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これは別段、世界の秘密とか隠された真実とかではない。
新大陸西部の乾ききった大地、南北に走った山脈によって区切られ、乾ききった荒涼とした砂漠の一角。
そこには連邦空軍の機密施設が存在している。
軍隊には秘密が付きものであり、そういった秘密の事柄――新兵器の実験だとか、試作兵器のテストだとか、そういう類の物事――をあつかっているのだという。
この施設の通称がエリア51だ。
当然のことながら基地の敷地は立ち入り禁止、撮影も禁止、周辺空域も飛行禁止――如何にも物々しい軍事施設らしい場所である。
だが、特定の界隈においてエリア51とは、そういうミリタリー的な意味合いで引用される言葉ではない。
――曰く、異星人の宇宙船が運び込まれた秘密研究施設がある。
――曰く、実在する異星人との秘密取引が行われている。
――曰く、連邦政府と異星人の密約の決定的な証拠がある。
エリア51という言葉に紐付けられるのは、そういう荒唐無稽なオカルト話と陰謀論のミックスされた何かである。
宇宙人だなんて誰も本気にしないだろう、と思うのは二一世紀人の発想である。
二〇世紀では違った。宇宙人の存在がまことしやかに語られ、その存在に民衆が熱狂する一時代というものは確かに存在した。
エリア51にまつわる数々の与太話もまた、そういう類の物語である。
あるいは今日日、政治すら揺るがしてしまうようなデマやフェイクニュースと結びついた陰謀論すら――元を辿れば、この手合いの荒唐無稽な夢想と繋がっている。
つまりエリア51とは実在の軍事施設であり、同時にエイリアンを信じる皆様方にとっての聖地なのだ。
「…………な、なるほど?」
イヌイ・リョウマは目を泳がせていた。
エリア51という単語がいまいちピンとこなかったため、首を傾げていたのである。なのでベルカ・テンレンは親切にもエリア51という単語の内包する意味合いについて解説してあげたのだ。
それが上記の目が滑るような長文なのはさておき。
金髪碧眼ポニーテールの美少女は、その豊かな胸をうつむかせ、そっとため息をついた。
「何が悲しくってわたしはUFOオタクどもの
「すまん、っていうか今の説明聞いても……お前の正体が全然わからないんだ。つまり連邦政府とか連邦空軍絡みなのか?」
「おいおいリョウマ、わたしが堅苦しい政府の有能エージェントに見えちゃう? 見えちゃいます?」
「まあ天才だし、そういうこともあるんじゃないか? ただでさえ経歴が過積載なのにさらに盛られてる感じはする。飛び級の大卒で金持ちで美人で政府のエージェントってもう路線が行方不明だよ」
肯定された。
ベルカは幼馴染みの少年の、こういう素直すぎるところが好きだった。
それはそうと照れる。
「ううっ、ちょっと照れる……いいよ、もっと褒めていいよ!」
「待てよ、でも
リョウマの顔に疑問符が浮かんでいた。察しが悪い、とは言うまい。
昨日の今日、超自然的な怪奇現象に巻き込まれた少年が、いきなり正解にたどり着けたらそれこそ驚きである。
にやり、とベルカは笑った。
「鋭いぜワトソンくん、褒めてあげよう――でも解答としちゃ零点だね。優しいわたしはもちろん、模範解答を教えてあげるけど」
そしてつまるところ、ベルカ・テンレンとは何者であるかの正解を――
「――昔々、宇宙から落ちてきたものがあった。それは異星人のUFOかもしれないし、はたまた異星人そのものかもしれない。そういうよくわからないものが、新大陸で発掘されたのがすべての始まり。それは地球生命の誕生以前から存在することが明らかで、数万年前に地上に堕ちてきたものだった」
リョウマは絶句した。少年はしばしの間、ぽかんと口を開けて間抜け面をさらしていた。
そして理解が及ぶと同時に、形容しがたい表情になってうめく。
「はっ? いや、お前、何を言って……」
「そして何かあると聖書に結びつけるのが大好きな、信心深い科学者たちは――それを堕天使になぞらえた。天上の星々からやってきて、我々を
ベルカは歌う。
まるで恋歌を口ずさむように、自分自身の出自にまつわる物語を好いた男の子に聞かせていた。
別段、守秘義務があるような機密事項ではない。
それはあまりにも現実離れしていて、この世に満ちあふれた数多の陰謀論の中に埋もれる物語でしかないから。
如何なる組織も、如何なる権力も、それを
その代わりにただ、彼らは人々が信じたくなるようなフィクションを創作した――国民をエイリアンに売り飛ばす邪悪な政府機関、銀河の彼方から呼び掛けてくる善良なエイリアン、正義の心で一致団結して終末に立ち向かうべき。
かくしてすべては、曖昧な狂気の中に埋もれた。
ベルカが語っている真実は、本質的にそれらと何一つ違わない。
誰にも本当のことだと証明できないから、誰にも隠す必要がない物語だ。
「
ベルカは幼馴染みの顔を見た。突拍子もない話を聞かされているにもかかわらず、少年の表情はどこまでも真剣だった。
ゆっくりと
「……その実験成果がベルカなのか?」
おおよそ幼馴染みの女の子について語るとき、余人の口から出るはずもない単語だった。
金髪碧眼の少女は、その青い瞳に大きすぎる激情を秘めて、大国の発展と共に紡がれてきた凄惨な人体実験の歴史を続けた。
「そういうこと。宇宙から堕ちてきたものが
ベルカの
たぶんそれは普通、イヌイ・リョウマのような少年が、自分の人生を生きていて直面するようなものではない。
失敗したな、とベルカは思う。
もっと柔らかにそれとなく、事実だけを伝えることだってできたはずだ。
でもベルカ・テンレンはそうしたくはなかった――ドキドキと高鳴る心臓は、どちらかといえば、眼前の少年の下す
――とんでもないほら吹きの馬鹿だと軽蔑されるだろうか?
――おぞましい人体実験で生まれた怪物だと拒絶されるだろうか?
――リョウマにとっての自分は、その命を何度も奪い、ホシノ・ミツキを無残に殺害した存在なのだから。
正直なところベルカにも、何故、リョウマの語る
前提条件がわからないからだ。
しかしながら、かかわってしまった人間を、丸ごと狩り殺して封鎖しなければいけない怪異は実在する。
その手合いの
そのようにベルカは思考する。
「――リョウマ。わたしはね、理由があればキミを殺せる人間なんだよ。その能力と意思は、確かにわたしに備わっている」
沈黙。
イヌイ・リョウマは一度もベルカから目を逸らさなかった。
様々な感情がそこにあった。驚愕、疑念、混乱――そのようなものが茶褐色の瞳をよぎっていき、それらは瞬きする間に消えていった。
驚異的な意思の力がそこにあった。
彼は一度、目を閉じると、深呼吸して。
「ありがとうな、話してくれて。正直、まだ全部を飲み込めたわけじゃないが――
駆け引きもクソもなかった。
イヌイ・リョウマは愚直すぎるほどにお人好しで、どうやらベルカ・テンレンの語った与太話としか思えない何かを――
その愚かさに呆れ果てながら、少女はこみ上げる歓喜を抑えきれなかった。
皮肉を言おうとして、弾む声を誤魔化せない。
「バッカだなあ、キミは」
ベルカは微笑んだ。
・話は通じるが湿度と重力もすごいグラビティ幼馴染みヒロイン(改造人間)←New!
おそらくこういう「よしっ、楽しく話せたな!」を重ねてヤンデレヒロインをあちこちに作ってそうな男。