宇宙ってあるのかな?   作:MarchM

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翌日、シュウに誘いのメッセージを送った。

即座に「オッケー」と返ってきたので、事前に10万リルもする許可証を購入し、王都の墓標迷宮で待ち合わせることにした。

 

◾︎アルター王国〈墓標迷宮〉

 

墓標迷宮は都市内部にありながら、歴史的記念構造物とダンジョンが融合したような奇妙な空間だ。

文化史的にも興味深い。死者の記憶と冒険資源を結びつける設計思想は、宗教観と娯楽の融合という意味で極めて現代的だ。

 

「久しぶりだな」

「そうか?」

 

「最近どうだ?」

「まあ、ぼちぼちだ。ただ、ティアンがNPCとは思えないほど完成度が高いのが興味深い」

 

純粋に人工知性体としての完成度が高すぎる。

人間の行動統計モデルと感情シミュレーションの組み合わせとしても、現行理論の数世代先を行っているような完成度だ。

 

「確かに。俺もティアンをNPCとして扱ったことはないな。外部観測者の認識次第で、ティアンは“本当の生命”になり得る。マスターがどう見るかで戦争すら起きそうだ」

「あり得るな」

 

人工生命の認識問題は哲学・倫理学・法学の交差点にあるテーマだ。

認知主体が主体性を認めた瞬間、社会的存在論が変わる。

 

「シュウはティアンを人間だと思うか?」

「すぐに否定できない時点で、もう心のどこかで人間だと認めてるんだと思う」

 

彼の声色に微妙な感情の揺らぎがあった。

経験的事例があった可能性がある。

 

「本物の人間かAIか。判別不能なら、それは実質的に人間だ。存在論的議論の余地はない」

「そうだな」

「結局、認識主体の判断が現実を規定する」

 

この問題は哲学的には「心身関係論」と「他我問題」に連なる。

科学者でありながら、哲学的問題が実証環境で再現されている状況は奇妙な感覚だ。

 

会話の流れで汚いモンスターが登場し戦闘開始――となったところで、重要な事実に気づく。

 

「……戦闘職持ってなかったな」

 

「はあ?なんでここ誘った」

「ずっと図書館にいたから忘れてた。」

「ジョブは?」

「【数学者】と【哲学者】」

「前出るから隠れとけ」

 

そう言ってシュウは手部搭載砲を発射し、モンスター群を処理していく。

火力密度と弾道制御が洗練されている。

モンスターが弱いのか、シュウが異常なのか判別困難だ。

 

「エンブリオ使わずにやれよ。」

「まあいいけど」

 

構えを取り、蹴撃でモンスターを粉砕する。

 

やはりシュウの動きは美しい。身体制御が異常に洗練されている。

武術には元来一種の芸術的側面もあるのだ。シュウのような熟練者の動きを見てるとそう強く認識する。

 

バレエもたまに見るが、あれは動きも体も曲線美が強調される。

簡単に言えば儚い主体的な美しさがある。

武術にもあらゆる動きに腰や腕の「円回転」という曲線運動もあるが、それ自体には注目せず、荒々しくも繊細な動きと、終わりの静止に奔る空気の締まりとのコントラストに美しさを見る。

バレエのような美しさとはまた違う美しさが好きなのだ。

 

そして芸術に特化した演武というものは生で見るととてつもない迫力をもたらす。無意識のうちに手を拳にして汗を握っているのだ。

 

「エンブリオ使うより生身の方が強くなるのではないか?」

「かもな。そういえばお前のエンブリオは?」

「まだ孵化してない。既に存在を忘れていた。」

 

「紋章あるぞ」

「うん?」

 

確認すると卵は消失していて、代わりに紋章が浮かんでいた。

 

「さっき見た時はなかったはずなんだがな。」

「さっさと確認してみろよ。」

 

【天宰星僕 スペースタイム】

TYPE:テリトリー

到達形態:Ⅰ

 

ステータス補正

HP補正:-

MP補正:C

SP補正:-

STR補正:-

END補正:-

DEX補正:-

AGI補正:-

LUC補正:-

 

「ピーキーだな。スキル特化か?」

「だろうな」

 

保有スキル欄を開く。

 

スキル:《宇宙顕現》Lv-1

宇宙空間におけるあらゆる物理現象を、仕組みを理解している現象に限りLv×100m以内を起点として発生させる。LvMAXで1km。

発動時、発生座標や現象範囲・エネルギー量等を計算する必要がある。

Lv×10%の必要魔力量が減少。

 

 

「完全に俺専用だな」

「使いづらそうだが、理論通りなら凶悪だな。」

「計算要求が曖昧だ。ひとつの現象を起こそうとすれば軽く見積もっても20以上の変数の設定が必要だ。数学者と物理学者で補助可能かもな。」

 

「試す」

「どうぞ」

 

【数学者】スキル《測定》で対象距離・角度を取得。

なければ座標指定不可で詰んでいた。

 

最低限の物理パラメータを設定する。

この世界の重力定数は未知だが、とりあえず地球値を採用。

 

重力加速度 g = 9.81 m/s²(地球表面での落下加速度)

体重 m = 60 kg

F = m g = 588.6 N

v = g t

E = 0.5 × 60 × (9.81)² ≈ 2888 J

空間体積:

V = 4/3 π R³ = 523 m³

加速度勾配:

Δg = 2GM / r³ × Δr

 

《宇宙顕現》――等加速自由落下領域。

 

「成功した。無重力に近い環境を再現できた」

「俺も浮くのか?」

「周囲の空間に作用するからな」

「すげえな」

空間制御型能力は移動・防御・攻撃の全領域に応用可能だ。

 

「最低限の物理モデルを計算できれば即時発動可能だ。静止中だから思考加速も併用できる」

「攻撃は?」

「大規模現象はMP不足だが、宇宙線や放射線なら現時点でも再現可能かな。なんにせよ当面は敵には使う機会はない。戦闘職を取る予定も無かったしな。」

 

「エンブリオだけで十分か」

「補助能力として最適だ。移動効率も上がる。」

 

そうしてしばらく雑談して解散。

 

「またな」

「ああ。」

 

エンブリオがようやく孵化した。

だが、生活が劇的に変わったかと言えば、答えは否だ。

少なくとも俺の生活様式は、依然として「研究者のそれ」の延長線上にある。

 

今日もいつも通り、王都図書館の閲覧席に腰を下ろし、学問系統の本だけでなく、創作等も含む無数の書籍を読み漁っていた。

知識を摂取する行為は、呼吸や食事と同じ生理現象に近い。

むしろ呼吸よりも必要だとすら感じる瞬間がある。

 

デンドロのサービス開始から、いつの間にかゲーム内時間で一ヶ月が経過していた。

体感時間で言えば、思考加速の影響でその数倍は経っている。

 

ジョブもかなり埋まり、現在は【思想家】に就いている。

下級職でカンストさせたのは【数学者】【天文学者】【哲学者】の三つ。

どれも俺の脳の構造に最適化されていると言っていい。

 

特に興味深いのは、これらの職業が持つ思考加速スキルだ。

動いていない場合にのみという条件付きだが、複数の思考加速効果を並列起動すると知覚時間が指数関数的に伸びる。

体感的には、現実時間の一秒が十数秒から数十秒に引き延ばされる。

おそらく現時点でこの世界のプレイヤーで俺以上に長い体感時間を生きている者はいないだろう。

 

図書館の書籍群は、ゲームにしては異様なほど高密度な情報を含んでいた。

設定資料集の域を超え、学術書や文化史資料に匹敵する。

たまにさらっと書かれている情報が、世界観の根幹に触れる重大事項だったりするのが厄介だ。

 

その中で特に頻出していた単語が「化身」だった。

とは言ってもシレッと出てるぐらいで1冊に何ヶ所も書かれているような本はなかった。

単なる文学的表現ではなく、世界設定のコア概念である可能性が高い。

おそらく、ティアンやエンブリオ、さらには超級職に関わる存在論的な枠組みだろう。

 

まあ宇宙に関することでもなければあまりこの世界の成り立ちや歴史に関しては興味はない。

 

さらに、いくつかの超級職の転職条件について仮説を立てることができた。

推論精度は高いが、実証には実際に条件を満たす必要がある。

ただ、あまりに要求条件が異常すぎる職もあり、現実的に狙うかは悩ましい。

 

本命の天文学研究も順調だった。

この惑星の半径、質量、表面重力、自転周期、公転周期、衛星の軌道特性、中央恒星の光度特性、他惑星の配置……

これらは特別な機器を必要とせずに突き止めることができる要素のため、日々の観測、測量、記録を積み重ねることで、かなりの精度で数値化できた。

 

結果として、この惑星は地球と驚くほど似ている。

中央恒星のサイズやスペクトル型(恒星の分類指標)、

衛星の質量や潮汐効果(引力による海面変動)、

惑星配列の共鳴構造などは異なるが、

居住環境の基本パラメータはほぼ地球準拠だ。

 

高度な観測機器があれば、さらに多くの情報が得られる。

例えば大気組成の精密分析、同位体比測定(元素の重さの違いの比率)、

局所的な物理定数測定、赤方偏移測定(宇宙膨張による光の波長変化)、

恒星スペクトル解析などだ。

しかし現状では望遠鏡すら満足に作れないため、理論研究に留めるしかない。

 

ドライフ皇国に行けば工房で高性能光学機械を作れる可能性がある。

そうなれば観測精度は飛躍的に向上するだろう。

 

それにしても、このゲームは異常だ。

「異常」という表現は誇張ではなく、技術文明史的な意味での逸脱だ。

 

この世界が、

超高度AI群による自己進化型シミュレーションで、

生命誕生から文明史までを仮想的に再構築した結果だと説明された方が

技術的整合性はむしろ取れる。

 

つまり、開発組織は電子生命を創造できる技術力を持っていることになる。

その仮定が正しいなら、ティアンという存在は単なるNPCではなく、

「電子的に生まれた人間」と見なすのが哲学的には妥当だ。

 

もっとも、前提が違えば無意味な推論だ。

だが、研究者として仮説を立てない理由にはならない。

 

――そんな思索に一段落ついたので、二回目の狩りに出ることにした。

 

天文学研究を進めていた影響か、いつの間にかエンブリオが進化していた。

変化点は少ないが、重要なものだ。

 

MP補正がCからBへ上昇し、保有MP量が大幅に増加。

さらにスキル発動に必要な魔力量が軽減された。

スキルそのものは増えていないが、運用可能性が劇的に向上した。

 

移動方法も洗練された。

空間そのものを無重力化するのではなく、自身を対象に局所無重力場を生成する。

これにより、常時浮遊しながらの移動が可能になる。

方向転換や加速減速は、重力ベクトルを調整するだけで済む。

 

問題は空気抵抗だ。

真空なら慣性運動で高速移動できるが、真空化すると自分が窒息する。

宇宙服が欲しい。

切実に。

 

そうして到着したのは〈旧果樹園〉。

虫系モンスターが大量発生するため不人気な狩場らしい。

つまり、大規模攻撃実験に最適なフィールドということだ。

 

高度約20階建てマンション相当まで上昇し、静止。

眼下の光景を俯瞰する。

 

「……綺麗だな」

 

青白く霧がかった雲海。

そこから突き出る濃緑の樹冠群。

自然景観というより、計算された絵画の構図のようだ。

美的感覚は文化的洗練の産物だが、根源的な感動は生物学的本能に近い。

 

感嘆を抑えつつ、思考加速スキルを四重並列起動。

体感時間を数十倍に拡張する。

現時点の全MP12000程度を全投入。

 

思考世界で数分を費やし、物理モデルを構築し、演算を完了。

 

…………計算完了。

 

《宇宙顕現》恒星核融合

 

瞬間、空間が白く染まった。

音はなかった。

光と熱が先行し、空気そのものが消失する。

数十メートルの範囲が瞬時に融解し、白熱した霧状物質となって拡散。

地面はガラス化し、直後に衝撃波が伝播して空間を叩く。

そして静寂。

 

数秒後、視界が回復する。

発起点周辺の惨状は予想通り。

ガラス化地盤が微細な熱収縮でひび割れ、

残留プラズマが微弱な電磁音を発している。

 

さっきまで見えていた緑は消え、雲海も吹き飛んでいた。

人工的な破壊痕跡と自然景観の境界線が異様なコントラストを描く。

 

今はまだ、この程度の小規模現象を一度発動するのが限界だ。

だが、エンブリオが進化すれば、

より高エネルギー現象の再現も理論上は可能になる。

 

正直、未来の自分がどこまでやるのか、自分でも少し怖い。が、それ以上に楽しみだ。

 

こうして脳内にレベルアップ通知が鳴り響き【思想家】がカンストし、狩りは成功した。

 

なお、翌日の〈DIN〉新聞のトップには

「謎のクレーター!!! ナゼ出現!?!?!?」

という見出しが踊っていた。




感想よろしくお願いします!
改善点とかも教えてくれるとありがたいです。

【天文学者】MP特化職
《観察》
思考加速。アクティブ。
《記録》
目視した対象を記憶し、転写する。アクティブ。
《視力》
MPを使用して視力をあげる。

【思想家】SP特化職
《啓発》
他者との会話時に思考加速し、相手の警戒心を和らげる。
パッシブ。
《内省》
集中力を上げる。アクティブ。
《演説》
魔力を使用して声量をあげる。
注目されやすくなる。

好きなエンブリオのtypeは?

  • メイデン
  • ガードナー
  • テリトリー
  • アームズ
  • チャリオッツ
  • キャッスル
  • アポストル
  • ボディ
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