになる。
それに加えてゼロハンターなる特務機関が、ミツキの抹殺のために動き出すまでの
厄介ごとが同時攻撃してくるような有様だった。
「……今さら聞くのもなんだけど。いいのか、俺たちを庇って?」
「リョウマ、これはわたしの勘なんだけど──この事件はホシノ・ミツキを殺害しても解決しない。何故なら敵の降臨は、一年前に終わってしまっているから。それなのにキミたちの出会いに連動して、よくないことが起きるよう敵は仕込みをしていた。わかるかな──むしろ二人を生かしておくことが、黒幕との対峙では重要不可欠なんだよ」
「それ、ベルカさん個人の見解ですよね」
「まあね。わたし以外のお偉いさんは、キミを排除して異変をなかったことにしたい人もいるんだと思う。わたしはそれがどうにも、正解だと思えないから独自判断でこうしてるわけ」
要するに危ない橋を渡っているらしい。
ベルカ・テンレンは世界有数の大金持ちの養女であり、一般人とはバックが違いすぎるとはいえ、間違いなく組織人としては不味い行動をしているように思えた。
しかしそんなリョウマの
「思いだしてよリョウマ──キミが死のループを始めた最初の記憶だと、
そういえばそんな始まりだったな、と思う。
イヌイ・リョウマは状況の変化について行くのが精一杯で、そういえばまったく解決していない問題について、ようやく思い至るような有様だった。
まず最初のループで起きた世界滅亡の理由。第二に彼がループを始めるようになった原理とその解消。
ベルカの見立てでは、いずれも一年前に起きた崩落事故──その元凶が起点となっているはずだ、とのことだが。
「……待てよ? そういえばホシノさんの心を読む超能力、俺に対して使えてるよな?」
「はい! いつでもどこでも以心伝心、あたしたちって相性ピッタリだと思います! 将来的には結婚式ですね!」
「面の皮が厚すぎて戦車みたいになってる……! ええと、つまり……
リョウマが気づいたのは、自分が持っている奇妙な特性のことだった。
ミツキがほぼ無意識に行使する洗脳能力は、人間であれば例外なくその有効射程に収まってしまうものらしい。
その例外が彼の幼馴染みだった。エリア51生まれの超人であり、天使と呼ばれる超自然的存在と混じって生まれてきた少女は、それゆえにミツキが心を読むことも操ることもできないのだ。
要するに「人間離れしてるので無効化」というわけである。
流石に口にするとデリカシーがなさ過ぎるので明言はしなかったが、なんとなく仕組みとして納得はできる。
ベルカとそれ以外の人間の違いは、携帯端末のOSが違うので対応してないアプリみたいなものだろう。ミツキの超能力が、対象として想定していないタイプだから無効というわけである。
それはいい。
だがそうなってくると条件が違うリョウマの件が浮いてくる。
「……イヌイさんもループする超能力者ですし、そういう理由で洗脳が効かなかったんじゃないんです?」
「ああ、その説明も十分ありだと思うけど──でもしっくりこないんだ。ベルカみたいなパターンなら、俺だって心を読めない相手になってるはずじゃないか?」
「言われてみると変ですね……あたしも心が読めない人ってベルカさんが初めてなので、正直、詳しくはないんですけど」
ミツキは可愛らしく小首をかしげた。
その様子に嘘や隠し事は
それも当然だろう──ホシノ・ミツキはこの一年間、ずっと抱えていた絶望について、涙ながらの告白をした直後なのである。
今さら後ろ暗いことを持っているはずもない。当事者であるミツキに心当たりがないのであればお手上げだった。
あとはそう、ベルカに心当たりを尋ねるぐらいだったが──
「……
ベルカは鋭い目つきで、コンビニの駐車場の隅を見ていた。
ついその視線を追いそうになったリョウマを、幼馴染みの少女はやんわりと制止した。
「OK、二人とも。自分の足下に視線を落として、わたしの両脇に寄ってくれるかな。そう、肩を組めるぐらいの距離でよろしく」
「……わかった」
「わ、わかりました」
空気が変わっていた。
春の穏やかな季節ゆえ、夜風だって心地よい涼しさのはずなのに──今このときばかりは寒気を感じるような異質さが、コンビニの駐車場に渦巻いていた。
それはきっと、この世のものではなくて、目にしただけで心が参ってしまうような異物なのだろう。
ベルカ・テンレンの真横に並ぶ。
右側にリョウマが、左側にミツキがそれぞれ位置について──次の瞬間、がっちりと胴体に腕が絡んできた。
ベルカの腕だった。白いブラウスに包まれた腕は想像以上に筋肉質だ。何より細腕とは思えない異様な力強さがあった。
「それじゃあ二人とも、絶叫マシンを無料で遊ばせてあげよう!」
「へっ?」
「えっ?」
ベルカの言葉に間の抜けた声を漏らした。
心構えなんてする暇もなく、ぼぉおんとすごい音がして風圧。空気が壁みたいになって顔を殴りつけてきた。
遊園地で乗ったジェットコースターが、上がり坂の頂点から下り坂に入って、位置エネルギーを運動エネルギーに変換している最中みたいな感覚──血流が偏るような錯覚を覚えた。
恐ろしい加速だった。
夜の闇が流れるように眼下を通り過ぎていく。
──跳んで、いや飛んでるよな、これ!?
再び加速と浮遊感。
たぶん地上一〇メートルぐらいの高さを、猛烈な速度で飛び跳ねている。三階建ての建物ぐらいの高度を、ぽーんと弾むボールみたいに移動していた。
恐ろしすぎて声も出なかった。
リョウマが口を半開きにして目を見開いている間、その反対側では黒髪の少女が甲高い悲鳴を上げていた。
「きゃあああああああぁあああああぁああ!?」
目を回して叫んでいるミツキは、ちょっと可愛いかもしれない。
リョウマは場違いな思考に頭脳を浸して現実逃避した。
ベルカ・テンレンは二人を抱えて、ワイヤーアクションみたいなジャンプを何度も行って、都市の闇を高速で駆け抜けているのだ。
めちゃくちゃだった。
てっきり超能力で戦うタイプだと思っていたが──幼馴染みはむしろ、
強烈な風圧と加速Gの中で、街灯に照らされた街並みが遠ざかっていく。
──エリア51生まれってすごい。
リョウマは笑った。
笑うしかない現実ってあるものだと思った。
怪異「洒落怖っぽい登場しようとしたらF○teみたいなスタイリッシュ移動されたのが俺なんだよね」
リョウマくんのやってるゲームの育成キャラについては
「俺は性能! 性能で選んでるから!(本当に強い)」
「みんなおっぱいデカいキャラだろうがよエーッ!(年上・同年代・年下の全員が巨乳)」
みたいなやりとりがあったらしいです。