もう言い逃れはできない。
ここまで来たら、白状して許してもらうしかない――
そう覚悟を決めた。
俺はゆっくりと帽子を取った。
隠していた耳が、
キャップの影からぴょこんと現れる。
黒く、短く、ウマ娘特有の形をした耳。
榊原の目が大きく見開かれた。
榊原
「ウマ娘……!?
お前、男のウマ娘なのか……?」
その声は、怒りでも軽蔑でもない。
ただ純粋な驚きと、理解が追いつかない混乱。
俺は視線を落とし、
耳が恥ずかしそうにぴくりと動いた。
ゼロ
「……はい。
でも、正式な登録もされてません。
学園にも“存在しない”扱いで……
だから、隠してました」
榊原はしばらく言葉を失っていた。
呼吸が荒い。
額の汗が一筋、頬を伝う。
榊原
「……そんなやつが……
なんで、あんな走りができる……?」
ゼロ
「……わかりません。
でも……走りたかったんです。
一度でいいから……
スタートラインに立ってみたかった」
言葉にした瞬間、胸が熱くなった。
ずっと押し殺してきた願いが、
ようやく形になって外へ出た。
榊原は、俺の耳と、尻尾の巻かれた腰と、
そして震える拳を見つめた。
そして――
ゆっくりと息を吐いた。
榊原
「……そうか。
お前……ずっと、走りたかったんだな」
その声は、
驚きでも混乱でもなく、
ただひたすらに“理解”の色を帯びていた。
榊原
「外で騒ぎが起きているのは知っているか?
誰かがお前を見つけるのは時間の問題だろう」
冷静に聞こえるが、内側に焦りが滲んでいた。
俺の存在が、もう“ただの噂”では済まない段階に来ていることを示していた。
ゼロ
「だったら……全て白状します。
ちょっとくらい悪い噂が立ったところで、すぐに別の噂にかき消される。
ここは、そういうところだって……知ってますから」
自嘲気味の笑み。
諦めの色が強い。
俺は自分が“存在しない者”であることを、
誰よりも理解していた。
榊原はしばらく黙って俺を見つめた。
その目には、
ただ、苦しさと責任の重さがあった。
榊原
「……そうか。
しかしな、騒ぎの原因を突き止めた以上、俺には理事長に報告する義務がある」
喉がひくりと動く。
榊原
「ついてきてもらうぞ」
その言葉は、まるで判決のように重く落ちた。
胸が締め付けられる。
逃げるべきか、従うべきか――
そのどちらも、もう選べない気がした。
ゼロ
「……わかりました」
小さく、震える声で答える。
榊原は背を向け、校舎の方へ歩き出す。
俺はその背中を見つめながら、
自分の足が鉛のように重くなるのを感じていた。
(……終わった。
ゼロバンゲートは、ここで消える)
そう思った瞬間――
外から、複数の足音が近づいてきた。
ウマ娘特有の軽い足音。
そして、聞き覚えのある声。
「榊原トレーナー! ここにいるって聞いたんですけど!」
「ゼロバンゲートってやつ、まだ近くにいるんでしょ!」
「見つけたら絶対に話聞くんだから!」
俺の顔から血の気が引いた。
榊原が振り返る。
その表情は――
覚悟を決めた男の顔だった。
榊原
「知らんな。俺は落し物を探してただけだ。
理事長のところに用がある。……道を開けろ」
その声は低く、冷たく、そして“嘘を通す覚悟”が滲んでいた。
集まっていたウマ娘たちが、驚いたように顔を見合わせる。
「え、あ……す、すみません榊原トレーナー!」
「落し物……? あ、はい、どうぞ!」
榊原は乱暴に俺の頭へキャップを押し付けた。
深く、耳が完全に隠れるように。
そして、顎で“ついてこい”としゃくる。
その仕草は、
まるで俺を“部下”でも“弟子”でもなく――
守るべき存在として扱っているように見えた。
俺は息を呑む。
(……庇ってくれてる?
なんで……?)
榊原は振り返らない。
ただ、前だけを見て歩く。
その背中は、
“責任を背負う覚悟を決めた大人”の背中だった。
俺は無言でその後ろに続く。
ウマ娘たちの視線が刺さる。
「誰?」「職員さん?」「でも背格好が……」
そんな囁きが聞こえる。
榊原は一切振り返らず、
ただ一言だけ、俺にだけ聞こえる声で呟いた。
榊原
「……走れなくなるのは、俺も嫌なんでな」
その言葉が胸に刺さる。
俺は、ただ黙って頷いた。
ゼロは榊原というトレーナーがいるということは、
認識していました。
互いに接点がない2人でしたが、この出会いが何を意味するのでしょうか。