劇場版ブルーアーカイブ:黎明の箱庭と失われた光   作:教頭

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ボンドルドと補習授業部のやり取りをと書いたら、コハルがボンドルドをエッチだと言い出した。

その瞬間、私はこのAIを信じると決めたのです(曇りなき眼)


04.放課後の友だちと、小さき「希望」の形

1. 黄昏のトリニティと、招かれざる「卿」

 

トリニティ総合学園。その歴史ある石造りの校舎は、夕暮れ時になるとオレンジ色の柔らかな光に包まれ、まるで時間が止まったかのような静謐な美しさを湛える。

しかし、その静寂を切り裂くように、古びた補習授業部の部室のドアが「ギィィ……」と重苦しい音を立てて開かれた。

 

「おやおや。ここが、先生が仰っていた『絆のゆりかご』ですか。実に、実に見事な調和だ」

 

部屋に足を踏み入れたのは、あまりにもこの学園に不釣り合いな巨躯だった。

深紫の重厚な装甲、顔の中央を縦に走るバイオレットのスリット。深淵を覗き込むようなその男、ボンドルドの背後から、桃色の髪をなびかせた少女がひょっこりと顔を出した。

 

「パパ、すごいよ! このお部屋、すっごく温かい匂いがする!」

少女の肩に乗った奇妙な生き物が、短く鳴いた。

「メヤァ」

 

その声に、部室内でティータイムを過ごしていた少女たちの動きが凍り付く。

阿慈谷ヒフミは、カップを持ったまま硬直した。部長の下江コハルは、驚きのあまり手に持っていた雑誌(あまり人に見せられない種類のものだ)を背後に隠した。

そして、白洲アズサは、一瞬で「戦士」の目になった。

 

「……迎撃準備。ヒフミ、私の後ろへ」

アズサの愛銃「エチュード」が、ボンドルドのバイオレット・スリットに向けられる。

「死の匂いはしない。けれど、この男……虚無の匂いがする。何万もの叫びを、一つの仮面の下に押し殺したような、理解不能な虚無が」

 

「おやおや。白洲アズサさん、でしたね。素晴らしい。その警戒心、その生存本能……。エデン条約という地獄を潜り抜けた若き才能は、これほどまでに鋭利に研ぎ澄まされるのか。……ああ、愛おしい。あなたのその『意志』は、この学園の何よりも輝かしい宝物だ」

 

ボンドルドは、銃口を向けられているにもかかわらず、うっとりとした溜息をつくように装甲の隙間から蒸気を吐き出した。

 

「な、ななな、なによその格好! 露出はないけど、なんかすごくエッチな不審者よ! 死刑! 即、死刑なんだから!」

コハルが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「コ、コハルちゃん、落ち着いて! この方は、先生が正式に紹介してくれたボンドルドさん……砂漠化対策の技術者の方なんです」

ヒフミが慌てて割って入り、ようやく場は(表面的な)平穏を取り戻した。

 

 

 

2. プルシュカとメイニャ、そして「ペロロ様」

 

「わあ……! この子、なになに!? すっごく可愛い!」

 

プルシュカが真っ先に駆け寄ったのは、棚に並べられた奇妙なぬいぐるみたちの前だった。

それを見たヒフミの瞳が、これ以上ないほど輝き始める。

 

「わ、わかってくれますか、プルシュカちゃん! これは『モモフレンズ』と言って、キヴォトスで今一番熱いキャラクターなんです! この子がペロロ様で、こっちがニコラ、そしてこれが……」

 

「ペロロ様……。なんだか、メイニャに少し似てるかも! ねえ、メイニャ?」

「メヤァ」

メイニャがプルシュカの肩で同意するように鳴く。

 

「メイニャっていうんですか? ふわふわしてて、不思議な形……。でも、とっても優しい目をしていますね」

ヒフミがそっと手を伸ばすと、メイニャはヒフミの手の甲に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅いだ。

「メヤァ、メヤァ」

 

「あはは、気に入ったみたい! メイニャはね、とっても賢いんだよ。ねえ、ヒフミお姉ちゃん。このペロロ様って、どうしてこんなに目が離れてるの?」

 

「それはですね、ペロロ様は『世界の真理をすべて見渡すために、あえて視点をずらしている』という説が有力なんです! ……あ、でも本当は、ただのデザイン上のミスがそのまま公式設定になったという噂もあって……」

 

ヒフミとプルシュカは、一瞬で意気投合した。

その様子を、ボンドルドは壁際に直立したまま見守っていた。彼は何も言わず、ただバイオレットのスリットを細かく明滅させている。その視線は、楽しそうに笑うプルシュカを……そして、彼女に寄り添うヒフミたちの「ヘイロー」を、極めて詳細にプロファイリングしていた。

 

「……ボンドルドさん、でしたっけ。貴方は、プルシュカさんを連れて何をされているんですか?」

 

浦和ハナコが、いつもの余裕ある微笑みを浮かべながら、鋭い質問を投げかける。

彼女の目は笑っていなかった。

 

「パパはね、砂漠を治すためのすごいお仕事をしてるの! でも、パパはいつも私に言うんだ。『一番大切なのは、君が世界を見て、君自身が輝くことだ』って!」

 

プルシュカが誇らしげに答える。その無垢な言葉に、ハナコは一瞬だけ目を細めた。

「……それは素敵な教育方針ですね。けれど、その『輝き』のために、彼女が何を背負わされているのか……少し気になってしまいます。……ねえ、ボンドルド様。あなたは彼女を、一人の人間として愛しているのですか? それとも、あなたの『夢』を実現するための、最も優れたパーツとして愛しているのですか?」

 

「ハナコさん。素晴らしい洞察だ」

ボンドルドが、重厚な声を響かせる。

 

「彼女は私の希望です。……彼女が、自分でも気づかないほどの『高み』へ至るため、私はあらゆる手段を講じます。それが親としての務めであり、探求者としての誠実さですから。……皆さんも、そうでしょう? 補習授業部という場所で、あなた方は互いの『欠落』を埋め合い、より高い次元へと昇華した。……私はそのプロセスを、心から称賛しているのです」

 

「……私たちのことを、実験台のように言わないで」

アズサが冷たく言い放つ。

ボンドルドは否定しなかった。ただ、装甲の隙間から「シュィィ」と音を立てて、未知のエネルギーの残滓を漏らした。

 

「おやおや。誤解させてしまったのなら、謝罪しましょう。私はただ、美しいものが、より美しく形を変える瞬間に立ち会いたいだけなのです。……皆さんのヘイローが、明日にはどのような変容を遂げるのか。それを想像するだけで、私の胸は黎明の如き高揚に満たされる……」

 

 

 

3. モモフレンズの誓い:プルシュカへの贈り物

 

部屋の片隅では、そんな大人(あるいは怪物)同士の駆け引きとは無縁に、プルシュカとヒフミが「友情の儀式」を執り行っていた。

 

ヒフミは、自分の宝箱の中から、大切に保管していた一つの小箱を取り出した。

「あの、プルシュカちゃん。これを、あなたに」

 

箱の中から現れたのは、キラキラと輝く小さなキーホルダーだった。

「わあ……! これ、さっきのペロロ様?」

 

「はい。これは『ペロロ様(黄金の冒険者Ver.)』の限定キーホルダーなんです。本当は私、予備として取っておくつもりだったんですけど……。プルシュカちゃん、パパと一緒にいろんなところへ冒険に行くんでしょう? だから、このペロロ様が、プルシュカちゃんの道を守ってくれるようにって」

 

ヒフミは、プルシュカの手を優しく取り、その掌にキーホルダーを乗せた。

プルシュカの瞳に、パッと光が灯る。

 

「……いいの? こんなにキラキラしてて、大事なものなんでしょ?」

「もちろんです! プルシュカちゃんは、もう私の『友だち』ですから。トリニティに来たら、いつでもこの場所を思い出してください。……約束ですよ?」

 

「友だち……。パパ以外の、私だけの友だち……!」

 

プルシュカは、キーホルダーを胸に強く抱きしめた。

「ありがとう、ヒフミお姉ちゃん! 私、これ、一生……何があっても大切にするね! パパ、見て見て! ヒフミお姉ちゃんがくれたんだよ!」

 

プルシュカが駆け寄ると、ボンドルドはゆっくりとその巨体を屈めた。

「……素晴らしい。プルシュカ、君はまた一つ、新しい『絆』という名の観測データを得たわけですね。……ヒフミさん。あなたのその慈愛、この子の魂に深く刻まれました。感謝いたします」

 

ボンドルドは、装甲の手袋でプルシュカの頭を撫でた。

その動作は、一見すると微笑ましい親子の触れ合いだ。だが、その光景を眺めていたハナコとアズサは、同じ戦慄を共有していた。

 

ボンドルドは、ヒフミの善意すらも「プルシュカを成長させるための糧」として、あまりにも事務的に、かつ冷徹に享受している。

彼はヒフミに感謝しているのではない。ヒフミという「外部刺激」が、プルシュカという「検体」の感情的な価値を高めたことを喜んでいるのだ。

 

「メヤァ……」

メイニャが、どこか不安げにプルシュカの顔を覗き込んだ。

 

 

 

4. 黎明への誘いと、残された予感

 

ボンドルドたちは、日が暮れる前に部屋を去ることになった。

「プルシュカちゃん、またね! 次はアビドスでも会いましょう!」

「うん! 砂漠が緑になったら、みんなでペロロ様パーティーしようね!」

 

校門へと向かう帰り道、プルシュカはヒフミからもらったキーホルダーを、自分のバックに付けた。

 

「パパ、これ、ずっと付けてもいい? ヒフミお姉ちゃんとの約束を守りたいの」

「おやおや。……ええ、構いませんよ。プルシュカ、君の意志こそが私の導きなのですから」

 

その背中は、どんな闇よりも深く、それでいて恐ろしいほどに真っ直ぐだった。

部室の窓からその姿を見送っていた補習授業部の面々は、しばらく沈黙していた。

 

「……ねえ。結局、あの人、いい人だったのかな?」

コハルが、自分を納得させるように呟く。

 

「……仕事は完璧で、娘思い。提案も素晴らしい。……でも、コハルちゃん。私は、あの人が『愛』と口にするたびに、足元から奈落が広がっていくような怖さを感じるんです」

 

ヒフミが、自分の胸元をぎゅっと抑えながら言った。

 

「プルシュカちゃんは、本当にいい子でした。……だからこそ、彼女があの人と一緒にいることが、どうしても……『正しいこと』だとは思えないんです」

 

アズサは、窓枠を指が白くなるほど強く握りしめていた。

 

「……分からない。でも多分、少なくとも私はあれを『愛』だとは思えない……」

 

 

 

5. 歪な「完成」と、メイニャの瞳

 

宿泊先へと戻る道中、ボンドルドはプルシュカの手を引きながら、穏やかに、しかし熱を孕んだ声で語りかけた。

 

「プルシュカ。今日、あなたは『友だち』のために自分を捧げたいと思いましたか?」

「うん! ヒフミお姉ちゃんたちが困ってたら、私、何でもしてあげたい! 私、ヒフミお姉ちゃんのためなら、もっともっと強くなれる気がするんだ!」

 

「素晴らしい。……実に、実に見事な回答です。その利他心、その高潔な精神。……それこそが、次の『段階』へ進むために必要な、最後の仕上げだった」

 

ボンドルドのスリットが、夜の闇の中でひときわ強く、バイオレットの光を放った。

「……もうすぐです、プルシュカ。私たちが待ち望んだ『黎明』は。君のその温かな心が、最高の形で結実する瞬間が……。あなたが私のために、そしてあなたの『友だち』のために、一つになる時が」

 

「パパと一緒に、黎明を見るんだもんね! 私、頑張るよ!」

 

プルシュカの腰で、ペロロ様のキーホルダーが夜風に揺れ、カチカチと乾いた音を立てる。

それは、ヒフミが与えた「友情の証」でありながら、ボンドルドにとっては、実験動物をより「価値ある素材」へと昇華させるための、最後の精神的スパイスに過ぎなかった。

 

「メヤァ……」

メイニャは、プルシュカの肩で、ただ夜の闇をじっと見つめていた。

その瞳には、これから訪れる「黎明」という名の惨劇が、すでに映っているかのようだった。

 

トリニティの白亜の夜。

そこには、砂漠の熱気とは異なる、静かで、狂おしいほど純粋な絶望が、着実にその根を広げていた。

ヒフミたちが次にプルシュカに会うとき、彼女はまだ「彼女」のままでいられるのだろうか。

それを知るのは、バイオレットのスリットを光らせる仮面の男だけだった。

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