厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった   作:灰鉄蝸

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39:秘密とは素晴らしいものです。

 

 

 

 イヌイ・リョウマはたぶん、人生でも有数の危機を迎えていた。

 頼りにしていた幼馴染みの警護をあっさりとすり抜け、瞬間移動してきて、自分の乳房をまさぐらせてくる謎の美少女──アシュモ・カーダドートの思惑はさっぱりわからない。

 いや、本人が口にしているのだが、どうしてそうなったのかが理解できないのだ。

 つまりこういうことだ。

 

 

「……気分を悪くしないでほしいんだけど」

 

 

「リョウマ」

 

 

 ベルカがよせ、やめておけと目で伝えてくる。

 幼馴染みの懸念もわかった。

 アシュモが思い込みの強い人物だった場合、事実関係を指摘するだけで逆上する恐れもあったからだ。

 しかし少年には奇妙な確信があった。

 

 

 ──たぶん今、ここで言わないとダメなことだよな?

 

 

 なあなあで済ませて、相手を変人扱いするのは誠意が足りないと思った。ついさっき出会ったばかりなのに、子作りを提案してくるぶっ飛んだ女性ではあるけれど──リョウマははっきりさせておくべきことを伝えた。

 

 

「俺とあなたは、()()()()()()()()()()?」

 

 

「あなたの主観において、わたくしとの出会いが初めてである。はい、正確な理解だと思います」

 

 

「んんっ?」

 

 

 アシュモはすまし顔でうなずいた。褐色の肌に生える銀髪が鮮やかな麗人は、その美しい容姿を際立たせるように、ふわっとした温かな笑みを浮かべている。

 困った、異国情緒あふれる美人だ。

 

 そしてリョウマの右手は引き続き、少女の心臓の真上──柔らかな乳房の片割れに導かれていた。

 もといがっつりと固定(ホールド)されている。

 

 逃げられなかった。

 かといって指先を動かして、積極的に胸を揉めるほどリョウマは下心全開になれない。

 というよりこの状況でそうなれるのは、下半身に脳みそを支配されてないと無理だった。

 

 

()()()()()()()()()って──言い方が妙だ。まるでそうじゃないときに出会ってるような」

 

 

 場の空気がちょっと冷えた。

 視線をずらすと廊下の玄関側に立っているベルカが、そっとドアを閉めていた。リョウマが見知らぬ少女の乳房を揉んでいるようにしか見えない光景が、第三者に見られると社会通念上、かなりダメージが大きいからだ。

 

 その思いやりで死にたくなるのは新鮮な気持ちだった。

 金髪碧眼の少女が、力強くうなずいた。

 

 

「リョウマ、どこかでボーイミーツガールしてけろっと忘れてるのは普通に最低だと思う」

 

 

「待てよ、俺に非がある前提なのはおかしいだろ……!」

 

 

「キミ、前科あるからね」

 

 

「根に持ってるタイプの言い方だよな」

 

 

「そんなことないよ!」

 

 

 ベルカはうなずいた。

 優しい微笑みでするっと怖いことを言ってくる、いつものベルカ・テンレンだった。あちこちで女の子にいい顔して忘れてるやつ判定に、リョウマはちょっと泣きたくなった。

 

 えん罪だと喚く気になれないので、おそらく事実関係としてはそっちの認識が正しいのだと思う。

 薄々わかってきたことを、眼前の褐色の少女に告げた。

 

 

「……俺が、忘れてる?」

 

 

「ふふっ、勇者殿。そう怯えなくてよいのですよ? 確かにあなたは忘却の彼方に、我らの世界(ニルスタリヤ)を置いていかれました。しかしそれこそが我らの罪、異世界召喚の秘術の代償なのですから」

 

 

 また異世界もののファンタジーアニメでよく聞く感じの台詞が出てきた。

 ところどころに混じる聞き慣れない単語は、たぶんアシュモが自分の世界の概念として引っ張ってきている単語なのだろう。

 

 めちゃくちゃ気合いの入ったコスプレ虚言癖お姉さんである可能性も否定できないが、その場合、自前でベルカの警護をすり抜けられるほどの異能を持っていることになる。

 それはそれで怖い。

 そんなことをぼんやり思いながら、リョウマは首を傾げた。

 

 

「……どういうこと、ですか?」

 

 

「あなたは天空世界ニルスタリヤに召喚され、虚空の果てより来る悪なる群れ月(フェル・ムーンズ)との戦いを勝利に導いた勇者なのです。その使命を果たした崇高さは(ほま)れ高く、境界を超えての嫁入りが許されるほどです」

 

 

「知らない設定がわっと押し寄せてくる! 俺そんな濃厚な出来事、けろっと忘れるほど記憶力は悪くないと思う!?」

 

 

「ふふっ、戸惑われる勇者殿も可愛いですね……」

 

 

 微妙にねっとりした視線が、リョウマの顔に注がれていた。アシュモはその綺麗な顔に、形容しがたいじめっとした感情を覗かせて──鬼火色(グリーン)の瞳をうるませている。

 

 肉食系の香りがした。

 ここで怖じ気づくと大変なことになる。そんな気がした。

 布地の上からおっぱいに触っている右手で、緊張感に満ちた汗が伝い落ちた。

 

 

「……落ち着いて、話をしよう。リビングでコーヒー……はちょっと時間が遅いか。とにかく、ゆっくり座って話すべきだと思うんだ」

 

 

 焦りすぎて敬語を使い余裕がなかった。緊張感で言葉使いが乱れているのは、自分のよくないところだなと自覚した。

 ともあれ彼の誠意が伝わったのだろう。アシュモ・カーダドートは、彼より頭ひとつ分は低い身長で、何事かを考えるように視線を泳がせ──にっこりとうなずいた。

 

 

「よいお考えです。では勇者殿、そして姫騎士の方。ゆっくりとお話しいたしましょう」

 

 

 アシュモはぐいっとリョウマの手を引っ張って、彼の視線の先にある部屋に進んでいった。

 強い力だった。明らかに体格に勝るリョウマを、さらに身体能力で凌駕(りょうが)している節がある。

 ノリノリの異邦人を見て、ベルカは戸惑うように呟いた。

 

 

「わたしって姫騎士なの……!?」

 

 

 金髪碧眼のご令嬢で戦闘職なので、おそらくきっと姫騎士だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「──つまり我が世界ニルスタリヤでは、異界から勇者の魂を呼び出し、肉体を再構成する秘術が用いられています。一夜の夢を千夜の(うつつ)に入れ替え、異能のマレビトから力を借りる。それが異世界召喚の原理です」

 

 

「おお……」

 

 

 そして十分後。

 お湯を沸かしてノンカフェインのカフェオレ──スティックタイプの粉末で入れるやつ──を人数分作り、リョウマとベルカとアシュモは同じテーブルに着いていた。

 どうやら向こうにリョウマを害する意図はないということで、ひとまずベルカの方も矛を収めた形である。

 

 たぶん水面下ではバチバチに隙をうかがっているのだろうけれど。

 そこに踏み込むと、戦闘では何もできない自分にとっては藪蛇(やぶへび)だった。

 リョウマの右手もおっぱいから解放された。

 

 

『リョウマさんって可愛いですよね』

 

 

 携帯端末からスピーカーモードでミツキの声。たった今、為された言及がリョウマの相づちに対してなのか、おっぱいからの解放に対してなのかは定かではない。

 そこを突っ込むと彼自身のよこしまな思考もバレるので、知らん顔をして受け流すしかなかった。

 間違いなくミツキは今、ニコニコしていそうだった。

 

 

「……つまりアシュモさんの話をまとめると。俺は意識だけの存在として、アシュモさんの故郷に呼ばれて、そこですごく壮大な大冒険を繰り広げ、魔王みたいなやつを倒した……ってことですよね?」

 

 

「勇者殿、他人行儀な敬語はおやめください。あなたにとって、わたくしが初対面であろうと──わたくしにとっては、千の夜をともに過ごした、かけがえのない方なのです」

 

 

「あっうん、わかった。これでいいかな?」

 

 

「はい、とても素敵です……ええ、とても」

 

 

 アシュモがまた、とろりと甘く微笑んだ。それは室内に漂うノンカフェインのカフェオレの香りより、よっぽど甘そうな気配がする言葉だった。

 その所作のひとつひとつに気品があった。

 

 例えばベルカが見せるような、ふとした瞬間の無意識の所作に漂う育ちの良さとも異なって──アシュモのそれは、それ自体が調度品のように絵になるものだ。

 もしかして異世界のお嬢様と、地球のお嬢様が並んでるのだろうか。

 

 自分の右隣に座っている幼馴染みの姿を、ちらりと見やる。

 うつむいて動かなくなっていた。

 

 

 

「ど、どうしたベルカ……死にそうな顔色だぜ!?」

 

 

 

 心配になって声をかけると、のろのろと顔を上げて──金髪碧眼の少女はうなだれた。こぼれんばかりの大きな胸の膨らみが、ローテーブルの端っこに乗っかっている。

 ベルカ・テンレンはとにかくスタイルがいいので、初夏を意識したワンピース越しにもその豊かな乳房がわかってしまう。

 先ほどまで生々しいおっぱいの柔らかさとぬくもりを感じていたから、変に意識してしまって、リョウマは自己嫌悪で死にたくなった。

 

 

 ──節操なさ過ぎるだろ、俺!

 

 

 だらだらと冷や汗を掻くリョウマを横目に、ベルカ・テンレンは魂が抜けたような弱々しい声音でこう呟いた。

 

 

「わ、わたしのリョウマが……知らない間に他の女と仲良くなってる……!」

 

 

「お前のメンタルが弱すぎるだろ!?」

 

 

 どうやらベルカは、今のエピソードとアシュモの発する好意の巨大さから、二人の関係性を邪推して「わたしが先に好きだったのに」と謎の失恋にも似た心情に陥っているらしい。

 困りすぎる。

 

 こっちは身に覚えのない惚気(のろけ)話を披露されて、困惑の最中にあるというのに。

 どうやら最近わかってきたのだが、彼の幼馴染みは恋愛が絡むと、脳みその強度がものすごく低下するらしい。

 今は状態異常でバッドステータスがついている感じである。

 

 

『ベルカさんは可愛いですよね』

 

 

「ホシノさんはいい空気吸う名人だよな」

 

 

『もっと褒めていいですよ!』

 

 

「褒めてはいないと思う!」

 

 

 そしてミツキは元気いっぱいだった。さすがは恋愛インベーダー、いつだって自分が最終的に勝つという自信に満ちあふれている。

 あれもこれも少女たちの可愛げだった。

 

 ベルカ・テンレンもホシノ・ミツキも、イヌイ・リョウマのことが大好きだから──馬鹿馬鹿しいほど大げさに落ち込んだり、天真爛漫(てんしんらんまん)に恋を歌ったりしてくるのだ。

 正直そこまで心開いてくれているのは、少年にとってうれしいことだった。

 なのでやはり、ここで勇気を振り絞って話を聞くのが、自分に通せる筋だと思った。

 

 

「それで、えっと……その夢になって消えたっていう、召喚された俺は……()()()()()()()()()()()?」

 

 

 リョウマが全力全開でかっ飛ばした。

 あまりに衝撃的な言葉選びに、脳みそが砕けて死にそうになっていたベルカすら我に返るほどだ。

 

 マジかよこいつ、という衝撃が表情から伝わってくる。

 一方、ローテーブルの向かい側に座って、綺麗な正座をしている少女──アシュモ・カーダドートは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で、相変わらずの笑みを浮かべていた。

 

 

 

「──どちらだと思いますか?」

 

 

 

 問いかけはそんな問いかけではぐらかされた。

 さて今の答え方はどういう意味なのだろう、とリョウマは考える。

 これが付き合いの長いベルカや感情表現が素直すぎるミツキなら、ある程度、感情の方向性を絞りきれるのだけれど。

 異世界ファンタジーの世界からやって来たという異邦人の感情表現が、どういう文化的なお約束に基づいているかなんてわかりっこなかった。

 

 

 ──お手上げだ、俺に頭脳戦とか心理戦は無理だ!

 

 

 リョウマは内心、音をあげた。

 意外なことに助け船を出してきたのは、ホシノ・ミツキだった。机の上にスタンドで立てかけられている携帯端末が、はっきりと黒髪の少女の声を伝えた。

 

 

『もしリョウマさんが恋人だったなら、そんな風に思わせぶりなことは言わないと思います。だって好きな人の傍に、あたしたちみたいな可愛い女の子がいっぱいいて、嫉妬しないなんて無理だからです』

 

 

 ミツキは際どい話題をぶっ飛ばしてきた。傲岸不遜(ごうがんふそん)の極み、自分のことを美少女だと信じていなければ、口から出任せだとしても言えないような台詞である。

 そしてリョウマは知っている。

 

 ミツキは間違いなく、心の底からこう信じている──イヌイ・リョウマはホシノ・ミツキと()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 力強すぎた。

 これまで攻め手だったアシュモが、一瞬、耳を疑うかのように目を見開いていた。

 

 

「驚きました。彼方より我らを見守る乙女は、かくも傲慢(ごうまん)だったのですね」

 

 

「ホシノさんはそこが持ち味だからな」

 

 

「自慢することなのですか……?」

 

 

 アシュモは首を傾げていた。

 そのときである。

 玄関の方で物音がした。ガチャッと鍵が開く音とともに、ちょっと疲れている女性の声がした。

 

 

「リョウくーん、ただいまっ! ごめん、ご飯もう食べちゃってる──あれ、お客さん?」

 

 

「あっ」

 

 

 イヌイ・リョウマは自分の間抜けさを呪った。そういえばここはイヌイ家であり、同居している従姉妹のツキシマ・センリの家でもあった。

 そしてできるだけ早く残業を切り上げ、彼と過ごす時間を取ろうとしてくれているセンリは、この時間帯には帰ってきてもおかしくなかったのだ。

 

 すべてが手遅れだった。

 そろっとセンリがリビングに顔を出して、視線をぐるっと一周させて──アシュモを見て動きを止めた。

 

 チョコレートを溶かしたような褐色の肌に、見事な銀髪を伸ばしたとにかく絵になる美少女──完全に見知らぬ人物が、リョウマの向かい側でお茶を飲んでいる。

 理解を超えた事象を前にしても、センリの反応は常識的だ。

 

 

「あのぅ、どちらさまでしょうか?」

 

 

 アシュモは微笑んだ。

 

 

「初めまして、見知らぬ御方。わたくしはこちらの殿方、イヌイ・リョウマ様に助けられた異国のものです。一度、お礼をするため、こうしてうかがいました。どうか何卒、よろしくお願いいたします」

 

 

 先ほどの過激すぎる誘惑──いきなり乳房を触らせてくる──が嘘みたいに、アシュモは礼儀正しかった。

 ぺこりと頭を下げて述べた口上は、びっくりするぐらいに様になっている。

 その事実にリョウマは気づいてしまった。

 

 

「…………さっきのって計算尽くだったのか……?」

 

 

「さっきの?」

 

 

 センリが不思議そうに首を傾げた。

 リョウマの方に顔を向けると、アシュモは顔の前に人差し指を立てて──にっこりと微笑んだ。

 

 

「秘密ですよ、リョウマ様」

 

 

 魅惑的な笑みだった。

 きっと甘くて美味しいホットチョコレートを擬人化したら、アシュモ・カーダドートになるのだと思う。

 ようやく言葉を取り戻したベルカが、わなわなと震えながらうめいた。

 

 

「地球は負けないから……ファンタジーに……!」

 

 

 リョウマは突っ込んだ。

 

 

「勝手に負けそうになってるの、たぶんお前だけだ」

 

 

 

 

 

 









・恋愛クソ雑魚生物なので勝手に寝取られ感を味わう幼馴染みヒロイン。
・電話越しに超無礼なマジレスしてくる黒髪ロング超能力ヒロイン。
・セクハラをえっちな雰囲気でしてくる異世界ヒロイン。
・知らん設定が盛られてる主人公(New!)


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