・これまでのあらすじ
異世界からやってきた押しかけ女房(エロコメを熱烈に希望している)に、同居している従姉妹が刀を抜いていきなり斬撃を浴びせていた。
「……どういう状況だよ!?」
リョウマは一瞬、現実逃避で自分を客観視したが、何をどう頑張っても客観性を保てないのでギブアップした。
彼が困惑して叫ぶ間にも、アシュモとセンリの激しい鍔迫り合いは続いていた。
生活感丸出しのリビングは、今やファンタジーっぽい刀剣で斬り結ぶバトルフィールドだった。
「リョウマ、こっち!」
ベルカに体を引っ張られる。
それまでローテーブルに合わせて座っていたリョウマを、常人離れした身体能力でヒョイッと部屋の隅に退避させる幼馴染み。
流石に一般人のリョウマに比べて、何もかもが手慣れていた。
かと思うと、部屋の中心部で怪しげな光が瞬いた。
「我が主神、
「正体現すのが早いね、長生きの化け物はさ!」
「知ったふうな口を!」
リョウマの従姉妹ツキシマ・センリは、どういうわけか異世界人アシュモ・カーダドートと顔見知りのようだった。
それも友達とか知り合いの距離感ではなく、どっちかっていうと宿敵みたいな距離感に思える。
ただでさえ剣が振り回されて危なっかしいというのに、得体のしれない光──魔法だろうか──も加わって何もかもめちゃくちゃだった。
「俺の従姉妹がなんかファンタジー系の武器を使ってる!? ベルカ、お前これ知ってたか!?」
「初耳だね! ごめん、わたしもちょっとわけわからないよ!」
『あたしも今初めて知りました! センリさんの表層記憶はちょっと眺めたことあるんですけど、異世界とか聖剣とか一度も出てこなかったです!』
テーブルの片隅で
リョウマは思わずツッコミを入れた。
「反省しような! さりげなく俺の身内にもプライバシーの侵害するの笑えないからな!」
ホシノ・ミツキは相変わらずだった。
とりあえず道徳的には何一つ褒められないのだが、こういう異様なイベントに巻き込まれたとき、ひとまず事実関係を整理するなら最強の異能者だ。
必死こいてループして情報を集める必要のあるリョウマより、情報収集なら有利かもしれないほどのチート存在である。
──今の今までセンリ姉ちゃんに、異能者だの異世界だのの要素はなかった。
──アシュモの口ぶりからして、たぶん二人に面識はある。アシュモは一周目の世界だと、他人のふりをしてお土産渡して知らんぷりしてたんだ。
確か以前、アシュモ・カーダドートはこんなことを言っていた。
異世界の勇者召喚の儀式では──地球から呼び出した勇者の一夜の夢を、千夜の
ゆえにかつて召喚されたリョウマは、勇者としての冒険の記憶を持っておらず、アシュモの側にだけ一方的に記憶があるのだという。
つまりアシュモの故郷ニルスタリヤに召喚された勇者は通常、地球に戻ってきてもその記憶を持ち越せないのだ。
なんとなくわかってきた。
「……センリ姉ちゃんも勇者として呼ばれたことがあって、その記憶が今になって蘇ったのか?」
リョウマの冴えた推理に対して、ベルカが冷静にうなずいた。
たぶんそういうことだろう、とうなずきつつ、幼馴染みは黒い茨をその掌から出現させた。
黒色の金属の鞭が、飛んできた流れ弾を弾いたのだ。
カカン、と硬質な音。
床のフローリングがえぐれた。
明らかにヤバそうな威力の攻撃が飛び交っていた。
いつの間にかテーブルの上から回収された携帯端末を、ベルカの手から手渡される。
『センリさんの思考は読めますよ。あっ、なんか戦いをやめる雰囲気です!』
ミツキの言葉と同時に、それまでド派手な光とともに斬り結んでいた二人──アシュモとセンリの剣戟は、静かに終わっていた。
それまでやかましいぐらいに響いていた刃の衝突音は、緊張感のある静けさに変わっていた。
いつの間にか壁際に追い詰められていたアシュモに、刀の切っ先を突きつけて、センリが油断なく呟く。
「時巡りの剣はニルスタリヤの至宝、聖剣なんだから──まともに戦ってあなたが勝てるわけないでしょ。降参しなよ、アシュモ・カーダドート」
「わたくしに何を諦めろと言うのです?」
「決まってる。私の従兄弟に手を出すな、千年女帝──どんな悪巧みして、こっちの世界にやってきたのか知らないけど」
センリの通告に、アシュモが薄く微笑む。
刀の切っ先を突きつけられ、絶対絶命の状況にあるとは思えないほどに、銀髪褐色の乙女は大胆不敵に笑っている。
ゆっくりとエゴを貫くように、アシュモは言葉を重ねた。
「悪巧みというのが、そもそも的外れなのですよ。わたくしが望むものが、財力や権力や神通力だとでも? そんなものがほしければ、わたくはずっとニルスタリヤで生きていたでしょう」
「……ちょっと待った、まさかとは思うけど」
「はい、そのまさかです。わたくしはイヌイ・リョウマ様と結ばれるために、この世界に渡ってきたのです。彼の持つ特別な価値など、あなた方が勝手に高値をつけているに過ぎません」
センリの雰囲気が、刺々しい敵対心に満ちたものから困惑混じりに変わっていた。
快活な従姉妹はアシュモから目を離さないまま、それとなく頭を動かしてリョウマに問うた。
「ねえリョウくん、お姉ちゃん実はあんまり事情を把握せずに最短最速で刀を抜いたんだけどさ。こいつ怪しいことしなかった?」
「出会ってからずっと、俺といやらしいことしたいって話以外はしてないと思う。ある意味でずっと怪しいかも」
「
ツキシマ・センリは頭痛をこらえるようにうめき、壁際に追い込んだ異世界人に厳しい目を向けた。
「リョウくん、騙されちゃダメだよ? こいつは千年女帝アシュモ・カーダドート。めちゃくちゃ物騒な神様……
「あなたこそ聖剣に選ばれながら、
「武力とか権力とかを傘にきて、弱いものいじめしてる奴らをボコボコにしただけでしょう? 自分の手下をぶっ飛ばされたぐらいで根に持ちすぎなんだよ」
リョウマは押し寄せてくる情報の多さに戸惑った。
ちょっと整理してみよう。
ツキシマ・センリ曰く、アシュモ・カーダドートは異世界の物騒な神様に仕えているめちゃくちゃ悪いやつらしい。
一方、アシュモに言わせれば、センリこそは異世界の秩序や序列を意に介さず、むしろ積極的に破壊するような真似をしていたらしい。
そして彼女は異世界ニルスタリヤの聖剣に選ばれた存在なのだとか。
──ダメだ、前提としてめちゃくちゃな話が多い!
リョウマとしては「何それ知らん……怖い……」と怯えるしかない情報に満ちていた。
そもそも地球を襲う災厄──悪なる群れ月とかいう宇宙怪獣の脅威に備えるため、リョウマの童貞が云々の話になったのである。
そっちの方だけで頭が痛いのに、実は従姉妹が異世界帰りで聖剣使い、アシュモは悪の女帝みたいな存在だったなんて知らされると、いよいよお手上げだった。
「センリ姉ちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだけどさ。俺たちは今、一週間後ぐらいに異世界からヤバい怪獣が襲ってきて、地球が滅亡するかどうかって話をしてたんだ」
「リョウくん、ひょっとしてこういうの慣れてる? 異世界の記憶戻った?」
「あっいや……俺は何もかも思い出せてないよ。だからセンリ姉ちゃんの聖剣とか、アシュモさんが千年女帝とか、そういうのも初耳だ。でもそうだな、慣れてるっちゃ慣れてる。実はヤバい事件はこれが初めてじゃないし……」
リョウマがそう言うと、センリはわずかに目を細めた。
その表情によぎった感情は、きっと哀切に似ていた。
だがその意味を問いただす暇もなく、年上の従姉妹はヒョイッとその重たげな感情を引っ込める。
代わりにおおらかな微笑みを浮かべて、やれやれと肩をすくめる。
「当ててあげよっか? リョウくんは私に刀を納めて、アシュモと話し合えって言いたいんでしょう?」
「ああうん、そうなるかな……正直、俺は異世界のこととか、何もわからないままだから、センリ姉ちゃんの手も借りたいよ」
こういうときは従兄弟として、お願いをするのが一番だと思った。
イヌイ・リョウマは物理的な殴り合いで、物騒な女の子たちを従わせるような力はない。
そういうことがしたいとも思わない。
結局のところ、彼女たちの善意を信じて頭を下げるのが一番なら、よろこんでそうするのがイヌイ・リョウマという人間なのだから。
「……待ってください。よもや、リョウマ様は……わたくしにこの乱暴者と協力せよ、と?」
アシュモが戸惑い気味に呟いた。
これまでリョウマにはダダ甘だった彼女らしからぬ、苦々しい感情がたっぷりと感じられる表情だった。
さて、どうしたものかと思う。
言葉を間違えたら、たぶんアシュモは協力を拒むだろう。これまでのループで重ねたお喋りで、なんとなくわかってきた。
アシュモは基本的に自分の都合を最優先事項と考えている。
そして何より自分の気持ちや欲望にも正直だ。
たとえ地球の命運がかかっている場面だろうと、リョウマといやらしいことをしたいという欲望をあらわにするほどに。
──センリ姉ちゃんが悪巧みを問いただしたとき、アシュモは隠された目的みたいな概念を笑い飛ばした。
──アレが単なる演技で、実は俺の異能が狙いのハニートラップの可能性もある。
──でもセンリ姉ちゃんの反応を見るに、たぶん真実味があったんだ。
アシュモ・カーダドートは、時空を改変できるほどの全能者の力とか、地球を襲う
おそらく隠しごとは山ほどあって、自分に都合のいいように情報を選んでいるに違いない。
この解釈が一番、これまでのアシュモの言動と矛盾がなく、とにかくリョウマに対する肉欲をあらわにする異様な姿も説明できる。
──センリ姉ちゃんは正義感が強い人だから、そういう人間をボロクソにけなすのもわかるんだよな。
──たぶんアシュモの側も、自分と相性の悪い人間が、めちゃくちゃ強くて排除できないなんて嫌だろうし。
重ねて言おう。
イヌイ・リョウマは異世界で勇者召喚された記憶なんて欠片もないし、アシュモから深く想われる理由も、従姉妹がのぞかせた重たげな感情の
すべてを
それでもなお、貫くべき筋はあると思った。
「人間には自由があるんだよ、アシュモさん。俺たちはたぶん、明日には理由もなく死んでしまうぐらい儚い命だ。それでも、滅びるとわかってて、最善を尽くさないなんて真似はできない」
アシュモの鬼火のように輝くライトグリーンの瞳が、静かにリョウマのことを見ていた。
試されているのだと思った。
心の底から助けを求めよう、そう決める。
「俺の考える最善には、アシュモさんの力がいるんだよ。どんなにセンリ姉ちゃんのことが嫌いでも、なんとかここは抑えてくれないか?」
異様な空間だった。
リビングの調度品や床には穴が空いていて、幾度も斬り結んだせいで壁にも斬撃のあとが刻まれている。
抜き身の刀を持ったスーツ姿の美女が、これまた抜き身の長剣を持った少女の首筋に切っ先を向けている。
はっきり言ってハチャメチャだ。
部屋の隅で固まっているリョウマたち共々、現代の一軒家には相応しくない緊張感に満ちている。
「……弱りました。心の底から憎たらしいと思える女と、肩を並べて力を貸せと。そう、あなた様はおっしゃるのですね」
アシュモは静かにそう呟くと、深々と目を閉じて、ほうっとため息をついた。
まるで遠い昔に過ぎ去った記憶が、まぶたの裏に蘇ったのだと言わんばかりに。
「……変わらないのですね、あなたという人は」
その言葉を聞いて、静かにセンリが剣を腰の鞘に納めた。
ひとまず話し合いができそうな空気に、リョウマはほっと一息ついた。
そしてその瞬間、ツキシマ・センリが困ったようにこんなことを口にした。
「ところでさっき、ベルカちゃんが手から触手出してたんだけど……アレ、何!?」
リョウマはずっこけそうになった。