ゼロ
「次の手?
そんなものあるはずない。
理事長はあと1回だけと言った。
もう同じ手は使えない」
その声には、
“希望を持つことすら怖い”という諦めが滲んでいた。
榊原は腕を組み、
俺の言葉を静かに受け止める。
榊原
「お前の評判を知っているか?」
ゼロ
「……評判?」
榊原
「1着になって逃走したことへの批判は確かに目立っている。
だが――誰もお前の走りを否定していない。
むしろ、再登場を望む声が多い」
ゼロ
「……再登場……?」
榊原
「ああ。
“もう一度見たい”
“あの加速は何だったんだ”
“次は逃げるな”
そんな声が山ほど上がっている」
胸がざわつく。
逃げたはずなのに、
誰かが自分を待っている――
その事実が、逆に怖かった。
榊原
「俺はそれを利用する」
ゼロ
「……利用……?」
榊原
「お前が望むなら、だ。
世論を動かせば、理事長も生徒会長も無視できない。
“ゼロバンゲートをもう一度走らせろ”という声が大きくなれば、
学園は動かざるを得なくなる」
ゼロ
「そんな……俺なんかのために……」
榊原
「お前のためじゃない。
“走り”のためだ」
ゼロ
「……っ」
榊原は、俺の目をまっすぐ見つめる。
榊原
「だが、それはお前にとって孤独な戦いになるぞ。
今よりもずっと強くならないとな」
その言葉は、
脅しでも励ましでもない。
“覚悟を問う声”だった。
ゼロ
(孤独な戦い……
今よりも強く……
俺に……できるのか……?)
胸の奥で、
まだ形にならない何かが震えていた。
ゼロ
「まだ、やれることがあるなら……
俺はそれに賭けてみたいです!」
その言葉は震えていたが、
確かに“前へ進もうとする意志”が宿っていた。
榊原は、ほんのわずかに口元を緩める。
榊原
「よく言ってくれた。
――これがお前専用のトレーニングメニューだ」
机の上に置かれた分厚いファイル。
俺は思わず目を丸くする。
榊原
「夜勤の間に、ただひたすらこなせ」
ゼロ
「し、仕事の合間にトレーニングだってぇ!?
そんなの無茶ですよ!」
榊原
「誰も見ていない夜勤だからこそ好都合だろ」
ゼロ
「……っ」
榊原
「お前の瞬発力には目を見張るものがある。
だが――基本がまるでなっちゃいない」
ゼロ
「ぐっ……」
榊原
「走る姿勢はブレているし、歩幅も一定じゃない。
スタートダッシュだけで勝てるのは今だけだ。
次は、もっと強い相手が来る」
ゼロ
「……もっと強い……」
榊原
「そうだ。
お前が勝ったことで、強者は必ずお前を狙う。
“あの逃げを止めてやる”と息巻くやつが、山ほど出てくる」
ゼロ
「……っ」
榊原はゼロの肩に手を置く。
榊原
「だから鍛えるんだ。
逃げるためじゃない。
“走り切るため”にな」
ゼロ
「……榊原さん……」
榊原
「覚悟を決めたなら、やることは一つだ。
――強くなれ、ゼロ」
その言葉は、
命令でも、励ましでもない。
“父親が息子に託す願い”そのものだった。
拳を握りしめ、
小さく、しかし確かに頷いた。
ゼロ
「……はい。
やります。
俺、強くなりたいです」
榊原
「よし。
なら、今日から地獄だ」
ゼロ
「えっ!? ちょ、ちょっと待って――」
榊原
「覚悟を決めたんだろ。
なら、つべこべ言うな」
ゼロ
「……はい……!」
榊原は、原作キャラと比べても遜色ないほどの実力者として設定しています。
ただし、彼が今の立場に甘んじている理由は、まだ語っていません。
ゼロが走り始めたことで、榊原の過去もまた動き出します。
その真相は、いずれ物語の中で触れられるかもしれません。