──ひとまず乱闘の犠牲になったリビングは、綺麗に修復された。
目も当てられない惨状になっていたはずの居住空間を、塵ひとつない元の姿に復元したのは、アシュモ・カーダドートである。
異世界の魔法はデタラメだった。
映像を逆再生してるような景色──明らかにエントロピーとか質量保存の法則とか、そういうものに反してる気がする。
銀髪褐色の乙女は、どこか誇らしげに「すごいでしょう?」と胸を張っている。
リョウマは素直だったので感心してうなずいてしまった。
説明すべき事情はお互いに多すぎた。
なのでリョウマはベルカに説明をぶん投げた──間違いなく一番頭がよくて、センリからの覚えもいい幼馴染みを頼ったのである。
ちょっと情けない気もしたが、見栄を張って話をぐだぐだにするのも気が引けた。
かくしてリョウマとベルカ、センリとアシュモが一堂に会した空間で、手短な事情説明が始まった。
ちなみにミツキは例によってオンライン参加である。
ベルカが説明したのは、リョウマの持っている特異能力、自分の所属する
全能者だのその
すべてを聞き終えたあと、スーツ姿の社会人であるツキシマ・センリはため息をついた。
「…………いやぁ、流石に超能力者とか秘密組織はリアリティなくない?」
「異世界帰りの聖剣使いも
「うーん、言われてみるとそうかな……でもさあ! ベルカちゃんが触手出してバトルするタイプのエージェントってなんか盛りすぎじゃない? 超美人のご令嬢がリョウくんの幼馴染みって時点で、わりとすごいことになってると思ってたし!」
「盛りすぎに関しては……俺もそう思う」
「だよね!?」
従姉妹と同じ感想を抱けたことに、ちょっと安心するリョウマだった。
突然、異世界で無双していた記憶と能力を取り戻したからといって、別人のように変わり果てるということもなく──センリは彼の知るお姉さんのままだったのだ。
そのことに安心感を覚えた。
なお話題にされている当事者、金髪碧眼のご令嬢で異星人テクノロジーの産物で実は全能者の成れの果てことベルカ・テンレンはすまし顔である。
常人なら居心地が悪いはずだが、流石に幼馴染みは肝が据わっていた。
「逆に考えてください、センリさん。地球人を召喚したりする異世界があるなら、地球にだってそういうのに対処する組織はありますよ」
「そうだね、野放しっていうのはぞっとしない」
センリは肩をすくめて、ローテーブルの端っこに距離を取って着席している女を見やった。
チョコレート色の艶々した肌に、流れるような銀色のロングヘア、エメラルドグリーンの瞳が
「おや、自己言及でしょうか? ご存じでしょうか……銃刀法違反というものが、この社会にはあるそうですよ?」
「あなたもさっき抜刀してたよね?」
「おそらく幻覚でしょう。この通り、わたくしは丸腰のか弱い乙女……」
「面の皮ぁ!」
アシュモとセンリは、少し会話を聞いているだけで犬猿の仲だと伝わってきた。
ちなみにセンリは先ほど抜いていた刀──極東地域の伝統的な刀剣によく似た長さとこしらえだが、宝石をはめ込んだような装飾などで異国情緒も漂う──を鞘に収めて、自分のすぐ横に置いている。
明らかに身のこなしが、帯刀することに慣れている人間のそれだった。
時代劇に出てくる武士みたいな挙動を、現代的なパンツルックの女性がしていると、それだけで強烈な印象に残る。
身のこなしが違う、というべきだろうか。
リョウマが知っているツキシマ・センリは、身体を鍛えていたし美人だし性格も明るかったが、決して武道の達人みたいな雰囲気ではなかった。
今のセンリは明らかにその辺の様子が違った。
一言で言い表すと、めちゃくちゃ強そうな雰囲気がある。
「リョウくん?」
ちょっと従姉妹の顔を覗き込んでいたリョウマは、彼女の問いかけを聞いて正気に戻った。
「ああいや、センリ姉ちゃんが異世界帰りって知らなかったからさ……なんか、ちょっとわけわかんなくて」
「そうだねー。私もついさっきまで知らなかった。急に思いだしたっていうか──記憶と一緒に聖剣まで手の中に現れたんだよね。すごくない?」
「……マジで?」
「マジで。本当ね、隠してたわけじゃないんだ。わーっと頭の中に記憶が流れ込んできて、なんかリョウくんが危ないってわかった感じ」
にわかには信じがたい話である。
だが、この証言の裏付けは、奇妙なことにホシノ・ミツキの強力な読心能力のおかげで取れている。
彼女の異能行使に関する
ベルカやアシュモのように最初から読み取れないタイプならともかく、ある程度、記憶を読み取れる相手を誤認することはなかった。
──本人が知らないことは、ミツキがいくら感情や記憶を読んでも知ることができない。
──だから俺の知ってるツキシマ・センリが、今まで記憶を忘却していたのもおかしくはない。
──問題はむしろ、何がきっかけでセンリ姉ちゃんの記憶と異能が戻ったのかだ。
リョウマは恐る恐る問いかけた。
「記憶がなくなってた理由ってわかる?」
「リョウくん、前提がちょっと違うよ。原則として
「んん?」
センリの発した言葉に、リョウマはうなった。
含むところを感じられる言葉だったが、さて、どういう風に質問を重ねるべきだろうか。
素早く幼馴染みが話を引き継いでくれた。
「センリさん。それはつまり、ニルスタリヤの勇者召喚が、元の世界に情報を持ち出せない仕組みということですか?」
「そういうこと。詳しい儀式の原理は、そこの千年女帝さんに聞いてみるといいよ」
キラーパスだった。
センリは明らかに、アシュモがこれまで意図的に伏せていた情報や、大して重要ではないと流していた要素をピックアップして喋っていた。
そう、ぼんやりしていると評されてたイヌイ・リョウマにもわかる。
この二人、仲が悪すぎる。
すでに気まずいリョウマを安心させるように、アシュモが柔らかに微笑んだ。
思わず安心したくなる包容力があった。
「はい、説明いたしましょう。ニルスタリヤにおける勇者召喚の儀は、こちらの世界でいうところの異能の才覚ある魂を、自動的に選別して呼び出すものです。夢見る意識だけを
言い回しが妙にSFっぽいし、微妙に哲学的な問題を感じた。
リョウマは冴えた言い回しを思いつかなかったので、馬鹿正直に率直な感想を投げつけた。
「……それって召喚っていうより、コピー人間作ってるってことじゃないか?」
「はい、ですので……
アシュモは悪びれた様子もなく、きっぱりとそう断言してのけた。
リョウマはその様子に、異世界人との価値観の断絶を感じた──少なくとも意識と記憶と異能をコピーされて、知らないうちに異世界で戦わせられるなんて経験、普通の神経をしていると考えたくはない。
だが同時に、知らない異世界に呼び出された挙句、人生の一部を奪われたりするよりはマシなのか、とも思う。
ちらりと横を見ると、ベルカが厳しい顔になっていた。
たぶん倫理的問題が山ほど脳裏をよぎっているのに、立場上、それを指摘するわけにもいかないという感情。
見ればセンリの方も
おそらくリョウマが考えているよりも、倫理や道徳の上での課題は多いらしい。
だが、ひとまず彼は今の要点を尋ねることにした。
「それって変じゃないか? ならどうして、センリ姉ちゃんは記憶と異能を取り戻したんだ?」
アシュモが口にした異世界召喚の原理は、異世界側で再現すると強そうな人間を引っ張ってきて、現地で再生するというものである。
つまりニルスタリヤでどんな大冒険を繰り広げたとしても、大本のオリジナル──地球生まれの地球育ちの本人には
するとそもそも、地球にずっといたセンリが、記憶を取り戻したり、聖剣使いとしての経験値を得たりするのはおかしい。
そもそも異世界の聖剣が、何故かセンリの手の中にあるのが意味不明だ。
「ええ、その点はわたくしにとっても想定外でした。何事もなければ、わたくしは彼女を刺激せずに立ち去るつもりでした。そもそも何も知らないはずでしたから」
アシュモの持って回った言い回しに、焦れたようにセンリが口をはさんだ。
「リョウくん、たぶんそれはこういうことだよ──私の聖剣、時巡りの剣は時空間を超えて作用する力を秘めている。その力はアシュモたちの想定を超えて、地球にいる私にまでおよんだんだ。本来、ニルスタリヤ人が想定してないバグみたいな挙動ってわけだね」
「……あっ、そっか! そもそもアシュモさんが地球に来てるんだから、別に一方通行の移動しかできないわけじゃない?」
リョウマは突然、暗闇が照らされたかのように気づいた。
アシュモはずっと地球から勇者を呼び出す儀式について話していて、異世界に召喚される流れにだけ触れていた。その説明に限っていえば、地球人が記憶を持ち出せないのは当然のことのように思える。
だが実際には、それを説明しているアシュモ・カーダドート本人が、ニルスタリヤから地球に移住してきたのである。
聖剣のような物品が、地球に流れ着いてくる可能性だって当然あるのだ。
少年の気づきに応じて、アシュモがしたり顔でうなずいた。
「そういうこともあるでしょう」
「その一言で流していい感じなのかな、これ!?」
「わたくしの移住に関しては、極めて例外的な事象なので説明に相応しくありませんでしたから。しかし聖剣がこの世界へ自発的に流れ着いた理由は明白です」
開き直りが早すぎて、事実関係を誤魔化していたと指摘する暇もなかった。
アシュモは話題の転換が上手かった。
リョウマとしては転がされている自覚があっても、彼女の説明に耳を傾けるしかない──間違いなく的確に、情報を出してくれているのはわかる。
そんな彼の様子に満足したのか、千年女帝アシュモはにっこりと微笑んでこう言った。
「かつてニルスタリヤを脅かした驚異、
感心するぐらいに話題が元通りになった。
幾度となく死のループを作り出した元凶。
一週間後の時間軸でこの街諸共、リョウマを消滅させる巨大な怪物──とにかくデカい以外、何もわからない異世界のヤバい敵の名前だ。
破壊規模が大きすぎる上に不意討ちしてくるから、事前対策も何もあったものじゃない。
あのベルカ・テンレンが、ひとまず過去に情報を持ち込ませるという消極的対応しかできないぐらいに手強い存在である。
──もしかして俺のループをきっかけに、センリ姉ちゃんの聖剣も反応したのか?
時空間を
何でもありすぎて頭がくらくらしてきたが、それを言うならリョウマだって
時間を超えるだの空間を弄るだの、正直、平凡な一般男子高校生の頭ではふわふわした理解しかできない
わっと押し寄せてきた情報に、リョウマが何とか適応しようと頭を働かせていると──不意に視界の隅で、センリが目を細めた。
「うん、その話なんだけどね。私も覚えてるよ、
ツキシマ・センリはリョウマにとって尊敬できる従姉妹である。
身寄りのない自分を、若くして引き取ってくれた恩人であり、人格的にも能力的にもお世話になりっぱなしだ。
従姉妹とはいっても、去年の春の崩落事故まで、ほとんど付き合いのなかった
いつだって明るくて、リョウマを
そんな美人の従姉妹が、見たこともないほど刺々しい笑顔で──疑念を表明した。
「──アシュモがリョウくんと接触した途端、
一瞬、リョウマはセンリの言葉の意味を図りかねた。
ただその場に満ちあふれた、緊張感で張り詰めたような空気だけは理解できた。
「
「私が知ってるアシュモ・カーダドートは、自分の欲を最上位の動機にする女だよ。それでリョウくんと結ばれるなら、よろこんでそういうことをするでしょう?」
ようやく話が飲み込めてきた。
アシュモには今、嫌疑がかかっている──リョウマの童貞を奪うため、地球滅亡の危機を演出した疑いを持たれているのだ。
バカみたいな内容の話なのに、地球が滅んでいく景色だけは鮮明に思い出せるから、笑い飛ばすこともできなかった。
まずひとつの文明をそんな理由で滅ぼす人間がいるのかと思った。
そして何より──
「──ヤバいな、俺の童貞で地球が滅びる」
流石に価値がつり上がりすぎている。
インフレの極致みたいなシチュエーションに、思わず緊張感の欠片もない一言が声になってしまった。
それを聞いた瞬間、がっくりとベルカ・テンレンが肩を落とした。
「わたしの幼馴染み、クソボケすぎる!」