青春物語宣言〜なかよし部〜   作:ほーさんでっさ

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先生を男にしたらノイズが凄そうなのでカッコいい女性にしました。


第10話

トリニティ総合学園、特別区域にある百合園セイアの私邸。

午後の柔らかな陽光が差し込む部屋で、ユニはいつものように感情の読めない顔で、出された紅茶の香りを確かめていた。

「やあ、セイア女史。……今日の茶葉はウバか。渋みを好むとは、少し心が疲れているのかな」

ユニが淡々と指摘すると、向かいに座る百合園セイアはふっと微笑み、静かにティーカップを置いた。

 

「ふふ、君には隠し事はできないね、ユニ」

二人の間に流れるのは、馴れ合いの温かさというよりは、互いの知性を研ぎ澄ませ合うような、静謐で心地よい緊張感だった。

ユニは一口紅茶を啜り、本題へと切り込む。

「……単刀直入に言おう。『エデン条約』についてだ」

「ほう。ゲヘナとの平和条約か。ナギサが心血を注いでいる案件だね」

 

セイアが小首を傾げる。ユニは眼鏡の位置を人差し指で直しながら、無機質に言葉を紡いだ。

「論理的に考えれば妥当だ。憎悪の連鎖は非生産的極まりない。平和が担保されれば物流コストも下がり、我が部の活動における経済的障壁も緩和される可能性がある。……だが、君の表情を見る限り、そう単純な話ではないらしい」

セイアは視線を外し、窓の外に広がる学園の風景を見下ろした。

その瞳には、ここにはない「何か」が映っているようだった。

 

「光が強まれば、影もまた濃くなる。……私は夢に見るんだよ、ユニ」

「夢?」

「ああ。……私が口を閉ざす夢だ。鳥が翼を折られ、二度と歌えなくなる夢。そして、その静寂の後に、楽園(エデン)が炎に包まれる夢を」

不吉な予言。

しかしユニは眉一つ動かさず、ただ静かにその言葉を「観測事実」として咀嚼した。

「……君の『直感』が、自身の排除を予見していると?」

「ああ。回避不可能な破滅(カタストロフ)だ」

 

まるで明日の天気を語るかのように、セイアは自身の破滅を語る。

ユニもまた、それを否定も慰めもせず、冷静に受け止めた。百合園セイアという存在が、そうした運命論の上に立っていることを理解しているからだ。

 

「……君がそこまで言うのなら、それは確定事項なのだろうね。残念だが」

「冷たいね、ユニ」

「事実を述べたまでだ。……だが」

ユニはカップを置き、セイアを真っ直ぐに見据えた。

「君は、ただ座して死を待つだけの女ではないはずだ。……何か、見つけたのかね?」

セイアは少し驚いたように目を見開き、やがて嬉しそうに目を細めた。

「さすがは賢者だ。……ああ、最近その夢に、奇妙なノイズが混じるようになったんだ」

 

「ノイズ?」

「ああ。……『シャーレの先生』だよ」

ユニは脳内のデータベースを検索する。

「連邦捜査部の顧問か。噂は聞いているが……ボクはまだ会ったことがないな」

「君も会えば、きっと興味を持つ」

セイアは遠くを見るような目で、その人物を語り始めた。

「一見すれば、クールで隙のない大人の女性さ。……だがね、彼女の本質はそこじゃない」

セイアの声が少しだけ熱を帯びる。

 

「彼女は、極めて非合理な選択をする。どれほど損な役回りでも、どれほど効率が悪くても、それが『生徒のため』なら迷わず泥を被るんだ」

「……非合理な選択を、あえて?」

「そうだ。私の予知夢は、因果の奔流を読み解く演算結果のようなものだ。だが、あの女性(ひと)という変数が加わると、演算がエラーを起こす」

セイアはまるで宝物を見つけた子供のように笑った。

「彼女なら、私の見た『翼が折られる夢』さえも、あるいは書き換えてしまうかもしれない。……そんな希望(バグ)を抱かせてくれる人なんだ」

ユニは顎に手を当て、思考を巡らせる。

確定した破滅。それを覆すための、論理外の変数。

 

「なるほど。確定未来への抵抗因子、か。……君がそこまで評価する『イレギュラー』。記憶に留めておこう」

ユニは立ち上がり、マントを翻した。

長居は無用だ。セイアが「終わりの夢」を受け入れている以上、これ以上の滞在は感傷にしかならない。

「では、ボクは失敬するよ」

扉に手をかけたところで、ユニはふと足を止め、振り返らずに言った。

 

「……そういえば、セイア女史。次回の議題だが」

セイアが顔を上げる。

「『トリニティにおける隠秘学と建築様式の相関』について話そうかと思っていたのだが。……どうだい?」

それは、いつ実現するとも知れない、あるいは二度と実現しないかもしれない約束。

セイアは一瞬だけ泣きそうな顔をし、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「……ああ。それはとても興味深いね。資料を揃えて待っているよ、ユニ」

「期待している」

ユニは短く答え、部屋を出て行った。

扉が閉まる音だけが、静寂の中に響いた。

 

数日後。

聖テレサ女学院、旧校舎「象牙の塔」。

「あー、暇ですね~。電気止められてスマホの充電もないし、マジで虚無です☆」

チエルがソファで溶けている。

クロエは古びた雑誌をパラパラとめくりながら、欠伸を噛み殺していた。

「地道に働けばいいじゃん」

「ユニ先輩が怪しいバイトばっかり持ってくるからじゃないですか~!」

いつもの騒がしく、貧しい日常。

 

ユニはデスクに向かい、魔導書(哲学書)を読んでいたが、その内容は頭に入っていなかった。

(……ミカ君からの連絡が途絶えて数日。学園内の警備レベルが上がっている。……そろそろか)

その時、部室の扉がノックもなく、事務的に開かれた。

「失礼します」

 

入ってきたのは、顔面蒼白なティーパーティー直属の生徒だった。

その表情だけで、ユニは全てを悟った。セイアの予言が成就したのだと。

「なかよし部の皆様ですね。……桐藤ナギサ様からの緊急通達をお持ちしました」

差し出された封書。

ユニはそれを受け取り、表情一つ変えずに開封した。

中身を一読し、ふむ、と短く息を吐く。

 

「……セイア女史が、病気療養に入ったそうだ。無期限の公務停止だと」

「えっ!? 病気? こないだまで元気そうでしたよね?」

チエルが飛び起きる。

クロエも眉をひそめた。「……マジっすか。あの予知能力者が?」

使いの生徒が震える声で告げる。

「こ、公式発表は以上です。……尚、本件に関する流言飛語は厳禁です」

そして、生徒はもう一通、別の書類をユニに突きつけた。

「そ、それと……これは貴部に対する通告です」

「……ほう?」

 

ユニが目を通すと、そこには冷酷な命令が記されていた。

『学園の治安維持のため、貴部のような"不純分子(イレギュラー)"に対する監視体制を強化する』

『今後、疑わしい挙動が見られた場合、即時の退学処分とする』

「……なるほど。そういうことか」

 

使いの生徒が逃げるように去った後、部室には重い空気が残った。

「退学……? 私たちがですか!?」

チエルが悲鳴を上げる。

「とばっちりもいいとこっすね。なんでセイア様の病気で、アタシらがロックオンされるんすか」

ユニは封書をテーブルに置き、眼鏡を押し上げた。

その思考は冷静だった。

「ナギサ君は恐怖し、疑心暗鬼に陥っている。セイア女史を『消した』何者かが学内にいると考え、手当たり次第に『怪しいもの』を排除にかかっているんだ」

 

ユニは立ち上がり、窓の外を見る。

正義実現委員会の車両が走り回り、トリニティの空気は完全に変わっていた。

自由気ままに生きてきたなかよし部にとって、この「管理された狂気」は最悪の環境だ。

「このままでは、遅かれ早かれ我々は『難癖』をつけられて排除される。居場所そのものを失うぞ」

「そんな……! どうするんですかユニ先輩!」

 

ユニは腕を組み、考え込んだ。

真正面からティーパーティーに逆らう力はない。かといって、大人しく従えば窒息死だ。

この状況下で、ナギサの監視をかいくぐり、あるいはナギサの目を欺くことのできる「隠れ蓑」が必要だ。

「……毒を食らわば皿まで、か」

ユニは呟く。

「ユニ先輩?」

「ナギサ君は今、成績不振者や問題児を一箇所に集めて監視しようとしているらしい。……『補習授業部』とかいう、急造の収容所を作ってね」

ユニの脳裏に、一つの生存戦略が浮かび上がる。

 

自分たちだけで孤立しては狙い撃ちされるだけだ。ならば、ナギサが「ゴミ捨て場」として用意した場所へ自ら紛れ込み、そこで機を伺う方が得策かもしれない。

そして、噂ではその補習授業部の顧問に就任するのが――

「……セイア女史が言っていたな。『非合理な選択をする彼女』だと」

ユニの瞳が怪しく光った。

 

「チエル君、クロエ君。……我々も、その『収容所』とやらに合流するぞ」

「はあ!? なんで自分から補習受けに行くみたいな真似しなきゃなんないんすか!」

「生き残るためだよ。それに……」

ユニは不敵に笑った。

「そこに、面白い『サンプル』が来るらしい。セイア女史が希望を託した、イレギュラーな大人がね」

ナギサの包囲網により、逃げ場を失ったなかよし部。

彼女たちが生き残りを賭けて向かう先は、落ちこぼれが集う「補習授業部」。

そこで待つ運命の出会いが、エデン条約を巡る物語を加速させる。

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