劇場版ブルーアーカイブ:黎明の箱庭と失われた光   作:教頭

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06.奈落へ挑む灯火(ともしび)

1. 先生の「確信」と非常事態宣言

 

アビドス、トリニティ、そしてミレニアム。

キヴォトス全域からシャーレに届く報告書は、どれも一つの恐ろしい結論を指し示していた。

リオからの通信は「キヴォトスの物理法則が、あの男の周囲でだけ書き換えられようとしている」という技術的戦慄を伝え、ハナコからの手紙には「彼が説く『愛』は、対象を最も効率的に破壊するための甘い毒液である」という直感的な警告が綴られていた。

 

そして何より、ホシノから届いた最後の短い通信が、先生を動かした。

 

『先生、ごめん。おじさんの勘、外れてなかったみたい。あの男、プルシュカちゃんを……。今すぐ来て。手遅れになる前に。あの子の「大好き」が、あいつに喰べられちゃう前に』

 

先生は震える指で、全学園へ向けて緊急優先コード「S-0」を発信した。

「——各学園の対策委員会、補習授業部、セミナー、および関係各員へ。……これより、アビドス砂漠、通称『前線基地(イドフロント)』への強行突入作戦を開始する。目的はただ一つ。……生徒、プルシュカの救出だ」

 

先生の声は、かつてないほど低く、そして冷たい怒りに満ちていた。それは教え子を奪われた教師の怒りであり、人間の尊厳を弄ぶ「怪物」への宣戦布告だった。

 

 

 

2. 砂漠の集結:不揃いな軍勢

 

アビドスの境界線。かつては廃校寸前の静かな学び舎だったその場所に、キヴォトスの各学園から「軍事力」が次々と集結していた。熱風が砂を巻き上げ、装甲車のエンジン音が唸りを上げる。

 

最初に出迎えたのは、アビドス対策委員会の面々だ。

「先生、遅いよ。……もう、引き金には指がかかってる」

シロコが愛銃のボルトを引き、乾いた音を響かせる。彼女の視線はすでに、陽炎の向こうにある死地を捉えていた。隣ではセリカが震える拳を握りしめ、必死に涙を堪えている。ノノミはいつもの微笑みを完全に消し、愛銃のガトリング砲を砂の上に据え、給弾ベルトの異常がないか何度も確かめていた。

 

「先生……私、プルシュカちゃんからもらったお菓子、まだお返ししてないんです。……パパのためにって、あんなに一生懸命笑っていた子を、あんな風に利用するなんて……絶対に許せません」

アヤネが端末を操作し、敵基地の座標を各員へ飛ばす。その座標には、ボンドルドが持ち込んだ「砂漠再生装置」という名の、キヴォトスのリソースを吸い上げるための寄生器官が点在していた。

 

そこへ、地平線の彼方から巨大な砂煙が上がった。

「お待たせしました、皆さん! 補習授業部、ただいま到着です!」

 

ヒフミの声と共に、トリニティの輸送車が急停車する。中から飛び出してきたのは、戦闘服を纏った補習授業部の面々、そしてナギサが直卒する正義実現委員会の精鋭たちだった。

 

「……阿慈谷さん。貴女がそこまで必死になる理由、ようやく理解しました。あの男は、私たちが守るべき『青春』を根底から踏みにじろうとしている。……トリニティの歴史にかけて、この暴挙を看過することはできません」

ナギサが椅子から立ち上がり、手にしたパラソルを固く握る。「正義の名のもとに、あの『異邦人』に教えを説いてあげましょう。ここは、あなたの実験場ではないのだと」

 

「ヒフミ、泣かないで。……私の銃は、もう獲物を捉えている」

アズサが、プルシュカからもらったメイニャのぬいぐるみを自分のタクティカルベストに結びつけ、鋭い視線で荒野を睨む。その横で、コハルが「死刑……絶対に、絶対に死刑なんだから……!」と涙を拭いながら銃を構えた。彼女たちの友情は、すでに恐怖を克服していた。

 

ハナコは静かに、先生の隣に立った。

「先生。あの男の愛は、深淵よりも深い。……私たちの『常識』や『道徳』は、彼にとっては単なるノイズに過ぎないかもしれません。……覚悟はいいですか? 地獄の蓋を開けるのは、私たちの役目です」

 

先生は無言で頷いた。その瞳には、一人の少女を地獄から引きずり戻すという執念だけが宿っていた。

 

 

 

3. ミレニアムの科学力:強行突破の鍵

 

最後に現れたのは、ミレニアムサイエンススクールが誇る最新鋭の重装甲輸送車「アバンギャルド君(改)」であった。

 

「計算終了。……ボンドルドの基地を覆う特異な電磁障壁は、私の計算機の予測を三%上回る『意志』のようなものを孕んでいます。……ですが、数学的に突破不可能な障壁など存在しません」

 

ユウカが車から降り立ち、先生に分析データを転送する。背後には、リオの密命を受けたヴェリタスのメンバーが、衛星軌道からの観測データをリアルタイムで解析していた。

 

「アリス、準備完了です! 勇者の剣(レールガン)、チャージ一〇〇%。……プルシュカさんを、光の速さで迎えに行きます! 彼女との通信はまだ途絶えていません。アリスのセンサーが、彼女の悲しみをキャッチしています!」

アリスが背負った『スーパーノヴァ』が、地面を震わせるほどの重低音を響かせて唸りを上げる。モモイとミドリも、お気に入りのコントローラー型のトリガーを握りしめ、互いの背中を守るように配置に就いた。

 

「リオ会長からは、『科学の倫理を汚すものに、科学の鉄槌を』……そして『人であることを捨てた者に、未来を語る資格はない』との伝言を預かっています」

ユウカが、ボンドルドとの会議の際に受けた、あの生理的な嫌悪感を晴らすかのように、鋭い号令をかけた。

 

 

 

4. 砂の海を進む「箱舟」

 

連合軍は、先生を先頭に砂漠の最深部へと進軍を開始した。

かつてボンドルドが「砂漠を緑に変える希望の塔」と称して建設していた装置群は、今や赤黒い不気味な光を放ち、周囲の空間を物理的に歪めていた。

 

「……来てるね。空気がチリチリする。おじさんのヘイローが、あそこに行くのを本能的に拒んでるみたいだ」

ホシノが、先頭車両の屋根でショットガンを肩に担ぎ、独り言を呟いた。

彼女の目は、いつもの眠たげなものではなかった。かつて大切な先輩を失い、世界の理不尽に打ちのめされたあの日……その暗い記憶を呼び起こすような不吉な波動が、前方のクレーターから溢れ出していた。

 

「シロコちゃん、聞こえる? もし、あの男が『これは愛だ、祝福だ』なんて抜かしたら……おじさんの許可はいらないから、すぐに全弾叩き込みなよ。……あいつに、言葉を喋らせちゃいけない。毒が移るからね」

「……了解、ホシノ先輩。最初からそのつもり。……ターゲットは、あの仮面の中央。一撃で沈める」

 

通信機越しに交わされる言葉は、どれも刺々しく、しかし一つの目的に向かって研ぎ澄まされていた。移動中の車内では、プルシュカが置いていったメイニャが、先生の腕の中で「メヤァ……、メヤァ……」と悲しげに鳴き続けていた。それは、主人が今まさに「完成」という名の破滅に向かっていることを知らせる、弔い鐘のようでもあった。

 

 

 

5. 地獄の門、前線基地(イドフロント)

 

数時間の強行軍の末、彼らの前にそれは現れた。

 

砂漠の断崖絶壁を無慈悲に削り取り、巨大なクレーターの中に巣食うように建設された異形の要塞。

幾重にも張り巡らされた複雑な配管からは、紫色の有害な蒸気が噴き出し、周囲の砂は異常な熱量によって結晶化し、毒々しい輝きを放っている。

そこは、キヴォトスのどの法律も、どの道徳も、どの信仰も届かない、狂った探求者の聖域——『イドフロント』。

 

「……あれが、イドフロント。プルシュカちゃんがあそこに閉じ込められて……」

ヒフミが息を呑む。

要塞の中央にそびえ立つ漆黒の塔の頂点には、巨大な『濾過装置』が設置されていた。それはまるで、空から降り注ぐ太陽の光を飲み込み、そのエネルギーをすべて死へと変換して、ドス黒い影を地上に吐き出す巨大な口のように見えた。

 

「各員、突入準備! ミレニアムは障壁の強制排除を! トリニティは後方からの砲撃支援と負傷者の護衛! アビドスは私と共に最深部へ突入する! 迷うな、一気に畳みかけるぞ!」

 

先生の号令が、砂漠の風を切り裂いて響き渡る。

「……聞こえるか、ボンドルド。……今すぐ、私の生徒を返してもらう。君が何を語ろうと、君の『愛』がどれほど深くても、私はそれを認めない」

 

先生は、イドフロントの堅く閉ざされた鋼鉄の門を、憎悪に近い意志で睨みつけた。

門の向こう側からは、一人の男の声ではない、何千何万もの魂が擦れ合うような、機械的な「残響」が、嘲笑うかのように風に乗って聞こえてきた。

 

「愛おしい……実に、愛おしい……。探求の道に、これほど多くの方たちが集まるとは……。ああ、素晴らしい。先生、そして輝かしいヘイローを持つ皆さん。あなた方のその情熱を、これより始まる『黎明』の糧としましょう……。プルシュカも、きっと喜んでいますよ……」

 

通信機に混じる、ボンドルドのノイズまじりの声。

その言葉を聞いた瞬間、全生徒の銃口が一斉に門へと向けられ、各学園のプライドが火花を散らした。

 

「——作戦開始。プルシュカを……あの子の笑顔を、取り戻すぞ!!」

 

先生の叫びと共に、アリスのレールガンが放たれ、要塞の門が光の奔流に飲み込まれた。

爆煙の中、少女たちの戦い——救いのない「愛」という名の狂気から、一人の無垢な命を奪い返すための地獄への行軍が、今、幕を開けた。




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