皇帝杯当日。
スタンドは揺れるほどの歓声に包まれ、
出走馬の名前が読み上げられるたびに、
観衆の熱気がさらに膨れ上がっていく。
控え室は静かだった。
外の喧騒が嘘のように、
ここだけが別世界のようだ。
榊原
「もうやることは全てやった。
あとは走りきるだけだ。」
ゼロ
「……」
俺は黙ったまま、榊原を睨みつけた。
怒っているわけじゃない。
ただ、胸の奥が苦しくて、
どうしても目を逸らせなかった。
生徒会の会見の後、
理事長と榊原が話していた内容を――
俺は知ってしまった。
榊原
「どうした?怖気付いたか。
いつも通り、お前の逃げ足を信じろ。」
ゼロ
「……榊原さん。
全部、自分で責任を取るつもりなんですか?」
榊原
「……!?
聞いていたか。」
一瞬だけ、榊原の表情が揺れた。
だがすぐに、いつもの無表情に戻る。
榊原
「まぁ、その話は全て終わったあとだ。
今はレースに集中しろ。
余計な事を考えるな。」
ゼロ
「余計なことなんかじゃない!!
あんたは良い人だ!
何も悪いことなんかしていないじゃないか!
なのに、
どうして責任を取らなきゃいけないんだよ!」
榊原
「それは大人の話だ。
お前が考えることじゃない。」
ゼロ
「そんな言い方はズルい!
責任を取るってことは……
もう……その……会えなくなるってことだろ!」
声が震えた。
情けないと思った。
でも止められなかった。
ゼロ
「嫌だ!
俺は…まだ、あんたと…走りたいんだ…。」
喉に何かが詰まるような感覚がして、最後の方は消え去りそうな声になった
榊原
「ゼロ……ワガママを言うな。」
榊原はゆっくりと立ち上がり、
俺の肩に手を置いた。
榊原
「勝ったヤツに責任があるように、
何かを得るには責任がつきまとうもんだ。
俺は、お前のトレーナーであること、
そして、このレースを手に入れた。
責任に対して、十分すぎる報酬だ。」
ゼロ
「責任…なんでも責任って…。
じゃあ、また俺が勝って逃げたら、
勝ち続けたら…、次がありますか!?
勝ち逃げは許されないんですよね…」
榊原
「次か……そうだな。
あるかもしれないな。」
その言葉は、
約束ではない。
保証でもない。
でも――
俺には十分だった。
ゼロ
「なら、絶対に勝ちます!!
勝って、また逃げる!!
俺は走りに行くんじゃない!!
勝ちに行くんだ!!」
榊原
「ゼロ、お前…。ふふふ。
やっとらしくなりやがって……」
榊原は、ほんの少しだけ笑った。
今まで見たどの笑顔よりも、
優しくて、誇らしげだった。
榊原
「行ってこい、ゼロ。
“1番”になってこい。」
その言葉は、
俺の背中を押す最後の一撃だった。
さぁ、ゼロが最期のピースを拾いに行くレースが始まります。
いよいよ、スタートラインです。