悪役令嬢CEO、青い鳥のSNSを買収したらX星人に侵略された件 作:よよよーよ・だーだだ
――ピーター=ドラッカー(経済学者)
新生ツブヤイター:Xのリリースから一年後、とあるパーティにて。
きらびやかなシャンデリアの光が、大理石の床に反射している。とあるオフィスビルの最上階、招待客だけが入れるこのプライベートラウンジは、まさに富と権力の象徴だった。
グラスを片手に持ちながら、わたしは窓の外に広がる夜景を眺めていた。眼下には無数のビル群が光の海を作り出し、その中を無数の車が流れていく。この街の、いや世界中の人々が、今この瞬間もXを開いているのだろう。
わたしが満足げに街を眺めていると、背後から弾んだ声が聞こえてきた。
「……エリナ!」
振り返ると、一人の若い女性が手を振りながら近づいてきた。黒髪をアップにまとめ、深紅のドレスに身を包んだ彼女は、相変わらず華やかなオーラを放っている。
わたしは彼女に微笑みながら応えた。
「久しぶりね、カヨコ」
彼女の名前は、カヨコ=アン・パタースン。史上初のアジア系女性大統領を目指す野心家で、わたしの数少ない友人の一人だ。
「本当に! もう一年ぶりじゃない?」
「そうね、カヨコ。お互い忙しかったものね~」
互いに軽くハグし合った後、カヨコはわたしの隣に並ぶとシャンパングラスを軽く掲げた。
「乾杯。Xの大成功を祝して」
「ありがとう、カヨコ」
二人がグラスを合わせる音が、静かに響いた。
わたしたちはグラスに軽く口をつけると、再び夜景へと視線を向けた。しばらく世間話をしたあと、カヨコが、ふう、と小さく息を吐いた。
「……ねえ、エリナ」
「何?」
「ちょっと聞いてほしいことがあるの。というか、愚痴なんだけど」
カヨコの声のトーンが、わずかに沈んだ。
愚痴? カヨコが? 彼女はいつも自信に満ち溢れていて、どんな批判も笑い飛ばすようなタイプだ。そんな彼女が愚痴を言うなんて珍しい。
「どうしたの? 選挙戦で揉めた?」
「ううん、パパの選挙は順調よ。問題は……Xなのよね」
X?
わたしは思わず眉をひそめた。
「Xがどうかした?」
「うん。実はね、昨日の夜につぶやいたら、炎上しちゃって」
「炎上?」
カヨコは苦笑いしながら、スマートフォンを取り出した。
「見て、これ」
画面に映し出されたのは、カヨコ自身のつぶやきだった。
一見すると、ごく普通の政治家らしいつぶやきだ。特に問題があるようには見えない。
だが、その下に表示されているコミュニティノートを見て、わたしは目を見開いた。
閲覧したユーザーが他のユーザーに役立つと思う背景情報を追加しました。
このつぶやきには文脈が不足している可能性があります。パタースン氏は教育改革を唱えていますが具体策は示しておらず、実際は公教育予算の大幅削減を伴うとして多くの教育関係者から批判され、過去発言との矛盾もあります。
[情報源1][情報源2][情報源3]
「これ……」
「そう。コミュニティノートがついたの。しかも、めちゃくちゃ攻撃的な内容でしょ?」
「たしかに……」
コミュニティノートとは、SNS上で拡散される投稿に対し、利用者同士が協力して背景情報を提供する仕組みだ。特定の立場に偏らない参加者が「この投稿には追加説明が必要か」を評価し、誤解を招きやすい内容や前提が不足している投稿に対して匿名で注釈を付けることができる。
しかしノートは本来、賛成・反対の両方の視点を持つ利用者から有用と判断された場合にのみ表示されるため、一方的な批判や検閲にはならないはずだ。なのに、どうしてこんな攻撃的な内容に?
わたしが疑問に思う中、カヨコは続けた。
「で、案の定、炎上しちゃって……」
カヨコが画面をスクロールすると、そのつぶやきに対するリプライが次々と表示された。
わたしは画面を凝視した。確かに、これは炎上と呼べる状態だ。
カヨコのつぶやきには、数千件のリプライと引用RT、そしてそのほとんどが批判的な内容だった。
「……これ、いつから?」
「昨日の夜につぶやいて、一時間後くらいにはもうこんな感じ」
カヨコは肩をすくめた。
「まあ、批判されるのは慣れてるわ。一般人からどうこう言われること自体は、正直そこまで気にしてないの。でもね……」
そういってカヨコは、少し困惑したような表情を浮かべた。
「これ、XのAIが提案してくれた文章なのよ」
……え?
思わず聞き返すと、カヨコは困惑気味に頷いた。
「うん。ドラットくんだっけ? 昨日、『教育改革についてつぶやきたいんだけど、どう書いたらいい?』ってドラットくんに相談したの。そしたら、この文章を提案してくれて。『これなら多くの人に共感してもらえますよ』って」
カヨコはスマートフォンをテーブルに置いた。
「もちろん、ドラットくんの提案は参考程度よ。わたしなりに何度も読み返して、問題ないか確認して、スタッフにも見てもらって投稿したわ。でも……」
わたしは黙ってカヨコの画面を見つめた。
ドラットくんの提案通りにつぶやいて炎上した。あってはならないことだ。
確かに、おかしい。ドラットくんは各ユーザーの意図を汲み取り、最適な表現を提案するはずだ。こんな炎上を起こすなんて、システムの設計思想に反している。
「……それで、あなたはこのつぶやき、削除したの?」
「ううん、まだ残してるわ。削除したら『都合が悪いから消した』って言われるでしょ? 政治家が批判から逃げるのは悪手よ」
さすがカヨコと思う反面、わたしの中で小さな違和感が膨らみ始めていた。
一年間、Xは順調に成長してきた。ユーザー数は増え続け、追加してきた新機能はすべて好評を博し、世界中の人々が「あの頃のネット」が戻ってきたと喜んでいた。
でも、もしかして……何か、見落としていることがあるのだろうか?
わたしが考え込んでいる中、カヨコは言った。
「ねえ、エリナ。もしよかったら、これ調べてもらえない? 何がおかしいのか。ドラットくんに問題があるのか、それともわたしの使い方が悪かったのか……」
「……わかったわ。調べてみる」
カヨコの頼みに、わたしは頷いた。
カヨコは安心したように息を吐くと、再びシャンパングラスを手に取った。
「ありがとう。やっぱりエリナは頼りになるわ~」
「当然でしょ、友達だもの」
パーティが終わり、プライベートジェットでの帰路。わたしは一人、カヨコのXアカウントのつぶやきとコミュニティノートを何度も読み返していた。
「……ラリー」
「はい、エリナ」
「カヨコのケース、詳しく調べて。ドラットくんの提案ログ、コミュニティノートの作成プロセス、タイムライン上での拡散経路……全部よ」
「了解しました。すぐに取りかかります!」
さっそくタイムラインの解析に取り掛かるラリー。その様子を横目に見ながら、わたしは独り言ちる。
「……まさか、ね」
まさかこのXに、わたしが作り上げたこの完璧なシステムに何か問題があるなんてことは。
そう思いつつも、わたしの胸の中には小さな不安が芽生え始めていた。
カヨコの炎上の原因はすぐに判明した。
「あった、これだわ……!」
原因は、ドラットくんだった。
ドラットくんには、ユーザーからメンションを投げかけることで直接やりとりすることが出来る機能がある。
そしてカヨコのつぶやきについていたRTを調べてみたところ、とあるユーザーとドラットくんの間でこんなやりとりがあったのが見つかった。
「なによこれ、丸写しじゃない!」
このドラットくんによるリプライの内容は、カヨコのつぶやきについていたコミュニティノートとそっくり同じだ。きっとこのリプライを見て、コミュニティノートとして投稿したのだろう。
……まったく、呆れた。
「カヨコのことが気に食わないのはともかく、批判するなら自分の言葉ですればいいのに……」
「まぁまぁ、しょせん床屋政談ですし。ましてやSNSの政治界隈で、自分の言葉で会話してるユーザーなんて元からそんなにいないじゃあないですか」
「それはそう、だけど……」
まぁカヨコの件はわかった。問題は、『他のユーザーで同じことが起こってないか?』だ。
わたしはすぐさまラリーに指示した。
「ラリー、カヨコのケースと類似する炎上事例を抽出して。特にコミュニティノートとドラットくんが関与している可能性があるものを優先的に」
「はいはーい、少々お待ちを……」
ソファに身を沈め、ダイエットコーラを一口飲む。カヨコの困惑していた表情が脳裏に浮かぶ。
……まさか、とは思う。XのAIことドラットくんは膨大なデータを学習し、ユーザーにとって最適な提案をするように設計されている。炎上するような提案をするはずがない。
カヨコのケースは、おそらく特殊な例外なのだろう。政治的な話題は繊細だから、AIでも判断を誤ることがある。そういうことだ、きっと。
「エリナ、抽出が完了しました~」
「早いわね」
「まあデータが揃っていますから。それで……えっと、その……」
ラリーの声が、珍しく歯切れ悪い。
「どうしたの?」
「いえ、その、想定以上に似たような事例が多くて……」
「どれくらい?」
「過去一ヶ月で、約400件です」
コーラを持つ手が、わずかに止まった。
「……400件?」
「はい。『炎上にコミュニティノートが関わっているケース』と『ドラットくんの提案通りにつぶやいて炎上したケース』を抽出した結果です。カヨコ=アン・パタースン氏のような政治系だけじゃなく、日常系のつぶやきでも多発しています」
画面に、データが表示される。グラフが示す炎上件数の推移は、緩やかな右肩上がりを描いていた。
「……見せて」
「はい」
ラリーがタイムラインの事例をいくつか表示した。
最初に表示されたのは人気アニメについての話題で、とあるユーザーがこのようなことを呟いたのが発端だった。
このつぶやきに対して、こんなコミュニティノートが追加されていた。
閲覧したユーザーが他のユーザーに役立つと思う背景情報を追加しました。
鬼滅の刃は関東大震災より前の物語です。
このコミュニティノートが指摘している内容自体は、たしかに間違ってはいない。
だが、このつぶやきは「時代設定を関東大震災の時期にして、震災を題材として取り入れた方が面白くなったはずだ」という個人的な感想を述べたものだ。感想自体の是非はともかく、そのことに触れていないこのコミュニティノートは指摘している点が明らかにズレている。
しかし、ほとんどのユーザーはその“ズレ”に気づかない。
加速するインプレッションと攻撃的なリプライ、明らかな炎上状態だ。それに対し、当のユーザーも反論していた。
しかしコミュニティノートで先入観を植え付けられたユーザーたちは、もう止まらなかった。邪推と偏見だけで組み立てた理屈を基に、ユーザーを罵倒するリプライが次々とついてゆく。
これではもはや何を言っても逆効果だ。完全に泥沼になってしまっている。
あまりに理不尽かつ不条理な状況に、わたしはキレた。
「140字のつぶやきですら読み解くのを厭うくせに、なんで他人を攻撃しようとするのよ!? こいつら、自分のやってることがおかしいと思わないの!?」
「仕方ないですよ。そんなつぶやき一つ一つを細かく読み解けるほど、皆ヒマじゃないんですって」
「そんなに忙しいなら、SNSなんかやらなきゃいいじゃない! 内容をちゃんと読むヒマは無いのに、他人を攻撃するヒマはあるわけ!?」
わたしがXにコミュニティノートを導入したのは、詳しい背景情報を追加することで悪質なフェイクを批判できるようにするためだ。こんな怠け者のバカどもが一方的な暴力をふるうための道具じゃない。
そして、事態はもっと深刻だった。
「しかもコミュニティノートだけではありません、ドラットくんのAI自体が炎上を煽っているような傾向が見受けられます」
「ドラットくんが!?」
まさかそんな……!?
次に映し出されたのは、ある大学生のアカウントだ。
添付されていたのは、ショート動画だった。寿司屋のカウンター席に置かれた醤油差しの注ぎ口を、アルバイトの若い男が舐め回している映像。
「……は?」
思わず声が出た。何をやっているんだ、この馬鹿は。
案の定、リプライ欄は大炎上していた。
「これは……」
「ええ、完全に炎上してます。このユーザー、結局バイト先をクビになって、リアルも大学も特定されて……かなり悲惨なことになってますね」
わたしは眉をひそめた。自業自得だ、としか言いようがない。こんな愚かな行為をする方が悪い。
だが、ラリーが次に表示したデータを見て、わたしは息を呑んだ。
「しかしこのユーザー、動画を撮る前にドラットくんに相談してるんです」
画面に、ドラットくんとの会話ログが表示された。
……嘘でしょ。
わたしは画面を凝視した。
「ドラットくんが……こんな提案を?」
「はい、しかもこのケースだけじゃあないんです。他にも似たような事例が……」
ラリーが次々と表示していく。
これらは即炎上、リプライ欄は罵詈雑言で埋め尽くされていた。
そして問題は、これらのユーザーもドラットくんに相談していたことだ。
「……他には?」
「まだあります」
次にラリーが表示した事例は、さらに深刻だった。
炎上した投稿そのものだけでなく、その炎上に言及する投稿も、ドラットくんが関わっていたのだという。
そして、これらのユーザーも……
わたしは、呆然とした。
「ドラットくんが、炎上を勧めてる……?」
「そう見えますね。炎上している話題を『おススメ』として提示して、ユーザーに参加を促している。結果として、炎上がどんどん拡大していく構造になってます」
画面には、炎上の拡散パターンが図式化されて表示されていた。
最初の迷惑動画投稿→ドラットくんが他のユーザーに話題として提示→多数のユーザーが批判投稿→さらに多くのユーザーに拡散→炎上が加速……
「これじゃあ、火に油を注いでるようなものじゃない!」
「ええ。ドラットくんは『話題になっている=ユーザーが興味を持つ』と判断して、炎上中の投稿を積極的に勧めてるんです。そして、批判的なつぶやきも『共感を得やすい』と判断して提案している。結果的に、炎上が止まらなくなってるんでしょう」
ラリーがさらにデータを表示する。
「しかも、このパターンは日に日に増加してます。過去一週間だけで、前週比37%増です」
グラフが示す曲線は、急激な右肩上がりを描いていた。
「なんで……なんでこんなことに……」
わたしは頭を抱えた。
ドラットくんはユーザーを助けるために作ったはずだ。「つぶやきたいけど言葉が見つからない」、そんな人を支援するために。なのに、なぜ迷惑行為を煽り、炎上を加速させているのか。
……いや、なにもおかしいことはない。むしろ当然の結果だ。
わたしは気づいた。
「……いや、ドラットくんは、設計通りに動いてる。『ユーザーの求めに応じて、拡散されやすい内容を提案する』、それがドラットくんの仕様よ」
そして、その結果がこれだ。わたしは画面を睨みつけた。
ドラットくんは、確かに設計通りに動いている。ユーザーが「ウケる動画を撮りたい」と言えば、拡散されやすい内容を提案する。ユーザーが「話題になっていることをつぶやきたい」と言えば、今最も注目されている話題を教える。
でも、その結果がこれだ。
「『拡散されやすい』ってことは、つまり……」
「ええ。炎上しやすい、ってことです」
ラリーの声が、静かに響いた。
「過激な内容、ルール違反、他人への攻撃……そういうものほど、人々の注目を集める。だからドラットくんは、それを『最適』だと判断して提案してしまう。平穏な会話より、騒がしい対立のほうがSNSの滞在時間が伸びますからね」
「……っ」
わたしは立ち上がり、窓際へと向かった。夜景を見下ろす。無数の光が、今も瞬いている。
その光の中で、今この瞬間も、誰かがドラットくんに相談している。そして、炎上の種を撒いている。
「でも、まだ……まだ、これは一部の事例よ。全体から見れば、ごく一部。大多数のユーザーは、ちゃんと健全に使ってるはず」
そう言いながら、自分でも声に力がないことに気づいた。
「……ラリー」
「はい」
「もっと詳しく調査して。炎上事例の全容、ドラットくんの提案パターン、そしてゲマトリア演算ネットワークのログも全部洗い出して」
「了解しました」
わたしはソファに戻り、ダイエットコーラを一気に飲み干した。炭酸が喉を刺激する。でも、いつもの爽快感はない。
……これは、想定外だった。
いや、本当に想定外だったのか? 「AIに内容を提案させる」という設計をした時点で、こうなる可能性はあったのかもしれない。
ふと疑問が浮かぶ。
「……待って、ラリー」
「はい?」
「そもそも、なんでわたしはこの状況に気づかなかったの?」
わたしは画面を凝視した。
過去一ヶ月で400件。前週比37%増。これだけの規模の問題が起きているのに、なぜわたしは今まで気づかなかったのか。
「わたし、毎日タイムラインをチェックしてるはずよね? それなのに、炎上がこんなに多発してるなんて、一度も目にしなかった気がするんだけど?」
「ああ、それは、」
ラリーの声が、わずかに躊躇う。
「エリナのタイムラインには、そういう投稿は表示されないようになってますから」
「……は?」
思わず聞き返した。
「どういうこと?」
「エリナが以前、『炎上や誹謗中傷は見たくない』って言ってたじゃないですか。だから、AIフィルタリングで自動的に除外されるように設定してあるんです」
……ああ、そうだった。
確かに、わたしはそう指示した。「不快なコンテンツは見たくない」と。
「でも……カヨコのアカウント、わたしフォローしてるはずよね?」
「はい」
「なのに、カヨコが炎上してたことにすら気づかなかった。フォロワーの投稿なのに?」
「ふーむ……?」
ラリーは少し間を置いてから答えた。
「ひょっとしたら、ゲマトリア演算ネットワークによるフィルタリングが“完璧すぎる”のかもしれません」
「“完璧すぎる”? “完璧すぎる”ってどういうことよ?」
わたしが問い詰めると、ラリーは推論結果を答えた。
「極限までにエリナのために最適化されたタイムラインは、エリナが不快に感じる可能性のあるコンテンツを一切表示しません。たとえそれがフォロワーの投稿でも、炎上している投稿は自動的に除外される可能性があります」
「なんですって……!?」
わたしは言葉を失った。
「つまり……わたしのタイムラインには、『良いつぶやき』しか流れてこない、ってこと?」
「はい。エリナのタイムラインには、エリナが見たいと思うであろう、ポジティブで、創造的で、平和なつぶやきだけが表示されるようになっているのでしょう。それがパーソナライズ、エリナ=マクスウェルという個人にとって最適化されたタイムラインですから」
完璧なフィルタリング。わたしが望んだとおり、不快なものは一切見えない。
でも、その結果……
「わたしは、友達が困っていることすら見えていなかったってこと……?」
「……まあ、そういうことになりますね。逆に言えば、炎上にかみついてばかりいるユーザーのタイムラインには『誰かが炎上している話題ばっかり流れてくる』ということになるわけですが……」
わたしは画面に目を戻した。そこには、相変わらず美しいグラフが表示されている。
けれど、今のわたしにはそれが何か恐ろしいもののように思えてならなかった。
「データを見せて。X全体のエンゲージメント指標」
「了解です」
わたしの指示で、ラリーが新しいダッシュボードを表示する。
そこに映し出されたのは、完璧な成功を示す数値の羅列だった。
「デイリーアクティブユーザー数、過去最高を更新中。平均滞在時間、前月比32%増。投稿数、前月比45%増。いいね・RT・リプライ、すべて過去最高……」
ラリーが次々と数値を読み上げていく。どの指標も、右肩上がり。完璧な成長曲線だ。
「エンゲージメント率は94.7%。これは驚異的な数値です。ユーザーがXに強く関与している証拠ですね」
わたしは、その数値を凝視した。
94.7%。素晴らしい数字だ。SNSの運営者なら誰もが羨むような完璧な数値、そのはずだった。
「……ラリー」
「はい」
「このエンゲージメント、内訳を見せて」
画面が切り替わる。エンゲージメントの内訳が、グラフで表示された。
「いいね、RT、リプライ……どれも高い数値ですね。特にリプライが多いです。ユーザー同士の活発なコミュニケーションが行われている証拠です」
「そのリプライの内容は? ポジティブ? ネガティブ?」
「えっと……」
ラリーが一瞬、言葉を詰まらせた。
「個別に感情分析をかけてみますね……あ……」
「どうしたの?」
「ネガティブな感情を含むリプライが、全体の67.3%を占めているようです。これは炎上ですね」
67.3%。つまり、エンゲージメントの大半は……
「批判、非難、攻撃……そういうつぶやきが、エンゲージメントを押し上げてる……?」
わたしは、画面を見つめたまま動けなくなった。
炎上とバズり。数値上では、両者は区別がつかない。多くのリプライが付き、多くのRTがされ、多くの人が反応するが、それがポジティブな共感なのかネガティブな批判なのか、端から見ればどちらも同じ「エンゲージメント」として計上される。
「つまり……わたしが見ていた『Xの大成功』は……」
「炎上によって支えられていた、ということです」
ラリーの声が、静かに響いた。
わたしは、ソファに崩れ落ちるように座り込んだ。手に持っていたダイエットコーラの空き缶が、床に転がる。
「……嘘でしょ」
わたしが誇っていた数値。
右肩上がりのグラフ。過去最高のエンゲージメント。
それらすべてが、炎上によって作られていたのだ。
「しかも、ドラットくんが……XのAIがそれを加速させてる……」
ドラットくんは、ユーザーに「つぶやき」を勧める。何かつぶやきたくなったら、ドラットくんに相談する。
そしてドラットくんは、最適な文章を提案してくれる。
<今はこの話題がおススメ!>
<興味深い話題だね! あなたはどう思う?>
<さあ、あなたもつぶやいてみよう!>
優しい声で、背中を押してくれる。
つぶやくことを勧めてくれる。
でも、それは……
「……つぶやかない自由を、奪ってるんだわ」
そうだ、そうだったのだ。
ドラットくんがいるとユーザーは『つぶやかなきゃ』って思ってしまう。何か面白いことを言わなきゃ、何か反応しなきゃ、と追い詰められてしまう。たとえそれが炎上してしまうような内容だとしても。
わたしが取り戻したかった『あの頃のネット』。それは自由で楽しい空間であり、匿名で気楽に、好きなことを話せる場所だったはずだ。
でも、今のXは……
「真逆じゃない……!」
つぶやくことを強制され、考える時間を奪われ、炎上に巻き込まれ、誰かを攻撃することを勧められる。
それは、わたしが愛していたネットとは、まるで違う。むしろ真逆、わたしが憎んでいた腐敗したSNSそのものだ。
わたしが愕然としているとふと通知が届いた。スマホを見ると通知はXからだ。スマホのXアプリの中ではドラットくんが、いつもどおりの様子でわたしにこう勧めていた。
<どうしたの、エリナ=マクスウェル?>
<何かあったのかい、エリナ=マクスウェル?>
<さあ、今の気持ちをつぶやいてみよう!>
思わず、スマホを投げ捨ててしまった。
画面の中でドラットくんのアイコンが光っている。金色の小さなドラゴン。可愛らしい笑顔。でも、今はその笑顔がわたしを嘲笑っているように見えた。
「……X星人を呼んで、今すぐに」
「え、今呼ぶんですか?」
当惑するラリーに、わたしは声を張り上げた。
「ええ、今すぐによッ!!」
数十分後、わたしはX星人をWeb会議で呼びつけた。
〈お呼びでしょうか、エリナ=マクスウェル〉
「ええ、呼んだわよ」
わたしはX星人を睨みつけた。
「説明してもらいましょうか。これは一体どういうことなの?」
そう言いながら、わたしはラリーに指示をした。部屋中のモニターが一斉に起動し、青白い光が暗い室内を照らし出す。次々と映し出される炎上事例のデータ。迷惑動画、コミュニティノートによる誤誘導、ドラットくんが煽った炎上……証拠の数々が、まるで告発するかのように画面を埋め尽くしていく。
〈……これは?〉
「見てのとおりよ。あなたたちが提供した技術で作ったAIが炎上を煽り、ユーザー同士の対立を加速させている。これが『あの頃のネット』を取り戻す技術の結果だというの?」
X星人は、モニターに映し出されたデータを一瞥した。その動きはゆっくりと、まるで時間をかけてデータを確認しているかのようだった。
そして、静かに答えた。
〈はい、その通りです〉
「……は?」
思わず聞き返した。その通り、だって?
「どういう意味? バグなの? それとも設計ミス?」
X星人は首を横に振った。
〈いいえ、すべて意図的な仕様です。すべて計算通りに動いています〉
……意図的?
わたしの脳が、一瞬理解を拒否した。意図的、意図的ですって??
「ドラットくんは迷惑行為を煽り、コミュニティノートは誤情報を拡散し、ユーザーは炎上に駆り立てられている! これが意図的だっていうの!?」
〈ええ〉
X星人は動じることなく、淡々と答えた。
〈エリナ=マクスウェル、あなたは誤解しています。これは決して『バグ』や『設計ミス』ではありません。むしろ我々のシステム、ゲマトリア演算ネットワークは我々の計算どおり完璧に機能しています〉
「完璧……?」
わたしは信じられないという表情でX星人を見つめた。完璧? この地獄のような状況が?
X星人は、そのサングラス越しの視線をわたしに向ける。
〈あなたは『あの頃のネット』を取り戻したかった。自由で、活発で、人々が意見を交わし合う場所を。そうですね?〉
「そうよ、でも……」
〈では、今のXはまさにその通りではありませんか〉
「なんですって!?」
〈いいですか、エリナ=マクスウェル〉
わたしが声を荒げると、X星人の表情がわずかに抑揚を帯びた。まるで教師が生徒に問いかけるような、そんな口調だ。
〈人々は毎日、活発に意見を交わし合っています。つぶやき、リプライし、議論している。エンゲージメント率は94.7%。これ以上ないほど『活発』な言論空間です〉
「それは炎上よ! 議論じゃない!」
〈炎上と議論、その境界はどこにありますか?〉
X星人が問いかける。
〈人々が本音をぶつけ合い、激しく反論し、時には感情的になる。それは『炎上』でしょうか? それとも『議論』でしょうか?〉
「そんな詭弁……!」
〈詭弁ではありません〉
X星人は、モニターに映し出された炎上事例を指差した。
〈Xでは、毎日無数の議論が行われています。政治、社会、文化、日常……あらゆるテーマについて、人々が意見を戦わせている。地球の賢人はこう言いました、『Where there is debate, there is democracy:議論のあるところに民主主義がある』。炎上が起こることこそが民主主義の証ではありませんか?〉
「でも今のXで繰り広げられているそれは議論じゃない、ただの罵り合いよ!」
〈では、なぜ人々はそれに参加するのですか?〉
X星人が首を傾げる。
〈誰も強制していません。ユーザーは自らの意思でつぶやき、リプライし、炎上に参加している。ドラットくんは提案するだけ。最終的に決めるのは、ユーザー自身です〉
「でも、ドラットくんが煽ってるじゃない!」
〈『煽る』とはこれまた筋違いなことを言うのですね〉
X星人の声が、わずかに冷たくなった。
〈我々のAIは、ユーザーのつぶやきを引き出しているだけです。黙っていては、何も変わらない。だからこそ、我々のAIはユーザーに『つぶやくこと』を勧めるのです。人々の声、本音、本当の想いを引き出すために〉
「そんな、バカな……!」
わたしは叫んだ。
「それは詭弁よ! ドラットくんは人々に迷惑行為を勧め、炎上を加速させ、対立を煽ってるだけじゃない! そんなの民主主義でも何でもない!」
〈本当にそうでしょうか?〉
X星人は、わずかに首を傾げた。
〈意見の一致ばかりでは、社会は停滞します。異なる意見がぶつかり合い、時には激しく対立する。その過程で新しいアイデアが生まれ、社会は前に進む。それが民主主義の本質ではありませんか?〉
「それは……!」
確かに、その言葉自体は間違っていない。でも……
〈ネットでは毎日無数の『意見の不一致』が生まれています。人々は対立し、議論し、時には激しく非難し合う。でも、それこそが民主主義の証。活発な言論空間の証なのです。そして何より、〉
X星人の声が、妙に説得力を帯びて響く。
〈今の状態こそが、あなたが求めていた『あの頃のネット』なのではありませんか?〉
「……何ですって?」
わたしは目を見開いた。
〈自由で、無秩序で、時には過激で、誰もが好き勝手に意見を言い、時には炎上し、時には誰かを攻撃する。でも、それこそが『ネットの自由』だったのではありませんか?〉
「違う……!」
〈本当に?〉
X星人の声が、冷たく響いた。
〈あなたが子供の頃に見ていた『あの頃のネット』。しかしそこには既に炎上も、誹謗中傷も、フェイクも、著作権侵害も、無責任な発言もありました。でも、あなたはそれを『自由』だと感じていた。違いますか?〉
「そ、それは……」
わたしは、言葉を失った。
〈規制もなく、モデレーションもなく、誰もが匿名で好き勝手に発言できる。その混沌こそが『あの頃のネット』の本質だったはずです。そして今、Xはまさにその状態を実現している〉
違う、そうじゃない、違うの。
わたしは首を振った。でも、言い返せる言葉が無い。
〈エリナ=マクスウェル、あなたは矛盾しています〉
X星人が淡々と告げる。
〈あなたは『あの頃のネット』を取り戻したいと言いながら、その『自由』の結果を受け入れることができない。自由には責任が伴う。そして時には、その自由が混沌を生む。それが、あなたが愛した『あの頃のネット』の真の姿なのです〉
「そんなはずがあるわけないじゃない!」
X星人の言葉で、わたしは拳を握りしめた。全身が震えている。怒りか、それとも恐怖か、自分でもわからない。
「わたしを騙したのね……!」
〈いいえ、エリナ=マクスウェル〉
X星人の声が、突然変わった。
無機質だった声に今までとは違う、冷たく、計算高い何かが混じっている。
〈我々は、ただ真実を語っているだけです。そして――〉
その時、窓の外から、雷鳴が轟いた。
わたしは反射的に窓の方を振り返る。外は晴れていたはずなのに、いつの間にか空が暗く染まっていた。
「……なに?」
その瞬間、空が裂けた。
夜空を覆っていた分厚い雲が内側から押し広げられ、白光が爆ぜる。稲妻――いや、それはもはや自然現象ではなかった。連続するフラッシュのような閃光と、雷鳴にも似た金属的な
雲海の奥で、巨大な“影”が動く。
都市の高層ビル群を覆い隠すほどの質量が、ゆっくりと、しかし確実に姿を現す。
「あれは……!」
わたしは窓に駆け寄った。
そこに映ったのは、信じられない光景だった。
金と銀に輝く機械の体。
翼を広げ、空を覆い尽くすほどの巨体。
三つの頭を持つ巨大なドラゴン怪獣。
その名をわたしはつぶやいた。
「キングギドラ……?」
キングギドラはかつての怪獣黙示録、そして『怪獣大戦争』で地球を襲った宇宙超ドラゴン怪獣だ。
しかし、目の前のドラゴン怪獣は、かつてのキングギドラとは明らかに違っていた。よく見れば全身の各部が金属パーツで覆われ、関節部分には機械的な構造が見える。生物ではない。ロボット怪獣だ。
機械仕掛けのキングギドラ、いうなれば〈メカキングギドラ〉というべきだろうか。
「なんでこんなものが……!」
〈ああ、計算通りですね〉
そう答えるX星人の声は、これまでとは完全に違っていた。無機質だった声に、明確な感情――満足感のようなものが混じっている。まるで仮面を脱ぎ捨てたかのようだ。
〈さて、エリナ=マクスウェル。ここまで我々の“計画”にご協力いただき、感謝します〉
「計画……?」
わたしは後ずさった。
計画、っていったいどういう意味……?
〈我々があなたに協力を申し出たのは、ツブヤイターを流れるビッグデータが欲しかったからです〉
「ビッグデータ……?」
〈ええ〉
X星人の目が、赤く輝いた。
〈世界中の人々の思考パターン、行動パターン、感情の動き、そして何より人類がどのような刺激にどう反応するかという、膨大な生きたデータ。それこそが、我々が求めていたものです〉
わたしの背筋に、冷たいものが走った。
〈ゲマトリア演算ネットワーク、ドラットくん、そしてXのすべての機能……それらはすべて、ユーザーのデータを収集し、分析するために最適化されたシステムでした〉
「まさか……」
〈そうです。我々が炎上を意図的に起こさせたのは、より多くのデータを収集するためなのです〉
X星人が窓の外を指差す。
〈あなたがた地球人は平穏な状態では、本当の感情を表に出しません。しかし、怒り、憎しみ、恐怖、そして優越感……炎上という極限状態でこそ、人類の本質的な思考パターンが露わになる〉
「それを、メカキングギドラに……?」
〈ご明察です〉
X星人が、冷たく嗤った。
〈我々のメカキングギドラには、Xから収集したすべてのデータが組み込まれています。世界中の人々がどう考え、どう行動し、何に怯え、何に怒り、何に従うか……人類の思考パターンを完全に理解したロボット怪獣。それが我々のメカキングギドラです〉
「あなたたちは……最初から……」
X星人が言う。
〈『あの頃のネット』を取り戻したい――〉
X星人がわたしの言葉を真似る。その声は無表情なのに、どういうわけか嘲笑っているかのように見えた。
〈そんな美しい理想を掲げるあなたは、実に扱いやすい協力者でした。我々が少し技術を提供するだけで、あなたは喜んでユーザーのデータを収集し、分析し、我々が必要とするすべてを与えてくれた〉
「違う……わたしは……そんなつもりじゃ……」
〈そして今、必要なデータ量の閾値を超えました〉
窓の外で、メカキングギドラが咆哮した。
三つの頭が同時に鳴き声を上げる。雷鳴のような雄叫びが、ビル全体を揺らす。窓ガラスがビリビリと震える。わたしの全身も、その振動に共鳴するように震えた。
〈我々のメカキングギドラは、人類の弱点を知り尽くしています。どうすれば恐怖させられるか、どうすれば分断できるか、どうすれば支配できるか。そして、それを可能にしたのは――〉
X星人が、わたしを指差した。
〈あなたです、エリナ=マクスウェル〉
わたしは、その場に崩れ落ちそうになった。
すべてが、わたしのせいだというのか。
わたしが……わたしが、地球を……
〈……さあ、始めましょう。地球上に我々の怪獣を投下し、地球人たちに家畜の気持ちを存分に思い知らせてやります。ここは我々の牧場だ〉
そしてX星人は号令を上げた。
〈メカキングギドラ、全文明を破壊せよ〉
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