ゼロ
「ぶっ!!??」
口に含んだコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
榊原
「ついに皇帝が剣を抜いたか。
ゼロ、大したもんだ。」
榊原は、まるで映画の予告編でも見ているかのように落ち着いていた。
その横顔は、どこか誇らしげですらある。
榊原
「しかも、ゼロ。
お前のために選抜された美女がこぞってお前を追ってくる……
男として羨ましいぞ、この色男。」
ゼロ
「誰が色男ですか…。それに、敵意むき出しで追ってこられても嬉しくないですよ……」
榊原
「まぁ、そういうな。」
榊原はコーヒーを一口飲み、
ゆっくりとカップを置いた。
その仕草はいつも通りなのに、
言葉の重さだけが違っていた。
榊原
「冗談はさておき……
歴史を振り返っても、ウマ娘“個人”のために開催されるレースなんて存在しない。」
ゼロ
「……」
榊原
「存在しなかったはずのウマ娘が、
今、存在しないはずのレースを実現させた。」
その言葉は、
静かに、しかし確実に胸に刺さる。
榊原
「お前はもう、“枠外”なんかじゃない。」
ゼロ
「……」
榊原
「“先頭”いや、”更にその先”だ。」
その瞬間、
俺の背筋に電流が走った。
“枠外”――
ずっと自分をそう思っていた。
学園の外側にいる、名前もない、ただの影。
でも今、
皇帝が剣を抜き、
学園が動き、
歴史が揺れた。
その中心に――
自分がいる。
ゼロ
「……俺が、先頭……?」
榊原
「そうだ。
お前が走れば、学園が動く。
お前が逃げれば、学園が止まる。
お前が立てば、学園が沸く。」
榊原は、まるで当然のことを言うように続けた。
榊原
「ゼロ。
お前はもう、“ただ走りたいだけのやつ”じゃない。
走ることで世界を動かす側に立ったんだ。」
ゼロ
「……そんな大層な……」
榊原
「大層だよ。
だが、事実だ。」
榊原は立ち上がり、
俺の肩を軽く叩いた。
榊原
「皇帝杯ダービー。
お前がどうするかは、お前が決めろ。
だが――」
ゼロ
「……?」
榊原
「どんな選択でも、俺はお前の“トレーナー”だ。」
その言葉は、
俺の胸の奥に静かに灯をともした。
榊原
「ゼロ、お前のことだ。
まだ心が追いついていないんだろ。
ゆっくり考え――」
ゼロ
「やります!
俺はもう逃げない!」
その言葉は、
反射でも虚勢でもなかった。
胸の奥から自然に溢れた“決意”だった。
榊原
「……!」
榊原の目がわずかに見開かれる。
驚きと、誇りと、覚悟が同時に宿る。
榊原
「そういうと思った。
開催日まで死ぬ気でトレーニングするぞ。」
その声は厳しい。
だが、どこか嬉しそうでもあった。
榊原
「もう下がれ。
俺は理事長に話の続きがある。」
俺は深く頭を下げ、部屋を出ようとする。
その背中を見送りながら――
秋川やよい
「感動!!
トレーナーとウマ娘の関係はこうあるべきだな……!」
秋川は目を輝かせ、
まるで名勝負を目撃した観客のように手を叩いた。
榊原
「……理事長、あんたは本当に……」
秋川やよい
「青春とは、こういう瞬間のことだろう!?
いやぁ、胸が熱くなる!!」
---
ゼロが退出し、扉が静かに閉まる。
その音を合図にしたかのように、榊原は深く息を吐いた。
榊原
「理事長……」
秋川やよい
「ゼロバンゲートのことか。」
榊原
「……そうだ。
この騒ぎの責任は誰かが取らないといけないだろう。
あんたは出てくるな。
俺が勝手に計画して、俺が勝手にやっただけだ。」
秋川は腕を組み、榊原をじっと見つめる。
その視線は厳しくもあり、どこか優しさもあった。
秋川やよい
「榊原……お前はそれでいいのか?」
榊原
「やれることは全てやった。
俺にできることはここまでだ。
あとは、あんたがゼロを守ってやってくれ……」
秋川は言葉を失ったように沈黙する。
榊原は続けた。
榊原
「図々しいお願いだってのは理解してる。
頼む……」
秋川やよい
「承知!!
最大限の配慮をすると約束する!!
必ず悪いようにはしないからな!!」
その声には、理事長としての責任と、
一人の大人としての覚悟が宿っていた。
秋川やよい
「……すまんな、榊原。」
榊原
「俺はあんたに感謝してる。
ゼロ…、あの情けない息子のために最高の舞台を作ってやれたんだからな……」
その言葉に、秋川は目を細めた。
秋川やよい
「嬉しそうな顔をして……。
その笑顔、担当のウマ娘にも見せてやったらどうだ?」
榊原
「よせよ、何を今更……」
榊原は照れ隠しのように顔を背けた。
だが、その横顔は確かに誇らしげだった。
榊原は、自分が低迷していた理由をようやく悟っています。
年齢と経験を重ねるうちに、彼は“ウマ娘を見るトレーナー”から、
“数字を見る管理者”へと変わってしまっていた。
だからこそ、今回の「責任は自分が取る」という言葉には、
担当してきたウマ娘たちへのケジメが込められています。
彼はもう一度、ウマ娘を“人として”見る覚悟を取り戻したのです。