実況
「そして最後の出走者――
特別枠、ゼロバンゲート!!」
その瞬間、
会場が水を打ったように静まり返った。
まるで誰もが、
“本当に来るのか”と息を止めたようだった。
そして――
静寂は、すぐにざわめきへと変わる。
観客
「ゼロバンゲート……?」
「聖蹄祭の模擬レースで話題になったやつだろ?」
「やっぱりこの学園のウマ娘だったんだ……!」
「本当に出るのかよ……!」
ざわつきは波紋のように広がり、
やがてスタンド全体を揺らすほどの熱を帯び始める。
観客
「どんな子なんだ?」
「顔見せてくれよ!」
「またあのスタートダッシュ見られるのか!?」
期待と好奇心と興奮が混ざり合い、
会場の空気が一気に沸騰していく。
実況
「ゼロバンゲート!
その名の通り、外ラチ――最外周のゲートに今、到着しました!!」
外ラチのさらに外。
誰よりも遠い位置。
誰よりも孤独なスタート地点。
だが、そこは――
俺にとって“最も似合う場所”でもあった。
観客
「来たぞ……!」
「本当に出るんだ……!」
「ゼロバンゲート!!」
ざわつきが熱へと変わる。
実況
「さぁ、全員がゲートに収まりました!
今、スタートとなります!!」
---
俺はゲートの中で深呼吸した。
胸が痛いほど高鳴る。
視界が狭まる。
耳がぴくりと震える。
ゼロ
(……怖い。でも……走りたい)
榊原の声が、背中を押すように脳裏で響く。
榊原
「前だけ見て走れ。
お前の走りは、前にしかない」
ゼロ
(……はい)
ゲートの鉄扉が、
カチリ、と音を立てて締まる。
隣のエルコンドルパサーが、
ちらりと俺を見て微笑んだ。
エルコンドルパサー
「アミーゴ……
あなたの走り、楽しみにしていますよ」
ゼロ
「……っ!」
心臓が爆発しそうだ。
---
スタート係の旗が上がる。
観客席が静まり返る。
実況
「スタートまで……3……2……1……!」
脚が、 地面を蹴る瞬間を待って震える。
そして――
パァンッ!!
榊原の指示通り、
俺は思いっきり地面を切り裂くように踏み込み――
爆発した。
外ラチ、最外周。
誰もいない、誰も視界に入らない孤独なレーン。
だがその孤独こそが、
俺の呼吸を研ぎ澄ませる。
呼吸の温度が変わる。
肺が熱を帯び、血が沸騰するように巡る。
ゼロ
(前だけ……前だけ見ろ)
次の瞬間、
他のウマ娘たちの間を切り裂くようにして、
一気に先頭へ躍り出た。
観客
「速い!!」
「なんだあの加速!!」
「外ラチから一気に前へ!?」
その異様な加速は、
まるで“俺だけ別のスタートを切った”かのようだった。
---
エルコンドルパサー
「――っ!?
あの加速、どこから……!?」
彼女の瞳が大きく見開かれる。
あの瞬間、
エルコンドルパサーの胸に走ったのは驚愕ではなく――
闘志。
エルコンドルパサー
「……面白い。
アミーゴ、あなた……本気で来ましたネ!」
彼女の脚が地面を叩く音が変わる。
軽やかさから、獣のような鋭さへ。
観客
「エルが追い始めた!!」
「ゼロバンゲートに火がついたぞ!!」
背中に、 エルコンドルパサーの気迫が迫る。
ゼロ
(来る……!)
だが、怖くない。
むしろ――胸が熱くなる。
榊原の声が脳裏で響く。
榊原
「三馬身抜けたら、あとは前だけ見ろ。
後ろは気にするな。
お前の走りは前にしかない」
ゼロ
(……はい!)
俺は視線を前に固定し、
さらに脚を伸ばした。
その瞬間、
レースは“ただの追走祭”ではなくなった。
シッポに、熱が走る。
根元から先端まで、電流のような力が駆け抜ける。
ゼロ
(……これ、は……!)
シッポが勝手に天へ向かって伸び上がる。
まるで“走れ”と命じるように。
実況
「ゼロバンゲート独走!!
シッポを天高く立てた!!
最高速度に乗ったというのか!!」
観客席が揺れる。
悲鳴にも似た歓声が飛び交う。
観客
「速すぎる!!」
「外ラチからあそこまで!?」
「何者なんだアイツ!!」
俺の脚は、もう自分の意思を超えていた。
地面を蹴るたびに、風が裂ける。
視界が白く伸びる。
ゼロ
(前だけ……前だけ……!)
---
エルコンドルパサー
「速い! 驚くほどに速いデース!!
でも……!!」
彼女の瞳に、炎が宿る。
エルコンドルパサー
「ここからが……私のレース!!」
実況
「エルコンドルパサー、追い上げ開始!!
ゼロバンゲートとの差を詰めにかかる!!」
観客
「来た!!」
「エルが本気だ!!」
「ゼロバンゲート、逃げ切れるのか!?」
---
背中に、先程よりも強いエルコンドルパサーの気迫が迫る。
ゼロ
(来る……!
でも、負けない……!)
シッポがさらに高く跳ね上がる。
それはまるで、
“まだいける”と告げる旗のようだった。
実況
「最終コーナーを回っての直線!!
勝負は既に二強体制に突入しています!!」
風を裂く音。
砂を蹴り上げる音。
呼吸が熱を帯びる。
実況
「逃げるゼロバンゲート!!
追い込むエルコンドルパサー!!」
エルコンドルパサー
「まだ……届く……!!」
彼女の脚が地面を叩くたび、
俺の背中に熱が迫る。
だが――
ゼロのシッポが、
再び天へ向かって跳ね上がった。
実況
「差が縮まるか!?
いや、ゼロバンゲート逃げる!!」
ゼロ
(前だけ……前だけ……!)
視界が細くなる。
風が耳を切る。
脚が勝手に前へ前へと伸びる。
実況
「驚異的な逃げ!!
影も踏ませないとばかりに――」
観客
「行けぇぇぇ!!」
「ゼロバンゲート!!」
実況
「逃げ切ったーーー!!!」
ゴール板を駆け抜けた瞬間、
俺の世界は一瞬だけ無音になった。
次の瞬間、
スタンドが爆発したような歓声に包まれる。
観客
「勝った!!」
「ゼロバンゲートだ!!」
「本物だ!!」
エルコンドルパサーは、
ゴール後に息を切らしながら笑った。
エルコンドルパサー
「……グラシアス、アミーゴ。
あなた……本当に速い……!」
ゼロは肩で息をしながら、
ただ前を見つめていた。
ゼロ
(……勝った……?
俺が……?)
エルコンドルパサーが敗れた理由は、彼女の慢心というよりも、
未知の相手に対する経験不足と、ゼロの“覚悟の重さ”の差でした。
ゼロには後がなく、走ることそのものが存在証明でした。
その強さが、最後の直線で彼を押し上げたのだと思います。