──ループのことを伏せて交渉してたら時間切れで即死した。
そして案の定、セーブポイントはデート直前の時間だった。待ち合わせの十分前、余裕がなさ過ぎて泣けてくる。
自分の思考はリアルタイムで監視され、ミツキを通じてベルカにも伝わっている。
なのでこれまでの出来事を追憶して、幼馴染みの影を探した。
いた。
気づくと眼前に、鮮やかな金髪のポニーテールが見えた。
ベルカは強い意思を宿した瞳で、リョウマのことを見ていた。
「よしっ、リョウマ。早速だけど作戦を変えよう。最初からループのことも含めて、全部アシュモさんに伝える」
リョウマは面食らった。
あまりにも幼馴染みの思い切りがよすぎて、本当にそれで大丈夫なのかと思ってしまった。
彼の思考が表情で伝わったのか、ベルカはにっこりと微笑んだ。
「リョウマ、安心して。キミの尊い犠牲で、検証がひとつできたってことだ。ここから割り切って動こう」
「大丈夫か? 前のループ、お前は慎重路線だったけど」
「わたしたち、時間的に余裕がなさすぎる。これ、明らかにキミの記憶にある二週目より早く死んでるよ──原因に心当たりは?」
「ないな。いや、強いて言うなら……俺が修羅場にちょっとうれしくなったぐらいで」
口を滑らせた。
ベルカのじっとりした半眼、呆れ半分の視線を浴びてリョウマは焦った。
だが、嘘偽りはない。
イヌイ・リョウマは年頃の男子なので、可愛い子にちやほやされると──気分が盛り上がってしまうからだ。
そしてよせばいいのに、思いつきを口にした。
「あとは……俺とアシュモさんの会話が弾んでたのは間違いないな。それでベルカが会話に割り込んで、ちょっと空気が変わった直後に俺が吹っ飛ばされた」
「……難しいね。でも場の盛り上がりっていうのは……きな臭いかな。人間の感情や認識を起点にして、作用する呪いみたいなのはあるから」
「春の事件で、俺たちが真相に近づいた途端にお化けが飛んできたみたいに、か?」
「そういうこと。いくつかの条件を満たすと起動するプログラムみたいな仕掛けだと……リョウマの言ったようなシチュエーションで死ぬのもありえる」
ひどすぎる現実に目眩がした。
問答無用に地元の街を巻き込んでクレーターに変わってしまう死に方も惨いし、その発動条件として、可愛い女の子にドキドキしたりしなかったりが入るのも残酷だ。
いくらなんでも青春に死のにおいがしすぎていた。
「……そもそもの問題として。ありえるのか、一瞬で街を消し飛ばすお化けって。スケールがデカすぎて、前のループじゃ自分には無理ってベルカは言ってたぜ」
「正直な話をするとね、純粋な物理現象として都市を吹き飛ばすのは不可能じゃない。この世界には同じことができる核爆弾が、一万個ぐらいすぐ使える状態──でもそれが、何の予兆もなくいきなり虚空から現れるってなると話は別」
「……
そういうことだよ、とベルカは告げた。
わかったようなわからないような話だが、おそらくこういうことだ──それが異能だの怪異だのがかかわる事件であろうと、被害規模が大きい話には、相応の兆候が存在するのが普通。
今回、リョウマたちが直面しているのは、それが認められないという点が最大の問題らしい。
考えてみると、確かに一番厄介なのはここだった。
もし事前に何らかの兆候がわかっているなら、ベルカの所属組織に対応をうながすことだってできる。アシュモに事情を話して協力を仰ぐことだってできるだろう。
けれど現実にはそうなっていない。
イヌイ・リョウマが死に戻りして、ループによって得てきた情報的アドバンテージ──それがほら吹きの戯れ言ではないと証明する術がなかった。
──分が悪すぎるな、俺。
たぶん唯一の救いは、ベルカとミツキは間違いなく、彼の陥っている危機的状況を信じてくれていることだった。
孤立無援ではないことは、よろこんでもいいはずである。
リョウマはそう思って、強がりの笑みを浮かべた。
「つまり俺の頼みの綱は、ベルカとホシノさんってことか」
「リョウマ、ミツキちゃんから伝言──今度からミツキって呼んでください、だってさ」
「…………マジか」
知らない間に距離を詰められようとしていた。
彼の知らないところで進められている乙女同士の協定を感じて、イヌイ・リョウマは震えるのだった。
◆
そして十分後。
最短最速で
会談場所はお馴染みの喫茶店だ。
頼むメニューは特製ブレンドコーヒーと手作りプリン。
リョウマが覚えている範囲だと、これで三回目になる景色──実際にはよくわからないまま死んでいるから、四週目の世界になるはずだ──である。
褐色の肌を持つ少女は、ほうっとため息をついた。
「……事情は承知いたしました。リョウマ様が時間をさかのぼる異能の持ち主で、すでに三回、理不尽な死に見舞われている。その破滅はこの街を跡形もなく吹き飛ばす災厄、天空から振り下ろされる触手である、と」
そういうことですね、と確認された。
アシュモの
かつてなく真剣なまなざしに気圧されながら、やっとのことで喉を動かした。
「ああ、俺は覚えているだけで二回、蒸発して死んでる。全体像がわからないぐらい、でっかい触手だったと思う」
アシュモはその返答を聞いて、ゆっくりとうなずいた。
それは事実関係を受け入れたというよりも、すでに決まっている
想い人が破滅する未来を聞かされて、動揺するでもなく、
その感情の抜け落ちた応答に、リョウマは底知れない虚無を垣間見た。
「リョウマ様。手短にお伝えいたしましょう──それの名は
「へっ?」
リョウマは耳を疑った。
いや、そもそもアシュモ・カーダドートとの出会いからして、身に覚えのない異世界召喚の話から始まっているのだ。
続く子作りの誘惑にせよ、基本的に耳を疑う話ばかりだった。
しかしこれは、いくらなんでも唐突すぎる。
記憶にない異世界での大冒険の後日談を過ごしているつもりだったのに、いきなり実は魔王は生きていて地球侵略をしてきたのだ、と伝えられた感じ。
現実感が薄すぎる。
「死霊の王って……アシュモさんが言ってた異世界の魔王みたいなやつだよな? ここ地球なのに、なんでそんなのが……」
「理由はわかりません。事前にわたくしが察知できていない以上、
言葉を失ったリョウマに変わって、ベルカが話を引き継いだ。
「対抗策についてご存じありませんか?」
「残念ながら──この世界の文明では、アレに捕捉された時点で手遅れでしょう。この星には結界を張る魔法陣も、天体を砕く矛も存在していません。地球上に存在するすべての熱核兵器を使用しても、
「お話を確認します。その
「はい、そのような理解でよろしいかと」
リョウマが頭がどうにかなりそうだった。
突然、地球滅亡の危機まで秒読みで、どうにもできないという旨の説明を淡々とされているのだ。
正直なところ、アシュモの知恵を借りれば何とかなるはずだと思っていたのだが──想定が甘すぎたのだ、と痛感する。
この期におよんで冷静なベルカとアシュモを余所に、凡人にすぎない自分は焦ることしかできなかった。
金髪碧眼の幼馴染みは、リョウマを
静かにしてこれからする話を聞いていろ、と念押しするような目線だ。
「その
「……よい質問です、姫騎士の方。そうですね、わたくしの予想するところでは、二つに一つ、いいえ、三つに理由が絞られます」
リョウマは鈍いから、会話の流れでようやく察することができた。
すでにベルカ・テンレンは、迫り来る破滅の阻止は不可能であると割り切っている。だから事情通のアシュモから、ひとつでも多くの情報を引き出してリョウマに聞かせようとしていた。
理由は簡単だった。
彼だけはこの場で聞いた情報を、次のループに引き継がせることができる。
ありえないだろ、そんな簡単に諦めていいのかよ──と叫びたくなった。
そんな彼の激情を押さえ込んだのは、アシュモの回答だった。
「
「……はっ?」
「つまり狙われているのは、イヌイ・リョウマかアシュモ・カーダドートのいずれか。あるいは、わたくしたちがそろったことを合図にして、異界より来訪してきた可能性があります」
アシュモの口調には
論理的に導き出される推測として、おそらくこれが正解だから口にしておこう──そういう調子の声音だった。
自分が原因で世界が滅びると悔いるような感情は、一欠片も見せることなく、銀髪の少女は穏やかに微笑んでいる。
ついていけなかった。
リョウマは頭が痛くなってきたので、深呼吸してゆっくり口を開いた。
「……それ、回避する手段ってあるのか?」
「ベルカ様がこうして、リョウマ様に情報を届けさせる方針ならば──おそらく、あなた様は時間をさかのぼって、もっと前の時間軸に戻れるのでしょう? でしたら今日よりも前が望ましい。わたくしたちが出会った日がよいでしょう」
彼の死に戻りは、セーブポイントを任意で決められるような便利なものではない。あくまで無意識の力の発露として、ぼんやりと印象に残っている日時が選ばれるようだった。
なのでアシュモの言うように、確かな選択肢としてそれがあるわけではなかった。
だがリョウマが強く意識していれば、セーブポイントを変えられる可能性もあった。
それに賭けるしかないのだ。
「何日か時間が戻っても、地球が滅びるぐらいヤバい怪獣がやってくる未来は変わらないんじゃないか?」
「リョウマ様、わたくしが諦めているのは、今からでは間に合わないという事実です。
「……本当だと信じるしかない、よな」
衝撃的な内容ばかりだったから、正直、リョウマはすべてを理解し切れているわけではない。
何よりもまず、これから滅びる世界に──ベルカやミツキ、そしてセンリたちを置き去りにする事実に心が打ちのめされそうだった。
そんな彼の動揺を見て取って、ベルカがそっと助言をくれた。
「リョウマ。キミがやり直せば、世界が滅びるタイムラインは上書きされて消える。要するに──くよくよ引きずらず、上手いこと世界を救うことだけ考えてればいいよ」
軽い口調でとんでもない重荷を背負わされた気がした。
そうなのだ。
彼の幼馴染みはとびきり重たいやつで、さらっと何でもないような口調で、巨大すぎる感情ばかり投げつけてくる。
それがとても彼女らしかったから、リョウマは思わず苦笑した。
「お前の期待、重すぎるだろ」
「頑張れ、わたしの幼馴染み。キミの頑張りに期待してるからさ?」
ベルカ・テンレンが柔らかに微笑んでいる。
その天使のような笑みを目に焼き付けたい、と目を見開いて、リョウマは泣きそうな気持ちを抑え込んだ。
何か気の利いた別れの言葉を、口にしようとして。
──次の瞬間、イヌイ・リョウマの肉体は跡形もなく消滅した。