悪役令嬢CEO、青い鳥のSNSを買収したらX星人に侵略された件 作:よよよーよ・だーだだ
――ジョージ=エリオット(作家)
「ブロック機能を廃止するわ!」
わたしがその一言を発した瞬間、会議室にいる全員が動きを止めた。重役たちや幹部たちは顔を見合わせながら、困惑した様子でわたしを見つめている。
「……マクスウェルCEO、それは流石に少し早計ではありませんか?」
沈黙を破ったのは広報部長だった。声は冷静だが、口元はわずかに引きつっている。
「このSNS、『ツブヤイター』の規模を考えてください。このプラットフォームはすでに世界中のユーザーにとって不可欠な存在です。そんな急激な変更を加えれば、反発が起きるのは確実です」
「……ええ、そうね」
わたしたちが運営しているつぶやきSNS『ツブヤイター』はもはやただのSNSではない。140文字の“つぶやき”を投稿できるというシンプルな仕組みから始まったこのSNSは世界的に発展を遂げ、ついには全世界の情報発信の中枢となった。ニュース、エンターテインメント、政治的論争——すべてが同じタイムラインで交わる、まさに「世界の会話の場」だ。
広報部長に続いて、今度は技術担当役員が口を開いた。
「ユーザーの反応だけではありません。ブロック機能を廃止すれば、アプリストアの規約に違反する可能性があります。それが原因でアプリが削除されて利用不可能になれば、ダウンロード数が大幅に減少し、収益に深刻な影響を……」
「アプリストアの規約? 連中が今さらわたしたちのアプリを削除するとでも思っているの?」
わたしの答えに、重役たちの顔に一瞬当惑の色が浮かんだ。わたしは構わず続けた。
「あなたたちこそ、ツブヤイターの規模を忘れているようね。ツブヤイターは今や、世界中で数億人が利用しているアプリよ。その広告収入はアプリストアにとっても莫大な利益になっているわ。アプリストアの連中がそんな金のなる木を手放すと思う? むしろ規約を変えるべきなのはアプリストアの方。わたしたちがデファクトスタンダードになればいいだけの話よ」
「し、しかし、ブロック機能を廃止しては、誹謗中傷やフェイクの問題が……」
「誹謗中傷、フェイクですって? 問題を作り出しているのは、むしろ今の仕組みでしょうが」
わたしは即座に言い返した。
「中途半端なブロック機能があるせいで、悪意あるユーザーは自分に都合が悪い人を次々にブロックして、批判の届かないフィルターバブルを作り上げている。誹謗中傷、詐欺師、陰謀論者……このままだとペテン師どもが自分の都合の良い世界でカモを囲い込んで、延々と悪意を撒き散らし続けることになる」
「それはそう、かもしれませんが……」
「それに、特定の誰かに見られたくない情報だと言うなら、そもそも最初からネットのようなパブリックな場所へ載せるべきじゃない。自分の発言に責任も持てない人たちが、都合よく影響力を行使できるような仕組みを残しておく方が、よっぽど不健全で危険だわ」
わたしは周囲の反応を確かめながら、言葉を続けた。
「ブロック機能が無くなれば、コミュニティノートを使った批判から逃げられなくなるでしょう? これで議論が活発化するし、フェイクに対抗する力も増す。フェイクを見て見ぬふりするのではなく、直接指摘して打ち消していく文化を育てるのよ。それこそが本当のネット空間の健全化だと思うんだけど、どうかしら?」
重役たちは押し黙った。きっと頭の中で計算を始めたのだろう。
だが、そんな計算は不要だ。わたしはもう答えを知っている。
「結局のところ、ユーザーは離れないわ。思い出してみて。タイムラインのアルゴリズム変更、新しい広告システム、課金バッジ、コミュニティノート、インプレッションの可視化……どれも最初は文句ばかりだったけど、結局どうなった? みんな慣れて普通に使い続けている。それが現実よ」
「しかし、リスクが……」
「リスクを恐れていては何も変わらない!」
バン! わたしは机を叩いて席を立ち、声を強めた。
「ここにいる全員に聞きたいわ。わたしたちが目指すものは何? ただ現状維持を続けて、生き延びること?」
沈黙が訪れた。重役たちは誰も口を開かない。わたしは続けた。
「……わたしは、現状維持では満足しない。もし誰かがこの決定に反対なら、それもいいわ」
わたしは穏やかに、しかし揺るぎない声で言った。
「だけどツブヤイターは、ただのサービスじゃない。ここは『世界そのもの』よ。その未来を切り開くのはわたしたち。その勇気と志、そしてビジョンを共有してもらえない人がいるというなら去ってもらって構わない。すぐ出て行って頂戴」
そう言い放って立ち上がると、会議室全体に静寂が広がった。
視線を落とす者、腕を組む者、深いため息をつく者……誰も言い返せないことはわかっていた。重役たちは困惑し、わたしの言葉を消化するのに必死のようだ。
会議室を出る直前、振り返って最後に一言だけ付け加えた。
「……覚えておいて。わたしたちの目的は、ただのSNSを守ることじゃない。未来を創ることよ」
わたしはゆっくりと会議室を後にした。背後で重役たちが低く話し合う声が聞こえたが、振り返らない。わたしの歩みは揺るぎない。
ツブヤイターの未来がかかっているのは、この瞬間。そして、その未来を形作るのはこのわたし、エリナ=マクスウェルだ。
マクスウェル家――それは、ビジネス界で知らない者がいない起業家の名門だ。
そのルーツは古く、18世紀末の産業革命期にまで遡る。『怪獣黙示録』よりもはるか以前から、マクスウェル家は常に時代の最先端を走り続けてきた。
もちろん単に歴史が古いというだけではない。マクスウェル家の人間は、いつの時代でも世界を変えるイノベーターであり、リーダーとして君臨してきた。
成功、革新、影響力、それらすべてがマクスウェル家という名には常について回る。社会の停滞を打ち破り、イノベーションを起こす。ひいては人類文明の発展に貢献し、世界をより善いものに変えていく。それこそがわたしたちマクスウェル家の誇りなのだ。
そして、そんな栄えある血筋を受け継いで生まれたのがわたし、エリナ=マクスウェルだった。
「……ただいま、ラリー」
「おかえりなさい、エリナ!」
プライベートな自室へ戻ったわたしを出迎えたのは、AIアシスタントの「
ラリーはホログラフィで投影した青い小鳥のアバターをちょこまか羽ばたかせながら、わたしを気遣ってくれる。
「だいぶお疲れのようですネ。シャワーでも浴びます?」
「そうね、おねがい」
「シャワー上がりの飲み物は?」
「いつものとおりよ、ダイエットコーラが良いわ。冷やしといてね」
「ダイエットコーラですね、かしこまりぃ~♪」
スーツを脱ぎ捨て、熱々のシャワーを浴びる。ラフなパジャマに着替えて、ソファで寛ぎながら自分の仕事を振り返り、自分を客観視する。それがツブヤイター社のCEOであるわたし、エリナ=マクスウェルの日課なのだった。
コーラが冷えるまでのあいだ、ラリーがつらつらとわたしの今日の業務を読み上げてゆく。
「……続いて、役員会についてですが、議事録の共有がありました。ワタシも読みましたけど、やっぱりまずかったんじゃないです? いきなり『ブロック機能を廃止』って言ったのは」
「まずかった? どこが?」
わたしが訊ねると、ラリーは答えた。
「エリナのことですから、それだけではなく色々とアイデアを考えてたのでしょう? ユーザがちゃんと自分の身を守れるような仕組みを」
「ええ、当然よ」
わざわざ言うまでもない。どうしても見たくないものがあるなら、それはしょうがない。見たくないものが見えないように制御できるようにすべきだろう。
だからわたしは、ブロック機能を廃止する代わりに、AIと機械学習を活用したミュート機能やコンテンツフィルタ、BANの仕組みを強化するつもりだった。非公開設定機能、いわゆる鍵垢の機能もこれまでどおり。わたしは単に無責任な発言が許される構造を改めたいだけで、ユーザーが自分を守れる仕組みはこれからも変わらず残るのだ。
わたしは自分の考えを述べた。
「段階的には無くしていきたいとは思っているけど、いきなりブロック機能を全廃したりはしないわ。ストーカー被害者やDV被害者への脅迫、そういう明確な危険から逃れるための最終手段としてブロックはまだ必要でしょうしね」
だから、とわたしは続けた。
「まず『ブロックの閲覧制限を段階的に緩和する』機能をカナリアリリースして、データを取りながらミュートとコンテンツフィルタの精度を上げていく。並行して、ストーカー・ハラスメント専用の緊急BANフローを強化して、被害届が出せる窓口をアプリ内に作るつもりよ。ユーザーの安全とプライバシーを最優先に考え、新しい機能がそれらを損なわないようにね。こんなの、当たり前でしょ」
……そもそもネットに載せてるわけだし、ブロック機能があったところでその気になれば複垢で見に行けるんだから、特定の誰かに見られて困るようなものを公共のネットに載せるのが本当はおかしいと思うけどね。誰かに見られちゃ困るものを、無責任にそのまま垂れ流し続けている方が悪いと思わないでもない。
だがまぁ、システムで出来るかぎりのことは、プラットフォーム側でフォローしてあげるべきなのだろう。それくらいはわたしだって理解している。
至極当然のことを言ったつもりなのだが、ラリーはなぜか呆れた様子でぼやくのだった。
「当たり前でしょ、ってそれを先に言えばいいのに……」
「この程度のこと、言われないとわからない方がバカなのよ」
「ホント、コミュ障だなあ」
「なんか言った?」
「いえ、何も……はい、コーラ」
「ありがと」
ラリーが操るドローンからダイエットコーラを手渡され、汗をかいた缶が冷たく手に触れる。
わたしはその栓を空けると口に着けて一口飲み、そして一気に飲み干す。
「んっ、んっ、んっ……ぷはぁ」
シュワっと喉を抜ける炭酸。この爽快感がわたしの疲労を和らげてくれる。
だが、それも束の間のことだ。わたしは一日の最後に待っている“この世で最もうんざりする作業”、ツブヤイターのタイムラインを巡回する作業に取り掛かった。
「まずはトレンド、っと……」
ツブヤイターの
さらにその下には「#ツブヤイターの終焉」やら「#表現の自由の危機」やら、やたらと大仰なフレーズがぞくぞくと続いてゆく。
発端は、先ほどの役員会後にわたしが投稿したこのつぶやきだ。
確定的なことは何も書いてない、本当にただの『つぶやき』なのだが、ユーザーからは非難が殺到していた。
たとえば、こんな感じ。
あるいは婉曲に皮肉りながら、あるいは直球で、下手すれば誹謗中傷に抵触するような表現でわたしを罵倒する内容も多い。
中にはわたしの提案を支持する声も少しはあったが、そういう「空気を読まない」意見はだいたい『バカの逆張り』扱いされて見向きもされない。人目についたところで炎上するのが関の山だ。
……ふん、悪役令嬢ねえ? 乾いた笑いがこぼれた。
「視野狭窄で世間知らずのバカのくせに、下手な皮肉なんか言っちゃって……都合の悪いつぶやきなんて、見えなければ気にもしないくせに」
「ええ。まったくですね~」
こうした反応は予想通りだし、むしろ歓迎すべきものだ。誰も反応しない変化なんて、何の価値もない。
それに、この反応自体が、わたしが正しいと証明しているようなものだ。「ブロック機能はフィルターバブルを助長する」、視野狭窄気味なユーザたちの姿はまさにその証拠を見せつけてくれているかのようだった。
わたしが再びツブヤイターのタイムラインに目線を走らせていると、ラリーが内容を要約してくれた。
「ふーむ……どうやら先日導入したAI機能についても、また批判が再燃しているようですねぇ」
「そうね、ラリー」
ブロック機能廃止の報道でタイムラインは怒りと困惑で満たされているが、それだけではない。
ちょっと前に生成AIの機能をツブヤイターに本格導入したことへの不満も、今になって話題が沸騰していた。
こんな声を見るたび、わたしはため息をつかずにはいられなかった。
「……最初から規約に書いてあるでしょうが」
“ツブヤイター社は、ユーザーが投稿したコンテンツをあらゆる媒体や配布方法(既知のもの、または今後開発されるもの)を通じて利用することができる”。
こんなのは、わたしが買収するよりも前からあった規約だ。これはAIに限らない。GoogleやAmazon、Youtubeだってユーザーの情報を収集しているし、検索エンジンや翻訳ツールだってネットで“無断で”学習した結果を使っている。
ともすればネットで何かを無償で利用するサービスを使う上での暗黙の了解、サービスを提供する側からすれば常識ですらあると言っていい。
「ま、あんな長ったらしい規約、誰も読まないのはわかるけどね」
ほとんどのユーザーは「規約に同意する」というボタンを押すだけで、その内容を確認することすらしない。新しい機能を導入するたびに通知だって送っているはずだが、どうせ読んではいないだろう。
まあ、別にそれでもいいけど、ここまでくると『そのうち悪辣な詐欺に引っ掛かってしまうんじゃあないか?』って、却って心配になってしまう。
そんなことを思っていると、ラリーがぼそっと言った。
「……それ言ったらまた燃えそうだなあ」
「なんだって?」
「いいえ、なんでも」
そのままタイムラインをさらに下へスクロールすると、今度は「デモ」を計画する声が目に入ってきた。
「#エリナ辞めろ」
「#ツブデモ」
「#ツブヤイターボイコットチャレンジ」
そんな勇ましいハッシュタグが目立つが、その内容はというと……
デモ活動かなにかのつもりなのか、わたしへの批判をわざわざツブヤイター上でつぶやく人々。その怒りの声を拡散するために、
つまり、彼らは「ツブヤイターを使うな」と言いながら、実際はツブヤイター上で反応をもらうことに必死なのである。
まるでモンティ・パイソンのナンセンスなシュールギャグだ。ともするとモンティ・パイソンの方が笑える分、まだセンスがある。
「『ツブヤイターボイコットチャレンジ』ねえ……?」
ソファに背を預けながら眺めているうちに、わたしの中でさらに皮肉な気持ちが湧き上がる。デモだのボイコットだのとやらのあいだに、果たして何回スマホをチェックしているのか見てみたいものだわ。
「ラリー、このツブデモに参加してる連中のアクティビティログを解析したデータ見せてちょうだい」
「了解です~」
わたしの指示を受け、ラリーがツブヤイターの解析データをダッシュボードに表示した。
「……ありゃりゃ~? 『ボイコット』と言っている割には、この人たち、一日の間に平均47.3回もスマホからツブヤイターをチェックしているんですねぇ? むしろスマホ依存の傾向があるのでは?」
ラリーの言うとおりだった。わたしのブロック機能廃止提言に対するユーザーの反応は、まさに予測していた通りの茶番劇だ。
曝け出された実情を鼻で笑いながら、わたしは答える。
「そうね。こいつらのタイムラインには、SNS依存脱却セミナーの広告でも流しときなさい。まあどうせ気づきもしないでしょうけど」
「え、そんなのいいんですか……?」
わたしの言葉で、ラリーが急に真顔になった。
……なによう、その反応。訝しみつつ、わたしは付け加える。
「冗談よ。そんな恣意的な操作、ダメに決まってるじゃない」
「! で、ですよねー!」
「……まさか、本気で言うと思った?」
「いえいえまさか、滅相も無い!!」
……ま、それはともかく。
実際のデータは、「ボイコット」の御立派な実情を如実に物語っていた。使わないと大っぴらに公言しておきながら、それを貫徹できるのはほんの一握り。出来たところでせいぜいもって一日程度かしらね。
「全く、やれやれだわ……」
わたしは冷えたダイエットコーラを持ったまま、窓際に立つ。
夜景に浮かぶ街の灯りは相変わらず美しいが、今夜はその輝きもどこか鈍く見える。ツブヤイターを買収してからの日々を思い返すと、胸の中でくすぶる苛立ちが形を成していくのを感じた。
「不満を言うだけ言って、結局何も行動しない。問題の核心を理解する気もないし、より良くしようという主体性も無い。1セントだって払ってないくせに、気分は神様お客様。こういう無責任な人たちが『世界の会話の場』を破壊してゆくのよ」
わたしのツブヤイター改革ときたら、いつだってこんな塩梅だ。
役員たちにアイデアを提案して説得するのにまず一苦労。やっと通って実装に至ったところで、ユーザからはまるで理解されやしない……本当はこんなことがしたかったわけじゃないのだけれど。
「そんなに言うならなんで買収なんかしたんです?」
「そんなの、前から言っているじゃない」
ラリーの問い掛けにわたしは答える。
「世界をより
わたしがツブヤイターの買収に動き出したのは、今から数年前のことだ。
あの頃のツブヤイターは、一見すると世界一のSNSとして巨大な成功を収めているように見えた。世界中の人々が情報を発信し、共有し合い、時には大きな社会的ムーブメントさえ生み出してすらいた。
一大プラットフォームにまで成長を遂げたツブヤイターには、多くの企業が参入。ユーザの数は増えてゆき、その規模と影響力は拡大の一途を辿っているように思われていた。
だが、その裏側では腐敗が蔓延していた。
上辺では自由を謳いながら、その実、ツブヤイターはその屋台骨であるはずの『言論の自由』からして完全に腐りきっていた。
過剰なモデレーションが行われ、特定の政党ばかりが贔屓され、それに反対する意見を持つ投稿者が次々と凍結された。凍結の基準もあいまいで不明確、ともすると政治的・思想的に偏向してすらいた。たとえばあの有名イラストレーターやクリエイター、大統領候補のアカウントが凍結されたのだって、何が原因だったのか誰も説明しなかった。出来やしないだろう。どうせ説明できもしない理由で凍結していたのだから。
『ツブヤイターの運営が言論統制をしようとしている』という批判は日に日に増えていったが、それらの批判に当時の運営は見向きもしなかった。
そして皮肉なことに、そうやってユーザの言論を制限する一方で、もっとも排除されるべき『悪意』は完全に野放しになっていた。
犯罪を目的にしたようなボットや詐欺アカウントが無数に作られ、楽しいはずのタイムラインはフェイクニュースや誹謗中傷、そしてうんざりするような“炎上”で溢れ返る。ツブヤイターの旧経営陣ときたら、タイムライン上に蔓延っていた詐欺アカウントやスパムアカウントのおよその数すら把握していない始末。
それでも、みんなツブヤイターをやめなかった。ここにいないと、世間で何が起きているのか分からなくなるからだ。楽しいはずのネット空間は、完全に失われていた。
……まずい、とわたしは思った。
愚かでも、間違っていても、不快でも、法律に触れない限りなら人はどんな意見を言ってもいい。それらは反論され、批判され、淘汰されるべきであって、最初から存在しなかったことにされるべきではないはずだ。
なのにたった一企業が、しかも誰に選ばれたわけでもない運営が、この公共広場のルールを密室で決めている。言論の自由の危機だとわたしは感じた。
だから動いた。
『世界一の大富豪、エリナ=マクスウェル氏がツブヤイターを買収――新たな時代の幕開け?』
ニュースは瞬く間に広がり、世間はわたしに期待していた。
マクスウェル家の人間はいつだってこの世界を変えたリーダーだ。そんな彼らの血を引くわたしなら、このカオスを秩序ある未来へと導けるだろう、と。
……まぁ、そんな薔薇色の展開になるわけはないんだけどね。
ふと、つぶやく。
「……わたしはただ、『あの頃のネット』を取り戻したいだけなんだけどね」
あの頃のネット。それこそがわたしの目指すものだ。
「“あの頃”って、具体的にはいつのことです?」
「いつ、なんてどうでもいいわ。感触の話よ」
わたしは窓から夜景に背を向けて、ソファに戻った。部屋の照明は落としてある。暗い室内に、端末の画面だけが淡く光っている。その光は、昔わたしが子ども部屋で、親の目を盗むようにして覗き込んだモニターの光に少しだけ似ていた。
……子供の頃、マクスウェル家の令嬢として厳しく育てられてきたわたしにとって、現実の世界はひたすら息苦しかった。
将来の成功を約束、いや“運命”づけられるマクスウェル家の令嬢として、「できて当たり前」が求められる毎日。失敗は許されない。完璧でいなければならない。そんな無言のプレッシャーに幼い頃から晒され続けていた。
わたしの周囲には本当の友達と呼べる存在はほとんどいなかった。遊びたいときも、相談したいときも、わたしの前に立ちはだかるのは「マクスウェルの名に恥じない行動を」という言葉ばかり。家族との夕食の席だって『評価』の俎上に載せられることはあっても、家族らしく対等に話すことなどほとんどない。部屋に戻れば、書物と数字とテクノロジーだけが友だった。
でも、ネットの世界だけは違った。
あの時、父が自社で開発した最新の衛星通信技術を自慢げに披露する一環で、気まぐれにわたしへ買い与えたパーソナルコンピュータ。
それを使って初めてネットサーフィンをしたときの興奮を、そして最初に目にしたフレーズを、わたしは今でも覚えている。
真っ暗な画面の中に浮かび上がる、シンプルな文字列。『わたし』に初めて話しかけてくれたのは、この名も知らぬ誰かだった。
画面の向こうでは、世界中の人々が匿名のアバターとして言葉を交わし、笑い、ふざけ合い、何かを創り上げていた。
使うにつれてわたしは、どんどんネットの世界へのめり込んでいった。
「こんなに楽しい、自由な世界があるなんて……!」
わたしはそこで、初めて「わたし」でいることができた。
オンラインでチャットをしたり、誰かが作った面白い動画を見て笑ったり、掲示板で誰かと議論を交わしたり――それはわたしにとって、何にも代え難い「楽しい逃げ場」だったのだ。
「あの頃はただ楽しかったわ。ネットで自由に言いたいことを言って、凄い人たちが凄いものを作って投稿して、動画サイトで皆でアニメを見て、皆で悪ふざけをして、コメントを投げ合って……本当に自由だった」
「ははあ。それがエリナが求める『あの頃のネット』なんですね?」
「そうよ。わたしが、ただの
画面の向こう側、タイムラインに流れる批判や炎上騒ぎを眺めながら、わたしは自分の中で湧き上がる苛立ちと悲しみを持て余していた。
「……『あの頃のネット』を取り戻すために、わたしはここにいる」
かつてわたしを救ってくれた「ネットの楽しさ」。その思い出があるからこそ、今の腐敗したSNSの姿を見ると胸が苦しくなる。
今のネットはもう、あの頃のように誰もが心から自由でいられる場所ではない。憎しみと争い、虚偽と悪意が占拠する場所になり果ててしまった。
炭酸が抜けきったコーラをもう一口飲み干して、わたしは小さく息を吐いた。
「それでも、諦めるわけにはいかないわ」
だからこそ、わたしは動くしかない。たとえ誰が何を言おうと、この腐った世界を放置するわけにはいかない。あの頃のネットが、わたしを救った。だからこそ、今度はわたしがこの腐敗したネットを救う番なのだ。
……さて、この世で最も不毛な時間、SNSのタイムラインを眺める作業は終わり。わたしはスクリーンを閉じ、ラリーに明日のスケジュールを確認した。
「ラリー、明日の予定を教えてちょうだい」
「はい、明日のAM中はブロック機能廃止に向けた記者会見、そのあと各社への調整です。夜は17時から新堂財閥の創設記念パーティがあります。主催は新堂財閥会長のシンドウ=ヤスアキ氏、出席者はパタースン上院議員とそのご家族で……」
「ああ、Mr.シンドウのパーティね。パタースンってことはカヨコもいるの?」
「はい、カヨコ=アン・パタースン氏もご出席されます」
「オッケーわかった。カヨコにアポ取っておいて、『パーティで会いましょう』って」
「了解しました〜」
カヨコ=アン・パタースン。史上初のアジア系女性大統領を目指している野心家で、わたしにいつも良いインスピレーションをくれる貴重な友人だ。明日もきっと好い刺激を与えてくれるに違いない。
……さて、寝るか。
「おやすみ、ラリー」
「おやすみなさい、エリナ」
ラリーをサスペンドしながらソファから立ち上がり、ベッドに入ろうとしたまさにそのときだった。
「……なるほど。それがあなたの望みでしたか、エリナ=マクスウェル」
突然、低く響く声が耳元で囁いた。反射的に身を起こし、部屋を見回すと、目の前には一人の男が立っていた。
その異様な存在感に、わたしは息を呑んだ。
「……っ!?」
コートの布地はただの黒ではなく、光を吸い込む漆黒。また独特なデザインのサングラスをかけているが、その顔には血色がなく無表情だ。それでいてどこか不自然な滑らかさがあり、青白い肌からは冷たい光を放っている。
まるで影そのものが凝縮したかのような存在感――わずかに動くだけで、まるで部屋の空気そのものが揺れるようだった。
……強盗、不法侵入、それとも産業スパイ?
いずれにせよ、こちらが怖気づいたら負けだ。本能的に感じた恐怖を理性で捻じ伏せながら、わたしは男へ問いかける。
「……何処のどちら様かしら? ここはプライベートな空間よ。警察沙汰にしてほしいなら、今すぐしてあげるけれど?」
そう皮肉交じりに警戒しながら、手元ではセキュリティアラートのスイッチを探り始める。
だが、その動きを読んだかのように、男がゆっくりと手を上げた。
「警戒は不要です」
その瞬間、部屋に響くわずかな電子音がすべて消えた。モニターが暗転し、セキュリティパネルも停止している。
……こいつ、警報を切ったのか。どうやって。あまりのことに目を見開いてしまったが、そんなわたしの表情を男は気にも留めなかった。
「ここはプライベートな空間だったのですね。断りもなく踏み入ってしまったことは申し訳ありません、お詫びいたします。しかし我々からの“提案”をお聞きになれば、お考えも変わるかと存じます」
「提案、提案ですって? わたしは、あなたの名前も知らないのに?」
わたしがそうやって噛みついてやると、黒コートの男は「ああ、そうだった、」と言わんばかりに芝居がかった仕草で応えた。
「それもそうですね。まずは自己紹介をさせていただきます」
そして黒いコートの男は機械的な歩調で一歩前へと歩み出て、このように名乗った。
「我々は……我々の名前は、あなたがた地球の言語では正確に発音できません。だからここでは、地球の言葉で〈X星人〉とそう呼んでいただければ結構です」
「
X星人。奇妙な名前だった。まるで宇宙人みたいだ。
そう聞き返すよりも先に、X星人の男は自己紹介を続けていった。
「ええ、そうです。我々の故郷はペルセウス座BD+48°740系第4惑星。遠い星系から、あなたの理想を叶えるために参りました」
わたしの理想を叶えるために、遠い星からやってきたX星人? こんな奇妙な状況で、笑うべきなのか警戒すべきなのか、はたまたバカにするなと怒るべきなのかさえ判断がつかない。
『怪獣黙示録』のこのご時世、実際に宇宙から侵略者がやってきたことは幾度かあったとはいうが、まさかその本物が目の前に現れるとは。
「わたしの理想? ふざけないで、あなたがわたしの何を知っているというの?」
即座に気を取り直して睨みつけてやるのだが、X星人は気にもとめなかった。
X星人は平然と、そして変わらぬ調子で話を続けた。
「はい。あなたが『あの頃のネット』を取り戻したいと願っていることを、我々は理解しています。そして、あなたが抱える葛藤も」
「……!」
『あの頃のネット』。その言葉で、揺らいだ気がした。
「どうして……それを知っているの?」
「あなたの心を覗く必要はありません。あなたの願いと波動――それらは宇宙に響き渡っています。我々にはそれを聞く力があるのです」
願い、波動、心を読む? 荒唐無稽だ。
だが、その声には妙な説得力があり、不思議とX星人の言葉に耳を傾けてしまう自分がいた。
X星人は一歩前に進み、その手をわたしに差し出して告げた。
「エリナ=マクスウェル、我々X星人はあなたに“提案”があります」
……提案、先ほども出てきたフレーズだ。
わたしが相槌を打つと、X星人の男もまた静かに頷いた。
「ええ。あなたのプラットフォーム:ツブヤイターは、地球上でもっとも強力な情報発信の基幹であると同時に、極めて重大な問題を抱えた言論空間でもあります。悪意、
「それを今さら説教するつもり? そんなこと、誰よりもわたしが知ってるわ」
わたしは皮肉を込めて言い返したが、X星人は揺るがなかった。
「ええ。そして、だからこそあなたは満足していないのではありませんか。取り戻したいのでしょう、『あの頃のネット』を」
「……それで、あなたの提案とやらは何なのかしら?」
慎重に訊ねるわたしの問いに、X星人の男はこう答えた。
「はい、ツブヤイターを共同運営するのです。あなた、エリナ=マクスウェルと、我々X星人とで」
わたしのツブヤイターを共同運営、それも自称宇宙人とですって? 思わず笑いそうになった。
そもそもこいつが本当に宇宙人かどうかだって怪しい。いきなり現れた不審人物を相手にビジネスを共同運営ですって? なによそれ、馬鹿馬鹿しい、端的にそう思った。
しかし……。
「……あなたたちの“提案”とやらを聞く義理はない」
そう言いつつも、わたしは続けた。
「とはいえ、『あの頃のネット』を取り戻すにあたっていったいどうするつもりなのか。それには少し興味があるわね」
「そう、ですか」
X星人の男はわずかに首を傾げる仕草を見せ、無機質な冷たい声で答える。
「我々はあなたの願い、そして理想を脳波信号として感じ取っています。それが、宇宙にまで届くほどに強いものだということを、あなた自身が気づいていないだけです」
「大袈裟な言い方ね」
軽く皮肉るつもりで投げかけた言葉だったが、その声の裏に微かな揺らぎを感じたのはわたし自身だった。
X星人の話は続いた。
「もしも我々の言葉が気になるなら、どうか話を聞いてください。あなたが求めてやまない未来――『あの頃のネット』を取り戻すための、我々のプランを」
もしわたしの気を引くために『あの頃のネット』と言ったのなら、その目論見はまさに大成功だ。それはここ数年、ずっとわたしが心惹かれているビジョンそのものなのだから。
……ここで無視してやることは簡単だったかもしれない。だが、それでチャンスを不意にしてきた失敗者の教訓は山ほど耳にしてきた。チャンスの神は前髪しかないのだ。
「……いいわ。話だけは聞きましょう。もしつまらない茶番だったら、その時点であなたを叩き出してやるけれど」
「感謝します。それでは、まずこれをご覧ください……」
X星人が独特の仕草で指を動かすと、わたしの目の前にホログラムが浮かび上がる。
わたしのシステムが制御を奪われていることに気づいて焦りかけたが、その瞬間、映し出されたその映像の内容に思わず息を呑んだ。
「…………!」
そこに映し出されていたイメージは、まぎれもない。
まさしくわたしがずっと思い描いていた、『あの頃のネット』が蘇った姿だったのだ。
・「Larry bard」はTwitterの鳥:Larry the Birdをもじったもので、Google AIで昔使われていた名前「Bard(詩人)」に因んだネーミング。だから誤字じゃないよ!
・登場しているアカウントは殆どが「ゴジラSP」から。画面をコマ送りして一個ずつ確認しました。あ、でもギドラスタン64だけは「新たなる帝国」から。彼の話、いつかやりたいなあ。
追っかけてるゴジラ作品を教えて
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モナーク∶レガシーオブモンスターズ
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ゴジラギャラクシーオデッセイ
-
ゴジラバトルライン
-
ゴジバースト
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ゴジばん
-
ちびゴジラの逆襲
-
フェスゴジラ
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ゴジラのアメコミ
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映画しか見てない