悪役令嬢CEO、青い鳥のSNSを買収したらX星人に侵略された件 作:よよよーよ・だーだだ
――モーリス=メーテルリンク『青い鳥』より
メカキングギドラ事件から、二週間が経過した。
「…………。」
あなたは今日も、スマートフォンの画面を開いている。Xのアイコンをタップして、タイムラインを眺める。
街は少しずつ日常を取り戻しつつあった。崩れたビルの復旧工事が始まり、避難していた人々が戻ってきて、店も再開し始めている。テレビのニュースでは「復興」という言葉が繰り返されていた。
Xのタイムラインにも、そんな日常のつぶやきが戻ってきている。
何気ないつぶやき。でも、それが今はとても貴重に感じられる。
あなたは画面の隅を見る。そこには、ドラットくんのアイコンがあった。
金色の小さなドラゴン。以前なら<今日は何かつぶやく?>と話しかけてくれたはずのドラットくんは、今は灰色のまま、沈黙している。
メカキングギドラ事件の後、公式のリリースでは「AIコンパニオン機能は、安全性の再検証が完了するまで停止します」とのことだった。再開の目処は立っていない。
「…………。」
あなたはしばらく、投稿欄を見つめた。
……何かつぶやこうか。でも、何を?
ドラットくんがいたときは簡単だった。あなたが「今日こんなことがあったんだけど」と話しかければ、ドラットくんが<それはいいね! こんな風につぶやいてみたら?>と提案してくれた。言葉が見つからないときも、ドラットくんが手伝ってくれた。
でも今は、ドラットくんはいない。自分で考えて、自分の言葉で、つぶやかなければならない。
……何を書けばいいんだろう。
今日あったこと。朝、コーヒーを飲んだこと。通勤電車が混んでいたこと。昼に食べたサンドイッチが美味しかったこと。
でも、それをどう表現すればいいのだろう。「コーヒー飲んだ」だけでは味気ない。「朝のコーヒー、最高でした!」は大げさすぎる気がする。「今日もいつものコーヒーで一日スタート!」は……なんだか自分らしくない。
考えれば考えるほど、言葉が出てこない。結局、あなたは何もつぶやかずにXを閉じた。
翌日も、その次の日も、同じだった。
タイムラインは眺める。他の人のつぶやきにいいねは押す。でも、自分からは何もつぶやけない。ドラットくんがいないと、何を書いていいのかわからなくなってしまった。
……そんな日々が一週間ほど続いたある夜。
あなたはソファに座って、ぼんやりとスマートフォンを眺めていた。Xのタイムラインには、今日も何気ないつぶやきが流れている。
ふと、気づいた。
別に、つぶやかなくてもいいんだ。
その考えは、雷に打たれたように突然やってきた。
……そうだ、そうだったんだ。つぶやくことがなければ、つぶやかなくていい。無理に何か言葉を探す必要はない。言いたいことがあるときに、言えばいいのだ。
ドラットくんがいたときは、毎日何かつぶやかなきゃいけない気がしていた。「今日は何もつぶやいてないね」とドラットくんが心配そうに言うから。「何かつぶやいてみたら?」と勧めてくるから。
でも、ドラットくんはもういない。
だから、あなたは自由だ。つぶやきたいときにつぶやいて、つぶやきたくないときは何も言わなくていい。
あなたはスマートフォンを置いた。不思議と、心が軽くなった気がした。
それから数日、あなたはXをほとんど開かなかった。
朝起きて、コーヒーを淹れて、出勤して、仕事をして、帰宅して、夕飯を食べて、寝る。そんな普通の日常。
たまにXを開いても、タイムラインをさらっと眺めるだけ。つぶやかなければ、タイムラインを見守らなければ、と思うこともなくなった。
そして、ある休日の午後。
あなたは近所の公園を散歩していた。久しぶりに天気が良くて、空が青く澄み渡っている。木々の葉が風に揺れて、光が木漏れ日となって地面に落ちている。
ベンチに座って、その光景をぼんやり眺めていた。
子供たちが遊んでいる。犬を散歩させている人がいる。老夫婦が仲良く歩いている。
……ああ、平和だな。
そう思った瞬間、あなたの中で何かが動いた。
これを、誰かに伝えたい。この青空のこと。この静かな午後のこと。この平和な風景のこと。
あなたはスマートフォンを取り出した。Xを開いて、投稿欄をタップする。そして何も考えずに、思いついたままに指を動かした。
たった9文字。推敲もしていない。言葉を飾ってもいない。ただ思ったことをそのまま書き、今撮ったばかりの空の写真を載せた。
でも、それでよかった。あなたは投稿ボタンを押した。
フォロワーからすぐにいいねが一つ付いた。二つ、三つ。
リプライも来た。
……そうだ、これでいいんだ。難しく考える必要なんてなかった。言いたいときに言いたいことを、自分の言葉で言えばいい。それだけだ。
あなたはスマートフォンを閉じて、再び空を見上げた。青い空が、どこまでも広がっている。
そんな穏やかな気持ちでベンチに座っていたとき、再びスマートフォンからニュースの通知音が鳴った。
あなたが何気なく画面を見ると、そこに表示されていたのはこんな見出しだった。
【ニュース】エリナ=マクスウェル氏、ツブヤイター社CEOを辞任 スーパーアプリ構想は完全崩壊か
世界最大のSNSプラットフォーム「X(旧ツブヤイター)」を運営するツブヤイター社は昨日xx月xx日、エリナ=マクスウェル氏がCEOを辞任し、同社の全経営権を手放すことを発表した。先月発生した「メカキングギドラ事件」を受けての判断とみられる。マクスウェル氏による野心的なスーパーアプリ化構想は、わずか1年半で頓挫することとなった。
ツブヤイター社の発表によれば、マクスウェル氏は同社の全株式を売却し、経営から完全に退くという。後任のCEOには、マクスウェル氏の買収以前から同社に在籍していた日系CTOのトリイ=テツオ氏が就任する。トリイ新CEOは声明で「ツブヤイターを原点に立ち返らせる」と述べ、マクスウェル氏が推進してきたスーパーアプリ化構想の大幅な見直しを示唆した。
マクスウェル氏は一昨年xx月、宇宙からの訪問者「X星人」との協力関係を発表。「星を超えたコラボレーション」として世界的な注目を集めた。X星人が提供した革新的技術「ゲマトリア演算ネットワーク」を用いて、タイムラインの時系列表示復活、検索機能の大幅改善、AIコンパニオン「ドラットくん」の実装など、次々と新機能を導入。さらにXフォームス(行政手続き支援)、Xウォレット(決済システム)など新たな追加機能を展開し、SNSの枠を超えた「生活のすべてを支えるスーパーアプリ」を目指していた。
しかし先月、事態は急変した。X星人が投入した巨大ロボット怪獣「メカキングギドラ」が世界各地で破壊活動を開始。さらにXのAI機能を悪用して大衆を扇動し、避難誘導の混乱や交通網の麻痺を引き起こすなど、未曾有の被害をもたらした。メカキングギドラは破壊されたものの、推定被害額は30兆ドルを超えるとされている。
今回の事件を受け、SNSプラットフォームにおけるデータ管理と倫理に関する国際的な議論が急速に高まっている。国連安全保障理事会は緊急会合を開き、「プラットフォーム企業による個人データの収集・利用に対する国際的規制の必要性」について協議を開始した。また複数の国がツブヤイター社に対して損害賠償請求訴訟を準備していることも明らかになっている。
トリイ新CEOは就任会見で、今後の方針について次のように語った。「我々はまず、ツブヤイターを『つぶやきのSNS』として再構築します。Xフォームス、Xウォレットなどの拡張機能は段階的に縮小・廃止する方向で検討中です」
特に注目すべきは、AIコンパニオン「ドラットくん」の完全廃止が決定されたことだ。トリイ氏は「ドラットくんは多くのユーザーに愛されましたが、それを『つぶやきを誘導する』目的で使ったことが問題でした。AIそのものではなく、その使い方――つぶやきを引き出してデータを収集しようとする設計思想が根本的な誤りだったと認識しています」と述べ、来月末をもってサービスを終了することを明言した。これに伴い、ゲマトリア演算ネットワークを用いたすべてのAI機能も段階的に廃止されるという。
業界アナリストのジョシュ=ヴァレンタイン氏は、「これはシリコンバレー全体への教訓となるでしょう」と指摘する。「『とにかく成長』『データは石油』という時代は終わりを迎えつつある。プラットフォーム企業は、自らが生み出す影響の大きさを改めて認識する必要があります。マクスウェル氏の失敗は、テック業界全体が『次の時代』を考え直すきっかけになるはずです」
一方、マクスウェル氏の今後については不明な点が多い。関係者によれば、氏は現在、所在を明かさず静養しているという。マクスウェル家の広報担当者は「本人の意向により、当面の間、一切の取材・接触をお断りします」とコメントしている。
なお、マクスウェル家は、マクスウェル氏の保有株式の段階的売却および個人資産を原資として「メカキングギドラ事件被害者補償基金」を設立することも併せて発表した。同基金への初期拠出額は約1000億ドル相当とされ、これは単一個人による拠出としては前例のない規模となる。資金は数年にわたり段階的に拠出され、各国政府および国際機関と連携し、被災者への直接補償、インフラ復旧、医療・心理ケア支援などに充てられる見通しだ。
『悪役令嬢』と呼ばれながらも世界を変えようとした、若き天才起業家の野心的な挑戦はこうして幕を閉じた。その功罪については、今後長きにわたって議論されることになるだろう。
SNSはこれからどこへ向かうのか。そして、私たちはこの教訓から何を学ぶのか。答えはまだ誰にもわからない。
(文:スティーブ=マーティン / ユナイテッド・ワールド・ニュース特派員)
あの事件から、半年が経った。
ワタシ、
ここはかつてのペントハウスではない。都市郊外の、ごく普通のアパートメントの一室だ。マクスウェル家の令嬢が住むには、あまりにも質素すぎる場所。
でも、エリナは「ここがいい」と言った。「誰もエリナ=マクスウェルを知らない場所がいい」と。
「……ラリー」
「はい、エリナ」
ソファに座るエリナが、手元のタブレットから顔を上げた。
彼女の顔は、あの頃よりも随分と痩せている。CEO時代の溌剌とした眼光は消え、代わりに疲労と、そして何か諦念のようなものが宿っていた。
「X、いや、今は『X』じゃなくて、またツブヤイターに名前が戻ったんだっけ」
「ええ、新CEOのトリイ氏が先日発表しましたね。『原点回帰』として、プラットフォーム名をツブヤイターに戻すと」
エリナは小さく笑った。自嘲的な、寂しい笑みだった。
「……わたしが『X』なんて大仰な名前に変えたのも、結局は自己満足だったのかもね」
「そんなことは……」
「いいのよ、ラリー。もうわかってる。わたしがやったことは、ただの世間知らずの独りよがりだったから」
エリナはタブレットを見つめた。
「ねえ、ラリー。わたし、アカウント作ってもいいかしら」
「アカウント、ですか?」
「ツブヤイターの。匿名で」
ワタシは一瞬、言葉を失った。
エリナが、ツブヤイターを? あれだけの事件を起こし、世界中から非難され、CEOの座を追われた彼女が?
「でも、エリナ……」
「大丈夫よ。誰にも正体はバレないように気をつけるわ。ただ……」
エリナは窓の外を見た。
「見てみたいの。今のツブヤイターがどうなっているのか。わたしが手放したあの場所が、どんな風になっているのか」
「……わかりました」
ワタシは頷いた。止める理由はない。いや、むしろ――エリナには必要なことなのかもしれない。
「じゃあ、アカウント名は?」
「そうね……」
エリナは少し考えてから、こう言った。
「『
「了解です。それでは作成しますね~」
数秒後、新しいアカウントが誕生した。
プロフィール画像はデフォルトの卵。自己紹介文は空欄。フォロー数もフォロワー数もゼロ。
かつて世界最大のSNSを支配していたエリナ=マクスウェルは、今や何の痕跡も持たないただの「名無しさん」になった。
「……できましたよ、エリナ」
「ありがとう、ラリー」
エリナがタイムラインを開く。
そこに流れてきたのは――
何気ない、日常のつぶやき。
アルゴリズムに支配されない、時系列のタイムライン。
ドラットくんの提案もない、ユーザー自身の言葉。
「……ああ」
エリナが小さく呟いた。
「これだ。これが……『つぶやき』なんだわ」
ワタシは何も言わなかった。ただ、エリナの横でホログラムの翼を小さく羽ばたかせながら、彼女と一緒に画面を見つめた。
しばらくスクロールしていると、
エリナの表情が、わずかに曇った。
「……やっぱり、何も変わってないのね」
「ええ」
ワタシは正直に答えた。
「フェイク情報、差別、誹謗中傷、炎上……エリナがCEOだった頃と何も変わっていません。いいえ、むしろ悪化しているかもしれません」
トリイ新CEOは「原点回帰」を掲げた。スーパーアプリ化構想は破棄され、XフォームスもXウォレットも縮小・廃止された。ドラットくんは完全に削除され、ゲマトリア演算ネットワークも停止された。
ツブヤイターは再びただの「つぶやきSNS」に戻った。
でも、問題は、何一つ解決していない。
フェイク情報は相変わらず拡散され続けている。
誹謗中傷は日常茶飯事。
些細なことで炎上が起き、誰かが袋叩きにされる。
X星人の技術を使っても使わなくても、結局同じなのだ。問題の根本は技術じゃなくて、人間そのものだから。
エリナが呟いた。
「……ラリー、わたしは何を目指していたんだろうね」
エリナはタブレットを膝の上に置いた。
「わたしは『あの頃のネット』を取り戻したかった。自由で、楽しくて、誰もが対等に意見を言い合える場所……でもそんな場所、最初から存在しなかったのかもしれない」
「そんなことは……」
「いいえ、あったのよ。確かにあった。わたしが子供の頃、あの暗い部屋でモニターを覗き込んでいたとき、そこには確かに『自由』があった」
エリナは目を閉じた。
「でも、それはわたしが子供だったから、何も知らなかったから、見えていなかっただけなのかもしれない。きっとあの頃だって誹謗中傷はあったし、フェイクもあったし、炎上もあった。ただ、わたしの目に入らなかっただけ」
ワタシは何も言えなかった。
……エリナの言葉は、おそらく正しい。ノスタルジアは、いつだって現実よりも美しい。『あの頃のネット』は、エリナの記憶の中で理想化されていたのだろう。
ふとエリナが呟いた。
「ラリー、わたし……つぶやいてみようかな」
「何を、ですか?」
エリナは少し躊躇してから、静かに答えた。
「本当のこと」
ワタシは、思わず翼の動きを止めた。
「本当のことって、まさか……」
「大丈夫よ。正体がバレないように、ぼかして書くわ。でも……言わなきゃいけない気がするの。誰かに、何かを」
エリナの指が、震えながらキーボードに触れた。
「わたしは、ずっと逃げていた。あの事件の後、誰にも会わず、何も言わず、ただ隠れていた」
「そうかもしれませんが……」
「でもそれじゃあ、何も変わらない」
「…………。」
ワタシは何も言えなかった。ただ、見守ることしかできない。
エリナは、ゆっくりと、一文字ずつ入力し始めた。
十分ほどが経過した。
エリナは何度も書き直し、消し、また書き直していた。
そして、
「……できた」
エリナがワタシに画面を見せた。タブレットのメモ帳画面に目を通す。
……これは、告白だ。曖昧で、抽象的だけれど、確かにエリナ自身の言葉だった。
「投稿、しますか?」
「ええ。怖いけど……でも、言わなきゃ」
エリナの指が、投稿ボタンに触れた。
一瞬の躊躇。
そして、タップ。
投稿は、静かにタイムラインに流れていった。
エリナは、じっと画面を見つめていた。
一分が過ぎ、二分が過ぎた。
何の反応もない。
「……やっぱり、誰も見てないわね」
エリナが苦笑した。その表情は、どこか安堵しているようにも見えた。
「それでいいのよ。ただ、つぶやきたかっただけだから……」
その時、ポン、という通知音。
「……!」
エリナが画面を見た。
そこには、一つのリプライが表示されていた。
エリナの顔が、わずかに強張った。
「……そう、よね」
でも、すぐに次の通知が来た。
そして、さらに。
通知が、次々と鳴り始めた。
「エリナ……」
「大丈夫よ、ラリー。これも、ネットよね」
エリナは、一つ一つのリプライを読んでいった。
リプライは増え続けた。
罵倒するもの。突き放すもの。冷静に分析するもの。共感するもの。温かい言葉をかけるもの。
すべてが混ざり合って、エリナの投稿に集まってきた。
「……ラリー」
エリナが、震える声で呟いた。
「これよ……これが、『あの頃のネット』なのよ!」
彼女の目から、涙が一筋流れた。
「わたし、ずっと探してたのよ。『あの頃のネット』を。自由で、温かくて、楽しい場所を」
エリナは、涙を拭いながら笑った。
「でも……それは、遠くにあったんじゃなかった。ずっと、ここにあったんだわ」
窓の外では、夕日が完全に沈んでいた。
部屋の中は薄暗くなり、タブレットの光だけが、エリナの顔を照らしている。
「……ラリー」
「はい」
「今日は、いい天気だったわね」
「ええ、そうですね」
エリナは立ち上がり、窓を開けた。
夜風が、そっと部屋の中に入ってくる。
「明日も、いい天気だといいわね」
「きっと、そうですよ」
そう答えながらワタシは、エリナの隣で翼を羽ばたかせた。エリナの望むとおり明日もいい天気になるといい、そう願いながら。
おしまい。
平成キングギドラ/メカキングギドラの鳴き声をBGMにして書いてました。
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