厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった   作:灰鉄蝸

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6:ガールミーツガール!

 

 

 

 笑顔とは獣の威嚇(いかく)に似ている。

 そんなことをイヌイ・リョウマは思った。隣にはあまりにも目立つ金髪碧眼、スタイル抜群で胸の膨らみも豊かな美少女が一人――そう、何を隠そうベルカ・テンレンである。

 

 恐ろしいことに大卒であり、学士号も取得済みのティーンエイジャーである。

 飛び級の天才ってすごい。こいつが幼馴染みである一点だけは、イヌイ・リョウマの人生において非凡と呼べるポイントかもしれない。

 

 

 

「はじめまして、リョウマの幼馴染みのベルカ・テンレンです!」

 

 

 

 ベルカはちょっとたれ目で、優しい顔立ちの美人だった。なので微笑むとすごく優しげな雰囲気になるのだが、そういう容姿の良さで誤魔化せない程度に――猫科の猛獣が縄張りを主張するような迫力があった。

 幼馴染みは青いジャケットに白のショートパンツがばっちり決まっていた。

 超可愛いのだが、剣呑さを打ち消せるわけでもない。

 

 リョウマは口を開くべきか否か迷って、最終的に閉じることを選んだ。

 ミツキに超能力みたいなものを抜きで、ベルカと向き合ってほしいとお願いしたのに――その自分が口をはさんで小細工を弄するのは、筋が通らないと思ったのである。

 

 お花見日和だった。

 柔らかな春の日差し、満開の八重桜、広げられたブルーシート、軽食が入ったランチボックス、ペットボトル飲料と紙コップ。

 その中央に座るリョウマは、自分の左右に座する二人の美少女を見た。

 

 金髪碧眼の幼馴染み、長い黒髪に色白の同級生――綺麗な子が二人も、自分に対して好意を持っている状態で隣にいる。

 たぶん本当はうれしいことのはずだった。

 

 

――うおおおぉおお、圧迫感がすごい!

 

 

 もちろんリョウマはへらへら笑っていられるほど楽観的ではなかった。

 ベルカのうなり声が聞こえてきそうな笑顔と、それをじっと見つめているミツキ――わずかな沈黙があった。白い頬をほんのり染めて、ミツキはほうっとため息を漏らした。

 

 

 

わあ、綺麗な人――

 

 

 

 ミツキのふわふわした一言は、おそらく如何なる擬態もない本心からのものだった。

 ベルカは予想外の不意討ちを受けて、するりと素に戻った。

 

 

「ありがとう、ホシノさんも可愛いよ! ものすごく絵になるね、桜の花に綺麗な黒髪の子! ……よく考えると、わたしたちを侍らせてるリョウマって邪悪じゃない?」

 

 

 一瞬で風向きが変わった。

 幼馴染みは見知らぬ少女に対して好意を示すと同時に、この奇っ怪なお花見の元凶であるリョウマにその矛先を向けてきたのである。

 こいつ情緒不安定すぎる。

 リョウマは戦慄した。

 

 

「待てよ、お花見の発案者はお前だろベルカ」

 

 

「でもわたしとホシノさんを両手に花して、桜を見ながらご飯を食べようって計画に合理的な理由ってないよね? 誰に対して義理立ててるのかわからないし、これ、やりたいことが全然わからないんだよね」

 

 

「ハシゴ外すのが早すぎる」

 

 

 ものすごい勢いでリョウマは掌返しを受けていた。

 ひょっとしてミツキが例の超能力で洗脳でもしたのかと思った――横目で左隣を見ると、少女はふるふると首を横に振っていた。軽食のサンドイッチを美味しそうに頬張っている。

 

 つまりベルカの恐るべき言動は、この幼馴染みの素らしい。

 困った、こいつはたぶんそういうことをする。まるでターゲットをロックオンしたミサイルが、発射された五秒後に一八〇度ターンして戻ってきたような大惨事である。

 もぐもぐとサンドイッチを咀嚼(そしゃく)して、ミツキが口を開いた。

 

 

「待ってください、イヌイさんは悪くないです。たぶん、あたしが美人すぎるので……一対一のお友達付き合いに危険を感じたんだと思います!」

 

 

「自己肯定感が高いね、いいよ、そういうノリ好き!」

 

 

 怖い。

 ミツキもベルカも、なんだかよくわからないが意気投合していた。

 ちなみにリョウマがこのお花見を承諾して、場所を見繕ったことに大した理由はない。

 強いて言うならば今が四月だったからだ。

 

 高校一年生のスケジュールはあっという間に過ぎ去っていく。つい先週に入学式があったかと思えば、来週には研修合宿があり、入部する部活を決めねばならない。

 そして桜の花の見頃はひどく短い。

 

 うかうかしているとゴールデンウィークになってしまうし、満開の桜は来年までお預けになってしまう。

 そして万人に来年の桜の花がある保証はない――それだけである。

 

 

「仲よさそうだな、二人とも……俺の杞憂(きゆう)だったなら、その方がいいけど」

 

 

 ベルカもミツキも正直なところ、恐ろしく個性(アク)が強い言動をする。なのでこの二人が出会ったとき、どんな反応をするかは未知数だった。

 にもかかわらずミツキとの対峙に、ベルカを巻き込んだのは――リョウマ自身の甘えだった。

 

 そう、彼の幼馴染みは冷静(クール)聡明(クレバー)だ。頭脳も精神も非凡な人間だから、ひょっとしたら彼には出せない解決策だって見つけてくれるかもしれない。

 そういう期待はあった。

 だが、女の子二人の純情を弄ぶクソ野郎と言われると言い返す術が見当たらない。

 

 

「……そうか、俺って今、クソ野郎なんだな」

 

 

「そんなことないですよ、イヌイさん! 大丈夫です、あたしがこう、いい感じにふわっと印象操作しておきますよ!」

 

 

「フォローしきれてない……!」

 

 

 リョウマは笑った。

 たぶん超能力なんかなくても、隠し事抜きの付き合いはできると思った。

 そして彼の感傷も、人の心を読み取れるホシノ・ミツキはすぐに知ってしまうから、言葉に出す必要がなかった。

 それゆえに少女は、少年の想定を上回る速度で――話を進めてしまえた。

 

 

「イヌイさんがどうして、お花見したかったのかはなんとなくわかるんです。だって来年の桜は、今年の桜とは違いますから。今のうちにできる思い出作りは、まだ仲良くなくてもしていいんです」

 

 

 呟いて、真っ白な雪のような肌の少女は、ベルカ・テンレンの顔を見た。透き通るような視線に込められていたのは、敵意ひとつない純粋な疑問だった。

 

 

「じゃあどうして、ベルカさんはお花見がしたかったんでしょう? あたし、それだけがどうしてもわからなくて――知りたくなりました」

 

 

 奇妙な物言いだった。

 ホシノ・ミツキは超能力者である。それも極めて自動的に、周囲の人間の思考がわかってしまう類の存在だという。

 ならばベルカと顔を突き合せている時点で、その考えだって読み取れるはずだ。

 リョウマの戸惑いを余所に、ベルカは静かに頷いた。

 

 

「そうだね、ホシノさん――わたしはね、ちょっと諸事情でリョウマに対して過保護なんだけど」

 

 

「俺とお前、幼馴染みだよな?」

 

 

「ククク、学歴でも資産でもわたしが格上だけど!?」

 

 

「そこから保護者面する流れがよくわからんって」

 

 

 おそらくベルカ流の照れ隠しである。もし週刊連載のラブコメ漫画だったら一〇週ぐらいでヒロインの座から脱落してそうな言動ともいう。

 少年が死ぬほど失礼な思考をした瞬間、ベルカはその青い瞳にひんやりとした鋭さを宿した。

 

 

「リョウマ、わたしに対して失礼なこと考えてない?」

 

 

「まあ待てよ、まだ何も言ってない」

 

 

「さあ、言え!」

 

 

「ベルカ、人間には自由がある。最低な感想でも、頭の中で唱える分には自由だからな――これは何者にも侵害できないと俺は思う」

 

 

「暗に失礼なこと考えてたのは認めてるよね?」

 

 

 ため息ひとつ。

 ベルカ・テンレンは抜群の美少女であり、天才であり、自我もやたらと強い女だが――こいつはこいつで何かと苦労している。

 

 父親のこととか、一族の権力闘争とか、資産家の家なりの苦労はあるらしかった。

 つまるところ庶民であるリョウマにとっては、遠い世界の出来事なのに、それがよく見知った少女の実家という点で他人事ではないのだ。

 

 奇妙な縁だった。

 そしてリョウマがベルカの理解者であるように、彼女もまた、彼の理解者だった。

 

 

「話を戻そうか。ホシノさん。わたしはね、キミを見に来たんだよ」

 

 

「あたしを?」

 

 

 小首をかしげたミツキはぞっとするぐらいの美人なのに、童女のような無垢さを秘めていた。

 ベルカは金色のまつげで縁取られた目を細める。

 

 

 

「ホシノ・ミツキさんが――イヌイ・リョウマにとって、危ないか危なくないかを見に来た感じかな。本心を言うなら、わたしはこいつに最高の青春を送ってほしいわけ。もちろん最高の青春には、素敵な友達とか素敵な恋人が必要だと思う。それだけだよ」

 

 

 

 思いのほか湿っぽい台詞だった。

 イヌイ・リョウマはこれまで、ずっと悪友じみた距離感で付き合ってきた少女のこぼした言葉に――何も言えなくなった。

 うかつな反応で茶化すのは躊躇われる重さがあった。

 

 だが、かといって即断即決して、その情念に答えられるほどリョウマは人間ができていない。

 ゆえに。

 この場で一番早く、ベルカの言葉に反応したのはミツキだった。

 

 

 

「それって変じゃないですか? イヌイさん、ベルカさんのこと大好きなのに。どうしてベルカさんが、最高の青春を送らせてあげないんです?」

 

 

 

 恐ろしいほどストレートな問いかけだった。

 さらっとリョウマがベルカに抱いている好意を肯定しつつ、その恋人の座を狙っていることを隠しもしない異様さ――まともなコミュニケーションの場だったら、間違いなくその場が凍り付くような台詞だ。

 

 だが、ベルカは怒らなかった。

 代わりに黄金色の少女が浮かべたのは、複雑な感情の入り交じった笑み。

 

 

「初対面でそこ突っ込まれるとは思わなかったぁ」

 

 

 そしてにっこりと笑って、勢いよく立ち上がった。

 

 

「お手洗い行ってくるね~、近場のドラッグストア行ってくるから。なんかほしいものある?」

 

 

「じゃあアイスクリーム頼む。バニラのやつ」

 

 

 リョウマは真顔でお使いを頼んだ。

 気遣いではない。

 本気だ。

 

 

「リョウマ、今の流れからマジで買い物頼むのヤバくない?」

 

 

「俺も混乱してるところだ、落ち着けよベルカ」

 

 

「ふてぶてしいなあ、わたしの幼馴染み!」

 

 

 ベルカ・テンレンは今度こそ、作り物ではない本気の笑顔になって笑った。

 リョウマはいつだって、ベルカのそういう笑顔が好きだった。叶うことならば、こいつが作り笑顔をしなくていい世界であってほしいと思う。

 

 それはたぶん、ミツキが出会う人間をすべて洗脳しようとするのと同じぐらい、傲慢な考えだった。

 ともあれ、少年の思考は隣の少女にバレバレだった。

 幼馴染み同士の湿っぽい距離感を見せられても、ホシノ・ミツキは動じていない。

 ちょっと肝が据わりすぎていた。

 ベルカの後ろ姿が見えなくなったあと、黒髪の少女はわくわくと声を弾ませた。

 

 

 

「ベルカさん、面白い人ですね。隠し事ばっかりなのに、全然隠す気がなくって――あたし、ああいう人、大好きです!」

 

 

 

 ミツキは無邪気だった。

 たぶんその好きは、美味しいハンバーグが好きとか、イチゴのショートケーキが好きとか、そういう種類の好きと同じだ。

 リョウマが口を開こうとした瞬間、ミツキはふと、こんなことを呟いた。

 

 

 

 

でもあの人、本当に人間ですか? 全然、思考が読み取れないなんて初めてです」

 

 

 

 

 イヌイ・リョウマは絶句した。

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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