恋姫無双とか勘弁して下さい   作:ミラベル

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神は死んだ

 広大な中国大陸の空にも夜の帳が下り、夜空には丸い月が艶容に輝いていた。

 

 冷たい吹きすさぶ風が、数百という陣中に打ち立てられた『漢』の旗を揺らす。

 月が見下ろす大地の上には、幾多もの幕舎が設営されていた。

 

 遠征先の官軍が敷いた野営地である。

 

 黄巾党は張三姉妹の活動によって各地で広まり勢力を拡大。

 不平不満に溢れ、国に怨嗟の声を上げる者達を取り込み肥大化した黄巾党は、ついには役人や県令を殺害し巨大な反乱を各地で巻き起こしていた。

 

 いくら軍と宦官は常に政争を繰り返した間柄といえ、国の危機となれば手を取り合わねばならなかった。

 様々な思惑が交差する中でそれぞれが対黄巾党へ動き出し、ついには官軍が出陣するに至った。

 

 しかし、それはあまりにも遅い動き出しであり、黄巾党をただの賊と侮りすぎていた。

 既に黄巾党は村々を取り込み増えに増え、その数は一万、十万、三十万。ついには六十万に。

 さらにまだまだ拡大の動きを見せるなど、乱の収束の兆しがまるで見えない有り様であった。

 

 ついには刺史が殺されてしまった。

 

 自体を重く見た中央から、ようやく精鋭の官軍が派遣され、黄巾党相手に勝利を積み重ねていくも、あいも変わらず収束の兆しが見えない。

 とてもではないが、中央が持つ官軍だけでは、各地で乱発する反乱に追いついていけなかった。

 

 各州の主たる者達が動き始める中で、この官軍が新たな目標と定めたのは女が頭役となっている、珍しい黄巾の軍であった。

 

 農民上がりの賊如きに、訓練された軍人が負けることはまずない

 数の脅威はあるものの、それでも連戦連勝を重ね、高い士気を保ち続けてきた。

 

 しかし、その官軍の高い士気にも陰りが見え始めていたのだった。

 

 「おい、寝るな。首を切られるぞ」

 

 眠気まなこで船を漕ぎ始めた兵士の一人を、連れ添うように巡回するもう一人の兵が咎める。

 咎めを受けた兵士は、慌てて目をぱっと見開くと、すぐに己の非を謝罪した。

 

 「す、すまない。ろくに眠れていなくてな」

 

 「それは俺も同じだよ。ここにいる兵はみんなそんなもんだ」

 

 ちらりと柵の外側に立っている見張りの兵士を見やる。

 両足で槍を持って立って入るものの、どこか力ない。

 顔にも疲労が浮き出ており、何度も目を擦りながら夜の番を務めている。

 

 兵士がその様子を見て顔を歪めた。

 彼自身の顔にも、隈が浮かんでいた。

 

 「黄巾党の奴ら、連日のように夜に押しかけてきやがる。なにもしないで帰ってくれる時もあるが、ちょくちょく弓を射掛けたり飛び込む素振りを見せるから、こっちはたまったもんじゃないっての」

 

 「まったくだ。あいつらの叫び声で、何度起こされたことか。ここ最近満足に寝られた記憶が無いぞ」

 

 黄巾党の戦い方は、その膨大な数を頼みにした戦法とも呼べない戦い方。

 ただひたすらに相手を攻め続けるというものだ。しかしこれが厄介なのである。

 

 兵の数が多いというのはただそれだけで脅威だ。

 どれだけ熟練の兵士が揃った軍であっても、戦い続ければ疲労がかさむ。

 そうして注意が散漫になってしまえば、農民くずれの訓練もされていない兵は言わずもがな、子供にだって討たれよう。

 

 だが、黄巾党にも大きな弱点がある。

 

 統率が効かず訓練もされていない、軍とも呼べない集団が黄巾党だ。

 そんな集団はやがて綻びが生じ、ヒビが入ってそれは亀裂となり、つには崩壊していく。

 

 歴戦の官軍の将兵たちは、彼らの特性を理解した。

 正面から当たることは愚策であり、ただひたすらにその僅かなヒビが生まれるまで待てばいい、と。

 

 少しでも穴があれば、そこから瞬く間に黄巾党は崩壊するのだ。

 

 訓練されておらず、統率が効かぬ集団は攻めるのは強くとも、劣勢に立って守り引くことには滅法弱い。

 「攻めるよりも守ることが上手い武将こそ、真の戦上手である」と有名な歴史の将は語っていた。

 黄巾党はまさにこの統率が効かぬ軍であり、それを見ぬいたことで彼らは勝利を重ねてきた。

 

 数で圧倒的な黄巾党の攻めを防ぎ耐えることは至難極まりない。

 腐り果てていく国とは思えぬ、官軍の極めて高い練度がこの黄巾の乱では発揮されていた。

 

 だからこそ、ここに来てこの官軍は手をこまねいていた。

 

 「これまでも戦ってきたが、こんな事初めてだ。上も相当頭を抱えているらしい」

 

 「だろうなぁ……」

 

 勝利を積み重ねていく官軍と諸侯。徐々に敗北する黄巾党。

 その流れを断ち切るかのよう今も昔も変わらずに、厳然として強さを見せ続けているのがここ一帯の黄巾党であった。

 

 奇っ怪極まりないと評され、恐れられたここの黄巾党を打ち倒すべく、精鋭として連戦連勝を重ねた彼らがはせ参じた。

 しかし、どうにも戦果は著しくない。

 

 負けたわけではない。むしろ勝っている。

 戦う素振りを見せれば黄巾党は逃げる。一度も正面から当たろうとはせず、攻めれば逃げるばかりであった。

 

 だが退こうと思えば、とたんに攻めかかってきてはすぐに逃げていく。

 何度も殲滅するべく総決戦に持ち込もうとしたが、その度にうまい具合にかわされてしまうのだ。

 おかげで僅かばかりの戦果と勝利を積み重ねていくだけで、時は過ぎるばかりであった。

 

 これまでとは全く異なる動きを見せる黄巾党。

 官軍の将達は噂は真であったと、頭を痛める。

 

 そして二つの問題があった。

 一つは連中の輜重隊の襲撃である。

 

 ここの黄巾党の戦いぶりは何とも不甲斐なく、手応えがない。

 しかし、送られてくる兵糧や物資を載せた補給の隊に容赦なく襲撃を掛けてくる。

 何度それを防ごうと思っても、土地勘に優れた現地民を取り込む黄巾党相手に、完全に防ぎきることは不可能に近い。

 

 ここの黄巾党は親の敵が輜重隊かと思わんばかりだ。

 

 官軍が総攻撃を仕掛けようとしているのに、背後の陣地の物資と、そこに訪れようとしてた輜重隊を襲う始末。

 ここの黄巾党は攻めかかられた守るべき砦を放棄してまで、こちらの物資を焼きに来ている。

 いったい空の砦を取ったところで何の意味があるというのか。

 動くに動けず、戦況は膠着するばかりであった。

 

 もう一つの問題である「夜襲のようなもの」も厄介極まりない。

 「ようなもの」とは、それが夜襲とは到底いえないものだからだ。

 

 ほぼ毎晩のように深夜、大声で襲撃をかける素振りを見せれば、瞬く間に攻撃を仕掛けることなく退いていく。

 ただ騒ぐだけかと思いきや、唐突に火の矢を射掛けてくることもある。

 一晩に何度も来ることもあれば、一回も来ないこともある。緊張と騒ぎで満足に眠ることもできず、たまったものではなかった。

 

 乱れつつある士気と統率を改めるために、官軍では堪え切れず居眠りをした兵士を処断し、晒して確たる規律を示した。

 しかし、襲いかかる眠気と疲労がそれで消えるわけでは決してあるまいて。

 

 徐々に枯渇していく物資と、疲れきっていく兵士達に、官軍の将達はほとほと困り果てていた。

 周囲の官軍や諸侯へ援軍を求めようにも、狙ったかのようにその周囲では反乱が勃発する。

 足下で騒がれているのに、こちらへ援軍を送ってくれるような余裕は、長い反乱でどこにも無い。

 反乱が長引くに連れて、どこも以下に少ない物資で大きな戦果を上げるのかと考えるばかりであった。

 

 かといって撤退できるかと言えばそうではない。

 この軍の将達は既に撤退を視野に入れてはいたものの、それが中央で認められるわけがなかった。

 

 兵は疲れきってはいるものの、軍としての被害は些細なもの。

 目立った敗北もなければ、目立った戦果も上げていないのにも関わらず、撤退するなど認められるわけがないのだ。

 

 「……そういや、こんな噂を知っているか?」

 

 「何だ」

 

 「ここいらの黄巾党を率いている奴は、張三兄弟……三姉妹だったか?ともかくと反乱の主導者と並んで黄巾党の中では有名らしい」

 

 「どうしてそんなことを知ってるんだ」

 

 「連中がたまに絵を懐に入れていることがあるんだが、ほら、これがそうだ。噂じゃこいつが連中の頭役らしい」

 

 「ほお、顔に傷があるがいい女じゃないか」

 

 「ああ、お前の女房なんかより百倍美人だろう?」

 

 「馬鹿、うちの女房よりも千倍は美人だ。こんな女が率いているんじゃ、そりゃ向こうの士気は下がらないわけだ」

 

 そういってからからと二人は笑った。

 

 「なるほどな。もしこの噂が本当だったら面白い。えー……名前は」

 

 暗がりで文字がよく見えない。

 仕方がなく、柵に並び立つ火の光に照らそうとした。その時であった。

 

 真っ赤に燃える炎の向こう。そのはるか遠くから何か黒い点々が押し寄せてくる。

 地なりと共に押し寄せてくる波、それをよく見ようと目を凝らした。ついで兵の顔が真っ青に染まる。

 

 黄色い布を頭部に巻き付け、馬に乗って武具を手に持ち押しかける黄巾党の姿がそこにあった。

 

 「夜襲だァァァァァァァァッ!」

 

 気がつくのに時間が掛かったのは、二つの原因があった。

 

 その一つが疲労。

 もう一つの理由は声。

 

 これまで夜に襲いかかる際に、五月蝿いほどにまで騒ぎ立ててきた黄巾党。

 例え遠くからでも、黄巾党が来るときには激しい声を出しながら押し寄せてくるのですぐに解った。

 しかし今夜の黄巾党は、これまで騒ぎ立てた事が嘘のように、声を潜めて夜襲を行ったのである。

 

 火矢が次々と打ち込まれ、柵が突破されて黄巾党が流れこむ。

 

 これまで来るぞ来るぞと騙してばかりであった黄巾党が、この時ばかりは雪崩のように官軍の陣地に飛び込んだ。

 今夜も来れど冷やかしに来るだけだ、戦場で逃げてばかりの連中が攻めてくるはずがない。

 心の何処かで小さな勝利の連続によって驕たりが生じ、侮りにどっぷり使っていた官軍の兵士達の行動は遅かった。

 各々幕舎から急ぎ飛び出たと見受けられ、鎧すら満足に着ていないものがほとんどだった。

 そうした疲れきり、油断した官軍の兵士を黄巾党は次々に刈り取っていく。

 

 「将軍ッ!」

 

 伝令がすぐさま将軍達が体を休ませていた幕舎に向かう。

 このままでは全滅すら危ぶまれる有り様だ。

 動きが遅れれば遅れるほどに、軍としての体裁が保てなくなっていく。

 

 伝令は将軍用の豪華な幕舎の中で飛び込んだ。

 

 「火急の事態ですッ!黄巾党の奴らが陣営に攻めこぎ、大混乱を……ッ!?」

 

 言葉はそこから先に続かなかった。

 飛び込んだ兵士の喉に、一本の短剣が突き刺さっていたのだ。

 引き抜こうと手を短剣に延ばすも、触れられること無く体は傾いていき、中へ倒れこんでいく。

 

 「お勤めご苦労様」

 

 彼が倒れる中で耳にしたのは、ここにはいないはずの女の声であった。

 倒れ、蹲る伝令。喉が血と刃により塞がれ、呼吸ができない。ただ息が漏れるばかりである。

 

 苦しげに唸る兵の首に足が添えられると、深く踏み込まれ骨が潰れる音が幕舎に響いた。

 

 結巍は足を上げ、目を細めた。

 そして自らが投擲した短剣を首から抜き取り、伝令の服で血をふき取って腰の鞘に収めた。

 その背後では目を見開いて倒れる官軍の将の姿、そして護衛として幕舎に控えていた兵の無残な亡骸があった。

 

 「おい、ここだッ!ここが官軍の……って結巍様、もうお済みになられたのですか」

 

 遅れて飛び込んできた黄巾党の面々を見ること無く、結巍は「他も済んでいる。戦況は?」と問うて自らが殺した官軍の将達に歩み寄る。

 

 「結巍様の作戦のおかげでさぁ。歯ごたえも無くまるで案山子を切るかのようにして、ここまで来れた」

 

 「既にここは落ちたも同然です。後は生き残ってるやつを蟻を潰すように……結巍様、何をなされているんですか」

 

 将兵の服を漁って金銭が詰まった布袋を抜き取っていき、さらに腰や手から剥ぎ取った細工で彩られた剣を品定めしていた結巍。

 そんな彼女へ疑問を口にした黄巾の兵達に、結巍は「ん」と唸って口を開いた。

 

 「死体はすぐに硬くなるからな。そうなってからでは剣を回収することは難しい」

 

 「いや、それは解ってるんですけど……」

 

 「いくら馬鹿のように疲れきった兵達とはいえ、ここまで一人で忍び込み、暗殺するのは苦労したのだ。少しぐらい褒美があってもいい。どうせ黄巾党から金銭の支給なんざされないのだからな」

 

 「剣はいらん。ここまで私以外に一番先にこれた者への先行報酬だ。とっておけ」と、結巍は黄巾の兵達に武具を放った。

 呆気にとられる黄巾の兵達をよそに、結巍は「私は拠点へ帰る。殲滅した後は、好きにやれ。ただ軍の物資にだけは手を出すな」と釘を刺すと、さっさと幕舎から出て行ってしまった。

 

 残された黄巾の兵達はしばらく呆然としていたが、ふと気がついたように結巍から投げ渡された剣に各々視線を落とした。

 

 流石に将の階級が持つものなだけあって、素晴らしく出来が良い。

 細工が施された鞘から除く刀身は、彼らの持つ物とは比べ物にならぬほど、それは眩く輝くいていた。

 

 「なぁ。俺さ、元々農民で学がねぇし、野盗になって人殺して物を奪うぐらいには強欲で、容赦なんざこれっぽっちも持ってねぇつもりだがな」

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 幕舎の中で息絶えている将兵達。歴戦の勇士が、どうやったらこんな無念そうに、苦しげに死んでいくのか。

 

 そして人をこれまで殺してきた自分でさえ、躊躇いを見せるほどの死体から、躊躇なく金銭を奪い取っていった。

 これだけの大勝利にも関わらず、僅かな感情を見せること無く当然とばかりに去っていった結巍を思い出し、体を恐れに震わせた。

 

 「あの方にだけは、結巍様にだけは逆らったらいけない。俺以上に強欲で、容赦がない結巍様にだけは、絶対に逆らっちゃなんねぇ」

 

 その言葉に全員が静かに頷くと、受け渡された武具を手にそれぞれが走りだす。

 もし、そんな結巍の言いつけを破って物資に手を伸ばす輩がいれば、今ここで念を押された自分たちまで殺されかねない。

 

 幾度と無く官軍を打ち破り、その狡猾さで絡めとってきた結巍の姿を、彼らは常に見せられていた。

 元農民であり、元賊であった彼らにとって官軍は絶対的な武の象徴であった。

 だがそんな官軍が結巍によって手玉に取られていく姿を見てからは、彼らの中で絶対的な象徴は結巍に変わる。

 

 絶対的な信を置くからこそ、彼らは結巍の恐ろしさを一番に感じていたのだ。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 よくよく考えれば、今の私の立場は「フリーター」である。

 

 黄巾党はどんなに活躍したところで、昇進しないし給料も上がらない。

 というか給料の存在すらない。ブラック企業板ですら慄くであろう宗教団体だ。

 

 で、そんな黄巾党に所属するする者達はどうやって金を稼ぎ、食っていくのか。

 

 早い話が強奪である。他人の不幸で飯が旨いを地でやっていく生活スタイルだ。

 現代のニートでさえ家族親戚にしか迷惑かけていないのに、私達に至っては国全体に迷惑をかけている。

 

 最初はそんな現実に打ちのめされていたが、次第に生活するうちになれいった。

 ぶっちゃけ、日本人っていうのは、周りの空気に当てられやすいのだ。

 

 周りがDQNだらけであれば、自分もDQNになるか、その周囲の空気にやられて陰気になっていく。

 周りが勉強ばりばりできるのであれば、自分も頑張るか、ついていけないといって割りと普通に勉強できるのに落ちこぼれみたいに感じてしまう。

 

 ぶっちゃけ公務員だって安定なんかまったくしていない。

 教員の退職金は四百万減らされたし、給料だって激務にもかかわらず減らされ続けている。

 そのうちクビにされるようになっても、全くおかしくはない。

 

 しかし何故、人は公務員という言葉に安心というレッテルを貼るのか。

 それは周りが張っているからである。外国人が、「あいつら周囲に同調しすぎていて自分が無い」と言うくらいに日本人は周囲の意見に振り回される。

 

 でもそんな事はみんな解っていても、私のような凡人凡夫はその道を進むのだ。

 だってみんなやってるし、安心するからだ。私も仮初だろうが安心したい。

 

 というわけで、私も黄巾党で目に見える安心をとって死体から金銭を回収している。

 解決も何もしていないのに、問題を押入れにぶち込んで今に生きる。

 そもそも問題を見ていたらトイレ事情から始まって、現代社会で生きていた自分にはなんかもうキリがない。

 

 ほら、モンハンでモンスターを倒したら「ああ、こいつ強かったありがとう」とか「冥福を祈ります」と思う殊勝なハンターさんもいるが、大半は違うはずだ。

 恐らくそんなこと考えずに「ヒャッハー素材だぁ」と、ナイフ片手に剥ぎ取りを始めるに違いない。誰だってそう、私だって剥ぎ取りしたいのだ。

 

 それにこんな重い物持っていたら、彼らも可愛そうだ。

 死後に物に執着していたら、ろくなとこに行かないって立川の聖人も言っておられる。

 私は死後、彼らが憂いないよう、気持よくあの世に行ってもらうお手伝いをしているのだ。

 ちなみに送迎から後処理までゼロ円で行うのだから、現代の葬式仏教も真っ青のクリーンっぷり。

 

 いわば慈善活動である。

 宗教団体に普通にやっていてもらいたいことナンバーワンを、私達はこの福祉の「ふ」の字もない後漢末期で実行しているのだ。

 なんと素晴らしいことだろう。

 

 あ、剣はいらないや。

 もし知ってる人が見たら「あ、こいつ仇だ」と思われて殺されかねない。

 関羽の武器持って調子乗っていたら、恨まれて息子に殺された呉の潘璋という事例がある。

 

 「ほら、みんなよくがんばったね。この剣ご褒美だから上げるよ!何か銘も彫ってあるしきっと有名なんだろうろうねッ!」と金銀の類だけはもらって、武具は適当に報酬にしてみる。

 

 みんな喜んで受け取っていった。私も押し付けられてよかった。お互い幸せのハッピーエンドである。

 その後は一切知らないし興味もない。アフターサービスは受け付けておりません。返品も不可。

 

 そういえば、この前入ったばかりの新兵が、人を殺すのが苦手だと相談してきた。

 

 殴った。

 おい、こら。肉壁になって私の盾になれやとオブラートに包んで説得。

 

 「天の時は地の利に如かずッ!地の利は人の和に如かずッ!我らは国は無く、兵馬も少ないが、これらは全くもって不必要だッ!道を心得る者は天下の人すべてがこれに従い、道を失うものは天下の人すべてに背かれる!漢は道を失った蒼天にすがり、我らは道を心得て黄天を仰いでいるッ!天下の民である我々にさえ見捨てられた漢が、どうして我々に勝てるだろうかッ!」

 

 唖然とする新兵に手を差し伸べて立たせると、私は彼を力いっぱいに抱きしめる。うえ、汗臭い。水浴びぐらいしろっての。

 

 「確かに心ある君のような者は武力に訴えることに忌避感を覚えるだろう。しかし我々は、戦うしかない。万を止む得ずとも、いったん戦えば人心の親和協力を得て必ず価値を制する。君は正しい、だからこそ私は正しい君の協力が欲しいのだ。戦ってくれるな?」

 

 もう理由にすらなっていない。そもそも民の皆さんにもご迷惑を十二分におかけしている。

 涙を見せる名演技でごまかした。女の涙は、それだけで意味がある。

 新兵は泣きながら「はいッ!」と力強く答え、周囲はそんな私達を見て何故か士気が上がっていた。

 こうして私は肉へ……素晴らしい兵士達の心をつかむことに成功する。

 

 ……言ったらイエスマンにしかならない馬鹿どもばかりも問題である。

 こいつらは頼りにならないから、私がしっかりしなければならない。じゃないと死ぬ。

 

 ちなみに私は人を殺すことに忌避感は無い。あったら生き残れん。

 

 戦って生き残る事の葛藤なんてものはない。

 というか葛藤している余裕なんて凡人凡夫にあるわけがないのだ。

 毎日戦いの中を生き残ることで必死である。生き残れるだろうかという不安でいっぱいである。

 私には武を競ったり、有名なやつを倒して喜べる余裕も無いのだ。

 

 「人を殺してしまった」と後悔したり、「人を殺していいのか」と悩んでいる連中は随分とまぁ精神に余裕がある連中だ。

 絶対に精神的超人である。何でお前ら明日の命すら見えないのに、そんな事考えられるんだと感心する。

 

 漫画とか小説とかで異世界に呼ばれるだけあって、実に優しく他を思いやれる持ち主だ。

 その考えを大事にして生きていってほしいと思う。私はそんな考え大事にしていったら生きていけないので、とっくの昔に捨ててきた。

 私の中の作戦は「常に命を大事に」、陣形は「複縦陣」だ。

 私が生き残れれば、例え何千人死のうがその戦いは勝利である。他人の死に責任を持てない。持ったら罪悪感で死んでしまうのが、凡人のメンタルクオリティだ。

 

 そんな私が軍の責任者になっている。

 笑えない冗談だと思ったが、本当だった。ポンポンが痛い。

 

 途中で逃げようとも考えたが、護衛とかいって離れない奴まで現れ始めた。

 

 「結巍様は黄巾党全体に欠かせないお方です。何かあったらどうするのですか」

 

 お前ら、別に私が原作でいなくても「ひゃっはー」やってたではないか。

 よくまぁそんな大嘘を本人の前で言えるものだ。

 

 罵倒の言葉はいくらでも飛び出してくるが、いくら罵倒したところでしょうがない。

 こいつらは本当に未来に生きているので、本当に黄巾党が勝てる未来を信じているのだ。

 ついでに何故か私の事まで信じている。今、彼らを捨てることは簡単だが、そうなればどうなるだろうか。

 

 ……裏切り者を末路なんざ、悲惨なものである。

 間違いなく私はエロ同人展開に巻き込まれるだろう。そういえば恋姫ってエロゲだった。

 

 では説得するのはどうだろうか。

 その一、黄巾党は敗北すると告げる。もう戦うことをやめよう。

 

 なるほどオーソドックスだ。ところで第二次世界大戦末期、日本は敗北すると日本人がいったら、その日本人はどうなったか知っているだろうか。

 頭空っぽ信仰馬鹿を舐めたらいけない。恐らくその日のうちに私はエロ同人でも、一部の人間にしか受けないようなひどい目に合わされるに違いない。

 

 その二、張三姉妹なんて女共についていったら破滅する。

 

 目の前で勧誘している新興宗教家にこれいったらどうなるのか、実に想像に容易いだろう。

 恐らく私は最終的に「んほぉ」とか言わされる展開に持ち込まれるに違いない。

 

 その三、漢に味方しよう、今ならまだ取り戻せる。または、抜けだそうじゃないかと説得する。

 

 家族が重税で餓死したり、税が払えなくて家族が処刑されたり、泣く泣く娘を売り飛ばした農民出身者達に本当に言えると思っているのか。

 言ったら確実に私はホワイトソースまみれにされるだろう。

 

 これらは全部、私の武の腕が恋姫武将並に高かったら防げることだが、残念ながらそんな現実はない。

 頭のなかではいつだって無双できる。だが現実では、いつだって意見求められたら無言で黙りこむぐらいに一般ピーポーで情けない私である。

 

 同じく、私の武で官軍を相手にするなんざ不可能だ。

 あいつら筋肉モリモリのマッチョマンの変態なんだ。匂いだって臭い。

 力もなく、ファブリーズもない私が勝てるわけがない。エロ同人展開どころか、打首になって終わりである。

 

 うちの馬鹿どもに陣形なんて高尚なもんを形成できるわけがない。

 私も陣形は知っているが、そもそも作ってもどう動かしたらいいのかまったく解らない。

 車懸りの陣とか、あれ陣形は知ってるけれど、どうやって入れ替わっているんだよ。

 そんなんできるんだったら、曹操や孫策のところに行っている。

 

 かと言って直線番長で勝てるわけもない。

 向こうはマジモンの戦争屋だ。数で押していた波才や張曼成だって、結局やられてしまった。

 

 私の軍、というか黄巾党は攻めるのならまだしも、危機に対応する能力はない。一旦崩れれば、瞬く間に敗北する。

 

 オタクと同じようなものだ。攻めるときは強いが、一旦負けるともう感情論丸出しでぐだぐだになる。

 私自身もそうだったからよく解る。その時は何故か勝ったと満足するけれど、よくよく考えていたら負けていたと気がついて落ち込むまでがテンプレだ。

 

 というわけで、まともに私が戦うことは一度だってなかった。

 

 補給を潰し、数を生かして数百名一斑の班を形成。

 毎夜順番制でこの分けた班が、官軍の陣へDQNのお騒ぎ迷惑行為を繰り返す。

 黄巾党は数だけは多い。例え出てこられて一斑や二班、十班無くなったって少しも揺るぎはしない。そのうち騒ぐだけだと知って出陣しなくなったらこっちのものだ。

 

 もし相手が退こうとしたら、その時は数千単位でちょっかいかけて逃げる。まともには当たらない、負ける。

 疲れきったり、調子に乗って冷静さを無くして深くまで侵攻してきたら、周囲と連携して……というか周囲に任せて取り囲んで制圧。

 

 死ぬ思いはしたくないから周りに頑張ってもらう。

 仕事と同じで活躍の場を用意してあげれば、後は勝手に働いてくれるし戦ってくれるのだ。功績欲しさに。

 

 どうして人は「周囲の敵から優先的に狙われる」&「このアイテムは一度入手したら死ぬまで手放せません」という「功績」という名の呪物を欲しがるのだろうか。

 命を大切にしたい凡人凡夫の私の考えでは、遠く及ばない世界を彼らは生きているのだろう。

 

 ……最終的には、周りばっかりに戦わせた結果。周囲の味方が疲弊してしまって、頼る相手がいなくなった。

 おかげで私の軍を除いたここら一帯の黄巾党が、劣勢に追い込まれまくっている。

 何回もお願いだから助けて欲しいという旨が書かれたお手紙を頂いた。

 

 全部途中まで読んで燃やした。

 悪いが、私は自分の命を守るので精一杯である。

 散々力ない民を虐めたのだから、今度は自分が虐められるようになっただけではないか。因果応報、諦めて欲しい。

 

 この手紙はここには来なかったそれでいいじゃないかと、隣にいた黄巾兵士に笑いかけると、何故か全力で首を縦に振っていた。栄養不足だろうか。

 

 結果的に全体から見れば黄巾党滅亡のカウントダウンを早めた気がするが、私は元気だからそれでいい。

 無論、みんな救いたいという建前は大切だが、そのために死んだら元もこもない。

 平々凡々な私は、みんなを救えたり導いたりできるほどスペックが無いことなんか一番解っている。

 

 ごめんね張三姉妹、これも全部漢の圧政がわるいんだ。きっとそうだ。

 

 最終的にとんでもないと噂の官軍が来てしまったが、その時には既に周囲で頼れる味方はみんな目が死んでいた。足りない連中である。

 

 仕方なく私が一人で陣地に踏み込んで、暗殺するという暴挙に出た。

 念入りに三ヶ月ぐらい寝せないように嫌がらせを続けたかいあって、周泰のように高いスニーキング能力が無い私でもうまく潜入が成功。

 獣狩の経験が長い山育ちを、舐めてもらっては困る。

 

 予想通り、兵も、将も疲れきっていた。

 だが油断はしない。私のような才能がないやつが調子に乗ったって、ろくなことがないのだ。

 毒を水や食事に毒を盛り、寝込みを襲う。起きているものもいたが、隠れて隙を見せたところを毒で暗殺。

 刃物による殺傷では、叫ばれる恐れがある。しかし神経系の毒をたっぷり塗った刃は声すらも発せさせない。

 

 いやぁ、成功して本当に良かったよかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、良くなかった。

 

 何故かこれまで周囲の連中に押し付けたはずの功績が、全部私のものになっていた。全部私が築き上げた功績になっていた。

 通りであんな練度がクソ高い官軍がこっちに来たわけだ。

 何でや、何で呪いのアイテムが揃いも揃ってこっちに来たんや。

 

 そうしてしばらくして、黄巾党の中央に呼ばれることになった。

 何でもご褒美をもらえるのだという。

 

 黄巾党就職して初めてのお給料である。

 管理職や現場士気、毎日残業していたのに関わらず支給額はゼロ。

 そんな黄巾党初めてのお給料である。さすがの私も高揚します。

 

 もう数ヶ月も働いているのだから、きっとかなりの額をいただけるに違いない。

 北郷さんに絡みまくることで有名な、身長バラバラ三馬鹿に連れられて張三姉妹の前に出る。

 臣下の礼っぽくびしっと決めながらも、私の頭の中は初任給でいっぱいだ。

 

 ワクワクしながら、御三方の言葉を待つ。

 

 「貴方のおかげで凄く助かってるわ。ありがとう」

 

 「ま、がんばってるんじゃない?このままこれからも頑張ってよね」

 

 「えーとねぇ、えーと、お疲れ様?」

 

 うん、君たちの御礼なんてどうでもいいんです。お金、お金をください。

 誇りで飯なんて食っていけないのだから、老後の安心のためにもお金をですね。

 

 「御礼に、私達の舞台の最前席に招待してあげる」

 

 「最後に配る人形とかもあるんだけど、内緒で一つ確約してあげるねッ!」

 

 「えへへぇ、いっぱい楽しんでいってくれると嬉しいな♪」

 

 ……はい?

 え、『ぶたいのさいぜんせき』?え、お金……え?

 

 「流石にそれだけではありません。そしてあなたの多大な功勲を認め、私の真名の一部を取った『人公将軍』の地位を授けます。これは私達の信頼の証です」

 

 「ちょ、だったら私の『地公将軍』の方がいいに決まってるじゃないっ!」

 

 「え~おねぇちゃんは、『天公将軍』の方が可愛いと思うなぁ」

 

 ……ち、地位?

 いや、そんな目立ちまくり狙われまくりの貴方達のポップ広告はいいからお金を……。

 

 「ちぃの方が絶対にいいわよッ!」

 

 「ちぃ姉さんのイメージは、結巍将軍には合わないわ」

 

 「絶対お姉ちゃんの名前のほうが結巍さんにはあってると思うなっ!」

 

 唖然と固まる私をよそに三姉妹の議論が白熱した結果。

 私は『天公将軍』と『地公将軍』と、『人公将軍』の三つを授けられることが、張三姉妹の独断によって決定された。

 全て合わせて『三公将軍』というらしい。

 

 神様何故です、どうして私のような状況に流されるしか無いような一般人にこんな試練を与えるのですか。

 

 と、祈るもこの世界の神(外史の管理者)は筋肉モリモリマッチョマンの変態ゲイ二人と、最終鬼畜眼鏡ゲイと受けヘタレゲイしかいなかった。

 この世界の神は全部ゲイだった。こんな世界滅んでしまえ。

 

 




神様転生のタグを消しました。
よく考えたら、転生はしていても神様に結巍は会っていません。
と言うかこの世界の神々はゲイです。

勘違いタグを追加しました。
タグは書く側ではなく、見る側に配慮しているものだと思います。私の私見ではなく皆さんからの判断によるべきだと感じました。
「勘違い」タグを追加したほうがいいのではないか、というご心配を複数の方から頂いたため、追加させて頂きました。

張三姉妹「私達のために頑張ってくれているんだから、たくさん歌を聞いていってねっ!あと御礼に、真名を取った特別な身分をあげるねっ!」
結巍「なにそれ怖い」
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