エルコンドルパサー
「……シッポが立っていない……?
なるほど。
まだデース……まだ追い抜かないデース。」
その声は静か。
だが、獲物を追う猛禽のような鋭さがあった。
エルコンドルパサーは理解していた。
ゼロバンゲートは――
まだ“本気の逃げ”に入っていない。
だからこそ、
今は抜かない。
抜ける距離でも、抜かない。
エルコンドルパサー
(あなたの“最高速度”……
その瞬間を見逃すわけにはいかないデース)
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実況
「エルコンドルパサー、確実に距離を詰める!!
しかしゼロバンゲート!!
詰められた距離分、さらに離す!!」
観客
「なんだこの二人!!」
「速すぎる!!」
「追ってるのに離されるってどういうことだ!!」
実況
「もはや――
追走祭の再現!!
いや、それ以上!!
これは“逃げ”と“追い”の芸術です!!」
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(来てる……!
でもまだ……まだだ!!)
背後から迫る圧。
エルの気配は、まるで巨大な翼が影を落とすように重い。
エルコンドルパサー
(ゼロバンゲート……
あなたの“本当の逃げ”はこんなものじゃないデース)
距離は縮まる。
しかし、ゼロはその分だけ伸びる。
エルコンドルパサー
(まだ……まだデース。
あなたが“しっぽを立てる瞬間”――
そこからが本番デース!!)
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実況
「第3コーナーを周り、もはやレースは残りわずか!!
ゼロバンゲート、逃げ切るか!!
エルコンドルパサー、差し切るか!!」
観客席が揺れる。
悲鳴にも似た歓声が渦巻く。
エルコンドルパサー
「アミーゴ、本気を出さないのなら――
ここで、仕留めマース!!」
その瞬間、
エルの脚が地面を叩く音が変わった。
軽さが消え、
重さと鋭さが混ざり合う。
まるで巨大な翼が、
ゼロの背中を掴みに来るような圧。
エル
(ここだ……!
あなたの“逃げ”を終わらマース!!)
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ゼロ
(来る……!
正直、まだ怖い……)
背後から迫る気配は、
まるで巨大な影が覆いかぶさるようだった。
でも――
ゼロ
(けれど、前には行かせない!!
行かせる訳にはいかなんだ!!)
胸の奥が熱くなる。
恐怖が、怒りに変わる。
怒りが、覚悟に変わる。
ゼロ
(誰かの背中を見てしまったら……
もう走れない!!)
脚が勝手に伸びる。
呼吸が深くなる。
視界が一点に絞られる。
榊原
「負けたやつは失うだけだ。」
その言葉が、
レース中の俺の胸に突き刺さる。
(負けたら次はない……)
ゼロバンゲートも、
榊原さんも、
俺たちを支えてくれた全ての人も――
“ヴィラン”として切り捨てられる。
ヒーローに取って代わられる。
物語から消される。
(そんなの……そんな宿命、絶対に嫌だ!!)
逃げるために走ってきた俺が、
今は“逃げ切るため”じゃなく――
“勝ち残るため”に走っている。
その瞬間だった。
胸の奥で何かが弾けた。
シッポが――
空に向かって、鋭くそそり立つ。
ゼロ
(……来た)
足の感覚が、消える。
痛みも、重さも、疲労も、全部ない。
ただ、
地面を蹴るたびに世界が後ろへ吹き飛ぶ。
景色だけが、
流れる。
流れる。
流れ続ける。
(速い……!
いや、違う……
“俺が速いんじゃない”
“世界が遅いんだ”)
実況
「ゼロバンゲート!!
しっぽが立った!!
これは……これは覚醒だ!!
足が……足が見えない!!
景色だけが流れている!!」
観客
「なにあれ!!」
「速すぎる!!」
「怪物だ!!」
「いや……ヒーローか!?ヴィランか!?どっちだ!!」
ゼロはついに、最期のピース――“敗北の重さ”を拾います。
皮肉にも、もう後がないという覚悟こそが、彼を覚醒させたのです。
逃げるために走ってきた少年が、
初めて“勝つために走る”ことを選んだ瞬間でした。
敗北は終わりではなく、
彼が自分の足で立つための最後の欠片だったのです。