榊原
「だが、お前がどうしても嫌なら、無理強いする権利は俺にはない。
お前は走って満足した。
俺はお前がエルコンドルパサーを蹴散らしてくれたおかげで、担当するウマ娘にもチャンスが生まれた。
お互いに損はしていない」
淡々とした声。
感情を排したような口調。
それが逆に、胸に重くのしかかる。
榊原
「ゼロ、ご苦労だったな。
俺たちは……ここまでだ……」
ゼロ
「……っ!」
突き放された。
その言葉だけは、はっきり理解できた。
胸の奥が急に冷たくなる。
体のどこに力を入れて堪えればいいのか、もう分からない。
ゼロ
(終わった……?
本当に……ここで……?)
榊原
「もう一度言うが、エルコンドルパサーのことなら、お前の責任じゃない。
才能に溺れて消えていったヤツなら、何人も見てきた。
彼女がそうなったら、その程度だったってことだ」
その言葉は、
エルコンドルパサーに向けられたもののはずだった。
だが――
ー才能に溺れて消えていく
ーその程度の存在
俺の胸に、鋭い刃のように突き刺さる。
ゼロ
(……俺のこと、言ってるみたいだ……)
自分が勝ったのは偶然だったのかもしれない。
自分は本当は“その程度”なのかもしれない。
勝負の世界に足を踏み入れたのに、
心が追いつかず逃げ出した自分は――
ゼロ
(俺が……消えていく側……?)
胸が締め付けられる。
呼吸が浅くなる。
視界が滲む。
榊原は俺の沈黙を見つめながら、
それでもあえて追い打ちをかけるように言葉を続ける。
榊原
「ゼロ。
お前がどうしたいかは……お前が決めろ」
その声は優しさではなく、
“覚悟を問う声”だった。
唇を噛みしめる。
震える指先が、机の端を掴む。
ゼロ
(俺は……どうしたい……?
走りたいのか……
逃げたいのか……
どっちなんだ……)
答えはまだ出ない。
ただ、胸の奥で何かが軋む音だけが響いていた。
ゼロ
「俺は……まだどうしたらいいか、わからないんです。
でも、もう俺が走れるレースなんてない……
もう誰も傷つけないようにしたかった。
ただ、それだけなんだ……」
声が震えていた。
後悔でも、恐怖でもない。
“自分が誰かの涙の原因になった”という事実が、胸を締め付けていた。
榊原は、そんな俺の言葉を遮らず、静かに聞いていた。
榊原
「……まぁ、聞け」
その声は、いつもの落ち着いた調子だったが、
どこか“決意”のようなものが混じっていた。
榊原
「追走祭の後、理事長も生徒会長も沈黙を貫いている。
誰が先に動くか、牽制しあってるようにな」
ゼロ
「……牽制……?」
榊原
「ああ。
お前が勝ったことで、学園の“秩序”が揺れた。
誰も軽々しく動けない。
動けば責任を負うことになるからな」
ゼロ
「俺のせいで……?」
榊原
「そうじゃない。
“勝った”という事実が、そうさせているだけだ」
榊原は腕を組み、少しだけ視線を落とした。
その表情は、何かを決めた人間の顔だった。
榊原
「そこで、俺は次の手を考えている」
ゼロ
「……次の手……?」
榊原
「ゼロ。
お前が同意してくれたら、誰よりも先に動ける」
その言葉は、
俺にとって“逃げ道”ではなく、
“選択肢”として差し出されたものだった。
榊原の目は真剣だった。
俺を突き放したわけでも、責めているわけでもない。
ただ――
“決断”を求めていた。
ゼロ
(俺が……同意したら……?
何が変わる……?
俺は……どうしたい……?)
胸の奥で、答えの出ない問いが渦巻く。
榊原
「ゼロ。
お前がどうしたいか……それが全てだ」
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ゼロにも一つだけ、誰にも負けないチートがあります。
それは、榊原という大人がそばにいることです。
走り方を教えるだけではなく、
逃げたときは叱り、迷ったときは待ち、
それでも前に進むよう背中を押してくれる。
ゼロがゼロでいられるのは、
榊原が支えてくれているからです。