厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
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アシュモ・カーダドートが去っていったあとのイヌイ家のリビング。
そこでツキシマ・センリが話し始めたのは、知られざる彼女の過去であり、同時にイヌイ・リョウマとの関わりの発端である。
わかりきっていたことはいくつかある。
まず異世界ニルスタリヤの勇者召喚が、現代社会の基準から見ると倫理的に最悪な誘拐・拉致の類であること。
そしてセンリとリョウマが、アシュモと関係する形で召喚されていたこと。
これらの事実は、今まで聞こえてきた会話から推測できた。
しかし凄まじい想定外でもあった。
──センリ姉ちゃんにとっては高校生の頃の出来事なのに、異世界の俺は高校生ぐらいの年格好だった?
それは時間的なズレである。
てっきりリョウマは異世界召喚というのは、自分が覚えていない過去に起こったことだと考えていた。
記憶にないとしても、いずれかの過去の時点でアシュモと出会い、その過程でセンリとも知り合った──そういう経緯の果てに現在の人間関係があるのだろう、と。
そういうふんわりした理解は、たった今、綺麗に打ち砕かれていた。
センリが言っていることが本当なら、異世界に呼び出された時系列はバラバラで──たぶん地球では相応の年月が経っている二人が、
──クソッ、俺はそんなにSFとかタイムパラドクスとか詳しくないぜ!?
我ながら情けない話である。
アニメやゲームに出てくる天才キャラみたいに、現代物理学について数式を交えて説明できたりはしない。
よってそもそも、自分自身に起きている一連の意識の跳躍が、どういう原理の代物かも説明はできない。
困った。
こういうとき頼りになるのは、やはり超天才で金持ちの幼馴染みに違いなかった。
リョウマはすがる思いで、隣に座っている金髪碧眼の少女を見た。
死体が転がっていた。
「ぐあぁあぁあぁああ…………!」
脳みそを潰れたトマトみたいにぐしゃぐしゃに破壊され、口から陰鬱なうめき声を上げる生き物──ベルカ・テンレンは今やテーブルに突っ伏して、ぷるぷると
かなりダメっぽい。
おそらくベルカは今、あまりにも突然始まったボーイミーツガールによって精神を打ち砕かれていた。
テーブルのスタンドに立ててある
『しっかりしてください、ベルカさん! まるで好きな人を寝取られたみたいな悲鳴です!』
ベルカはその瞬間、むくっと顔を上げて反応した。
思いのほか冷静なコメントが発される。
「……ねえ、どっちかっていうと追い打ちかけてない?」
『気のせいです』
「仲いいな、お前ら……」
ちょっとこの二人の距離感がわからない。
リョウマが呆気に取られていると、ようやく精神の再起動に成功したらしいベルカが、ゆっくりと上半身を起こし始めた。まるで年代物の重機が内燃機関を始動させたかのような動作である。
それはそうとブラウスに包まれた胸は豊満だった。
テーブルの上にちょっと乗っかってるぐらいに大きい。
リョウマは大自然の神秘を感じた。
「おっぱい野郎……!」
ベルカに半眼でじっとりとした視線を送られる。
異論はなかった。おおむねその通りであると認識していた。おそらく否認したところで無意味だ、内心でどう思っていたかはミツキにバレているので、言い訳がましい言動をすると死体蹴りされる可能性が高い。
自分の尊厳を守るための最適解──それは目の前の
ゆえにリョウマは話をそらした。
「聞いてくれ、異世界に召喚された俺が格好良すぎる」
「こっちがびっくりするぐらい……ぼんやりした感想述べやがって……!」
「SF的な超時空ギミックを解説させたいのか? わりとアニメ見てても理解度が低めの俺に? 自慢じゃないがSF映画はいつも雰囲気で見てるぜ?」
「何一つ自慢できないことに胸を張るのはクソ野郎だよ、リョウマ」
ベルカは呆れ半分にごもっともな言葉をこぼすと、テーブルの真向かいに座るセンリに目を向けた。仕事帰りのスーツ姿のまま、神妙な顔で正座している彼女は、黙ってリョウマたちのやりとりを見守っていた。
その粛々とした表情に、リョウマは胸が締め付けられる思いだった。
ついさっきまで考えたこともなかった可能性──果たしてイヌイ・リョウマの従姉妹を名乗る女性は、本当に信用に足る人物なのか──を突きつけられ、その証明のために開示される真実。
いろんなものが自分の許容量を超えている気がした。
何を言うべきかわからず、言葉に詰まったリョウマを余所に、携帯端末越しにミツキが口を開いた。
『確認したいんですけど、ベルカさん。そもそもセンリさんって本当に従姉妹のお姉さんなんですか? 実は何の関係もない人が、従姉妹を名乗って入り込んでたりします?』
「ちょっと待てよ、無神経が極まってないか!?」
『センシティブな話題って、当事者には話しづらいことありますよね。ホシノ・ミツキはリョウマさんのインフラを目指しているので、サポート体制も万全ですよ?』
「インフラって無敵の言い分すぎないか?」
ミツキは態度がデカすぎるが、同時に彼の内心を読み取って、疑惑を代弁してくれていた。
たぶんそれは優しさなのだ。
さりげなく一顧だにされなくなった、リョウマのプライバシーという概念はともかく。
「こうやって既成事実に置き換えられていって、人間は慣れちゃうんだろうな。怖いよな、慣れって」
「リョウマがだいぶ味わい深いコメントしてるけど……まあ、話を戻すね。ミツキちゃんの疑ってるポイントは、少なくともゼロハンターの集めた情報だと問題ないよ。センリさんとリョウマは確かに親戚関係。ただし親兄弟が疎遠になってたから、ろくに顔合わせしたことないって間柄だったみたい」
ベルカ・テンレンは万能だった。
特務機関のエージェント──ゼロハンターと呼ばれる存在であるために、お役所に回ってくる個人情報についてもすこぶる詳しい幼馴染みなのだ。
どうやら一年前に再会して以降、リョウマの身の回りの動向は、彼女によって監視されていたようである。
今さら気づきたくない事実が浮かび上がってきた。
「……俺のプライバシー、どうなってるんだ?」
「リョウマ、見守られる安心感って大事だと思わない?」
「優しさとか安心とかって概念を使って、人間社会をハックする実験でもしてるのか? どっちかっていうと
「見方を変えると
「イカレた
半分ぐらい罵倒みたいなコメントが口からするっと流れ出てくる。笑い事じゃないのに、話していると段々、気分が楽になっていた。
リョウマはどうやら自分が、突っ込みどころ満載のトークに巻き込まれて──それとなくストレスを軽減できるよう、誘導されていると気づいた。
相変わらずベルカらしい話術だった。
バカみたいな話題を投げかけてきて、それに気安く乗っかって喋っていると、不思議と気分が落ち着く。
これまでの一年間、家族が一斉にいなくなった孤独感を埋めてくれたのは、間違いなく幼馴染みのこういう気づかいのおかげだった。
そんな風に三人で話していると──神妙な表情で、センリが口を開いた。
「えっ、ちょっと待って。なんか私が、リョウくんの従姉妹じゃないのに
「そういうことになりますね……」
「ベルカちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだけど……そんなヤバい人、いるわけないじゃん!? 書類を偽造して周囲の人を騙して、従姉妹のお姉ちゃん名乗って家庭に入り込むなんてさ、ありえないよ。完全にヤバい人しかやらないよ、それ」
すごい説得力があった。
たぶんセンリは本気で「社会通念上、そんなこと誤魔化して偽証する犯罪者がいていいわけがない」と思っている。
あまりにも良識的で常識的だった。
ゆえに一同は沈黙した。
──ホシノ・ミツキは出会って五秒と経たずに、想い人を洗脳して恋人になろうとした超能力者。
──ベルカ・テンレンは時間と空間をさかのぼって、人類の歴史すら改変する全能者の申し子。
いずれも人間の感情や思考、はたまた因果律を操って、親しい人間の座に入り込んだ存在と言えなくもない。
なのでセンリが例に挙げた「ありえないこと」に対して、笑えないぐらいに心当たりしかないのだ。
ミツキもベルカもうっすらと「それが可能であるならば、そういうことは実行される」と認識している。
何せ自分自身がその該当者なのだから。
ツキシマ・センリは疑いの余地がなく常識人であり、それゆえに新鮮すぎる
ちなみに渦中の人物──リョウマは、あまりにヤバい女の子に囲まれすぎて感覚が麻痺していた。
うめいた。
「そっか……洗脳とか監視とかって、基本的にまともな倫理観だとありえないよな……すげえ、世界の解像度、上がった気がする……!」
「えっ、リョウくんひょっとしてヤバい感じ? 大丈夫? お姉ちゃん話を聞くよ?」
センリは真顔で、床に置いていた刀に手をかけた。いつでも抜刀できる人斬りの姿勢である。
不味い。
リョウマはここ数日──ループしてきた前の周回を含めると一週間ぐらい──で、いろいろなことを知ったけれど。
センリがこういう顔をするとき、いつも真剣なのは以前から経験済みだ。
そして今は文字通り、真剣を手にしている。
流血沙汰のにおいがした。
「落ち着いてくれ、センリ姉ちゃん。まあ俺は最近ドタバタしてて……うん、ちょっと変わった女の子たちと付き合いあるけど、毎日が楽しいぜ!」
「リョウくんってさ、おおらかすぎて明らかにラインぶっちぎってる女の子も許容範囲に含めるタイプだよね」
「神経質になって拒絶しても仕方ないこと、いっぱいあると思う」
「ダメだよ、リョウくん。厄ネタにモテるんなら、モテるなりに振る舞いは考えなよ?」
ダメ出しされていた。
心なしかセンリの顔に浮かんでいるのは、呆れ半分、心配が半分という複雑な感情である。
こうなってくると鈍いリョウマにも、わかってしまうことがあった。
観念して確認した。
「…………
その瞬間、ベルカとミツキとセンリ、三人の女性陣がそろって沈黙した。さっきまで危うい緊張感が漂っていたのに、今は謎の連帯感すら感じられる雰囲気だった。
複雑怪奇な情勢変化である。
目を白黒させているリョウマに対して、やれやれと肩をすくめてベルカが口を開いた。
「反省しろー、悪癖だよリョウマ」
携帯端末の向こうでミツキがころころと笑っている。
『リョウマさんのカワイイところですね!』
そして向かいの席に座っているセンリは、伏し目がちにため息をついた。
「なんか雰囲気で察したんだけどさ。リョウくんの話に出てくる洗脳と監視って、ベルカちゃんとミツキちゃんだよね? 二人とも好きな男の子に夢中なのはわかるけど、警察沙汰になるアプローチはやめようね。洒落になってないことって、笑い飛ばせるうちが華だよ」
「それは……そうなんですが……」
『すごい正論ですね……』
あまりにも常識人の保護者目線での諭し方だった。
我が道を行くがモットーの少女二人も、その王道すぎる物言いに飲まれている。
リョウマは二転三転する会話の流れに
ちょっと混乱してきたので、考えを整理するために言葉にしてみた。
「さっきまでセンリ姉ちゃんが俺の従姉妹になりすましてる不審者かもしれないって話だったよな。今はベルカとミツキちゃんのギリギリアウトの行為についての注意勧告になったけど」
話の軸がぶれすぎている。
こんなにややこしいことになっているのは、間違いなく事情に精通しているアシュモが、途中退席して逃亡したからだった。
あとから思い返してみると、
わけがわからない。
異世界に勇者召喚するときに時間軸がズレてたなんて、まず想像できない展開だ──こういうややこしい流れになることを見越して、撤退していったのだろうけれど。
アシュモはいい性格をしていた。
そんなことを考えていると、携帯端末の向こうでミツキが声を弾ませた。
『わっ! リョウマさんが
それを聞いて、ベルカが目を細めた。
限りなくどうしようもない生き物を見つけたような温度で、生ぬるい視線がリョウマに注がれていた。
「リョウマ、さりげなく心の距離を縮める路線に入ったようだね」
「静かに指を折るなよ。俺が罪を重ねてるみたいだろ」
「安心していいよ、わたしは寛大だから」
「指を何本折るとアウトになるのか、事前通告あるか?」
「超過する前提で話しやがって……!」
何もかもが、ぐだぐだすぎる流れになっていた。
いつも通りのやりとりを目にして、ツキシマ・センリは得心がいったようにうなずいた。
「
この一言が一番効いた。
優しく見守るような慈悲と、そういうところは本当に悪いという実感がこもっている。
間違いなくえげつないダメージが入ったので、イヌイ・リョウマはうめくしかなかった。
「待ってくれ、俺に対してみんな、優しくなるべきじゃないか!?」
たぶん生ぬるい方向の優しさがあふれていた。
つらい。
ミツキ「センリさんは従姉妹になりすました他人なんですよね!?」
センリ「そんなヤバい人いるわけないじゃん……(ドン引き)」
ベルカ「……そうですね!(心当たり多数)」
絶対に笑ってはいけない洗脳も世界改変もあるラブコメ。
なお当事者がぼんやりしてるとセーフ判定が出る。