「……クソッ、意味わかんねえ死に方だな!?」
イヌイ・リョウマは、死に戻りを自覚した。ぐるっと周囲を見渡すと、そこは駅前の広場。
意味不明に抽象的な女神像が目印の地元である。
急いで携帯端末の画面を見やる。
日付はアシュモとのデートの当日、土曜日の朝らしい。
デートの待ち合わせ時間、十分前だった。
──思ってたよりセーブポイントが近いな?
いつものパターンなら、ランダムに時間が飛んでしまうだろう。
今回は同じセーブポイントに戻されたようだ。
原因は不明。
腑に落ちないなんて生易しいものじゃなかった。
めちゃくちゃすぎる。
覚えているのはただひとつ。
前途多難なハーレムっぽいシチュエーションに苦笑いした瞬間、天変地異が起きてリョウマが即死したという事実のみ。
ついでを言うなら、大地を引き裂く馬鹿でかい触手のイメージだけが脳裏にこびりついている。
──俺の予想じゃ痴情のもつれで死ぬのが一番ありそうな感じだったんだけどな!
そうはならなかった。
リョウマに予想できる範囲で、死に戻りなんて特殊な現象が起きるわけもなかったのだ。
今のところリョウマの死因は、確実にオカルト絡みの非日常的な事件ありきだ。
これが通り魔に刺されたとか、自動車にはねられたとかの現実的な死に方だとどうなのかはわからない。
検証する気もない。
わかっているのは、いきなり都市が消滅するほどの厄災が起きて、跡形もなく自分は消し飛んだという事実だけだ。
足音がした。
気づくと目と鼻の先に、揺れる黄金の髪が見えた。ちょっとした変装ぐらいでは隠しようもなく、華のある容姿の美少女がそこにいた。
ベルカ・テンレンだった。
「リョウマ、死んで戻ってきたそうだね?」
「俺の頭の中を監視するの、便利だよな」
「キミの尊厳と引き換えだけどね」
「わかってるならやるなよ!?」
ベルカは耳の穴にイヤホンを装着していた。どうやら有線式のそれを携帯端末と繋いで、遠隔地にいる超能力者の助力を得ているようだった。
通話中の相手はホシノ・ミツキだろう。
規格外の人の心を読む異能の持ち主だから、鼻歌を歌いながら在宅勤務でリョウマの心を読み取れる。
あとは読み取った内容を、電話越しにベルカに伝えれば──リョウマの死に戻りを即座に知ることだってできる。
頭のいい仕組みだ。
リョウマのプライバシーが息をしてないって事実にさえ目をつむれば。
「まあ、いいや。非常事態だしな。ベルカ、さっき俺は即死した。アシュモさんとデートしてて、途中でお前が割り込んできて、電話越しにホシノさんも混ざって──雑談になったんだ。そしたらデカい触手が振ってきて俺は消し飛んだ」
「途中から意味不明になってない?」
「俺に言うなよ!? ちなみに俺はデートをめちゃくちゃ楽しんでたし、アシュモさんはめちゃくちゃエッチに積極的だし、お前は心が壊れて病む手前ぐらいになってた」
「その情報いる!? なんかわたしの脳みそが不当に攻撃されてる!」
「落ち着けよベルカ。お前が南の島に俺を閉じ込めておきたいと思ってるのも……知ってるぜ?」
身も蓋もない話をすると、リョウマはベルカのことが好きだ。
当たり前の話だが、好きでもない相手だったら、二四時間ずっと監視してくる女の子は心情的にありえない。
そもそも二回ぐらい自分の首を刎ねてきたのに、未だに嫌悪も恐怖も抱いていないのが非常識なのだが──まあそれは置いておこう。
だから「南の島に軟禁したい」ぐらいは可愛い欲望の発露ぐらいに思っている。
イヌイ・リョウマ一五歳。
バカみたいにチョロい男の子は、バカみたいに大物だった。
ベルカは少し気まずそうに目をそらすと、もじもじと恥ずかしそうに呟いた。
「嫌かな……わたしに軟禁されて飼われるの……?」
「なんか一緒にデートするの嫌かな、みたいな雰囲気で押し切ろうとしてないか!?」
「キミと一緒なら……わたしは平気だよ?」
「ちょっとうれしくて恥ずかしいイベントみたいな雰囲気出しても騙されねぇからな……大丈夫じゃないの俺の側だろ?」
「うん……わたしは……へーきだよ?」
ベルカはちょっと恥ずかしそうに病んでる発言をしてきた。
おどけているのだと思いたい。
しかし一方で、ベルカの一途さと情の深さをよく知っていると嫌でもわかる。
──こいつは本気だ!
リョウマは
冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じた。
震える声で問いかけた。
「待てよ、俺の社会生活終わるだろ? 俺にだって学校生活あるんだぜ?」
「もちろんだよリョウマ。わたしだってキミのことを監禁して籠の中の鳥にしたいわけじゃない」
「ああ、だよな。冗談に決まって──」
ほっと一息ついて、ベルカの顔を見やる。ミルク色のなめらかな肌に、西洋人形のように整った顔立ち、見事な自毛のブロンドヘア。
豊かな胸の膨らみは、半袖のブラウス越しにもわかるほど存在感を主張している。
丈の短いキュロットとシューズでカジュアルにまとめられた
野球帽とサングラスの雑な変装では誤魔化せないほど、少女は可愛かった。
ベルカは微笑んだ。
「大学卒業後でどうかな? そしたらキミは南の島に移住するんだ」
「俺の人生設計に軟禁を仕込むなよ!?」
リョウマが叫んだ直後、ベルカは安心したようにうなずいた。
「その様子だと精神状態は安定してるみたいだね、よかった」
「……もしかして俺、リアクションを見られてたのか?」
「当たり前じゃん、リョウマ。流石にこの非常時に私情を優先するほど、わたしは自由に生きてないよ」
「ああ、だよな……南の島の別荘もネタだよな?」
「夏休みにちょっと泊まってみる? 飛行場もあるから、直接、飛行機出せるよ」
ベルカ・テンレンは冗談めかした口調でそう言ったが、リョウマにはわかってしまう。
あの青い目は本気だ。
この話題から救いがなくなった。
おそらく下手なことを言うと、自分の人生設計に南の島に閉じ込められるコースが浮上する。
なんてことだろう。
「不思議だよな、俺の人生にとって脅威度上がってるのに……俺の幼馴染み可愛いからな……!」
「チョロいキミが大好きだよ、リョウマ」
ともあれリョウマは、遠慮なく核心を突く質問をすることにした。
「それでベルカ、お前に心当たりはあるか? 街を一瞬で消し飛ばすぐらいでっかい触手」
「もしかして、わたしが疑われてるわけ?」
「俺の知ってる触手使う人間、お前だけだし……」
「雑にキミを即死させてる容疑者なのに!? うん、確かにわたしって二回ぐらいキミを殺してるね……そっかあ……」
ベルカはため息をつくと、首を横に振って否定的見解を示した。
「残念ながら、アシュモ・カーダドートに口説かれてエッチ五秒前のキミを見て、頭おかしくなったわたしが暴れたと仮定しても──何の予兆もなく都市を消滅させる攻撃は難しい。純粋に要求される異能のスケールが大きすぎて、わたしの出力だと限界があるよ」
自身を度々、怪獣に例えるベルカだったが、そこそこ能力の展開には制約があるらしい。
それもそうか、とリョウマは思う。
春に起きた怪奇事件──ホシノ・ミツキと出会い、その父である怪異を滅ぼすに至った──の経緯を見ていても、ベルカは強いが問答無用で都市をクレーターに変えるような類の異能ではない。
そうなると余計に困った。
「マジか……いや、そうなると痴情のもつれで人類滅亡じゃないだけ朗報なのか? でも俺の死因がわからないままだな、これ」
リョウマは悩んだ。
どうしたものかと苦しんだ末、ふと気づいた。
「そもそも俺、このあとどうすればいいんだ? アシュモさんとデートあるけど」
「気づくのが遅い!」
「そうだな。それで賢い俺の幼馴染みの見解は?」
ベルカ・テンレンは顔をしかめたあと、がっくりと肩を落とした。
少女は周囲をぐるっと見渡して、遠くからこちらに歩いてくる人影を視認──何事かを決意してこう告げた。
「よろこべリョウマ。美人と二股デートさせてあげよう」
◆
十分後。
アシュモ・カーダドートはその可愛らしい童顔に、心からの驚きを浮かべてキョトンとしていた。
喫茶店のテーブルの上に、品のいい所作でコーヒーカップが置かれた。
「事情はわかりましたが……よもや予知能力のお仲間とは驚きました。わたくしに協力を要請するほどの危機なのですか?」
「はい、リョウマとのデートに割り込む形になったのは、本当に申し訳ないのですが──ゼロハンターとして断言します。現在、この都市には明確な災厄が降りかかろうとしています」
リョウマとデートすべくやってきたアシュモに、直接、脅威の存在を伝えて協力者になるよう要請する。
口にしてみれば容易く、実際には難しいことをベルカは即座に決断した。
考えてみればベルカはこの手の怪奇事件の専門家、アシュモはそれと互角に渡り合える異世界人だ。
なるほど、もし協力者になってくれるなら──これほど心強い相手もいないはずだった。
リョウマはそう感心していたのだが。
「……ふむ、少し誤解があるようですね。姫騎士の方、あなたは災厄を回避すべき事象と見なしているようですが、本当にそうなのですか?」
アシュモの返事はあまりかんばしくなかった。
都市を滅ぼす厄ネタ──リョウマの見たヴィジョンでは、二次災害で地球上の文明そのものが死に絶えた──の存在を伝えられても、褐色の肌の少女は、おっとりしていた。
「誤解の余地はないと思います。もちろん、わたしの情報源を明かすことはできませんが──確実にこの都市は滅びます。それによる被害を未然に防止する、という目的に不都合が?」
ベルカ・テンレンはリョウマの死に戻りのことを隠していた。能力の発動条件さえわかっていれば、いくらでも悪質な対策を講じられる類の異能だから、アシュモに対しても情報を隠しているのだ。
リョウマが同席している理由は、単純にアシュモを説得するための材料だからだった。
アシュモは目を細めて笑った。
「より多くの民草を生かすため、異能者は公共に奉仕すべし──ゼロハンターらしい信念ですが、わたくしの見解は異なります。あなた方の抑止する災害は、常に
リョウマの視線に気づいたのか、アシュモは優しい声音で例え話を始めた。
「リョウマ様。例えばの話です。この国では数年に一度、地震や台風で被害を受けて人が大勢死んでいます。あるいは世界のどこかでは、絶えず何かしらの紛争が起きています。ゼロハンターのような特務機関が、こうした災害の犠牲者の抑止や救済に動いたことはありません」
「ええっと……つまりアシュモさんはこう言いたいのか? これからこの街を襲う災厄ってやつが、本当にゼロハンターみたいな組織が動くべきものか怪しいって?」
リョウマが要点を掴んだことに、アシュモは満足そうにうなずいてみせた。
「現時点では如何なる予兆もなく、その未然の防止をするだけの根拠もない。あくまで一介のエージェントの個人的伝手頼りの不確かな情報。それだけを理由にして、多少、魔術が使えるだけの余所者が深入りするわけにはいきません」
リョウマは何を言うべきかわからなくなった。
彼が体験したループの記憶は鮮明だったし、きっと世界を滅ぼすに至る巨大な触手だって本物だ。
この街目掛けて落ちてくる災厄は、間違いなく、そう遠くない未来にこの世界をぐちゃぐちゃにしてしまう。
だがそんな事情を知らないアシュモにしてみれば、怪しげな情報源しか根拠のないイベントなのだ。
アシュモは恋愛については過激で
理性的で自他の政治的立場をわきまえて立ち回っている。
要するにアシュモ・カーダドートが有能であればあるほど、ベルカ・テンレンの要請は一旦、様子見するのが正解になる。
──どうする、俺のループについて明かすか?
ベルカが目で制止してきた。
それは最後のカードだからやめろ、と言いたげな視線。
一度からくりを知られてしまえば、リョウマを殺して世界ごと記憶をリセットする以外にどうしようもなくなる──死に戻りの不便さに、少年は焦りをつのらせた。
──理屈はわかる。アシュモさんは下手に動くと、ベルカのバックとぶつかる類の権力者のお仲間だ。
──だからベルカの突拍子もない話も、裏を取ってから動くしかない。
だけどそれじゃ間に合わなくなる。
喫茶店の店内に設置された壁掛け時計が、淡々と秒針を刻んでいく。
ベルカとアシュモのやり取りが頭に入って来ない。
焦りばかり強まっていく。
具体的に何時何分、あの破滅が襲ってきたのかは、リョウマも詳しくは覚えていないからだ。
確かなのは、おそらくランチタイムに入る前の時間帯──午前中に起きたということだけ。
──次の瞬間、恐るべき衝撃とともにリョウマの肉体は粉砕され蒸発した。