榊原
「ゼロ、追走祭だが……俺の見立てでは、各トレーナーが有望株をぶつけてくる。
勝敗に関わらず経験を積ませるいい機会だからな。
模擬レースとはわけが違う。
本気のレースだ。」
その言葉の重さが、胸にずしりと落ちる。
ゼロ
「本気のレース……」
唾を飲み込む音が、自分でもはっきり聞こえた。
模擬レースの終盤――
背後から迫ってきた、あの“気迫”。
追われる恐怖。
逃げ場のないプレッシャー。
あれがまた来るのかと思うと、足が震えた。
ゼロ
「榊原さん……俺、勝てるでしょうか?」
その問いは弱さではなく、
“覚悟を決めるための最後の確認”だった。
榊原は腕を組み、静かに言葉を選ぶ。
榊原
「レースの不安は、誰にでもある。
どれだけ素質があるやつでも、気圧されたら本領発揮は難しい」
ゼロ
「……」
榊原
「だが、お前には“武器”がある。
スタートダッシュだ。
あれで揺さぶりをかけろ。
そうすれば、三馬身は抜け出せる」
ゼロ
「三馬身……!」
その距離が、急に現実味を帯びて胸に迫った。
榊原
「そこからは、とにかく前だけ向いて走れ。
余計なことは考えるな。
後ろを見るな。
恐怖も雑音も、全部置いていけ」
その声は、叱咤でも激励でもない。
“信頼”そのものだった。
俺の胸の奥で、何かが熱く灯る。
ゼロ
「……はい。
前だけ見て、走ります」
榊原は小さく頷き、
ほんのわずかに口元を緩めた。
榊原
「それでいい。
お前の走りは、前にしかないんだからな」
追走祭当日。
ゲートインするウマ娘たちの名前が、次々と読み上げられていく。
実況
「――続いて第7ゲート、サクラバクシンオー!」
「第8ゲート、キングヘイロー!」
名前が呼ばれるたびに歓声が上がり、
ゲートがひとつ、またひとつと埋まっていく。
そして――最後の一人の名前が読み上げられた瞬間。
会場が揺れた。
実況
「1番人気! 若手最有力候補――エルコンドルパサー!!」
割れんばかりの歓声。
地鳴りのような拍手。
観客の熱が一気に跳ね上がる。
すでに固定ファンがついている彼女は、
その声援を受けて軽やかに笑った。
エルコンドルパサー
「グラシアス!
今日も最高のショーをお見せしますよ、アミーゴス!」
軽くウインクすると、
肩にかけていた上着をひらりと脱ぎ捨てる。
鍛え抜かれた脚。
しなやかな体躯。
そして、勝負師の目。
観客席から悲鳴のような歓声が上がる。
ゼロ
(……すごい。
あれが、トップを走るウマ娘の空気……)
実況
「エルコンドルパサー、堂々のゲートイン!!
追走祭、最注目の存在です!!」
彼女は迷いなくゲートへ入り、
静かに前を見据えた。
その姿は、
“勝つためにここに来た”と全身で語っていた。
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一方その頃、
ゼロはまだ控室の影にいた。
榊原
「……見たか? あれが“本気のレース”に来るウマ娘だ」
ゼロ
「……はい」
胸が高鳴る。
震える。
でも――逃げたいとは思わなかった。
榊原
「怖いか?」
ゼロ
「……少し。でも……ワクワクもしてます」
榊原
「それでいい。
恐怖と興奮は、レースじゃ同じ場所にある。
あとは――お前がどう走るかだ」
俺は深く息を吸い、
覆面を縛る紐を固く結んだ
ゼロ
(エルコンドルパサー……
あの人と、同じレースに……)
胸の奥で、何かが燃え始める。
エルコンドルパサーは、
構想初期から心の中にいたキャラクターです。
彼女ほど眩しく、舞台に立つだけで物語を照らしてくれる存在はいません。