厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった   作:灰鉄蝸

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31:信じてみましょう!

 

 

 

 ベルカ・テンレンの返答には、何の感情も込められていなかった。その表情をリョウマがうかがい知ることはできない。

 少女の後ろ姿は孤高だった。その周囲で黒くうねる触手の群れが虚空に解き放たれ、暴風のように吹き荒れては、触れるものを破砕していく景色が見えるだけだ。

 

 衝撃的すぎてわけがわからなかった。

 たった今、ホシノ・ミツキの姿をしたものが口にした内容は、要約するとこういうことになる。

 

 

「俺が……神様みたいな力を持った誰かさんの願望の産物だって? ああクソッ、例え話なら知ってるぜ。世界は五分前に作られたかもしれないってやつだろ? そんなもん誰に証明できるんだよ?」

 

 

 イヌイ・リョウマは凡人だ。

 今時はチャットAIに尋ねるだけで概要を把握できるような例え話の形でしか、壮大すぎる与太話──オカルトなのかSFなのかすら定かではない──を理解できなかった。

 

 いや、これを理解と言っていいものかは怪しい。

 嬉々としてえげつない話を始めたミツキの姿をしたものに、その与太話を口で否定してくれない幼馴染み。

 どっちを信じればいいかわからなくなりそうだった。

 

 

 ──落ち着け、こういうときは消去法だ。少なくとも俺の家族をぶっ殺して、今もへらへら笑ってるヤツの肩を持つのは無理だ。

 

 

 深呼吸する。

 そういう自分の理性、抑制された感情の動きすらも、ベルカにとって都合がいいからそうなっているのだと言われていた。

 自分の意思に確証が持てなくなるのは辛かった。

 

 あるいはミツキの精神操作が無効化されていたことで、これまで棚上げしていた問題──精神に干渉する異能は、かかわるだけで自分の意思を信じられなくなる──が一気に降りかかってきたような気分である。

 要するにホシノ・ミツキを乗っ取った化け物は、リョウマに対して疑念の種を植え付けたのだ。

 

 

「俺の意思が本当に俺のものなのか、わからなくなれば……つけいる隙もあるってことだよな?」

 

 

 リョウマの問いかけに答えはなかった。ベルカは黙して語らず、舞台の上で踊るように身をくねらせるミツキは、ただ微笑みを浮かべているだけだった。

 

 最悪だ。

 気まずすぎて泣けてくる。

 まるで一番笑えないジョークを言ってガン無視されてるクソ野郎になった気分。

 

 

『時系列は全能者の前ではあまり意味がありません。彼らは自分自身が存在する現在の座標から、時間と空間の多次元的な拡がりを再定義します。たった五秒間の出来事を書き換えるために、何世紀もの歴史が過去にさかのぼって改変されるかもしれません。極端な話をしましょう──あなたたちは、全能者が清潔で気持ちのいいトイレを使うために、何百年間も戦争して殺し合ってきたかもしれないんです。自分たちの惨めさを知りもせず、地に這いつくばって生きることは幸福ですね?』

 

 

「そりゃご大層な話だな、でもよ、ひとつ疑問があるぜ──お前は一体、そんな惨めな人間様の星にやってきて、一体、何がしたいんだ? 神様気取りって言うんなら、俺にはお前が一番そう見える」

 

 

 お前たちは、神様がうんこしたあとウォシュレットを使うために悲惨な戦争を繰り返してきた──これ以上なく嘲弄に満ちた例え話である。

 仮にミツキを操るものが、見たままの事実を口にしているとしたら、こいつもまたこの世の外側にいた存在ということになる。

 

 誰にも痕跡がわからないほどの現実の改変、歴史改変の類を認識できるなら、そういうことになるだろう。

 リョウマの素朴な疑問に答えたのは、多弁にすぎるミツキではなかった。

 

 

 

「──リョウマ

 

 

 

 ベルカがこちらを振り向いた。

 金髪碧眼の少女は、その美しい顔に毅然(きぜん)とした意思と、一欠片の憂いを秘めた複雑な表情をしていた。

 

 ああ、ちくしょう。

 今はベルカ・テンレンすら疑うべき局面だって言うのに──

 

 

 

 ──俺はこいつのこういう顔に弱すぎる。何もかも、俺が歴史改変とやらで生まれた存在だからなのか?

 

 

 

 わからない。

 仮定の話をするには何もかもふわふわしていた。ホシノ・ミツキの姿をした化け物が、ノリノリで明かしてきた内容は劇物すぎる。

 

 見聞きできる現実どころか、自分自身の意思すら、誰かにとって都合がいいように発生させられたものだなんて──こんな条件で、まともな思考や推測ができるはずもない。

 今こうしてベルカに好意的な自分の心の働きすら、自分自身のものだと言い切れないのがもどかしかった。

 

 

「ごめん、今はひとつだけ答えておくね。さっきこいつが喋ったことはある程度は本当。かつてベルカ・テンレンの原型になった全能者は、この世界に消えない改変を打ち込んだ。その結果として、わたしとキミは出会った」

 

 

 半ば確信していたことだった。

 嘘やでたらめならば、もっと速くベルカは否定してくれただろう。

 だから意外性はなかったけれど──そう断言されると辛いものがあった。

 

 今まで自分の感じてきた感情や記憶の蓄積まで、嘘っぱちになってしまったかのような苦みが舌の上に広がる。

 そんなリョウマの困惑を読み取ってか、ベルカは悲しげに微笑んだ。

 

 

 

「でも誓うよ、キミのすべてに。わたしの人生で思いのままにならなかったことは、間違いなくイヌイ・リョウマの存在だった」

 

 

 

 意味深な言葉のくせに、はっきりしたことは伝わってこない詩的(ポエット)な表現だった。

 そう、まったく彼の抱いた疑念に対応しているとは言いがたい、曖昧(あいまい)な言及だったと思う。

 

 だけど誠意だけは感じた。

 結論から言おう。

 

 

 

 ──俺ってチョロすぎるな!

 

 

 

 頭脳戦をメインにしたサスペンスものなら、きっと舌戦でガンガン情報を引き出して、心理戦で真実にたどり着いたりするのだろう。

 しかしながらイヌイ・リョウマはそういうことができない。

 

 自分はチョロくて甘くて悪ノリしやすい人間なのだ、と思う──あるいはそういう性格すらも、眼前の幼馴染み(本当に幼馴染みなのか怪しいらしい)にとって都合がいいからそうなっているのかもしれないが。

 

 

「リョウマ──わたしは今から、キミに無茶振りをする」

 

 

 ベルカはその瞬間だけ、おまじないみたいに、綺麗な笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ため息が出てきた。

 すごいゴリ押しを感じる。普通、こういうときは論理的に説明するのが筋ってものだろう。自分自身が容姿端麗であり、それに担保された好感度の高さがあると知っていなければできない図太い発言だった。

 そう、お人好しのイヌイ・リョウマにだって、このぐらい皮肉っぽい思考をする余地はある。

 あるのだが。

 

 

 

「…………お前の信頼、俺に対して重すぎるだろ。ふっざけんなよ本当に……ああ、クソ、わかったよ! 説明しろよ、俺にお前の口から直接な!」

 

 

 

 結論を重ねて言おう。

 イヌイ・リョウマはバカみたいにチョロいので、なんとなく雰囲気で流されることもある。

 そういうことにした。

 

 疑念を飲み込んで、噛み殺して、口からあふれ出さないように我慢するのは根気がいる作業だった。

 沈黙とは何もしないことではなく、衝動を押し殺す作業なのだとわかった気がする。

 

 

 

 

「──ありがとう

 

 

 

 

 ベルカはもう彼の方を向いていなかった。少女の青い瞳はすでに、舞台の上に立っているもう一人の少女──ホシノ・ミツキに注がれていた。

 メインホールの観客席は、いつの間にかズタズタに引き裂かれている。

 

 果たしてベルカとミツキ、どちらの異能が作用した結果なのかはわからないが──本来、工事現場なんて目じゃない騒音が働いているはずなのに、リョウマの耳が破壊音を捉えることはなかった。

 あるいは本来、瓦礫(がれき)まみれの廃墟にすぎないメインホールが、本来の姿を取り戻しているかのような景色。

 

 

「大した異世界だよ、実際。外界からは普通の建物にしか見えず、人の認知に作用して自らを守護する自律構造体──あなたが本当のところ、どんな異次元の特異なのかなんて、わたしは興味がないけど。この物理強度だけで尊敬に値するよ」

 

 

『ベルカさんは、ちょっとリョウマくんの好意に甘えすぎじゃないですか? 世界を踏みにじり、人間の歴史を歪めてきた全能者──その残滓(ざんし)が、秩序の守護者(ゼロハンター)を名乗るだなんて馬鹿げています』

 

 

「そうだね、返す言葉もないよ──確認したいんだけど、リョウマを時間のループに巻き込んでいたのは、あなたってことでいいのかな?」

 

 

 ミツキは両手を頭上に掲げて、お手上げのポーズを取った。

 おどけるように少女は言葉を紡ぐ。

 

 

『半分は正解で、半分は間違いです。あたしの意思が影響していたのは、間違いありませんが──思いのままにできるなら、そもそも、あなたたちとお話しする必要がありません』

 

 

「それもそうか。つまりあなたは全能者ではなく、それになりたい外野の観客ってわけだ。事情通で、わたしのやらかしまで把握してるのは驚いたけど」

 

 

 ミツキの返答に、納得したようにベルカは頷いていた。

 びっくりするぐらい話の要領を得なかった。

 リョウマはこのままいい感じに黙っているべきか、悩み抜いた末に──どうせ恥ならもう掻いてるしな、と腹を決めた。

 

 

「どっちでもいい、俺にわかるように説明してくれ」

 

 

「……リョウマ、一応は敵地のど真ん中で緊張感なくない?」

 

 

 呆れたようにベルカはうめいた。

 壮大なSFだかファンタジーだかわからない説明によれば、今の世界を作った超すごい全能者らしい幼馴染み(?)は、何故かリョウマに対して厳しかった。

 

 その理屈だとお前自身の責任じゃないか、と思いつつ、肩をすくめた。

 そんな二人の微妙な空気に対して、ミツキの姿をしたものは、くすくすと笑ってみせた。

 

 

『起きていた事象の本質は、イヌイ・リョウマくんの意識が、過去に戻ることではありません。そうですね、セーブポイントでデータを管理するタイプのアクションゲームを思い浮かべてください。あなたは攻略をミスして死んでしまいました。直前のセーブデータを読み込んで、ゲームは再開されます──ほら、これでもう()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………待てよ、つまり」

 

 

『リョウマくん、あなたは()()()()()()です。かつて存在した最強の全能者が、その願いによって生み出した歪みの結晶──それゆえにあなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、あなたに起こっていた時間のループの真相です』

 

 

「……んなっ」

 

 

 超能力だの全能者だの歴史改変だの、SFオカルト全開の世界に、よもや自分が巻き込まれているとは想定外だった。

 いや、考えてみれば当たり前の話なのだ。

 

 そもそもイヌイ・リョウマの奇妙な冒険の日々は、そうして不可解な死に戻りによって始まったのだから。

 想像よりもスケールが大きかったのは否めないが。

 

 どう反応していいかわからず、リョウマが二の句を継げずにいると──それを庇うようにベルカが前に進み出た。黒色の茨が虚空から現れ、前方を薙ぎ払うように弧を描いて飛んだ。

 爆発。

 

 次の瞬間、無色透明の何かが引き裂かれ、パラパラと目に見えない欠片を振りまきながら崩壊した。

 すごい。

 どうやらベルカとミツキは、リョウマがぼけっとしている間にも攻防を繰り広げていたらしい。

 

 

「要するに──リョウマを取り込んで、自分に都合がいい現実改変をするために利用したいんでしょう? 大方、こっちの世界じゃ小まめな嫌がらせか、大雑把な大災害を起こすかで、思うように動けない化け物の都合ってわけだ」

 

 

『人聞きが悪いですね、ベルカさん! あたしは自分の異能(ちから)に無自覚で、死を引き金にした暴発でしか出力できない、可哀想なリョウマくんを助けたいんですよ?』

 

 

 わからなかった。

 実際のところ彼の目から見て、両者の力の差はさほど実感できていない。押し切れていないという意味では、ベルカが苦戦しているようだが、さりとて圧殺できるほど敵が優勢でもなかった。

 そして何より衝撃的な事実の開示──イヌイ・リョウマが被造物である可能性──で、二人の離間工作を狙ったであろう舌戦は不発に終わった。

 

 

 ──その割に余裕あるな、こいつ。

 

 

 異世界だか異次元だかの化け物に、人間らしい情緒を期待するのが間違いかもしれないけれど。

 リョウマの素朴な疑問に気づいたのか、鈴の音を転がすような声で──ホシノ・ミツキのかたちは笑った。

 

 

 

『まだ気づいてないんですか、リョウマくん。あなたは全能者の卵です、どんな形であれ、今ある世界を変えられる。そうであるならば()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 リョウマは自分の息が止まるのを実感した。

 よりにもよって、こいつがそれを口にするのかと──怖気が走るような感覚が、背筋を駆け上ってくる。

 心臓の鼓動が跳ね上がっていくのがわかった。

 

 

 

 

『起きてしまった惨劇も、犠牲も、絶望も、何もかも書き換えてしまいましょう。あたしならば、そのナビゲーションができますから──信じてください

 

 

 

 

 魔性が嘲笑う。

 彼が必死に飲み込んだ現実の悲惨さなど忘れてしまえと、怪物は甘言を弄するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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