青春物語宣言〜なかよし部〜   作:ほーさんでっさ

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思いつきから見切り発車

聖テレサ女学園がトリニティを構成する学校の一つとして登場します。
その他、メルクリウス財団などなかよし部とゆかりのあるキャラクターも登場する予定です。


第1話

キヴォトスに数多ある学園の中でも、とりわけ広大な自治区と長い歴史を誇る「トリニティ総合学園」。

その煌びやかな本校舎から遠く離れた山間部、俗世から切り離されたような深い森の中に、連合校の一つ「聖テレサ女学院」はひっそりと佇んでいた。

お嬢様学校としての格式を持つ一方で、本校の派閥争いからは一歩引いた立ち位置にあるこの分校。その敷地内にある旧校舎――通称「象牙の塔」の最上階、埃とインクの匂いが染み付いた研究室に、絶望の独白が響いた。

 

「……資金が、枯渇した」

 

本の山に埋もれるようにして寝転がっていたのは、真行寺ユニ。

聖テレサの制服をルーズに着崩し、片眼鏡(モノクル)を知的に光らせる彼女は、学院内では「博士」の異名を取る天才少女である。しかし現在、その叡智を宿す瞳は、天井の染みを見つめていた。

彼女は、研究机の上に逆さまにした財布を振った。チャリ、という硬貨の音すらしない。完全なる無音。それは経済的死の宣告であった。

 

「端的に換言すれば、極貧だ。我が崇高なる研究――『キヴォトスにおける神秘の顕現と購買部の限定スイーツ争奪戦における力学的相関』についての論文執筆に必要な機材費、資料代、そして何よりボクの生命維持に必要な糖分摂取費用……その全てが、ゼロだ」

 

ユニは溜息をついた。

トリニティからは研究予算が出ているはずだが、その殆どは既に稀少本の購入と、正体不明の骨董品収集、そして通販の怪しい健康器具に消えていた。

計画性の欠如こそ、天才の証明であると彼女は信じているが、腹は減る。

 

「……誰か、慈悲深い富豪が空から降ってこないものか」

 

その時だった。

 

「ちぇるーん☆ ユニ先輩、生きてましたかー? なんかここ、先週よりカビ臭くないっすか?」

バーン! と景気よくドアが蹴り開けられ、陽気な声が室内の静寂を粉砕した。

現れたのは、風間チエル。聖テレサの一年生にして、学園内のあらゆるコミュニティに顔が利く、自称・世界の美少女である。

「……坂道キツすぎ。マジでここ、辺境の監獄か何かなわけ? エレベーターくらいつけろっつーの」

 

続いて、気怠げに足を引きずって入ってきたのは、二年生の黒江ハナコ――通称、クロエ。

目の下の隈と、常に不機嫌そうなダウナーな雰囲気が特徴的だが、その腰には改造された銃器が無造作にぶら下がっている。

 

「キミたちか……。ノックという文化人類学的な初歩動作を学んでから入室したまえ。ボクの繊細な心臓が驚きのあまり停止し、学界にとって大きな損失が出るところだったぞ」

 

ユニは身だしなみを整えつつ、咳払いをして起き上がった。

 

「で? 死にそうな顔してましたけど、またロクでもないこと考えてたんじゃないんすか」

 

クロエがユニの大切な論文用紙の山を勝手に退かし、パイプ椅子にドカリと座り込む。

ユニはニヤリと口角を上げた。

 

「ふふふ……察しが良いなクロエ君。実は今、ボクは未曾有の財政危機に瀕している。だが、捨てる神あれば拾う神あり。キミたちの来訪はまさに天啓だ」

「お金、ですか? チエルもちょうど世界旅行の資金繰りに悩んでたんですよ~! 今月ピンチで、購買のパンも買えないレベルなんすよね!」

 

チエルが目を輝かせて食いつく。

 

「あー、あたしもバイトのシフト減らされてさ。新しい装備のパーツ代が浮いてんだよね。……金になる話なら、聞くけど」

 

クロエもまた、金という単語に反応を示した。

利害は一致した。不純な動機のみで繋がった三人の間に、奇妙な連帯感が生まれる。

ユニは立ち上がり、黒板にチョークを走らせた。カツカツという音が響き、『部活動=錬金術』という文字が浮かび上がる。

 

「ならば話は早い。我々が結託し、このトリニティから合法的に資金を吸い上げるシステムを構築する。すなわち、部活動の設立だ」

 

「部活?」とチエルが首を傾げる。

「左様。トリニティ連合の一角たる聖テレサ女学院には、生徒の自主性を尊重するという美名のもと、公認部活動に対して潤沢な予算――『部費』が割り当てられている。我々で部活を立ち上げ、その予算を研究費および遊興費として正当に受領するのだよ!」

 

ユニは片眼鏡をキラリと光らせ、勝ち誇ったように言った。

 

「働かずに得る金ほど美味いものはない。そうだろう、諸君?」

「なるほど! つまり部費を横領して豪遊するってことですね! 天才!」

「……ま、悪くない話だけど。楽できるなら乗るわ」

 

こうして、聖テレサ女学院の片隅で、恐るべき計画が始動した。

 

「では、直ちに申請書類を作成する。まずは部活名だ。これは組織の顔とも言える重要なファクターだぞ」

ユニは羊皮紙のような高級そうな紙(研究費の無駄遣いの一端)を広げ、万年筆を構えた。

「ボクに一案がある。リーダーであるボクの名を冠し、親しみやすさと圧倒的なカリスマ性を兼ね備えた名称……『ユニちゃんズ』というのはどうだ?」

「却下」

 

クロエが秒で切り捨てた。視線すら合わせない冷徹な一撃。

 

「なっ!? 何故だクロエ君! 可愛いではないか! 語感も良いし、何よりボクが可愛い!」

「ダサい。痛い。寒い。三拍子揃ってる。あと、なんでアンタがリーダー確定なんすか。『ちゃんズ』って何、昭和のアイドル?」

「むぐぐ……。ではチエル君の意見を聞こう。キミならこのセンスが分かるはずだ」

「んー、チエル的にもナシですね☆ ユニ先輩の名前入ってるとか、ウケ狙いすぎっていうか~、もっとこう、グローバルでちぇるーんとしたバイブスが欲しいです! 『ワールドワイド・ちぇるちぇる・エンパイア』とか!」

「却下だ。長すぎるうえに知性の欠片も感じられん。そもそも部活名というより国家の名称ではないか」

 

ユニが即座に却下する。三人の意見は全く噛み合わず、時間だけが無為に過ぎていった。

結局、一時間ほどの不毛な罵り合いの末、彼女たちがたどり着いたのは、皮肉にも最も実態とかけ離れた、しかし最も無難な名称だった。

 

「……もう、『なかよし部』でいいんじゃない?」

 

クロエが投げやりに言った。

 

「なかよし……か。我々のドライな関係性とは対極に位置する概念だが、それゆえに欺瞞工作としては優秀かもしれん」

 

ユニが顎に手を当てて頷く。

 

「おっ、いいですね! 仲良くないけどなかよし部! その矛盾、逆にエモいです☆ ギャップ萌えってやつですね!」

「よし、名称は『なかよし部』に決定だ。活動内容は……『トリニティの精神に基づき、生徒間の親睦を深め、清く正しい学園生活を啓蒙する』とでも書いておこう。中身など後でどうとでもなる」

ユニは流れるような筆致で申請書を書き上げ、満足げに鼻を鳴らした。

「完璧だ。この書類を本校の生徒会組織『ティーパーティー』に提出すれば、我々は晴れて公認部活。毎月振り込まれる部費で、ボクは研究三昧、キミたちは遊び放題だ!」

「やったー! さすがユニ博士! お金ちぇる~ん!」

「へいへい、期待してますよ、センパイ。……あ、このクッキー美味い」

 

三人は意気揚々と象牙の塔を後にした。

自分たちがこれから向かう先で、トリニティを統べる「予言者」と「管理者」が待ち受けているとも知らずに。

 

トリニティ総合学園、本校舎。

その最奥にあるティーパーティーのサロンは、聖テレサの古びた校舎とは比較にならないほど洗練された空間だった。

優雅なクラシック音楽が流れ、窓からは手入れの行き届いた庭園が見下ろせる。

そのサロンの中央テーブルには、二人の少女が座っていた。

一人は、狐のような耳を持ち、神秘的な雰囲気を纏う少女、百合園セイア。彼女こそが現在のティーパーティーのホストである。

そしてその隣には、優雅に紅茶を嗜むフィリウス分派の長、桐藤ナギサが控えていた。

その対面に座らされた三人は、場違いなほどにリラックスしていた。

 

「やあ、セイア女史、それにナギサ女史。ご機嫌麗しゅうってね。いやー、本校舎の椅子は座り心地が違うねえ。お尻が喜んでいるよ」

 

ユニはふんぞり返り、まるで自分の研究室にいるかのように馴れ馴れしく話しかけた。

その横で、チエルはスマホを取り出して「ちぇるーん☆ ティーパーティーなう!」と自撮りをし、クロエは出された茶菓子を無言でポケットに詰め込んでいる。

セイアは、きょとんとした顔で三人を見つめ、やがて楽しげにクスクスと笑った。

 

「ふふっ、面白い客人が来たものだね。ナギサ、今日は随分と賑やかだ」

「……ええ、そうですね。騒々しいほどに」

 

ナギサは眉一つ動かさず、しかし冷ややかな視線を三人に向けた。

 

「聖テレサ女学院の皆様。本日は、部活動の申請にいらしたとか」

 

ナギサの声は鈴のように美しいが、事務的で冷徹だ。彼女は手元の申請書を一瞥し、テーブルに置いた。

 

「いかにも。ナギサ女史も知っての通り、ボクらは才能の塊だ。そんな我々が設立を志す『なかよし部』は、分断と争いが絶えないキヴォトスにおいて、真の友情――すなわち『なかよし』の精神を探求し、トリニティ全土に愛と平和をもたらすための画期的なギルド……もとい、部活動なのだよ」

ユニはペラペラと口を回す。

「活動内容は『親睦を深める』……ですか。具体的には?」

「えっと、それは……その……お茶会とか? あと、悩み相談とか……まあ、臨機応変に、バイブス重視で?」

 

ユニの言葉が尻すぼみになる。

ナギサは、小さく溜息をついた。

 

「……セイア、どう思いますか?」

 

話を振られたセイアは、興味深そうにユニを見つめた。

「ボクの直感が告げているよ。彼女たちの言葉は、空虚でありながら、妙な重力を持っているとね。……要するに、嘘吐きの才能がある」

「褒め言葉として受け取っておくよ、セイア女史」

 

ユニが不敵に笑うと、ナギサが冷たく切り捨てた。

 

「却下です」

その一言が、サロンに響き渡った。

 

「トリニティの部活動予算は、生徒の健全な育成のためにあります。活動実態が不明瞭かつ、私利私欲が見え透いた組織に、一銭たりとも出すつもりはありません。……お引き取りを」

 

有無を言わせぬ宣告。

しかし、ここで引き下がるユニではない。ここからが、賢者の本領発揮だ。

 

「おやおや、待ってくれたまえナギサ女史。却下とは穏やかじゃないね。キミは少々、物事の表面しか見ていないのではないか? 端的に換言すれば、視野狭窄だよ」

 

ユニは人差し指を立て、チッチッと舌を鳴らした。ナギサの眉がピクリと跳ねる。

 

「は?」

「いいかい? 『なかよし部』という名称はあくまで記号だ。その本質は、聖テレサ女学院における『多様性の融合』にある。象牙の塔の賢者たるボク、ストリートのカリスマたるクロエ君、そして……まあ、なんか賑やかなチエル君。この異質な三者が交わる化学反応こそが、トリニティの停滞を打破するイノベーションとなり得るのだよ!」

「イノベーション……ですか」

「左様! ボクたちの活動を『横領』などという俗な言葉で定義するのはナンセンスだ。これは一種の『富の再分配』であり、知的資源への先行投資なのだよ! ナギサ女史、キミは投資家としてのセンスが欠けているんじゃないか?」

「……」

 

ナギサの顔から表情が消えた。

しかしユニは止まらない。畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「それにだね、ぶっちゃけた話、ボクたちのような『個性的な』生徒を野放しにするより、部活動という枠組みに押し込めて管理下に置いたほうが、治安維持の観点からも合理的だと思わないかね? これは一種の収容所……いや、保護区の提案でもあるのだよ! 檻の中に猛獣を入れておけば安全、その檻代としての部費だと思えば安いものだろう?」

「猛獣……自分で言っちゃったよ」とクロエが呆れる。

「ちぇるーん、チエルは可愛い猛獣っすね!」とチエルがポーズを取る。

 

ナギサは静かに紅茶を一口啜り、カップを置いた。

その背後に、黄金色のヘイローが強く輝き始める。

 

「真行寺ユニさん。あなたの弁論術には感服いたします」

「おっ、分かってくれたか!」

「ええ。これほどまでに堂々と、中身のない詭弁を並べ立てるとは。ある種の感動すら覚えますね」

 

ナギサの目が笑っていない。

横でセイアが「あはは! 辛辣だねぇナギサは」と楽しそうに笑っているが、ナギサの殺気は本物だった。

 

「多様性もイノベーションも結構ですが、その目的が『部費の私的流用』であることは明白です。私の目は節穴ではありませんし、セイアの直感も誤魔化せませんよ。……これ以上、ティーパーティーの時間を浪費させるようであれば、あなた方の『収容所』として、『正義実現委員会』の留置所を提案せねばなりませんが?」

「ひっ……!?」

 

『留置所』その単語が出た瞬間、ユニの顔色が蒼白になった。

それは地獄への片道切符に等しい。

 

「な、ナギサ女史、冗談がキツイね……ハハハ……」

「本気ですよ? 今すぐ出ていくか、それとも……」

 

ナギサが指を鳴らすと、サロンの隅から正義実現委員会の生徒たちが音もなく現れた。

 

「わ、わかった! 撤収だ! 戦略的撤退! 引くときは引く、それが賢者の嗜み!」

「ちょ、ユニ先輩! まだ粘れますよ!」

「バカ、殺されるぞ。ずらかるよ!」

 

ユニは脱兎のごとく駆け出した。

クロエがチエルを抱えてそれに続く。

 

「ちぇる~ん☆ セイア様、ナギサ様またね~!」

「クソッ、次は覚えてろよ!」

 

捨て台詞を残し、三人はサロンから転がり出るように逃走した。

セイアはその背中を見送りながら、面白そうに呟いた。

「『なかよし部』……か。退屈な毎日に、少しは刺激になりそうだね」

 

夕暮れのトリニティ本校舎前。

放り出された三人は、長い影を落としながら立ち尽くしていた。

 

「……終わった。ボクの完璧な論理武装が。ナギサ女史……なんて頭の固いお方だ。あれがフィリウスの長か。笑顔でボクを社会的に抹殺しに来ていたぞ」

 

ユニは地面にへたり込み、絶望に打ちひしがれている。

 

「あーあ。結局タダ働きかよ。帰って寝よ」

 

クロエは欠伸を噛み殺し、銃の手入れを始めた。

「ドンマイですよユニ先輩! あの喋りはマジで凄かったです! ナギサ様もピキピキしてたし!」

チエルだけは元気だが、その手にはサロンからくすねたクッキーが握られている。

「……次?」

 

ユニが顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、怪しく光る。

「そうだ……次だ。ナギサ女史に論破されたからといって、我々の活動が禁止されたわけではない」

「は? 何言ってんすか」

 

ユニは立ち上がり、夕日に向かって拳を突き上げた。

 

「公認されぬなら、実績を作って認めさせればいい! 既成事実の積み重ねこそが歴史を作るのだ! トリニティには解決されていない厄介事が山のようにあるはずだ。我々『なかよし部』は、これより非公認の便利屋……いや、『トリニティ景観向上事業団』として活動を開始する!」

「景観向上?」

「要するに、誰もやりたがらない汚れ仕事を請け負い、法外な報酬を要求し、その実績をもって再度ティーパーティーに殴り込むのだ! ナギサ女史に『あなた方が必要です、お金を払わせてください』と泣いてすがらせてやる!」

 

ユニの開き直った宣言に、クロエとチエルは顔を見合わせた。

 

「……ま、面白そうじゃん? あたし、暴れるのは嫌いじゃないし。売られた喧嘩は買う主義だしね」

「おっ! チエルも賛成っす! 冒険の始まりですね☆ 世界にチエルのちぇるーんを刻み込みましょう!」

 

三人の間に、先ほどよりも強固な、共犯者としての絆が生まれた。

打算と欲望、そしてほんの少しの反骨心。それが「なかよし部」の原動力だ。

 

「行くぞ、ユニちゃんズ……フルバーストだ!」

「そうですね!なかよし部、フルバーストです!」

「「おー!」」

 

高らかに叫ぶ三人。

しかし、現実は非情である。

 

「……ところでユニ先輩」

「なんだねチエル君」

「ここから聖テレサまでの帰りのバス代、持ってます?」

「…………」

 

ユニは沈黙し、空を見上げた。

一番星が、まるで彼女をあざ笑うかのように輝いている。

 

「端的に換言すれば、徒歩だ」

「「はぁぁぁーーーーっ!!??」」

 

トリニティの夜空に、少女たちの絶叫がこだまする。

こうして、聖テレサ女学院「なかよし部」の、仁義なき部活動ライフが幕を開けたのだった。




つづけ!

誰との絡みが見たいとか要望あればインスピレーションわくかもしれないので感想下さいな!
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