厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった   作:灰鉄蝸

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42:わたくしは淑女ですので。

 

 

 

 ──ヤバいな、めちゃくちゃドキドキする。

 

 

 自己紹介をしよう。

 イヌイ・リョウマには死に戻りという特技がある。

 これは今年の春に自覚したもので、一言で言い表すと死んだときに時間がループするという不思議な異能である。

 たぶんアニメとか漫画とかをたしなむ人種なら、何かしらの作品で似たようなものを見たことはあるはずだ。

 

 

 ──ヤバいな、俺死んだっぽいな!?

 

 

 イヌイ・リョウマはループ能力者である。

 しかし格好いい頭脳戦とか、心理的なブラフを用いた詐術とか、数多くのループ能力者がフィクションの中で見せてきた格好いい立ち回りとは無縁の生き方をしている。

 曰く無思慮(ノンデリカシー)、無鉄砲、クソボケ野郎。

 

 おおよそ事実である。

 耳が痛い。

 ちなみにこれらの罵倒は幼馴染みの少女ベルカ・テンレンの口から飛び出ているのだが、リョウマとしては反感を抱いたことはない。

 そう、自覚はあるからだ。

 

 

 ──クソッ、死んだことはわかるのに何があったかは全然覚えてねえ!

 

 

 重ねて言おう。

 イヌイ・リョウマはループ能力者である。

 自らの破滅を引き金として世界そのものを再構成して、セーブポイントに引き戻してしまうという規格外の逸脱(チート)みたいな異能を持っている。

 

 だが現実問題、リョウマはポンコツ能力者だった。あまりにもしんどい死に方をすると、自分がどういう死に方をしたかすら曖昧になるからだ。

「ちょっと歩いたら忘れるの、鶏みたいで可愛いですよね!」とはホシノ・ミツキの評である。

 

 たぶんリョウマは、アホ面さらしてその辺を走り回ってる犬みたいな可愛がり方をされていた。

 恐ろしいことに駄犬に成り果てても、ミツキは自分のことを溺愛してきそうだった。

 

 

 ──いや、怖いか? ホシノさんによしよしされるのもわりといい感じの未来じゃないか?

 

 

 ──クソッ、俺の思考が混乱してる。

 

 

 ──死に戻りなんて主人公っぽい能力なのに、ふわふわしたことしか覚えてないの困るんだよな!

 

 

 リョウマはかなり緊張感のない男だった。

 いくらなんでも自分の命かかってるのにゆるすぎるでしょ、とはベルカの言だが──返す言葉もない。

 ともあれリョウマはさりげなく腕時計を見た。

 

 入学祝いに従姉妹が買ってくれたもので、防水性と耐衝撃性に優れ太陽光で充電できる優れものだ。

 雑に扱ってもよくて、デザインも格好いいから気に入っていた。

 

 

 ──日時からすると、やっぱりデートの約束の日か。

 

 

 よし、大事なことは覚えている。

 イヌイ・リョウマは現在、異世界から来たという美少女に求愛され、週末のデートを申し込まれたところなのだ。

 

 相手の名はアシュモ・カーダドート。

 長く艶ややかな銀髪に、チョコレートのような褐色の肌をして、やや幼気な童顔にパチパチのまつ毛。

 エメラルドグリーンに輝く瞳が、リョウマのことをじっと見ていた。

 

 

 ──ヤバい、ループのこと考えててアシュモさんのこと忘れてた!

 

 

 少年は慌てた。

 流石にデートの誘いに乗っかっておいて、他所に気を取られているなんて失礼すぎる。

 たった今、命を失ってループしてきたばかりなのに、リョウマはすでに自分の命を勘定から外して考えていた。

 

 その思考のズレっぷりはホシノ・ミツキのリアルタイム読心実況中継によってすべて明かされており、今この瞬間も幼馴染みの少女に頭を抱えさせていたのだが。 

 ともあれ少年は取り繕うように話しかけた。

 

 

「ごめん、今ちょっと俺、ドキドキしてて上の空だった。ごめんな、何の話だったっけ?」

 

 

「ふふっ、勇者殿は可愛らしいですね……わたくしも可愛らしいあなた様に見惚れていましたので……お相子ですね」

 

 

 アシュモは上機嫌だった。

 どうやらリョウマの想定よりもはるかに、目の前の美少女は彼の振る舞いに寛容だった。

 デートが楽しくなかったから死刑みたいなノリではないっぽい。

 おかしい。

 では何が原因で自分は死んだのだろうか。

 

 

 ──ドキドキするな本当に!

 

 

 ──よくわからない原因で死んでるのも命の危機でドキドキするし!

 

 

 ──めっちゃ可愛い子が俺にベタ惚れってのもドキドキする!

 

 

 たぶん吊り橋効果(命の危機でドキドキすると恋のときめきと勘違いするってやつだ)の仲間だと思う。

 頭ではそうわかっているのに、リョウマは悲しいぐらいに思春期を生きているから可愛い子に弱い。

 

 

 ──まずみんな可愛すぎるんだよな! アシュモさんのこと、意識しないで情報収集に徹するなんて心が鋼のスパイじゃないと無理だろ!

 

 

 リョウマはチョロい男なので、ものすごく可愛い女の子に好きだと言われると舞い上がってしまう。

 一途さの対極みたいな節操のなさだ。

 我ながらクソ野郎だとは思うが、今のところベルカのこともミツキのことも大好きになっているし、おそらくアシュモのこともちょっと好きになっている。

 

 

 ──ベルカが今頃、俺のことをめちゃくちゃ罵倒してるのはわかる。わかるけど可愛いのは回避できないからな。

 

 

 アシュモ・カーダドートは異世界からやってきた神官だという。

 見事な銀髪に褐色の肌、その所作のすべてが異世界じみているのは間違いない。

 容姿は幻想的だが、その立ち振る舞いは上流階級の気品みたいなものが感じられた。

 背はリョウマより一回り低いのだが、白いブラウスの胸元を盛り上げる膨らみはしっかりしていた。

 たぶんベルカほど大きくはないが、それでもはっきりとある。

 

 

 ──先日の俺、アレに触ってたんだよな。

 

 

 意識すると恥ずかしすぎて死にそうだ。

 アシュモは今、肩出しのノースリーブのハイネックブラウスにロングスカート、足元はブーツで固めたフェミニンなオシャレをしていた。

 

 女の子の肩ってどうしてこんなにドキドキするんだろう、と思うぐらい、その小さな肩が魅力的だった。

 ちなみにこのダメすぎる思考はミツキによってリークされ、今この瞬間もベルカの脳を破壊している。

 

 

「リョウマ様は可愛いですね……ふふっ、わたくしのどこが気になりますか?」

 

 

「い、いや……俺が下心でデートしてるやつみたいな」

 

 

「下心だけの殿方はご遠慮願いたいですが、下心ひとつ抱かれない女のままというのも面白くないものですよ?」

 

 

「マジか。俺、こういうときは怒られてばっかりだから新鮮だな……」

 

 

「ですから勇者殿は可愛らしいのです。そのように初々しい反応をされてしまうと……はい、いたずら心だって湧き上がってしまいます。よくないことですね」

 

 

 アシュモはニコニコと笑っている。

 まったく困ったことに、リョウマにだってわかるぐらいに今の状況は支離滅裂で怪しいことだらけだった。

 昨日の今日で家に押しかけてきて、無理矢理、自分のおっぱいを触らせて誘惑してくる女性がまともかと言われたら──間違いなく危険なストーカーに分類されるはずだ。

 

 

 ──でも現在進行形で俺にストーカー被害を加えてるの、どっちかっていうとベルカとホシノさんだよな?

 

 

 闇が深い。

 平和な日常に突然ストーカーが襲ってきたというよりは、感覚が麻痺するぐらいヤバい環境に新鮮なストーカーがおかわりされたという感じ。

 

 なのでイヌイ・リョウマとしては、アシュモの行動がかなり危険人物のそれだとしても「そういうこともあるよな」になってしまう。

 年下の男の子に力技でセクハラしてきた初対面の女性、と書くとひたすら犯罪性を帯びるのだが。

 

 

「あー……可愛いって最近よく言われる。でも俺、どうせなら格好いいって言われたいよ。見栄っ張りだからかな」

 

 

「あの姫騎士の方ですか? 地球でも姫騎士を側仕えにしているリョウマ様は、やはり特別な殿方なのですね」

 

 

「んっ!?」

 

 

 深刻な現実認識のすれ違いを感じた。

 リョウマは違和感を問うた。

 

 

「前にも聞いたけど、その……姫騎士ってベルカのことか?」

 

 

「ええ、地球で姫騎士は珍しい職業のようですが、流石に億万長者のテンレン家ともなると違うのですね。あれほど磨き上げられた姫騎士は、わたくしも百年ぶりに見ました」 

 

 

「ヤバいな、俺の常識で受け止めきれない情報量なんだけど……姫騎士って異世界だとよくいるんだ?」

 

 

「はい、勇者殿。我が故郷ニルスタリヤでは、高貴な血筋の異能者が騎士になるのは普通のことでした。高名な姫騎士も珍しくありません。地球は女性の社会進出が遅れているようですので、姫騎士が一般的ではないのも無理はありません」

 

 

「異世界ってリベラルな感じで姫騎士いるんだ……」

 

 

 想定よりも真面目なノリだったので、リョウマは困惑した。

 アシュモなりの冗談かとも思ったのだが、彼女はニコニコとしていて表情がかえってわかりにくい。

 実は異世界ジョークの可能性もあったが、いずれにせよ、リョウマには判別不能だった。

 続けて二つ目の疑問をぶつけた。

 

 

「その……ベルカのこと、どこで?」

 

 

「親切な方々のご助言でリョウマ様の身の回りのことは調べて参りました。その過程でベルカ様のことも知ったのです。いえ、あれほどの姫騎士だとわかったのは、あのときが初めてですが」

 

 

「マジか。ひょっとして俺、めちゃくちゃ調査されてる?」

 

 

「ご安心を。あなた様に執着しているのは、組織の命令などではありません。わたくしはわたくしの意思で、イヌイ・リョウマ様をお慕いしているのですから」

 

 

 きっぱりと明言された。

 ここまではっきりと疑いの余地を否定されると、リョウマとしては何も言えなくなってしまう。

 まず最初に、ベルカ・テンレンから注意されていたことである。

 

 

 ──キミの力を狙って、魔術結社の類が手出ししてきた可能性はある。連中は異能者を神秘に近づく手段ぐらいにしか思ってない。

 

 

 マジかよ、俺の生きてる世界めちゃくちゃ治安悪いな、と思ったものだが。

 イヌイ・リョウマはあくまで死に戻りできるだけの一般人だから、アシュモ・カーダドートの言葉の真贋を見極めたりはできない。

 

 

「降参だ、俺こういう駆け引き向いてないな。そういうの、もっと頭いい奴にやってもらいたい気持ちだ」

 

 

「ふふっ、怪しいと思っている相手に、そのような隙を見せていいのですか?」

 

 

「アシュモさんのことはめちゃくちゃ怪しいと思ってるよ。今でもそうだ。そんでもって、すごく可愛いとも思ってる。だから今はデートを楽しみたい気分かもな、うん」

 

 

 アシュモは最初、それをリョウマの軽口だと理解していたようだが──少年のさわやかな振る舞いが、どうやら本心からのものだと理解すると、視線を宙にさまよわせた。

 チョコレート色の肌がほんのりと色づき、銀髪の少女は恥じらうように目を細めた。

 

 

「……うれしくなってしまいます。わたくしの秘めたる想いを、そのように……」

 

 

「待ってくれ、その……胸を触らせて……子孫繁栄って言うのは秘めてるのか……!?」

 

 

「高まる胸の鼓動が時折、不意に漏れ出てしまうこともあるのです。乙女心ゆえ」

 

 

 肉食獣のような欲望に満ちた視線が、よくない温度を帯びてリョウマに浴びせかけられた。

 自分では清潔感のある服装をしてきたつもりなのだが、少年は今、うっすらと身の危険を感じた。

 ここが駅前の広場で人目がなかったら、服をひん剥かれて押し倒されていた気がする。

 

 

「マジか。乙女心ってそんな危険なエネルギーみたいな感じだったんだ……知らなかった……!」

 

 

「乙女心は強い力ですからね。地球の科学力では現在、核融合までが理論的な限界ですが、ニルスタリヤでは乙女心の実在性も証明されていました」

 

 

「俺の知らない異世界要素が増えてる……!」

 

 

 そしてリョウマは最後に残った疑問を、そっとぶつけることにした。

 話題そらさないと取って食われる気がしたからだ。

 

 

「そういえばさっき、アシュモさんは百年ぶりに本物の姫騎士を見たみたいなことを言ってたけど……あれって何かの例えかな? それとも異世界は地球とは暦の数え方が違うとか?」

 

 

 素朴な疑問だった。

 一日が二四時間で一年が三六五日なのは地球人の常識だし、異世界では百年が全然違う時間単位でも不思議ではない。

 だから本当に雑談のつもりで振ったのだけれど──

 

 

「おや? そういえばリョウマ様はニルスタリヤ人について無知でしたね……失礼いたしました。結論から申し上げましょう。ニルスタリヤでも一年は三六五日です。これは偶然ではなく、この環境の類似性を用いて呪術的原理を適用する勇者召喚の儀式の必然性です。しかし大きく異なる面もあります。つまり……」

 

 

「お、おお……?」

 

 

 戸惑うリョウマに対して、アシュモは花開くような笑みを浮かべた。

 それこそ好きな子にいたずらが成功した子供のような、邪気のない振る舞い。

 とろり、と恋情がこぼれ落ちて声になった。

 

 

異世界(ニルスタリヤ)では……一千年ほど生きている美少女も実在するのです……!」

 

 

「数字がすごく……歴史的だぜ……!?」

 

 

「ふふっ、そこでお年寄りなどと口にしなかった勇者殿が大好きですよ?」

 

 

「アシュモさんわりとツッコミ待ちのタイプなのか!?」

 

 

 リョウマは衝撃の事実に震えた。

 自分がよくわからない死を迎えたことなど、けろっと忘れていたのは言うまでもない。

 遠くでベルカ・テンレンがうめいていた。

 

 

 

 

 ──クソボケ野郎、と。

 

 

 

 

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