ゼロバンゲート〜枠外からの挑戦者〜   作:茶坊主(ぽんぽん)

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追うもの、追われる者

しかし、後続の出走者が追い上げてくる。

俺の加速に触発されたのか、さっきまで笑っていた彼女らが、

本気の足音で迫ってくる。

 

背後から襲いかかるような気迫。

その圧だけで、俺の目は一気に覚めた。

 

――ただの出来心だったのに。

――俺は彼女らの前で、いったい何をやってるんだ。

 

胸の奥が冷たくなる。

足がすくむ。

さっきまで切り裂いていた景色が、急に重く、遅くなる。

 

呼吸が乱れ、視界が揺れる。

自分の鼓動だけが、やけに大きく響く。

 

「……違う。俺は……こんな場所に……」

 

走りながら、心が後ろへ引っ張られる。

“枠外の存在”が、

“本物の走者”たちの前に立ってしまったという現実が、

急に重くのしかかった。

 

俺の横を、本気になったウマ娘たちが次々と通り過ぎていく。

さっきまでの勢いはどこへ消えたのか、

俺はただ、力なくゴールラインを踏み越えるだけだった。

 

ふらふらとした足取りで減速する。

呼吸が荒い。

胸が痛い。

でも、それ以上に心が追いついていない。

 

掲示板には、はっきりと表示されていた。

 

4着 ゼロバンゲート

 

その文字を見た瞬間、

胸の奥がざわつく。

 

「ゼロバンゲート!?」「誰?」「あの最初の加速、ただものじゃない!」

 

ざわつきが広がる。

視線が刺さる。

俺に向けられている。

 

――俺は注目されている?

 

その事実に気づいた瞬間、

頭が真っ白になった。

 

「……やばい」

 

我に返った俺は、逃げるようにその場を離れた。

足がもつれそうになりながら、

とにかく人目から消えたかった。

 

物陰に飛び込み、

ウィッグを外し、サングラスを外し、

職員用の裏口から学園の裏手へ走る。

 

宿舎のトイレに滑り込み、ドアを閉めて鍵をかける。

 

そそくさと勝負服を脱ぎ、

いつもの作業着に着替える。

耳をキャップで隠し、尻尾をベルトで巻き付ける。

 

鏡に映るのは、いつもの「夜勤の職員」。

ゼロバンゲートなど、最初からいなかったかのように。

 

(……終わった。出来心で、みんなを巻き込んで……もう二度と、しない)

 

深呼吸して個室を出る。

 

その瞬間、

廊下から足音が近づいてきた。

 

「おい、お前……」

 

声が落ちてくる。

背筋が凍る。

 

声の主はベテラントレーナー、榊原だった。

 

--

(榊原の回想)

 

ゼロバンゲート。

ふざけた名前だと思った。

 

だが、スタートの瞬間に見せたあの加速――

あれは本物だった。

 

背中から立ち上る“鬼気迫る何か”。

遊びで出せる走りじゃない。

あれは、走りたい奴の走りだ。

 

気づけば俺は、

あいつを目で追っていた。

いや、心まで奪われていた。

 

新人の頃のように。

ただ走りを見るだけで胸が熱くなった、あの頃のように。

 

レースが終わると同時に、

俺は観客席を飛び出していた。

 

――追わなきゃいけない。

 

理由なんて後付けだ。

ただ、あの走りを見逃したくなかった。

 

足跡を追い、

職員宿舎の裏手へ回り込む。

 

そして、トイレの前で立ち止まった。

 

扉が開く。

(回想終了)

---

 

榊原

「ここにウマ娘が来なかったか?」

 

「いいえ。俺も今来たところですけど……誰も来てないはずですが……」

 

心臓の音を殺すように、

できるだけ静かに、落ち着いた声を装う。

 

だが榊原は、俺の胸の奥を覗き込むように一歩近づいた。

 

榊原

「そうか。……なぁ、お前、その“蹄鉄の付いた靴”はなんだ?」

 

「え、そんなはず……っ!?」

 

反射的に足元を見る。

慌てて脱いだつもりの勝負靴――

片方だけ、まだ履いたままだった。

 

榊原の目が細くなる。

 

榊原

「やはり……お前がゼロバンゲートか」

 

その声は怒りでも呆れでもない。

むしろ、何かを掴んだ男の声だった。

 

背中を冷たい汗が伝う。

尻尾がベルトの下で震え、

耳がキャップの中でぴくりと動く。

 

逃げられない。

もう誤魔化せない。

 

榊原はさらに一歩踏み込む。

 

榊原

「……話せ。

 お前、なんであんな走りができる?」

 

静寂の中、

俺の喉が乾いた音を立てた。

 




榊原は、2人目のオリジナル登場人物です。
かつては有望株を育てたベテランですが、
最近は後輩に追い抜かれ、焦りと停滞を抱えている人物です。
ゼロとの出会いが、彼にとっても転機になります。
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